佐久間さんの奮闘と、深海海月姫の協力により、扶桑姉妹の体内に入り込んだ戦艦天姫の
扶桑姉様の方は安心出来るのだが、山城姉様の方はまだ予断を許さない状態ではある。佐久間さんは扶桑姉様の血液で実験を繰り返し中和剤を完成させたが、それは半深海棲艦である扶桑姉様だからこそ効く、という可能性があるからだ。山城姉様にはうまく作用しないなんてことも無いと言えない。
「アンタが深海海月姫ね。協力してくれてありがとう」
「礼はサクマにだけ言えばいい。私は艤装の一部を提供したに過ぎない」
「充分じゃない。アンタがいなかったら私達はまだドックの中だもの」
体調はまだ悪いものの、入渠が完了した山城姉様。中和剤の材料を提供してくれた深海海月姫にお礼を言っているが、やはり言われ慣れていないからか、深海海月姫は目を合わせようともせず、佐久間さんの少し後ろに立ち尽くすのみ。これはただの人見知りでは。
「私はともかく、姉様は中和が確実なのよね?」
「それは保証するよ。扶桑さんの血液で検査して、前に貰っていた血液と同じ状態になることは確認してるからね」
「なら安心だわ。どれくらいで効いてくるの?」
「中和自体は殆ど終わってるはず。今の体調不良はその余波みたいなものだから。これから2人とも血液検査ね」
この血液検査次第で、山城姉様の運命が決まると言っても過言ではない。中和ではなく競合し始めていたら、この体調不良は治らず、私や深海海月姫の細胞により余計に身体がおかしくなる可能性がある。
「では私も少し手伝おうか。佐久間君の研究室でいいかな?」
「あ、はい、お願いします。車椅子2つ入るくらいはスペースあるので」
「雪さんが片付けてましたからね」
私が扶桑姉様の、そして司令官が山城姉様の車椅子を押して佐久間さんの研究室へ運ぶ。とても短い距離ではあるものの、司令官が自分の意思でやってくれるという今の状況が、山城姉様には至福の時だったようだ。扶桑姉様も私に押されることをとても喜んでいた。
工廠の隅からこちらをジッと見ていた榛名さんと涼月さんに関しては見なかったことにする。関わると面倒なことになりかねない。
佐久間さんと雪さんが手早く血液を採取し、検査を行う。戦艦天姫の細胞が綺麗さっぱり無くなっていれば、あとは1日安静にしていれば自然回復で終了。そうでなかった場合は、また新たな対策を考えなければならなくなる。
「扶桑さんの血液からは、戦艦天姫の細胞が消滅していました。中和成功ですね」
これは確証が持てていたことなので、何も心配は無かった。問題は次だ。
「山城さんの方ですが……まだ残っていますね。艦娘の身体では回りが遅いみたいです。ですが、投与した中和剤も残っているので、現在絶賛戦闘中という感じですかね」
細胞同士が、山城姉様の身体の中で決戦中とのこと。あちらは戦艦天姫だけに対し、こちらは私、深海海月姫、大和さん、そして我らが司令官の艦隊だ。負けることは無いだろう。
ただし、その決戦に時間がかかればかかるほど、山城姉様は高熱に悩まされるということだそうだ。細胞には早期決着を望むところである。
「明日までに全回復とまでは行かないかもしれません」
「了解した。山城君はまず治療を優先してほしい」
「仕方ないわね。治るのならそれでいいわ」
敵鎮守府への襲撃、つまり本当の最終決戦は、山城姉様の体内から戦艦天姫の細胞が無くなってからということになった。作戦次第では山城姉様は鎮守府待機ということになるが、それでも完治しないうちに決戦では、何かあった時に困る。
決戦は全員万全な状態で。戦うにしても、逃げるにしても、万全で無ければ最高の結果は出せない。
「なるべく早く決戦に行くためにも、すぐに治すわ。貴方の細胞が混ざってるならすぐよ」
姉様達はおそらく初めてであろう体調不良。軽口でさくっと治すなんて言っているが、それで本当に治るものならありがたいものだ。扶桑姉様はまだしも、山城姉様は現在進行形で原因が体内で大暴れしているのだ。完全に回復するまでには時間が必要。
「少なくとも、君達は今日は大人しくしておくこと。車椅子を使っているほどなのだから、まともに身体が動かないんだろう?」
「そうね。口だけは達者だけど、立ち上がるのもちょっと辛いわ。ここに座らせてくれたのも朝潮だし」
扶桑姉様も山城姉様も、戦闘なんて以ての外、まともな生活も今の状態では辛いだろう。私の時も、高熱の時は瑞穂さんに付きっきりになってもらったものだ。食事すらままならない。
「そうね……私は……朝潮についててもらえればいいわ……」
「はい、私は扶桑姉様の側にいますね。姉の看病は妹のお仕事です」
「朝潮は優しい子ね……嬉しいわ……」
扶桑姉様の看病は私がすることに。こういう時だからこそ、姉の側にいたいものである。私も当然了解する。頼まれなくとも、私から行っていた。
「山城さんは定期的に血液検査したいので、なるべくこの部屋の近くにいてもらいたいです。いちいち来てもらうのも面倒でしょう。私が行ってもいいんですが」
「そうだね。なら医務室か……ふむ、執務室で休むかい?」
「っ……そ、それでお願いするわ。執務室ならすぐにここに来れるし、人員を割かなくても人の目があるから都合がいいわね」
佐久間さん、ナイスアシスト。山城姉様を応援している私としては、執務室で司令官に看病してもらっていることが一番いい方向。私もいたいくらいであるが、なるべく親密になってもらいたいので私も一歩引こう。
「この後、敵鎮守府襲撃の作戦会議がある。山城君、それでも大丈夫かな?」
「ええ、それくらいなら。どうせジッとしているだけだし、なんなら口出しもするわよ」
「それは心強い。だが、くれぐれも無理をしないようにね」
ある程度の作戦会議なら、山城姉様がその場にいても問題ないとの判断。実戦経験から作戦に現場の声が入るので、より良いものにも出来るだろう。
「では、朝潮君、扶桑君を頼んだよ」
「はい、お任せください」
司令官は山城姉様を連れて執務室に向かった。とてもいい仲だ。傍から見てもいい組み合わせ。山城姉様は体調不良という不幸を関係前進の幸福に変えて頑張ってもらいたい。
「深海海月姫はどうするんです?」
「私はサクマの部屋に残る」
まずは仮眠だそうだ。ただでさえ、2人して昨晩は徹夜している。ここで寝ておかないと、これ以上頭が働かないだろう。緊急時のためにも休んでおく必要がある。
「はい、では解散! 私は海月さんと寝る!」
「わたしは部屋の片付け終わったので別の作業行きますね」
「いつもありがとね雪ちゃん!」
雪さんもちゃんと休んだ方がいいと思うが、もうこれも板についてしまっている。もう充分に誠意を見せていると思うが、雪さんがこの生活を望んでいるのだから、否定するわけにはいかない。
「じゃあ扶桑姉様、私達も行きますか」
「ええ……ゆっくりしましょう……」
扶桑姉様の車椅子を押して、私も身体を休めることにした。
のんびりとした午後。ゆったりと扶桑姉様とお散歩と洒落込む。車椅子を押しながらなので自然と歩くスピードは落ち、普段とは違った時間の流れ方になる。
「姉様とこうした時間を過ごすのは久しぶりですね」
「そうね……素敵な時間ね……」
中和は出来ているので、余程酷いことをしない限りは体調がこれ以上悪化することはない。むしろ、散歩の間に顔色が良くなってきているようにも見える。
「……少しずつだけど……身体は良くなっているわ……」
「よかったです。中和がちゃんと出来ているんですね」
「佐久間さんには感謝しなくてはね……」
身体が深海化してから何度も思うが、海風に当たると艦娘の時より気持ちよく感じる。療養をするのなら、なるべく外にいた方がいいかもしれない。身体と心、どちらも落ち着く。私の場合は陣地もあるので、行けるものなら行きたいところだ。
「……静かな場所の方が好きだったけど……ここの喧騒も好きよ……。私……ここに住むようになってから……大分変わったみたいね……」
最初は深海特有の恨みと憎しみを抱いた状態だった扶桑姉様。私が妹になることで精神が安定し、人間に対するそれも形を潜めた形になる。
おかげで、扶桑姉様の雰囲気は以前より格段に柔らかくなっていた。私と山城姉様以外の誰に対しても無関心だったものが、今では他の人との交流も少しは出来ている。
「全部……山城と朝潮のおかげよ……ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。長女の私に姉が出来たのは嬉しいですから」
扶桑姉様の笑顔もよく見るようになっている。出会った直後では考えられないほどの進歩だった。
「でも、あまり無茶しないでくださいね。いつも血塗れなのは流石に……」
「……善処するわ」
白兵戦という都合上、身体に傷がつきやすいのは仕方のないことだ。一時のガングートさんが、出撃するたび入渠するほどの怪我を負っていた。
だが、扶桑姉様は自分の身体を大事にしない。それだけは控えてほしい。扶桑姉様が私や山城姉様を失うことを恐れているように、私だって扶桑姉様を失いたくはない。
「大丈夫……大丈夫よ。私は朝潮と死に別れなんてしないわ……私が嫌だもの……。だから、朝潮も……無茶しないでちょうだいね……」
「勿論。死ぬのも怖いですし、皆と離れるのも怖いですから」
「そう……それなら良かったわ……。怖いと思えるのなら……避けるものね……」
鎮守府の方針でもあるが、やはり『命大事に』は基本。誰とも離れたくないと思えるから、この方針はしっかりと根付いている。
「お互い……死なずにまたここで」
「はい。決戦の後、またお散歩しましょう。今度は姉様は自分の足で、ですね」
「ええ……」
必ず戻る約束を。全てを終わらせて、穏やかな日々に戻ろう。
一通り散歩をした後、仮眠を終えた佐久間さんの部屋に戻る。中和が完了しているとしても、血液検査は大事。完治である確証を佐久間さんから貰いたい。
「うん、扶桑さんは本当に大丈夫だね。体調不良も無くなってきてるみたいだし」
「ええ……朝潮と海岸線を散歩したの……とても穏やかで……癒されたわ……」
「なら、明日には熱も下がっているでしょう。扶桑さんは復活ということで」
それでもあと一晩は安静にしておくということで決着。今日は私の添い寝まである。
「山城姉様はどうです?」
「山城さんはさっき血液検査したよ。戦艦天姫の残りカスは全滅してたから、あとは時間の問題だね」
それはよかった。長く高熱にうなされるなんてことにはならないみたいだ。宣言通り、明日には完治していそう。
「よかったわ……山城も元気になりそうで……」
「まぁ、既にすごく元気なんだけどねぇ。ほら、執務室でずっと加藤少将の側だから」
なるほど、納得。愛するものの側という環境が、山城姉様には一番の薬になったようである。
「愛の力は偉大だなって実感しちゃった。精神論が特効薬になるんだもんね。流石山城さんだよ」
「元々強い人ですから。深海棲艦化を筋肉で捻り潰すとか言う人ですし」
「それだけ強い思いを持ってるなら実現出来るような気がする」
私もそれは思った。
山城姉様は自分の不幸を全て筋肉で弾き飛ばしてきた人だ。不幸不利益何もかも、持ち前のパワーで無かったことにしてしまう。
本来の戦艦山城はネガティブ戦艦と聞いていたが、改めて、私達の知る山城姉様にそんな要素は見当たらない。それも全て、愛の力が為すことなのだろう。
「明日には元通りって感じかな。いやぁ、よかったよかった」
「ありがとうございました佐久間さん」
「これも深海棲艦研究の一環になるからね。生態系からはかけ離れてるけど、細胞の在り方がわかったよ」
今までのことも全て自分の糧にしてきている。激戦に次ぐ激戦で論文に纏める暇が無いらしいが、少なくともこの戦いで深海棲艦がどういうものかというのはほんの少しだけわかったという。
「あ、海月さん、これで細胞の提供はもう必要ないってことになったんだけど、これからどうするの? ここにいる必要は無くなったんだけど……私としてはまだ一緒にいたいかな」
部屋の隅でこちらを見ていた深海海月姫に振る。急に話を振られて驚いていたが、気を取り直してこちらを見据えた。
「サクマがそういうなら、少しの間厄介になろう」
「やった! 恩人と友達になれたことが、私には一番の進歩だよ!」
深海海月姫も満更ではないように見えた。佐久間さんにとって深海海月姫が恩人であると同時に、深海海月姫にとって佐久間さんは興味の対象。もしかしたら、愛に繋がるかもしれない。愛は愛でも、友愛や敬愛ではあるだろうが。
今回の一件で、関係が進んだ者がいくつか。絆はより強く、心持ちもより強く。決戦に向けて、メンタルの面で大きく進んだ。
山城姉様が一歩どころか独走状態。