長く続いた戦艦天姫との戦いが、ついに幕を閉じた。人形と姫級の群れは、仲間達に加え基地航空隊の空爆により、一時的に無力化。戦艦天姫の消滅を確認したことで、全員にどっと疲れが押し寄せる。私、朝潮も、詰まっていた息が溜息のように溢れ出た。
「司令官……先遣隊旗艦、朝潮です。応答を」
『私だ。戦闘はどうなった』
私からの通信に、息を呑むのはわかった。後ろが静かなことは向こうにも伝わっているだろう。それだけでは結果はわからない。
「戦艦天姫……消滅を確認しました。私達の勝利です」
『っ……そうか。無事で良かった』
大きく喜ぶのも呑み込み、静かに応えてくれた。今はまだ歓声をあげる時ではない。戦いが全て終わったわけではないし、ちゃんと鎮守府に戻ることが出来て初めて戦闘終了だ。
「基地航空隊と共に出発したという最後の援軍とはまだ合流していません……っと、今来ましたね」
「あ、おーい! 援軍必要なかった?」
全てが終わった後に合流。少しタイミングが遅かったか。
最後の援軍は、必要最低限の鎮守府防衛を残した残り全員。案内役も兼ねた旗艦川内さん。随伴が吹雪さん、白露さん、大和さん、武蔵さん、白雪風さん。
「ちょうど今終わったところです……」
「みたいだね。みんな疲れた顔してる」
川内さんの言う通り、誰もが疲れた顔をしている。
特に清霜さんは、戦艦天姫を撃破したことで膝をつくほど消耗していた。最後まで気を張り続け、その張り詰めた糸が切れた途端に倒れかけるほどの疲労。
「本来の作戦では、このまま敵鎮守府へ進軍でした。今日で全てを終わらせるつもりでしたから」
「だね。私としては夜戦バッチコイなんだけど」
「今来た6人だけで向かえます?」
「割と怖いね。鎮守府そのものを陣地にしてる陸上型なんて、何してくるかわかんないし」
ただし、やらないとは言っていない。これ以上、北端上陸姫に時間を与えるわけにもいかないのは確かだ。今までこちらを散々苦しめてきた混ぜ物ですら、何かをやるための時間稼ぎだったとしたら困る。そうでないと思いたい。
なるべく時間を与えたくないのは確かだ。今まで、時間が空けば空くほどに、面倒な策をいくつも使われてきている。やれるものなら今から叩きたい。
「司令官。進軍か……撤退か、決めてもらえますか」
戦場での臨時司令塔とはいえ、私だけの判断ではもう無理だ。司令官に判断してもらう。命に関わることは荷が重すぎる。
鎮守府側は沈黙。司令官達が相談しているのだろう。進軍か、撤退か。
少しだけ時間を使い、出た決断は。
『消耗が激しい。一度撤退して、仕切り直そう』
たった1人の混ぜ物のために、こちらの戦力を総動員している。半数は人形と姫級を食い止め、もう半数は混ぜ物2人との戦闘。補給速姫との戦闘の功労者、いつも元気いっぱいのレキですら、睦月さんの大発動艇に掴まって休んでいるほどである。ポテンシャルは半分以下だろう。
ただでさえ戦闘が長引いたことで時間も遅い。今から敵鎮守府に向かったら夜になってしまう。この疲労状態で夜戦なんて、死にに行くようなものだ。
「了解しました。皆さん、帰投します!」
これは英断だった。より死を遠ざけるのなら、仕切り直した方がいい。生きていれば、また行ける。
「大和達が
「もう一踏ん張りだからな。帰って充分に休んでからまた来ようじゃないか!」
大和さんと武蔵さんを筆頭に、最後の援軍部隊が私達の帰投のサポートを買って出てくれた。今でこそ敵援軍は止まっているが、いつ来てもおかしくないはずだ。戦艦天姫がやられたことで一旦止めた可能性もあるが。
『私、あんまりお仕事出来なかった』
『別に働かないなら働かない方がいいんだよ。朝潮を守ったろ。それで充分だ』
「ええ。ありがとうヨル。あの時は助かったわ」
私の損傷は、アサが半壊させられたのみ。他の怪我人に比べれば、私自身がやられていないのだから何も問題はない。疲労のみだ。
私達はなるべく急いでその海域から離れた。また敵に来られても困る。あの量が鎮守府に攻め込んできても困るため、周辺警戒はより強化しなくてはいけなそうだ。
出撃していた大人数が一斉に帰投。大発動艇により運ばれた怪我人がここまで来れたが、最悪なことにドックが足りない。
私達の鎮守府にある入渠ドックは8個。それに対して、今回の戦いで入渠が必要なほどに怪我を負ったのは11人。ゴーヤさんは潜水艦の特性で入渠がかなり早く終わるらしいが、それが終わるまで待ったとしても2人あぶれる状態。
「増設しておいてよかったよ。ここまでの損害は予想していなかったが、念には念をとはよく言ったものだ」
それが、私達が戦闘している最中に増設されていた、現在ドックは12個。怪我人全員を入渠することが出来るようになっている。司令官達が万が一のことを考えていたらしい。
結果、ここに運ばれてきた怪我人も無事入渠することが出来た。特に酷いことになっていた扶桑姉様は、体内の調査も念入りに。
「よく帰ってきてくれた! 仕切り直しには時間が必要だ! 今は身体を休めてくれ!」
仕切り直しの打ち合わせは、少なくとも皆が回復してからになるだろう。今は頭が回らない。
とはいえ人数が多すぎてお風呂待ちも続出。先に出撃した順で入ることになったため、一番風呂は私達先遣隊と潜水艦隊、そして第一遊撃部隊。
「あ゛ぁぁぁ〜〜……」
「こ、これ、ヤッバいわ……回復すご……」
恥ずかしげもなくダメな声が出てしまう。霞もビクンビクン震え、他の人達もぐだぐだ。時津風さんに至っては、浜風さんの胸を枕に眠ってしまったほどである。困惑しているものの、ここの時津風さんはこういうものだと聞いたらすぐに受け入れてくれた。
お風呂の回復がここまで染み渡るのは久しぶり。この身体になってからは初めてのことである。
「姉さん……もう少し抑えた方がいいわ……」
「霞も人のこと言えないくらいダルンダルンよ……」
辛うじて口に出せた言語がこれくらい。しっかり回復するまでに時間を要する。後が支えているため、そこまでまったりすることは出来ない。ある程度回復出来れば、すぐに出ることになる。
「清霜さん、溺れないでくださいね……」
「無理かも……さ、支え、支えて誰か……」
やはり一番消耗が激しい清霜さんは、脱力して湯船に溶けていくように沈んでいってしまう。これだと本当に溺れかねないため、力の入らない腕を伸ばして何とか支えた。
身体が物凄く震えていた。回復を享受している震えではなく、恐怖の震え。
「あ、あはは……今更こんなに震えちゃってて……」
「本当にお疲れ様でした。餓死寸前まで耐えていましたよね」
「お腹空いて死ぬかと思ったの、生まれた時以来だよ」
今でこそ笑顔を絶やさないが、内心では、戦艦天姫を倒したことで複雑な心境なのだと思う。これがケア出来るのは
「清霜、少しいいか」
「磯風ちゃん、どしたの?」
「戦艦天姫にトドメを刺したのはお前なんだよな。だから……聞きたいことが、な」
お風呂の回復が安定してきたか、普段と同じ表情に戻った磯風さんが清霜さんへ。
戦艦天姫が磯風さんの想い人が素材にされていたのは周知の事実。戦闘開始時にそれを使って煽られたし、磯風さん自身がその場で謝罪もしている。気にしていないわけがなかった。
「奴は……戦艦天姫は、最期どうだった」
切実な思いが見え隠れしていた。もしかしたら最後の最期に素材の人格が戻ってきているかもしれないという一縷の望み。
雪風の件で、もしかしたら素材の人格が戻るかもしれないという可能性があったからだ。あの時は浄化という特殊な状況下にあったから起きた奇跡だったのかもしれない。
「……最期までお母様お母様言って消えていったよ。でも……すごく疲れた顔をしてた。いろいろと諦めた顔っていうか……うん、そんな感じ」
「……そうか。おかしなことを聞いてすまなかった」
表情は崩さなかったが、ほんの少しだけ落ち込んだような、だが安心したような雰囲気。戦艦天姫を終わらせた事で、阿奈波さんは本当に逝くことが出来たと考えているのだろう。
吹っ切れることは難しいと思う。私達とは違う、重い、重い罪悪感だ。私の持つ裏切りの記憶よりも重い、殺害の記憶。この戦いが終わったら別の鎮守府に配属されるという話だったが、そのままここにいてもいいだろう。ここならメンタルケアもしやすいはずだ。
「彼はこれで……いや、すまん。今は勝利の味を嚙みしめよう。まだ終わりでは無いがな」
磯風さんは強い。罪悪感の中、今まで戦ってきたのだ。それが一部決着がついたとしても、気を緩めず気丈に振る舞い続けている。
「磯風さん……その、辛かったら」
「大丈夫だ。彼はこれで浮かばれた。私はそう思う」
今緩んだら、戦闘不能になるほどに糸が切れてしまうのだろう。今のは失言だった。
そこから全員が回復する内に、外はもう暗くなっていた。まだ祝勝会とはいかないが、皆で揃って夕食を摂れることがこれほど嬉しいことはない。
入渠組で一番時間がかかるのはやはり扶桑姉様。完了まで約2日を要するとのこと。明日は完全にフリーとなり、明後日、扶桑姉様が目覚めたら仕切り直しとなる。
「北端上陸姫まで辿り着けなかったのは残念ですが……生きてここに戻ってこれたのは嬉しいですね」
夕食後、報告書を司令官に提出。酷い戦いだったとしても、こういう部分はしっかりとこなすべき。
「本当によく帰ってきてくれたよ。お疲れ様」
「誰も死ななかったのは上々ですね」
そのまま先に進むという選択肢もあっただろう。だが、司令官はそれでも撤退を選択してくれた。戦いを早期に終わらせるために焦ることもなく、戻って回復してまた向かう方が確実に終わらせられるという確信のもとの英断だ。
「仲間を失ってまで早く終わらせるより、誰も死なない道を優先するさ」
この信念の下に指揮を執ってくれるおかげで、私達の安泰は約束されているようなものだった。
この人の下に配属されて、本当に良かった。
「ところで、お聞きしたいことが」
「……ああ、まぁ言いたいことはわかるよ」
私の視線は司令官ではなく、その傍らに立つ涼月さんに行っている。司令官に対する嫌悪感が薄れ、むしろ好意へと反転したことでここまで積極的になるとは思わなかった。
「ガングート君と涼月君からも報告を受けていてね。補給速姫に最後のトドメを刺すことになったのは涼月君だと聞いているよ」
「私は別の戦場でしたが、反応でそうであるとは理解しています。自爆されかけたのですぐに消滅させる必要があったと」
「朝潮さんの言う通りです。あのままでしたら、その場で全滅もありました」
残酷な機転であったが、そのおかげで助かっているのだ。責めることは出来ない。私だっておそらく同じことをした。あの場にいたら、ヨルにお願いして頭を噛み潰していただろう。
報告は終わったのだろうが、涼月さんはこの部屋に残った模様。他の
「辛いことをさせてしまったようだね。すまない、涼月君」
「提督にそう言っていただけるだけでも、私は救われます」
最初とはえらい違いである。仲違いするよりはマシだが。
「山城さんが入渠している間は、私がお茶を淹れますね。そうだ、提督に許可していただいた家庭菜園も順調に開拓出来ています」
「それはよかった。私も使わせてもらう約束だったからね。秋津洲君に頼まれていた種を運んできてもらったよ」
「ありがとうございます。まずはカボチャを召し上がってもらいたいですね。萩風さんとも健康メニューを考案しているんですよ」
こんなに饒舌だとは。でも、仲がいいのは良いことだ。見ていて微笑ましさも感じる。
山城姉様には結構な強敵なのではないだろうか。
最後の戦いは次のステップへ。戦艦天姫はそれほどまでの相手でした。