欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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緩和された感情

先日の司令官の行動により、涼月さんの人間嫌いがほんの少しだけ緩和された。司令官に対して好意を抱くことで嫌悪感が無くなり、間接的に他の人間に対する嫌悪感も和らいだとのこと。佐久間さんへの感情も苦手意識に変化し、少なくともこの鎮守府で生活するのが苦では無くなったようだ。

それもあって、午前中は涼月さんの精密検査に付き合うことに。以前なら視界に入るだけでも睨みつけるような表情になり、舌打ちまでするほどだったが、今は目が合わせられない程度にまでになっている。元帥閣下や南司令官に対してはまだ慣れていないが、元々ここにいる2人に対しては多少温和になった。

 

「いやぁ、調査したかったから助かったよ。まだ涼月ちゃんは謎な部分が多いからね」

「は、はい……」

 

会話もまだままならないが、逃げ出したり喧嘩腰でないだけ充分。今までやれなかった血液検査や深海忌雷の接合面の調査などが手早く執り行われる。雪さんも補助にいるのでとてもスムーズだ。

涼月さんは全身を覆うインナーを着込んでいるため、佐久間さんの検査のために違う服を着てもらう必要があった。結果着せられたのが、防空埋護姫として活動していた時のドレス。これに着替えてフードを被るだけで、途端に深海味が強くなる。

 

「うん、他の深海棲艦の娘と同じだね。外付けで防空埋護姫の艤装を装備させられてるって聞いてたからちょっと不安だったけど、島風ちゃんみたいな感じだから問題なし!」

「それなら安心ですね。『種子』の中和も終わっていますし、心配事はこれで無くなったと言っても過言ではないでしょう」

 

突然何かが起こる心配も無くなり一安心。改めて、涼月さんは戦力としてカウントされるようになった。

 

「即戦力だね。あとは艤装に例の装置を組み込めばオッケー。それはセキちゃんにも手伝ってもらわないとね。艤装触るけど大丈夫?」

「……はい、お願いします。提督のお役に立つために」

 

朝食時の食堂での宣戦布告は皆が知っていること。当事者となる司令官や佐久間さんだって知っている。司令官は人間嫌いが緩和されたことを喜んだが、踏み込んだ意見に関してはノーコメント。佐久間さんもいい方向に進んでいると喜んでいたが、思い切った告白に関してはスルーを決め込む。

昨日までとは雲泥の差。司令官のために戦いたいと意気込み、表情も明るい。私もこれはいい方向だと思う。嫌々戦うよりも、何かのために戦う方が力が出るだろう。それが下心であっても、最大限の力が発揮出来るのなら誰も文句は言わない。

 

「……佐久間さん、今まで……その……」

「気にしなくていいよ。私は気にしてないから」

 

涼月さんの言葉を封じる。

 

「深海棲艦ってそういうもんでしょ。私はそういうことわかってるつもり」

「……ありがとうございます」

 

たったこれだけでも、涼月さんは佐久間さんに心を開いたことがわかる。嫌々お礼を言っていた最初とは違い、心がこもっているのが他人でもわかるのだから間違いない。

 

 

 

午後になり、赤城さんの入渠が完了。武蔵さんと長門さんは夕方頃に完了すると通達が入った。それが完了することで、決戦準備は全て整うこととなる。

敵鎮守府への攻撃は、今まで大本営の目があったために躊躇われ続けてきた。あくまでも他への被害が無いように隠蔽を続けてきたからである。大本営自体が破壊されたことでその心配も無くなったため、決戦は直接襲撃することになるだろう。ある意味、大本営襲撃は私達の戦いをいい方向に進めてくれた。

 

「状況は聞きました。これはもう直接がいいでしょうね。海岸線で戦えば、近隣住民にも被害は出ません」

 

赤城さんは復帰後すぐに元帥閣下から現状を聞いていた。会議前には全ての情報を頭に入れている辺り、さすが秘書艦。必要な情報はすぐに把握して考えを巡らせている。

今はまた会議の場。前回と同じメンバーだが、大和さんは復帰した赤城さんとバトンタッチ。ちょっとホッとしていたのは見逃さなかった。今頃、清霜さんを再び鍛え上げていることだろう。

 

「そうじゃな。儂らの鎮守府側は今ならいくら破壊してくれてもかまわん。そのために復旧を遅らせている」

 

無人の廃墟であれば、追加で壊れてもダメージは少ない。決着がつくまでは、復旧をしない方向にしたようだ。ならば、最終決戦はなるべく早く始めたいところである。早ければ明日か。

その作戦は、今この鎮守府に滞在している3人の司令官、加藤司令官、南司令官、そして元帥閣下がずっと立て続けている。今ある戦力を最も上手く活用出来る方法を練り、最善最良の策を練る。

 

「襲撃するなら、私らが作った海図が役に立つんじゃない?」

「川内、その海図は鎮守府ごと吹っ飛んでる」

「……おおぅ……そうだった。でも頭ん中には入ってるよ」

 

情報収集を生業にしているだけあり、敵鎮守府近海の海図も作ってあったらしい。襲撃により失われてしまったものの、川内さんは全て覚えているようだ。

元々近海の海図は青葉さんが作っている。が、あの鎮守府の近海となると、領海侵犯となるために作れていなかった。基本、近海の海図なんて他の鎮守府に公開などしないため、敵鎮守府近海は謎。それを知っているというのなら、すぐにでも青葉さんと海図を作ってもらいたいほど。

 

「川内君、うちの青葉君と協力して、敵鎮守府近海の海図を作ってもらえないかい?」

「了解。それが出来ればもっと攻め込みやすくなるもんね。提督、早速だけど行ってくるよ。明日いっぱいちょうだい」

「ああ、頼んだ」

 

川内さんが会議の場から出て行った。青葉さんと組んで海図を作り、決戦に向けて最後の準備をすることに。今の川内さんの発言からして、決戦は最速で明後日。明日で海図が完成し、その翌日に襲撃だ。

 

「あと出来ることはこれだけかな?」

「作戦次第ではやらなくてはいけないことがある。うちの赤城のコンバートじゃ」

「ああ、噂の夜間作戦空母かい。確かに、襲撃を夜にするのなら必要になるね」

 

久々に会った赤城さんは改二に改装されていたが、私や霞のように改装が用意されているらしい。夜になると何も出来ない空母の弱点を、艦載機の搭載数を犠牲に覆した姿である。

 

「あちらに改装するのはいいんですが、()()()の時間が欲しいですね。夜戦から開始するのでしたら、出来れば早急に決定してもらえると嬉しいです」

「戦術が変わるからかい?」

「はい。大きく変わるわけではないのですけど、やれることが増えるんです」

 

それが何かはわからないが、高練度な赤城さんがそう言う程なので、慣らしは大事なのだろう。慢心しないように万全の状態を作り出そうとしている。

 

「夜戦開始だと、うちの川内も喜びますね」

「払暁戦も視野には入れているが、深海棲艦は昼夜問わず最大スペックだからね。さらには、混ぜ物が1人増えていることも考えなくてはいけないよ」

 

そうだった。裏切り者の1人は敵に奪われているのだから、それを素材に混ぜ物が増えていてもおかしくはない。それが何者かが早く知っておきたいところである。

だが、ここまで来たら、単独で行動させることは無いだろう。誘き出すことも出来ない。決戦が初御披露目となるか。臨機応変にしっかり戦える状況を作るのなら、明るい中で戦うべきだろう。

 

「出来ることなら僕が追加の混ぜ物を調査します。難しいとは思いますが、やらないよりはマシでしょう」

「そうじゃな。南、よろしく頼むぞ」

「作戦立案はお任せします」

 

今出来ることはここまで。作戦は司令官達に任せて、私達は万全の態勢を維持していこう。特に私は、まだ本調子ではない。今日一日、遅くとも明日までに、体調を整えなければ。気負っていては治るものも治らないので、少なくともこの会議の後は身体を休ませるつもりだ。

 

 

 

会議が終わった頃には、涼月さんの艤装の調整も完了していた。初めて自分の艤装が分解されたことで少し恐怖を感じたようだったが、全ての作業が完了したので安心している。

無事装置が内蔵されたことで、涼月さんも決戦の戦力となった。あの両用砲による対空能力を遺憾なく発揮してもらいたいところだが、戦艦天姫は今のところ艦載機や水上機は使われていない。主砲火力として戦ってもらうことになるだろう。

 

「これで本当に全員だね。決戦準備完了だよ」

「ありがとうございました。これでいつでも決戦に挑むことが出来ます」

 

この短時間で、涼月さんは佐久間さんと普通に話せるまでになっていた。好意を寄せた司令官とは違う人間ではあるものの、佐久間さん自身の人柄で涼月さんの信頼を勝ち取った模様。苦手意識も克服し、面と向かって話せている。

考え方が少し変わってしまえば、あとはすぐだった。元々優しい性格の涼月さんなのだから、嫌悪感さえ取り払ってしまえば、すぐにでも受け入れることが出来る。さすがの佐久間さんも、今は自重していたようだし。

 

「あ、加藤少将。涼月ちゃんの艤装の調整、完了しています。まぁ、やったのは全部セキちゃんなんですけど」

「ご苦労様。『種子』の管理だから、君にも苦労をかけたね」

「いえいえ、なかなか楽しいものでした。これで最後になるといいですね」

 

涼月さんの様子を見に来た司令官。途端に涼月さんの顔が赤く染まる。佐久間さんはもう友達感覚なのかもしれないが、司令官は恋愛対象。今までとは違う理由で目が合わせられなくなっていた。佐久間さん相手には見せていた笑顔も、強張ってしまい感情が消え失せている。

あまり表に出さないが好意がモロに伝わってくる山城姉様とは違い、宣言したもののその感情に振り回されている感じの涼月さんは、見ていてとても初々しい。

 

「涼月君、協力してくれるということでいいんだよね?」

「は、はい。提督のお役に立つため、誠心誠意努めさせていただきます。その、これまで幾度となく悪態をついてしまい……」

「気にしなくていいさ。君のその症状は重々承知している。少しだけでも緩和されてくれてよかったよ」

 

癖のように涼月さんの頭を撫でた。司令官も撫でた後にまずいと思ったようだが、あえてそのまま。

以前の涼月さんなら激しい嫌悪感を表に出しつつ、手を力強く払っていただろう。それが今は、甘んじて受けているどころか、気持ちよさそうに目を細めていた。本当に受け入れている。

 

「君も私の愛する大切な娘だ。あの程度のこと、私は大丈夫だよ。愛娘の反抗期なんて普通のことさ」

 

おそらく涼月さんは娘から次の段階に行きたいと思っているだろう。私もそうだが、ここにいる者の大半は指輪持ち。つまりは愛娘であると同時に伴侶である。その関係上、新人の涼月さんは若干不利。余程頑張らないと、ほぼ毎日ポイントを稼いでいる山城姉様に追いつくことが難しい。

 

「これからも、よろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。まずは皆のため、提督のために、次の作戦を完遂します」

「いい意気込みだね。期待しているよ」

 

涼月さんの様子を見て、満足そうな顔でまた執務室へ戻っていく司令官。その背中をしっかり見送った後、視界から消えた途端に涼月さんが膝をつく。目の中にハートマークが浮かび上がっているのもわかった。

 

「提督がこんな近くに……」

 

撫でられたときのことを思い返し反芻していた。先程の緊張が嘘のように、今は顔すら緩んでいる。

 

「涼月さん、頑張るのはいいですが、身体は壊さないでくださいね。司令官はそういうことを物凄くいやがるので」

「そうですね。あの人の前では倒れないように心掛けます」

「何処ででも倒れちゃいけませんよ」

 

少なくとも、涼月さんが無理をしすぎることはないだろう。司令官が嫌がることはやらないはずだ。

 

「……ライバルは多いんですよね」

「そうですね。頑張ってください」

 

そもそもケッコンカッコカリの時に誰もが抵抗なくそれを行なっている時点で、その段階でここに配属されていた者全員が司令官に対して何かしらの感情を持っているのは確かである。私だって司令官とのケッコンは驚きはしたものの抵抗は無かった。

その中でも、山城姉様を筆頭にあの場でやらかした人達は、龍驤さんのいう所謂『ガチ勢』。強敵ばかりである。

 

「……ちなみに、朝潮さんは」

「ノーコメントで」

 

自分でもわかっていないので、コメントは出来ない。

 

「まずはケッコンカッコカリを目指しましょう。それで皆と並び立てるかと」

 

左手の薬指にはめられた指輪を見せる。元々あちら側にいたとしても、この指輪の意味くらいはわかるだろう。羨望の眼差し。物として残っている愛の証は、喉から手が出るほど欲しいのだと思う。

 

「私以外は皆持っているんですよね……」

「最近配属された人以外は大概。島風さんがまだというくらいですね」

「……まずはそれを目標に、切磋琢磨していきます」

 

目標が出来たこともいいことだ。今の涼月さんは、誰よりもやる気に溢れている。

 




ケッコンカッコカリの時に、手の甲以外の場所へのキスを望んだのは、山城、雲龍、榛名、那珂。司令官が怪我を負った時に即出撃したメンバーですね。少なくともこのメンバーがまず涼月の前に立ちはだかります。
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