戦いも佳境。扶桑姉妹の大健闘により、戦艦天姫の持つ太平洋深海棲姫の艤装、自立型の鯨が破壊された。代償として扶桑姉妹が倒れたが、命に別状はない。こちらもすぐに退避させる必要がある。
流れはこちらに来ている。今押し込まずにいつ押し込むというのだ。
「電、扶桑さん頼む! あたしが山城さん行くから!」
「りょ、了解なのです!」
「退避させるわけないでしょう!」
倒れた2人をその場から離すために、深雪さんと電さんが救援に入ってくれたが、それを簡単に許してくれるほど戦艦天姫も甘くない。顔面を殴られただけでは、即座に立ち上がってしまう。
一撃受けたことで少し冷静になってしまったようにも見えた。暴走状態から一転、状況判断をして破壊活動に走る。
「2人の邪魔はさせない! 時雨!」
「ああ、援護するよ」
それを食い止めようとしたのは皐月さん。近くに倒れた山城姉様を攻撃しようとする戦艦天姫に後ろから斬りかかり、さらに時雨さんが背部大型連装砲を放った。
しかし、それを防御するために矛を振り回され、まともに近付くことが出来ず、時雨さんの砲撃も阻まれる。
「邪魔をしないでください!」
「するに決まってるでしょうが! 深雪、電、早く!」
異常過ぎる腕力で攻撃されるが、なんとかギリギリいなし続ける皐月さん。近過ぎて難しいが、御構い無しに撃ち続ける時雨さんだが、それでも攻撃がなかなか通らない。防戦一方にならざるを得ない。
「こらそこ! 勝手に運ばないでください!」
「うるせぇ! 仲間が倒れたんだから助けるのは当たり前だろ! アンタだってそういう気持ちがあるから仇討ちだのなんだの言ってんだろうが!」
「アマツの仲間を殺した貴女達は死んで当たり前です! そっちの事情は知りません!」
相変わらずの滅茶苦茶な理論。北端上陸姫至上主義もここまでになると憐れである。
山城姉様を担ぎ上げた深雪さんが戦場から遠のく。それを追おうとする戦艦天姫だが、皐月さんが持ち前のスピードで横槍を入れ続けた。金の『種子』のおかげで、提督の力を使われなければスピードでは勝てている。
「あたしも手伝う! 皐月ちゃん、避けてよ!」
さらに復帰した清霜さんの砲撃により、深雪さんの退避がより確実なものになる。
強力な火力の砲撃だが、戦艦天姫は矛1本で全て捌き続ける。足止めになっているだけ充分だが、やはりインチキにも程があるだろう。
「サンキュー皐月、時雨! もう大丈夫だ!」
この時間稼ぎのおかげで、深雪さんと電さんが姉様達を戦場から退避させてくれた。安全圏内にさえ行ってくれれば安心だ。ここまで提督の力を使われなくてよかった。2連続で使われることはあったが、それ以上はチャージする時間が必要なのかもしれない。
艤装を破壊され、嗅覚を攻撃され続け、仲間もやられた戦艦天姫は、次に何をしでかすかわからない。そもそもまだ残っている戦艦仏棲姫の艤装が広範囲の無差別兵装。まだまだ侮れない。
『朝潮、龍驤や。そろそろ基地航空隊がそっちに着くで』
「了解です。え、でも、何故龍驤さんが」
『航空隊にうちらの艦載機も仕込んだ。ここにいる空母全員のや。攻撃以外のも紛れとるから、注意してくれ』
攻撃以外ということは、搦め手。陸上攻撃機や、二式大艇ちゃんには仕込むことが出来ない隠し球か。
『話は聞いとる。馬鹿でかい鯨の艤装のせいで、うちらはどうしても足手纏いになってまう。だから、うちらはこういう形で援護させてもらうで』
「ありがとうございます」
『ここに残っとるのはもう最低限の鎮守府防衛隊だけや。基地航空隊と一緒に最後の連中もそっちに向かった。航空隊の後にそっちに到着するで。気張りや!』
もう鎮守府に残っているのは僅か。今鎮守府を攻撃されたら面倒なことになるが、それでも戦力としては残っている。
「アマツは……アマツはまだ、やられません! みんなの仇を討つまでは、倒れるわけには行かないんです!」
大きく矛を振り、皐月さんを引き剥がす。そのまま時雨さんを睨み付け、次の瞬間、提督の力により一気に接近。矛で薙ぎ倒した後に主砲を撃ち込む。
倒れながらも艤装を盾にし、時雨さんはギリギリ大破で持ち堪えた。咄嗟の判断で体勢が変えられなかったらひとたまりも無かった。
「みんなを殺した罪を償ってもらわないといけないんですよ! 貴女達には!」
「だからよぉ、なんでお前が被害者ヅラしてんだオラァ!」
時雨さんにトドメを刺そうとする戦艦天姫に対し、猛烈に突っ込む天龍さんと龍田さん。だが、矛によりその攻撃は受け止められる。白兵戦の手練れ2人がかりだというのに、矛1本で捌いていた。
「睦月! 時雨回収してくれ!」
「わかったにゃしい!」
2人がかりで戦艦天姫を時雨さんから引き剥がし、その間に時雨さんを退避させてもらう。睦月さんは治療しなくてはいけないため、今は大発動艇に載っていてもらう。
「ちょろちょろちょろちょろ軽巡2人が!」
「大戦艦様にゃ小粒かもしれねぇけどよ」
「私達は簡単にはやられないわよ〜」
正面から2人での連携攻撃。さすが姉妹は連携の練度が段違いだ。戦艦天姫相手に互角に立ち回っている。
そして、2人を捌いている戦艦天姫は後ろが無防備。その隙を突いて皐月さんが後ろから斬りかかる。矛1本で3方向からの攻撃は防ぐことが出来ないはずだ。先程使ったばかりだから、提督の力も使われないだろう。
「
「やらせないと、言っているでしょう!」
混ぜ物は姫の艤装を2つ持っているが、戦艦天姫はそれを同時に展開出来なかったはずだ。切り替えという形でどちらも使いこなしていた。それが、この後に及んで同時に展開。防空霞姫が防空棲姫と水母水姫の艤装を同時展開していたが、ここまで高出力ではなかった。本体が負荷に耐えられなくなるのではないのか。
案の定、戦艦天姫は血涙を流しながら、澱んだ瞳でこちらを睨みつけている。混ぜ物で改造されているにしても、この負荷には耐えられていない。鯨が破壊されたことでギリギリ保っていられるくらいだろう。スタミナ切れよりも先に、身体が崩壊するのではなかろうか。
『基地航空隊第二波、到着かもー!』
『朝潮殿、回避を!』
「来ました! 総員退避!」
言うが早いか、二式大艇ちゃんの反応。戦艦天姫に向けて、航空隊による空爆が開始された。
「少しだけでも足止めを……!」
春風と初霜が砲撃し、空爆が着弾するまでの僅かな時間を稼いだ。これで退避もさせない。
「二度も三度も! 同じ手を喰らうわけにはいきませんよ!」
私とクウの爆撃を回避した時のように尻尾を傘にして回避。絨毯爆撃故にその場から動けなくは出来ているが、ダメージは与えることができていない。それを確認したため、陸上攻撃機は戦艦天姫をターゲットから外し、未だに攻め込んでくる人形と姫級の群れを一網打尽にしていく。
戦艦天姫の直上に残ったのは、先程連絡を貰った龍驤さん達の艦載機だ。そこから落とされたのは見たことのない緑色の爆弾。この時のために用意していたものか。確実に当てるために、急降下爆撃。
『そいつには絶対に被爆せんようにな!』
白い爆弾が尻尾にぶつかった直後、爆弾とは違う爆発を見せた。水風船が破裂するかの如く、中から液体が飛び、戦艦天姫の身体に付着していく。何発も投下され、戦艦天姫の身体は水浸しに。
二式大艇ちゃんからの映像で、尻尾を傘にして回避した姿を見たからこそ選ばれた搦め手。防御されるのなら、確実に全身に染み渡るはすだ。見た目はただの水、洗い流そうとはすぐには思わない。あとは、この液体が何なのかである。
「ただの水で、アマツが止められるとでも!」
その液体の匂いがこちらまで漂ってきた。その時点で、皆あれが何であるかを察する。
逆に戦艦天姫は、嗅覚がスウェーデンの缶詰めペイント弾の発酵臭に支配されている。そのため、あの液体の匂いはわかっていない。
「清霜さん! イクサさん!」
「この清霜の主砲、伊達じゃないよ! 撃てぇーっ!」
「いい気合いね。援護するわ!」
轟音と共に2人が主砲を発射。狙いはしっかりと戦艦天姫のど真ん中。同じ方向からの砲撃だとしても、これは普通なら耐えられない威力。
「何度も何度も! 効かない攻撃ばかりしてこないでください!」
その砲撃すら、前回と同じように払い除けるように弾いた。2発とも御構い無しに。前回は素手だったが、今回は携える矛で。あれだけの威力のものを払い除けても、折れるどころか凹みもしないのは恐れ入る。だが、矛で弾いたことが失敗であると、すぐに気付くことになっただろう。
弾いた瞬間、戦艦天姫の身体が
「えっ、あ、あぁあああっ!?」
龍驤さんの仕込んだ爆弾の液体は、明石さん謹製の透明な引火性液体。空母での対地攻撃のために、燃料を調整して開発された特殊なもの。燃料のような匂いがしたため、この性質に皆が気付けた。臭い弾を当てられていなかったら、すぐにバレていただろう。
2人の砲撃を矛で弾いた時に火花が発生した。液体が気化したガスに火花が着火したことにより、戦艦天姫は大炎上したのである。
突然のことで混乱し、矛と尻尾を振り回しながら暴れ出す。海上なのだから潜ればいいのに、そこまで気が回らないようだった。ならば、今がチャンス。
「霞! 春風!」
「脚を破壊するわ!」
「霞さんを援護します!」
潜ればいいことに気付かれる前に潜る手段すら失わせるため雷撃を指示。離れていても的確に当てられる霞の雷撃はここでも重宝する。さらには春風の雷撃で逃げ場封じ。
「あぁあああっ!?」
暴れまわることで尻尾がのたうち回り、力強く海面に何度も叩きつけられた。このせいで白兵戦組が近付く事が出来ないでいる。さらには大きな波を作り、海水をモロに被ったことで鎮火されてしまった。
その後に魚雷が届くが、その存在に気付かれてしまったため、尻尾を下に回して魚雷を回避。あの状態になっても堅牢な防御力を持つ尻尾は健在。
「チッ……外したわね……」
「そう簡単には行きませんか」
「よくも、よくもよくもよくもよくも!」
今までここまでのダメージを受けた事がないのだろう。大和型戦艦という誇りなど何処かに行ってしまった慢心の権化が、度重なる屈辱で怒り心頭。暴走がより深まり、撤退すら視野に入らなくなっている。
姫級艤装の同時使用による身体への負荷と、過剰な消費によるスタミナ切れ、さらには身体への大きなダメージで、戦艦天姫はもう限界なのだと思う。それを怒りで無視しているだけだ。
「みんなの、みんなの仇を……!」
「ふざけるなよテメェ」
戦艦天姫が私に気を向けている隙に、天龍さんが跳んでいた。首狙いの一刀は、未だ健在の矛により受けられる。
「殺しに来るなら、殺される覚悟くらい持ってこいやぁ!」
空中で身体を捻り、もう一度打ち付ける。1回目とは音が違った。
「オレらは命張ってんだぞ! なんでテメェだけ勝てるつもりでいるんだよクソが! こっちがむざむざやられると思ってんのか!」
「アマツはお母様に勝利を捧げるために生まれたんです! 負けるわけが無いんですよ! それがお母様の」
「お母様お母様煩ぇんだよ!」
戦艦天姫の尻尾に着地し、さらに一撃。またもや矛から違う音がする。深く、より深く打ち付けることで、矛にヒビが入った。
「な、なんで、軽巡の力でこんな!?」
「山城姐さんの言葉覚えてねぇのか! オレらはテメェと信念が違うんだよ!」
最後にもう一度。同じところに渾身の斬撃を4回。ヒビが拡がり、矛が砕け散った。
勢いそのまま、天龍さんの斬撃は戦艦天姫の首へと向かうが、それは紙一重で避けられてしまう。
「そこを退きなさい!」
足蹴にされている尻尾をのたうたせ、天龍さんをその場から退かし、間合いをとるために振り回す。だが最初の勢いはもう無い。質量故に、当たれば大きなダメージに繋がるため、天龍さんは避けざるを得ない。
「これだけあれば、貴女達なんて倒せるんですよ! アマツが、お母様に勝利を……!」
「もういいよ」
清霜さんの砲撃により、尻尾が根元から粉砕された。
太平洋深海棲姫の艤装とは違い、戦艦仏棲姫の艤装は精神状況が強度を左右するようなものではなさそうだが、度重なる無理な攻撃と先程の炎上により、そこまでの強度はもう無かった。先程までは砲撃全てを防いでいたのに、今はたった一撃でこれである。
戦艦天姫は、もう限界をとうに超えている。
「もう終わりだよ」
さらに砲撃。艤装を全て破壊され、機関部しか残されていない戦艦天姫は、防御しか出来ない。その防御もままならない状態になり、清霜さんの砲撃を弾き切れず、腕が捻じ曲がってしまった。
「邪魔をしないでください! アマツは、アマツはぁ!」
「もう限界なんでしょ。あたしが終わらせてあげる」
向かってきた戦艦天姫にさらに砲撃。もう片方の腕で防御をしようとしたが、同じようにあらぬ方向に捻じ曲がった。
もう誰も手を出さなかった。清霜さんの覚悟を全員が見届ける。名誉大和型、いや、正式に大和型戦艦として、闇に染まった大和さんをその手にかける覚悟を。
「アマツは……お母様のために……」
「これで終わり……終わりなんだよ」
次の砲撃で脚を撃ち、もう動けないように。壊れた艤装の端からチリチリと消滅し始めている。
あれだけの無茶をしたのだ。こちらの攻撃だって効いている。両腕両脚がおかしな方向を向き、身体中に火傷。まだ信念を捨てていなくとも、身体は既に死を受け入れてしまっている。
消えていく艤装が視界に入ったことで、張り詰めていた糸が切れたようだった。もがくのもやめ、脱力する。
「あ、ああ……消えていく……アマツが消えていきます……」
「うん。わかったよね。終わりだって」
「終わり……アマツはもう……終わりなんですね……」
身体も半分が消滅。浄化の可能性はもう無い。
「浄化も無理そうだね。未練、あるもんね」
「……はい、勿論。お母様の望む世界を……作ってあげられなかったのが……大きな未練ですよ……」
疲れ果てた顔。自嘲するような笑み。
「疲れたでしょ……ゆっくり休んで」
「……お母様……お別れ……です……」
皆が見守る中、全てが消え去った。電探の反応も、深海の気配も無くなり、その場から無くなったことが証明された。
戦艦天姫の撃破を確認。これで、混ぜ物は全滅した。