戦艦天姫を撃破し、司令官の英断により撤退をした翌日の朝。扶桑姉妹以外は全員入渠が完了。さすが重傷を負った半深海棲艦の戦艦、コストが馬鹿にならない。それでも完治出来るのなら良かった。見た目欠損も無かったため、後天性の
だが、少し気になることがあるらしい。艦娘や深海棲艦には滅多に起こり得ないことが起きているそうだ。私、朝潮は2人の様子を見に来た時に明石さんと佐久間さんの話し声を聞き付けた。
「姉様達、どうかしたんですか」
「……熱が引かないんだよね」
明石さんが呟く。2人とも、高熱が出ているらしい。私がストレス性高体温症を発症したときと同じように見えるそうだが、体調が悪いようには見えないらしい。
とはいえ原因はすぐにわかる。この2人だけ、戦艦天姫が扱う太平洋深海棲姫の鯨型自立型艤装に丸呑みされている。その時に何かされたか。
「いろいろ調べてみないといけないかな。このままだと、目が覚めたとしても戦いにならないよ」
「はい……高熱の辛さは私が一番知っていますので」
ただ熱が出るだけでもなかなかにキツイ。足元がおぼつかなくなったり、思考が定まらなくなったりと、まず確実に戦場には出られなくなる。疲労以上に問題が多くなる。
それに、あの北端上陸姫が仕込んだ何かだ。ただの高熱ではない可能性が高い。今でこそドックで眠っているが、起きたら何かなるというのも無くはない。
「扶桑さんの方は細胞とか血液とかあるから、今の状態と比べてみるよ。何か変わってるかもしれないし。とはいえ私、風邪とか専門外なんだよなぁ……医者じゃないし」
頭をかきながら、明石さん経由で妖精さんに必要なものを用意してもらっていた。こればっかりは佐久間さんに任せるしかないだろう。セキさんなら深海棲艦の身体を触れるかもしれないが、山城姉様にも影響があるために、より細かく見ることが出来る佐久間さん頼り。
午前中いっぱいを使って、扶桑姉様の細胞と血液から高熱の理由が調査された。やれることは全てやるスタンスで、雪さんもお手伝いして目一杯。
そこでわかったことを司令官も交えて説明する。私も妹的存在ということでその説明を聞くことに。
「えー……調査結果なんですが、なんと言えばいいか……」
「そんなにまずい状況なのかい?」
調査結果の書類を見ながら眉をひそめる佐久間さん。
「扶桑さんの血液から確認したんですが、明らかに扶桑さんのものとは違う細胞が混入していました。侵食性があるものには見えませんでしたが、反発し続けているので、それが身体に悪影響を及ぼしているんじゃないかと」
鯨の体内で傷を負ったことで、本来入ってはいけないものが体内に入ってしまったために、拒否反応を起こして高熱を出してしまっているということか。そのよくわからないものが体内から取り除かれない限り、高熱は取り除かれることはない。死には至らないにしろ、ずっと体調不良となると気が滅入る。
だがそれは、扶桑姉様だからである。元々半分深海棲艦であるため、最初から持っている深海の成分が、後から入ってきた深海の何かと反発しているだけ。山城姉様を相手にした場合、話が大きく変わる。
「問題は山城さんの方です。同じように高熱を出していますが、体内に深海の何かが入っているんですよ。これ、侵食性が無いにしても何か危険なことが起きてもおかしくないです。むしろ、山城さん相手では侵食する可能性だってあります」
山城姉様側は今調査中らしい。しかし、最悪の場合、山城姉様が深海棲艦化してもおかしくない危険な状況。早期に治療が出来なければ、山城姉様が山城姉様で無くなってしまうかもしれないのだ。
万が一そうなってしまった場合、扶桑姉様も壊れる。最高戦力が総崩れし、酷い時には暴走からの鎮守府壊滅まである。壊れた扶桑姉様を止められる戦力は、今この鎮守府にはいない。
『ならすぐ治さないといけないってことか』
「そういうことね。時間が経てば経つほど危ないかも……」
『で、でも、どうすればいいの!?』
姉の危機に、アサとヨルも切迫した状況。ヨルに至っては混乱してしまっているため、アサが宥めてくれている。
「治療のためにはどうすればいいんだい」
「本人の細胞があれば、すぐに中和剤は作れます。『種子』と同じです。ですが……」
「戦艦天姫は撃破済み……」
最悪の敵をようやく倒したのに、思わぬ土産を置いていかれてしまった。こちらの最高戦力を、こんな形で崩しに来るだなんて。
あの鯨で喰い殺そうとしても殺せなかった場合に、こうなるように仕向けていたということだろう。抜け目が無さすぎる。許せないほど流石である。
「おそらくこの何かの中和剤、作ろうと思えば作れます。近しいものの細胞を掛け合わせれば……おそらく」
戦艦天姫の使った鯨は、人間、大和さん、太平洋深海棲姫の3つの掛け合わせで生まれたといえるものだ。そのため、その細胞を混ぜ合わせれば中和剤が作れるのではないかと佐久間さんは想定している。ただでさえ本体からの中和剤作成が100%作れないのだから、どういう形ででも可能性を追い求めるしかない。
「人間の細胞は私が出します。大和の細胞は元帥閣下のところの大和さんから貰いたいです。ただ……」
「太平洋深海棲姫は未だに1体しか発見されていないような深海棲艦だ。発見は絶望的に近いね……」
八方塞がりである。頭を悩ませても何も答えが出ず、早く答えを出さなくては山城姉様が最悪なことになりかねない。
『イクサなら何か知らないか。アイツ、深海の知識が他より多いだろ』
「アサから提案です。イクサさんに聞いてみましょう。何かしら知っているかもしれません」
ミナトさんに代わり深海棲艦アドバイザーをしてくれているイクサさんなら、何か思いついてくれるかもしれない。もう藁にもすがる思いでイクサさんを呼び出す。
「太平洋深海棲姫の居場所?」
「ああ……扶桑君と山城君を救うためには、その深海棲艦の細胞が必要かもしれないんだ」
「私だって見たこと無いわ。深海棲艦として生まれて、知識として持っているだけだもの」
イクサさんも居場所まではわからないらしい。実際、戦艦水鬼として生まれて今まで、まだそこまで時間は経っていないらしい。ウォースパイトさんが大先輩になるほどだそうだ。
そういえば、生まれたばかりのクウでも、ヒメさんやシンさんのことを知識として知っていたくらいだ。見たことも聞いたことも無くても、空母ヲ級として最低限の知識は持っているということだろう。イクサさんは戦艦水鬼として、空母ヲ級より知識が多いということか。
「あ、じゃあ、太平洋深海棲姫に似たような子はいないかな。言い方は悪いけど、細胞の代用が出来る子を知ってたりしない?」
「細胞の代用なんて出来るのかい?」
「深海棲艦は細胞が近しいものが多いので、薄いにしても可能性に賭けたくて……」
本当に藁にもすがる思い。試せることは全て試したい。協力してもらえそうな深海棲艦を片っ端から頼りたい。
「そうね……生まれが近いところで言えば、深海海月姫辺りは近いかもしれないわ。太平洋深海棲姫は戦艦だけど、深海海月姫は空母なのよね」
聞き慣れない名前の深海棲艦を提示された。こちらもあまり聞かないような深海棲艦らしく、数体しか発見されていないレア個体。そんなものばかりである。
「あとは……中枢棲姫ね。あの子も生まれが近いわ」
「中枢棲姫……」
視線が私に集まる。確かに今の私は中枢棲姫の亜種。とはいえ、ヨルが接続されて水母水姫の要素も持っているし、水陸両用にされている。そもそも私は元艦娘だ。求められている細胞を持っているかはわからない。
『私達の細胞なんて幾らでも持っていってくれて構わないだろ』
『ヤマシロ姉のためならいっぱい出す!』
「私の細胞なら幾らでも使ってくれて構いません。ですが、深海海月姫の情報もいるでしょう」
「うん。朝潮ちゃんはかなり特殊な深海棲艦だから、うまく合うかわからないからね」
ひとまず私の細胞は好きなだけ持って行ってもらうとして、イクサさんが提示したもう1人の深海棲艦、深海海月姫の情報を得る。
今度呼び出されたのははちさん。深海棲艦のデータを大量に持ってやってきた。
「提督、深海棲艦の資料、いっぱい持ってきました」
「ありがとうはち君」
発見された時期や地域などで細分化されたデータを調べていく。
太平洋深海棲姫はその名前の通り、太平洋の奥深くで発見された深海棲艦なのだろう。私達にはあまり縁のない海域である。そのせいで、細胞の獲得はさらに絶望的。
「これが深海海月姫……」
データに記載された深海海月姫の外見は、今までに見たことのないグロテスクな形状をしていた。
人型ではあるものの、艤装がとにかく大きく、頭上に身体と同じ大きさの艦首状の鉄塊。本体は白の深海棲艦らしく真っ白で、長い髪がたなびき名前の通りクラゲの如く浮遊しているように見える。艦載機もクラゲのような独特なシルエットである。
「とはいえ、生まれだけよ。代替が利くかは何とも言えないわ。それに、この子が何処にいるかも知らないし」
「いや、僅かな可能性にも賭ける必要があるんだ。情報提供感謝するよ。イクサ君が言った3人の深海棲艦の目撃情報を募ろう」
ふと、データをマジマジと見て黙っている佐久間さんが気になった。その姿を見てからというもの、明らかにいつもと違う。
「佐久間さん、どうしました?」
「こ、この人……でいいの? えぁ、ひ、人って言っていいかはわからないけど、ほ、ホントに?」
「今のところそれしか無いですし。あの、何をそんなに……」
何だかいつもの佐久間さんと違う。今はそれなりに切羽詰まった状況ではあるものの、場を和ませるような冗談だって言う人だ。この深海海月姫を見ても、名前通りなイメージを指摘したりするかと思っていたが、やたら静か。
「あ、あのさ、前に朝潮ちゃんには話したと思うけど、私がこの道選んだキッカケ、覚えてる?」
「溺れていたところを深海棲艦に助けられたと……え、まさか」
「私を助けてくれたの……この人……」
佐久間さんの証言を思い出す。確かに深海海月姫は、白い女性型で髪が長く、巨大な艤装を持っている証言通りの外見だ。そこに本人がこれと判断出来たほどなのだから、佐久間さんを助けたのは深海海月姫なのだろう。
「佐久間君、君が深海海月姫と出会ったのはどの辺りなんだい?」
「数年前ですが、えーっと……あ、海図ありますか」
すぐに青葉さん謹製の海図が出てくる。今回は鎮守府を中心にしたかなり広い範囲のものである。海図というよりは地図か。
とはいえ、数年前に出会ったというほどなのだから、今もまだそこにいるとは限らない。別の場所に行っているかもしれないし、既に息絶えている可能性もある。
「ここの辺り……かな」
佐久間さんが海図で指をさした場所は、ここから西へ大分進んだところ。かなり前に、泊地棲鬼と戦った場所より少し南に行った辺り。それなら、あの辺りを元々の居場所にしていた潜水艦姉妹が何かしら知っているかもしれない。
今度はシンさんの乗る車椅子を押したセンさんが呼び出される。次から次へと引っ切り無しに情報収集しているが、深海棲艦から深海棲艦の情報を得ることが出来るなんて、この鎮守府でなくては出来ないことだ。
「突然呼び立ててしまってすまない。セン君、君が元々いた海域で、この深海棲艦を見たことは無いかな。情報だけでもいい」
司令官が深海海月姫のデータをセンさんに見せる。シンさんにも見えるようにしたところ、早速シンさんが声を上げた。
「クラゲのお姉ちゃんに似てるね」
「ええ……私達の知っている人に似ているわ……深海海月姫ね……」
まだあの場所にいる。潜水艦姉妹があの場所にいた時からもう数ヶ月経過しているが、佐久間さんを助けてくれた数年前から殆ど移動していないというのなら、この数ヶ月の間も移動していない可能性は高い。
「この人に……何か用が?」
「実はだね……」
掻い摘んで事情を説明する。このままでは扶桑姉様と山城姉様が危険であるということがわかると、センさんもすぐに納得してくれた。
「私がその場所に案内する……何が欲しいの……?」
「来てもらえるのが一番だけど、最悪身体の一部……髪の毛数本で! 痛い思いはさせないし、絶対に危害を加えない!」
「わかったわ……行きましょう」
すぐに準備してくれた。やはり艤装を準備する必要のない深海棲艦はこういうところで強い。
「朝潮ちゃん、先に細胞を貰えるかな。行っている間に、朝潮ちゃんの細胞でも適合するか確認しておく」
「大丈夫です。何が要りますか?」
「髪の毛数本と、血液、あとアサちゃんの唾液、念のためヨルちゃんの唾液……やれること全部!」
自立型艤装の体液が問題を引き起こしている可能性から、私の自立型艤装の体液も適合素材になり得る。渡せるものは全て渡さなくてはいけない。
「山城君は今日中に入渠が終わる予定なのだが、終わったところで起こさないようにしておく。起きたことで悪化した、なんてことが起きても困るからね」
「それがいいと思います。そもそも高熱が出ているのなら、ドックで眠っていた方がいいでしょう」
突然引き起こされた私の姉の危機。早急に解決しなくてはいけない。敵鎮守府への攻撃も、このままでは気持ちの面で実行出来ない。
戦艦天姫との戦いと同じ、最後も当然総力戦だ。1人欠けるだけでもダメ。特に山城姉様はどんな時でも根幹に位置するほどの人だ。必ず助け出す。
ただでさえ、私の姉なのだから。妹が姉を助けるのは至極当然。
おかげさまで、今回の話で300話と相成りました。いつもありがとうございます。自分でもここまで続くとは思いませんでした。終わりは近いですが、今後ともよろしくお願いします。