最終決戦が翌日と迫った日の午後、敵鎮守府を調査しに行っていた南司令官が無事帰投。翌日のことも考えて調査を早期に切り上げ、作戦立案に加わるとのこと。午前中は護衛艦娘全員に今までの経緯を説明し、その後から作戦会議が始まっていたようだが、海図もまだ完成していない状態では明確な作戦が立てられなかったようだ。
南司令官の調査報告を聞くためにいつものメンバーが執務室に揃う。川内さんはまだ海図作成を手伝っているため、艦娘としてはわたし、朝潮と赤城さんのみ。あと大淀さんが議事録作成。
「さすがにしっかり隠蔽していますね。見える位置に艦娘自体見当たりませんでしたよ」
調査結果としては失敗。短時間、かつ深追いしないようにしたところ、外面的には何も見えなかったとのこと。だが、普通の鎮守府なら何かしら艦娘が見えたりするだろう。外にいるなり、訓練をしていたり。それすらも見えないというのが怪しい。
「以前儂が真正面から向かった際にいた艦娘もか」
「はい。彼女らも今は見当たりませんでした。……おそらく人形にされたかと」
表向きに鎮守府運営の体裁を取り繕う必要が無くなったということだろう。あの鎮守府に何人の艦娘が所属していたかは知らないが、その全員が犠牲になったと考えるのが自然である。
結果的に、あの鎮守府で生き残ったのは、今この鎮守府にいる第十七駆逐隊のみとなってしまった。本人達も覚悟はしていたことではあるが、いざ話すには気が引けることだ。
「この戦いが終わったら皆弔ってあげよう。助ける手段が最後まで見つからなかったのは残念で仕方がない」
「うむ……ここまで大きな被害が出た戦いはこれまでに無いのう。必ず弔ってやろう。阿奈波と……寺津もな」
裏切り者はさておき、本当に巻き込まれただけで命を落とした阿奈波さん、並びに所属していた艦娘達は、この戦いの後に尊い犠牲として公表し、公の場で弔う方向に決まった。私もそれがいいと思う。
その弔う場では、裏切り者に殺された寺津という男も弔いたいと元帥閣下は言う。
元はと言えば裏切り者が全て悪い。あの北端上陸姫だって被害者だ。だが、深海棲艦として堕ちたことにより精神崩壊し、命を弄ぶ行為を幾度も重ね、世界までも滅ぼそうとしているのだから、被害者だとしても救えない。黒の深海棲艦として、討伐するしかないだろう。
「朝潮ちゃんや、まだ躊躇いはあるかい?」
「……いえ、もう同情はしていませんよ。可哀想ですが、人形と同じで死しか救済の手段がありません。深海棲艦ですから、捕縛も無理でしょう」
「すまない。朝潮君達には重荷を背負わせる」
司令官達が裁けないのだから、私達が背負おう。この事実を知る者は本当に極少数だが、今のところ誰も躊躇いはない。あれはもう人間ではないのだ。討つことに抵抗は無い。
「では、襲撃の作戦だが……まずは海図の完成を待とうか。話によるとそろそろ終わるらしい」
と、噂をすれば。ドタドタと執務室に駆けてくる反応が2つ。扉の前に陣取っている瑞穂さんが抵抗なく道を譲ったことで、緊急性のある用事であることがわかる。
「司令官! 青葉と」
「川内だよ!」
「海図完成しましたー! 作戦立案に役立ててください!」
ノックもなしに執務室に突撃してくる2人。海図の完成で少しハイになっているようだった。出された海図は今までにないほどの精度。後半日、そして3人の司令官の頭脳があれば、最高の戦術が組み立てられるだろう。
「ありがとう青葉君、川内君。さすがの精度だ」
「恐縮です! では一度寝ます! お疲れ様でした!」
「徹夜でやった甲斐があるねぇ。提督、私もちょっと休むね」
「ああ、お疲れ様」
南司令官とハイタッチして執務室から出て行った。青葉さんもお辞儀してそれについていく。
「相変わらず、加藤の艦娘は騒がしいのう」
「可愛いものだろう?」
「活気があってよろしい」
これがこの鎮守府の売りでもある。騒がしいほどに楽しい鎮守府。悪いことではないはずだ。
作戦立案の会議が始まったため、艦娘は退室。ここからはフリー。短時間だが、陣地に行かせてもらうことにした。決戦前に自分の場所でリラックスすることを望んだ。鎮守府にいるのは楽しいが、何も考えずにゆっくりするのなら陣地の方がいい。
「ここに来ると本当に安心するわ」
『だな。癒されるのならここが一番だ』
島に上がるなり、着ている服を脱ぎ捨てる。前回体調を崩した時もそうだが、自然体でいることの方がより癒されることがよくわかった。局所の艤装だけはしっかり展開し、今の私は朝潮ではなく中枢棲姫亜種としてここにいる。
ここにいる時だけは、あらゆるしがらみから解放され、陸上型深海棲艦としてまったりする。白の思考によりボーッとしているだけでも満足。このまま何時間でもここに居られる。
『ご主人ご主人、私も展開して』
「そうね。全部展開しましょ」
アサとヨルどちらも展開して、浜辺に座る。開放感が凄い。アサにもたれかかるだけで、資料にあった中枢棲姫と同じポーズになるので、私のことを知らない人に見られたらすぐさま攻撃されるだろう。
ヨルは自由に動き回り、尻尾がのたうちまわる。アサはもたれかかっているというのもあるが、艤装が眠っているかのようにジッとしていた。
『癒される……ここの風景が一番好きだ』
「そうね。私も深海の考え方がわかってきたわ。波を見てるだけでも癒されるのね」
『だろ。岩礁の波飛沫を見るだけでも、心が落ち着いていくんだ。日がな一日、ここでボーッとしていればいい』
本当にただそれだけ。見る人が見れば、暇ではないかと言ってきそうだが、私達はこれでいい。誰にも干渉されず、何も変わらない。朝は陽の光で目覚め、昼はただ海を眺め、夜は星を眺めながら眠りにつく。それだけ。なんて贅沢な時間なのだろう。ここにいれば食事すらいらない。
「私達はまたここに戻ってくるわ。必ず」
『ああ。あんな狂った奴らにやられてたまるか』
『私も頑張るよ! またここに来たいもん!』
戦いが終わったらまたここに来よう。この時間を手放したくなくなってしまった。この最高の贅沢を、満足するまで続けたい。満足するまでと定義すると、永遠に終わらない可能性もあるが。
私が癒されたいというのがあったので無言を貫いてくれていたが、そろそろ随伴艦の問題児達が限界の様子。
「朝潮さん、私を誘ってるんですか。誘ってるんですね? ほぼ全裸で寝そべって、こちらに見せつけてきて。いいんですか? いいんですね?」
「初霜、落ち着きなさいな。姉さんはこういうところでくらいハッチャケたいのよ。いっつも雁字搦めでしょうに」
「鎮守府では出来ないことですもの、御姉様のやりたいようにいたせば良いと思いますが、わたくしには眼福というか目の毒というか」
今回の随伴はいつもの3人。ある意味あられもない姿をしている私を見て一喜一憂。初霜は少し目が怖いが、いざとなったらデコピンでどうにかする。扶桑型の伝家の宝刀は、もう私も使えるのだから。
3人は私の視界に入らないところで待機してくれていたが、今の私は後ろから見ると全裸。前からだって結構危ない状態。人によっては初霜のように思うのかもしれない。思ってもらいたくはないが。
「その方が落ち着くの?」
「そうね……今はこれが一番落ち着くわ。中枢棲姫がそういうものだからでしょうね」
「そういえば響からガングートさんは全裸で寝てるとか聞いたわ。深海の
いきなり他人のプライベートが暴露されたがそれは聞かなかったことにして、やはりこういうところは深海の思考なのだと実感。
「……明日、決戦……なのですよね」
不意に春風が話し出す。少しだけ声が震えている。次の戦いは、こちらが何度も敗北を喫した戦艦天姫。しかも、最初からフルスペックの可能性のある状態だ。どういう作戦で戦うことになるかはまだわからないが、金の『種子』組である春風は重要なところに配備されることになるだろう。それこそ、生と死の境界線のような場所に。
だがそれは、司令官達がそれでやれると私達を信じてくれている証でもある。その期待には応えたい。私達はやれると信じてくれているのだから。
「大丈夫よ。春風ならやれるわ」
「……御姉様にそう言っていただけると活力になります」
それでも手の震えは止まらないらしく、ぎゅっと握ったまま。前日でこれなら、当日はもっと危ないかもしれない。
それならばと、春風を手招き。素直に近付いてきた春風の手を掴み、抱き寄せる。
「お、御姉様っ」
「この島にはルールがあるの」
「癒される義務……でしたね」
アサが決めたルールは勿論今でもここに残り続けている。ここに来たものは、何人たりとも癒されなくてはいけない。どれだけ腹を立てていても、どれだけ悲しくても、ここでは溜め込んだものを全て吐き出すくらいでなくてはいけない。
その結果として、春風は今感じている恐怖を露見させたのかもしれない。私に話を聞いてもらいたいか何かか。
「こうしていただけるだけでも癒されます……」
「明日の戦いが終わったら、またこれくらいやってあげるわ。そのためにも、お互い生き残りましょう」
「はい……勿論」
私だけではなく、皆にも
「御姉様……もう少しこのままで」
「春風も甘えん坊よね」
「そう言われると恥ずかしくなってしまいます……」
などと言いながらもより顔を近付けてくる。半深海棲艦にだけやたら効いてしまう濃すぎる深海の匂い。最近はなりを潜めていたが、気が許せるもの以外の視線が無いこの場所でなら溢れ出てしまうようだ。私は別に構わないと思う。春風も鎮守府の中では大分おとなしいのだから、こういう場所ではハッチャケていい。
「私もお願いします」
春風を撫でていると、今度は無言で初霜も引っ付いてくる。この中でも特に強く深海の匂いの影響を受けているのは初霜だ。
「春風さんばかりズルイですよ。私も旦那様の匂いで癒されたいです」
「はいはい」
春風とは逆の方に引き寄せる。知る人が見ればハーレムだのなんだの言われそうだが、私はこの場では癒しを提供するもの。私はこの場にいることで癒され、春風と初霜はこうされることで癒される。義務は果たせている。
「初霜も、手が震えてるわ」
「私だって緊張くらいしますよ。明日の戦いはそれほどのものですから」
むしろ緊張しない方がおかしいのだ。それに、恐怖だって感じる。
「朝潮さんが側にいてくれれば、緊張も恐怖も無くなります。旦那様の存在は心地よいですよ」
「そう……それはよかった。側にいるくらいなら、幾らでもやってあげられるから」
「お願いします。たまには私達とも添い寝してくださいね」
それに関しては約束が出来ない。私はさておき、添い寝を譲らない者がいる。雪風はもう仕方がない。そういうものとして成立してしまっているのだから。もう片方。
「ちゃんと生きて帰ってきたら、姉さんとの添い寝を許可してあげる」
「絶対ですよ。約束ですよ」
相変わらず私の意思は関係ないようである。とはいえ、この約束はまた死ねない約束だ。より強固な心地良い呪いへ。
2人が私に引っ付いているからか、少し遠慮している感じはする。いつも一緒にいるからこういう場所では一歩下がるのか。とはいえこの2人は、姉妹以外で最も気が許せる相手だろう。行動を共にすることも多い。
「霞、おいで」
「……ええ。2人が横からだから、私は正面で」
アサにもたれた状態で両サイドに2人がいるのだから、空いているのは真正面しかない。まったく抵抗なく、私の胸に顔を埋めてきた。こちらは素肌なのでくすぐったい。
「あ、ズルイ!」
「霞さんそれはダメなのでは」
「アンタ達が隣を占拠しているんだから、ここしか場所が無いのよ。こうなるのも仕方ないわよね。あー落ち着くわー」
頬擦りまで。春風と初霜が引き剥がそうとするが、御構い無しに堪能している。こんな霞は他の鎮守府で探してもここにしかいないだろう。そろそろ個体差で片付けることが出来なくなってきている。
『楽しんでるな。お前はこういう形の方が癒されるか?』
「どうだろ。1人でここにいるのも癒されるけど、皆でワイワイやるのも癒されるわ」
『違いない。手放したくないよな、これも』
日がな一日ここでボーッとしているのは、1人でしかやれないわけではないのだ。少しだけ方向性が違う癒し。私はどちらも求めている。
私はこの場で、心身ともに癒される。明日の戦いには、万全を期すことが出来るようだ。
決戦前、最後の1日。最高の状態で、奴に挑むことになるでしょう。