翌日、霞の初陣。簡単な哨戒任務だが、鎮守府の存続に関わる可能性がある大事な任務だ。何事もなく帰ってこれればいいが、何かあった時が一番困る。
「旗艦の深雪さまだぜ。姉貴が対空、朝潮が対潜。あたしと霞で目視確認。オッケー?」
「深雪が旗艦だと軽いなぁ」
旗艦は基本持ち回りだが、目視確認役が行うことが多い。なので、私が旗艦をすることはほとんどない。なので、今回の旗艦は深雪さん。
4人中2人が
「おっ、霞ぃ、緊張してんのか?」
「そりゃあ多少はするわよ。初陣なんだから」
任務として海に立つのは初めての霞。ちゃんと本物の魚雷を装備するのも勿論初めてだ。使わないに越したことはないが、装備しているということが大事。
「霞君、君にとってはこれが初陣だ。大丈夫かい?」
司令官も霞の初出撃を見送りに来ていた。忙しい中でも、これだけは欠かさない。だからこそ士気も上がる。
「大丈夫よ。もう私はそんなに弱くないわ」
「それならいいんだ。哨戒任務はまだ気楽にやってくれて構わないからね」
霞の頭を撫でる。恥ずかしげに身構えたが、されるがままにしていた。他所の霞だと手を払いのけて罵声を浴びせる程らしいが、うちの霞は穏やかなものだ。この司令官にそんなことはできないだろう。おそらく周りも許さない。
「では深雪君、出撃を許可する」
「うーし、じゃあ出撃! いっくぞー!」
深雪さんを先頭に工廠を出発した。私はもう何度も経験しているが、霞は初めての出撃だ。それでも、訓練の時のようにスムーズに発進していた。頭を撫でてもらったからかもしれない。緊張感は微塵にも感じられなかった。
哨戒ルートは鎮守府より南。北はさらに沖へ向かうが、南は比較的陸に近付くルートだ。どれだけ行っても陸は見えず、敵も普通に出てきたりするが、それでも今の北よりは安全。霞にはちょうどいい任務だろう。
「ソナーに感なし」
「電探反応なし」
「目視も異常なーし。静かな海だなぁ」
先日のバタバタが嘘のように静かな海。北と南でこうも差が出るものかと思ったが、どちらも北のようになっていたら鎮守府が包囲されている状態だ。今は北に偏っている、と考えておこう。
「鎮守府からこんなに離れたのは初めてね」
「そうね。鎮守府ももう見えないくらいだし」
振り返っても海。どこを見ても海。陸なんて到底見えない。私達の鎮守府が、本当に海の真ん中にあるということがわかる。
こういう場所だからこそ、索敵は念入りにしておかなくてはいけない。なにせ、敵は
「あ、そういえば」
「どうしたの朝潮ちゃん」
「私の初陣で行った島、今日の哨戒ルートに入ってますね」
救援に向かった島、霞と出会った島が、もう少ししたら見えてくる。岩礁帯なので近付くのは危ないが、以前に敵が出ているという経緯もあるので、しっかり見ておいた方がいいだろう。ああいうところだからこそ潜んでいる可能性はある。
「霞の生まれ故郷じゃん」
「何も覚えてないわよ」
霞のドロップポイントも近くにあるわけだ。同じドロップポイントから艦娘が何度もドロップするとは考えづらいが、もしかしたら誰かいるかもしれない。朝潮型のドロップポイントで、他の妹が浮かんでいたりするかもしれない。
しばらく進むと、あの岩礁帯が見えてきた。当然ながらドロップ艦は見当たらない。索敵結果も何もなし。ここも静かなものだ。
「さすがに何もないですね」
「当たり前っちゃあ当たり前だよなー」
島の周りをぐるっと回り、何事もないことを確認。敵の痕跡すらない。
「ん、ちょっと待って。あそこに何かいない?」
目視確認中の霞が何かを見つけた。深雪さんもその方向を見る。電探やソナーには何も反応がない。私と吹雪さんも続いて目視確認。
大型の黒い塊が蠢いている。
「あれは……深海棲艦! こっちにはまだ気付いてない!」
「なら撤退ですね。実働隊に連絡を」
「オッケー! 哨戒部隊の深雪だ! 敵艦を発見した! 数はーっと4! えーっと、多分軽巡1と駆逐3!」
司令官と連絡を取る旗艦の深雪さん。こちらはこちらで気付かれないように撤退準備に入る。波を立てないよう島の陰に隠れる。
「場所はーっと、あそこっ、朝潮の初陣の島! 霞の故郷!」
「その呼称やめません?」
「は? 撤退しなくていい? 友軍が近くにいる?」
少し珍しい状況になった。本来なら撤退して実働隊を呼ぶのだが、今回は近くに他の鎮守府の部隊がいるらしい。その部隊と協力して撃退せよということになった。
とはいえ私と吹雪さんは攻撃できる装備ではない。ここは深雪さんと霞に任せるとしよう。
「早速戦闘だぜ霞ぃ」
「わ、わかってるわよ。でも友軍がいるんでしょ?」
今はその友軍との合流を待つため、敵の状況を確認しながら島に隠れている。今のところ、向こうにも動きが見えない。
軽巡洋艦1体、駆逐艦3体となると、今の私達の部隊では荷が重い。合流する部隊次第では、そのまま撤退もあり得る。
「あ、もしかしてあれかな……?」
吹雪さんが近付いてくる部隊に気付いた。こちら側に近い位置から来たので、ちゃんと共同で戦える。
近付いてくる部隊にも見覚えがあった。
「あら、貴女達だったんですね」
旗艦は神通さん。ということは、以前に救援任務で助け出した鎮守府の方々のようだ。
いろいろゴタゴタする内に撤退した前回の救援任務。あの時は怪我人ばかりの部隊になってしまっていたが、今回は全員健康体。ちゃんと共闘するのは初めてだ。
「朝潮! 久しぶり!」
「お久しぶりです。敷波さん」
「わっ、改二じゃん! 見違えたよー」
神通さんの後ろからやってくる敷波さん。朧さんも一緒のようだ。
友軍は神通さん、敷波さん、朧さんの3人。少数ということは、おそらくあちらも哨戒任務中。こちらが敵を発見したことで、近くの鎮守府に連絡が入ったようだ。
「そちらは誰が攻撃役ですか?」
「あたしと霞で、霞は雷撃だけッス」
「わかりました。ならその2人を貸していただいて、水雷戦隊ですね。吹雪さん、朝潮さんは周囲警戒をお願いします」
私と吹雪さんは島からの近海監視。敵との戦いに横槍が入らないことを見張る。
数的優位はこちらにある。加えて、
「神通さん。霞はこれが初陣なので」
「そうですか。では皆さん、霞さんの射線はなるべく開けてください」
手練れな神通さんは、こちらの状況にもすぐに対応してくれる。これなら霞も戦いやすいはずだ。
「では深雪さん、霞さん、私が臨時旗艦を受け持ちます。戦場へ」
「了解!」
「りょ、了解!」
5人で敵の元へと駆けていった。私はもう見守るしかできない。無事に戦闘を終わらせてくれることを祈ろう。
結果として、大勝利だった。
手練れの神通さんが敵軽巡洋艦を相手取り、敷波さんと朧さんが敵駆逐艦を翻弄し、深雪さんと霞が撃破した。即席の部隊とは思えないくらい、綺麗に連携できていたように思える。ハラハラするところも無かった。
霞が敵を倒すところを間近に見られたのはよかった。成長を感じられる。
「うちの妹、完璧すぎ……!」
「霞もよくやってくれました」
部隊に入らなかった姉2人は、妹の活躍に大喜びである。少し敵の砲撃が掠めたようだが、擦り傷程度で済んでいる。初陣でこれなら上出来だ。
「任務完了、お疲れ様でした」
全ての敵の残骸が消滅したことを見届けて、島に戻ってくる部隊。改めて周囲を警戒するが、第二波は無さそう。
敵もあの部隊でこの海域を哨戒していたのか、たまたまここで発生したかはわからない。それでもいたのは事実だ。幸い、神通さん達の鎮守府の領域にも近いため、私達だけで対応することはないだろう。
「長波さんは今日はいないんですか?」
「今改二実習中なんだよ。あいつ張り切っちゃって」
旗艦の2人がお互いの司令官に連絡を取っている中、こちらは少し休憩。敷波さんとは本当に久しぶりに会う。話したいことはいろいろあったが、任務中だ。限られた時間を有意義に使おう。
「敷波姉もすごい訓練してたよ。朝潮には負けられないって」
「朧、余計なこと言わなくていいから」
「ふふ、元気そうでなによりです」
少しすると連絡も終わったようで、またそれぞれの任務に戻ることに。名残惜しかったが、また顔を見られただけでも良しとしよう。私達の生き方は、いつ顔を合わせられるかがわからない。
「天龍さんによろしく伝えてください」
「次は負けないと言ってたと伝えておきます」
「ええ、それで結構です。それでは」
神通さん達の部隊は自分達の鎮守府へと去っていった。敷波さんは最後まで手を振ってくれていた。
「こういう形での再会も、悪くはないですね」
「お互い、生きるか死ぬかだからね。でも、生きてればまた会えるよ。だから、死んじゃダメだからね」
「当たり前です。少なくとも霞は置いていけませんね」
擦り傷を負った霞は深雪さんに簡単な手当てをしてもらっていた。絆創膏程度で済む傷だが、何があるかはわからない。それに、潮風は傷に沁みる。
実際、霞はよくできていた。部隊の位置もちゃんと確認できていたし、射線に誰もいないことも見てから魚雷を発射していた。今までの訓練がよく活きている。
「もう少し手際よくやりたかったわね」
「充分充分。この程度で済んでんだからよ。んじゃあ、ここから撤退!」
哨戒任務中に交戦した場合はその場で撤退。これは私達の鎮守府では絶対の原則になっている。本来なら実働隊を呼んで撤退するのだから、交戦したなら尚更撤退だ。燃料も通常の哨戒以上に使うことになってしまったわけだし、早いうちに戻るべきである。
「霞も成長したわね」
「でしょ」
「これはご褒美でいいんじゃないかしらね。訓練でなく、実戦でちゃんと見れたから」
霞の表情が変わった。吹雪さんと深雪さんがいる手前、大きく反応することはなかったが、明らかにテンションが上がっている。
実際、訓練で的に当てるより、実戦で敵を倒せる方が優秀だ。それが最初からしっかりできているのだから、霞は優秀だ。
「さ、早く帰りましょ。戦果も報告しないと」
「霞ぃ、顔が緩んでるぞー」
「うっさい! 旗艦は先頭行きなさいな!」
赤い顔を隠しながら深雪さんを押し出す。ここで言わない方が良かったかもしれない。
哨戒任務は午前で終了。お風呂に行き、霞の傷を治す。午後からはまた訓練だ。でも、その前に霞の様子がおかしかった。それには吹雪さんも深雪さんも気付いた模様。
「霞どうした? 風呂の回復効果我慢してんのか? あたしにまたダルンダルンな霞を見せてくれてもいいんだぜ?」
「お風呂のは慣れたわよ……。ただ、今更になって身体が震えてきただけ」
戦場では気丈に振る舞っていたが、今になって恐怖心が出てきたらしい。
当たり前の事だった。初めて生と死の境界線に立ったのだから。擦り傷で済んでいるが、それが直撃していたらもっと危ない傷になっていたかもしれない。当たりどころが悪ければ死だ。
「敵と戦うのがあんなに怖いなんて思わなかったわ……」
「まぁなぁ。最初は結構ビビりながら戦ってたもんだぜ」
だからといって慣れたというわけではない、と深雪さんは付け加える。戦場は誰だって怖い。私だって怖い。だが、震えはしなくなった。ただ、やらなくてはやられるというのが大きい。
「朝潮ちゃんは初陣の時はそういうの言わなかったね」
「私は疲れすぎてお風呂では口が聞けないくらいダルンダルンでしたから」
「震えよりもそれが大きかったってことね」
霞の震えはまだ止まらないようだ。
それなら、と手を握ってやる。確かに震えている。多少はこれで収まればいいが。
「なら私が逆の手を」
「ならばあたしは身体を」
次々と引っ付かれる霞。
「暑苦しい」
言葉とは裏腹に、大分落ち着いたようだ。お風呂ゆえに全員裸というのは若干良くない光景ではあるが、それで霞が落ち着くならまだマシだろう。
「姉さんだけで充分よ。ほら、散った散った」
「朝潮だけオッケーとかマジでシスコンだな霞」
「うっさい。アンタにはアンタの姉がいるでしょうが。甘えられるだけ甘えなさいな」
吹雪さんが手を大きく広げて深雪さんを待っている。それに見向きもしない深雪さん。
霞の初陣は少しだけ大変だったがこうして終わりを告げた。妹の成長が確認できたのは良かったと思う。
ただ、やっぱり戦場には出てほしくないとも思ってしまった。過保護かもしれない。
霞は弱い部分を外に見せないようにして、裏で一人で悩みそうなタイプ。お姉さんくらいにはそういうの見せていいのよ。