翌朝、扶桑姉様と山城姉様と一緒に目を覚ます私、朝潮。何かあっては困るということで、一晩付き合うことにしていた。姉様達は夜に魘されるようなこともなく、高熱による疲れからかぐっすりと眠っていたようだ。寝覚めも良さそう。
少し汗ばんでいるようだったため、朝風呂を提案。2人ともそれを受け入れてくれて、今は3人でお風呂である。
「身体が軽いわ。昨日とは大違いね」
「ええ……佐久間さんには改めて感謝しなくちゃね……」
昨日と比べると格段に顔色が良くなっている扶桑姉様と山城姉様。佐久間さんに最後の確認はしてもらうが、見た目ではもう完治と見てもいいだろう。扶桑姉様は確証があったが、山城姉様までしっかり治してくるとは。もうこれは意地の類。
「私が完治したということは、今日決戦か」
「そういうことになりますね。ついに……ですか」
手が震えた。武者震いなら良かったのだが、これは恐怖による震えだ。決着をつけたいという気持ちは大きい。だが、前回北の拠点攻略の時には霞が変えられた。また誰か巻き込まれてしまうのではないかと、私は恐れている。
「大丈夫よ……朝潮……私達がついているわ」
扶桑姉様が震えを止めるように手を握ってくれる。反対側も山城姉様が握ってくれた。姉の温もりに震えは止まっていく。
「これで終わらせてやるわ。いい加減にしてもらわないと困るものね」
「はい……もう皆がめちゃくちゃにされるのを見たくないです」
霞も、初霜も、皐月さんも、潮さんも、勿論私も、全て北端に改造されたせいで本来の形から逸脱してしまった。おかげでアサやヨルと出会えたかもしれないが、それとこれとは話が別だ。
もう私達は元には戻れないだろう。これ以上被害を出すわけにはいかない。
「アンタの周りの子は何かしらあるものね。なら、私がアンタの最後の砦よ。安心なさい。私は絶対私のままで終わらせてやるわ」
「はい、山城姉様なら安心です」
「任せなさいな。私と姉様がアンタを腐った姫の前に押し上げてあげる」
心強い姉だ。妹達に支えられ、姉達に支えられて、私はここに立っている。これなら絶対に勝てる。
この後、佐久間さんに検査してもらい、山城姉様も完治したことが確定。敵鎮守府襲撃が今日行われることが決定した瞬間である。
朝食後、鎮守府にいる全員が会議室に集められた。山城姉様が完治したということで、ついに敵鎮守府襲撃作戦が発令される。これが終われば、長かった北端上陸姫との戦いがついに幕を閉じる。戦艦天姫の時と同じく、皆がやる気満々。既に白のハチマキを巻いているほどである。
かくいう私も、気合いが違った。今日で終わらせてやるという気持ちでいっぱい。はやる気持ちを抑えて、まずは作戦会議だ。
「戦艦天姫の細胞にやられていた扶桑君と山城君の完治が確認された。万全を期す時間もこれで終わりだ」
「北端上陸姫が占拠する鎮守府に攻撃を仕掛ける。儂と加藤、南で策を練ったからの。今から説明するぞい」
陸上型の陣地を攻め込むわけではない。鎮守府を攻め込むという前代未聞な作戦。今までとは勝手が違う。
「策と言っても割とゴリ押しじゃがな」
「そうは言ってもね、鎮守府襲撃なんてテロリスト紛いなこと、誰もやったこと無いだろう」
漣さんが挙手しかけたのを潮さんが止めて、そのまま頭を引っ叩いた。いい感じに緊張感が抜ける。
「破壊出来るものならしたいが、鎮守府全体が陸上型の陣地とされているのなら、それすらも一筋縄ではいかんじゃろ。そのため、2つの部隊に分ける策を考えた」
「内と外、二方向から攻める」
外側の部隊は、近海から直接鎮守府を破壊するゴリ押し部隊。火力特化、コスト度外視、作戦らしい作戦も無く、出てくる敵を薙ぎ倒してまっすぐ鎮守府に突き進む。外部からの攻撃で鎮守府が破壊出来るのなら良し。
当然目立つし、攻撃の手は止むことは無いだろう。北端上陸姫が倒れるまで、延々と殲滅戦を繰り返すことになる。
対して内側の部隊は、陸から鎮守府に潜入する部隊。敵鎮守府が外からの攻撃に強くても、内部から破壊してしまえば問題ない。外側の部隊全てを陽動に使った侵入である。
少数精鋭となる上に、艦娘ではまずあり得ない屋内戦闘となるため、何かあった時の撤退が非常に困難。ここに属することが出来るものは限られてくる。
「わかると思うが、危険なのは当然内側の部隊じゃよ」
「戦闘自体がしづらい屋内での戦いになる。心してかかってもらいたい」
屋内での戦いで最も重要なことは、当然壁と天井の存在だ。大きな艤装を持つ艦娘は、通路を通ることすら難しい。鎮守府の廊下というものは艤装装備の艦娘が通れるくらいに広く作られてはいるが、すれ違うことは出来ないと見ている。この中では特に大きい大和型の艤装では、1人通るだけで道が全て埋まるだろう。
「内側の部隊は、北端上陸姫の居場所を探しながらの行動にもなる。さらには、艤装が小さく、小回りが利くことも重要だ」
洗脳された漣さんの鎮守府攻防戦で、どのように立ち回ればいいかは大体理解している。
最も効率がいいのは、白兵戦型だ。扶桑姉様が廊下で戦闘し、攻撃全てをいなしながら攻勢に出ることが出来ていた。
「内側の部隊は、心の持ち方も視野に入れて決めさせてもらった。旗艦、朝潮君」
最も因縁が強い私を旗艦にしてくれたことを光栄に思う。
前々から、私は自分の手でケリをつけたいと願っていた。あの頃は自分で攻撃する手段も無かったが、今はある。
「朝潮君が適任なのは皆が理解しているだろう。北端上陸姫の居場所を探すことが出来、鎮守府内の状態も全て探知出来る。今の身体にされたことで、白兵戦能力も持っており、艤装も最小限の展開であれば無いようなものだ」
これ以上無いというほどの適任だった。私が誘き出されているのではと錯覚するほど適応出来た戦場である。
「随伴に、山城君、扶桑君、皐月君、島風君、磯風君だ」
皐月さんは身体を変えられた深海艦娘の代表として。島風さんは生み出しておきながら捨てられたこと。磯風さんは言わずもがな。
北端上陸姫と因縁があり、艤装が小型で戦いやすい者は、自ずと駆逐艦に限られてくる。そこに、最も突破力のある扶桑姉妹を配置したことで、確実に終わらせる部隊となった。
「残りは全員、この部隊を北端上陸姫の下に導くために尽力してもらうことになる。その中でも、川内君とあきつ丸君には道案内をお願いする」
「鎮守府周辺に詳しいのは諜報部隊じゃからな。破壊された儂の鎮守府を拠点にしてくれ」
陸上拠点として、私達内側の部隊が元帥閣下の鎮守府跡地から陸路で出撃することになる。それを察知されて妨害される可能性もあるが、そのための外側の部隊。苛烈な攻撃で陽動して、陸路をなるべく拓く。
「よし、では総員準備! 外側の部隊は戦艦天姫の時のように徐々に送り出す! 準備できたものから出撃になる!」
「順番はこちらで決めておる。内側の部隊はすぐじゃ」
「これが最後の戦いだ! 終わらせに行くぞ!」
鬨の声が上がる。
これで本当に最後にするために。
工廠。慌ただしく準備が進められる中、艤装の準備の要らない私は、心を落ち着けていた。
呼吸を整え、はやる気持ちを抑え、震えを止める。前回の戦いもそうだが、緊張感が段違いだった。これが終われば全てが終わりと考えると、どうしても身体が硬くなる。
『リラックスしろよ』
「わかってるわ」
『口ではなんとでも言える』
アサから指摘されても、簡単には落ち着けない。
「姉さん、落ち着きなさいな」
「御姉様、緊張するのはわたくしにもわかります故」
「旦那様、深呼吸しましょう深呼吸」
いつもの3人が私を落ち着けてくれる。普段の光景、日常の一環。なんら特別なことのない、行って、
「お姉さんの道は、大潮達が切り開きますよ!」
「ええ、陛下は私達に任せてくれればいいわ」
「お母さん、頑張ってください!」
皆は外側の部隊の第一陣。私の道を拓き、敵の下へと導いてくれる存在。特に守護者2人はギリギリまで私を守ってくれる、陸上拠点までの付き添いまで買って出てくれた。
雪風は今回も残念ながらお留守番。だが、私の帰る場所を守ってくれる存在だ。いてくれるだけでも心持ちが変わる。ここに帰らねばという気持ちが強くなる。
「緊張しているなら、あそこ見てみなさいな。面白いことになってるから」
霞が指差す先、そこには準備が終わった山城姉様に詰め寄るガチ勢の面々。
「山城さん、提督の細胞とはどういうことです」
「榛名も提督の身体の一部欲しいです」
なんだか猟奇的なセリフが聞こえたが追求するのは控えるとして、提督の細胞を使った治療を受けた山城姉様に、ズルイズルイと押しかけていた。涼月さんはさておき、榛名さんのあんな姿を見るのは初めてかも。
「アンタ達ねぇ……私はあれが無かったら深海棲艦になってたか死んでたかなのよ。提督の細胞の他にもいろいろ入れられてるわ」
「でも、少しだけでも提督と繋がったってことよね」
「雲龍、腕を摘むんじゃないわよ」
触られる手を払いのけ間合いを取ろうとするが、ガチ勢による輪形陣は簡単には崩れない。
「いいなー。山城さんいいなー。那珂ちゃんも欲しいなー」
「ならもっと最前線で戦えばいいわよ。ねぇ、四水戦旗艦様?」
「あー! それは言わない約束だよ!」
騒がしいながらも緊張感のない会話。これから敵地に赴くものがすることではないように思えるが、これはこれで皆の思いやりか。こんな時ですら普段通りに振る舞うことで、最後の決戦という緊張感を薄れさせてくれている。
「とまぁ、冗談は置いておきます」
「私は冗談ではないのですが」
「涼月ちゃん、ちょっと黙ってましょう」
今までの羨望と冷やかしがピタッと止み、榛名さんが山城さんの前に。
「帰ってこなかったら、榛名が提督を貰っちゃいますよ」
「それは困るわね。私が今一番彼に近いんだもの。死ぬことなんかで手放したくないわ」
「その意気です。死に別れで貰っても嬉しくないですから」
恋敵かもしれないが、それ以前に仲間である。あんな言い合いをしながらも、お互いに信頼し合っている。軽口の叩き合いが出来るような仲だ。数少ない戦艦の仲間というのもあり、榛名さんは山城姉様と付き合いが長い。
「ご武運を。榛名達は貴女達の道を拓き、全力でサポートします」
「……ええ、背中は任せるわ」
「戻ってきたらまた追求しますから。昨日の午後、ずっと執務室にいたのはわかっていますからね」
ぶり返す涼月さん。本当に前向きになったものだ。良くも悪くも。
「ふふ、緊張が薄れたわ」
「よかったわ。緊張してるのはみんな同じだもの」
よく見れば霞も手が震えている。その震えを取ってあげるように手を握ってあげた。
「……悔しいわ。相手が陸上型のせいで、私は姉さんと同じ場所に立てないなんて。久しぶりに自分の
「仕方ないわ。その分、私の帰り道を作ってちょうだい」
「ええ。私達は一番近い場所で姉さんの帰りを待つわ」
これを今生の別れになんてしてなるものか。必ず勝って、ここに帰ってくるのだ。
第一陣の準備が完了した。ここからはもう戦場。決戦が始まる。
「君達は強い。敵がどれほど強大でも、君達ならば討ち倒すことが出来るだろう」
「儂らはここで見守ることしか出来ん。それだけは悔しいのう」
「だが、帰る場所を守ることが出来る。背中は任せたまえ」
最後に司令官が私の前に。1人ずつ激励をしてくれた。
「山城君。この場で言うのもアレだが……君の拳は私の拳だ。頼んだよ」
「ええ、任せなさい。2人の拳を叩き込んでくるわ」
指輪のはまる左の拳を突き出し、司令官と合わせる。これで覚悟は決まった。
そして私の前へ。最初の頃はしゃがまれてやっと視線が合うほど小さかった私も、立ったままでも視線が合う。
「初陣の時にはこんなことになるなんて思わなかったね。対空担当が、今や陸上部隊の白兵戦担当だ」
「はい……私を滅茶苦茶にした敵を討ち取ってきます。この手で」
「気負わないようにね。君にはこれだけの仲間がいる。仲間全員が君の気持ちを察してくれている」
工廠に集まった全員が私を見ていた。決着をつけるべきは私だと、皆の目が語っていた。
その期待を背に、私は進むことになる。力強い後押し。恐怖心も緊張も取り払われ、私は一歩前に出られる。
「さぁ、行きたまえ!」
「はい!」
海を向に、司令官に背中を押された。
背中には司令官の存在。前には熱の篭る戦場。それでももう、躊躇いはない。
「陸上部隊旗艦、朝潮! 出撃します!」
これが最後だ。