北端上陸姫の真意を聞くことが出来たものの、同情こそすれ、許されるものではなかった。私に執着していた理由も、キッカケはたまたまだったが、『朝潮である』ということが重要だった。
結局のところ、北端上陸姫は人間としての命を終える時に、完全に狂ってしまっていた。人の身の時から怒りと憎しみに飲み込まれ、深海棲艦となり単純な思考回路となったことでより一層深く堕ち、今の人格が出来上がっている。
もうこの姫は、共存の余地のない世界の敵だ。ここでやらない限り、被害が拡大するだけ。今この時、決着をつけなければならない。
北の拠点の時には、北端上陸姫は自分で戦うのが苦手と言っていた。そんな相手に対し、こちらは私含めて7人。大事をとっての大人数だが、人間の知識を持っているだけで何をしてくるかわからないので、念には念をのこの人数。
「大人数で押しかけてきたわね……強姦魔かしら」
呆れた顔でこちらを見てくる。やりすぎとも言える人数をたった1人に嗾しかけている自覚はある。それだけ危険視しているのだから、誇ってくれても構わない。
「私は朝潮が欲しいだけよ……貴女達は要らないわ」
「ホントに好かれるわね朝潮。敵からも味方からも」
「真面目にやって来た甲斐がありますよ。良くも悪くも」
北端上陸姫が私に執着する理由は、他の皆には話せそうにない。そうしたら、北端上陸姫の正体自体を公表しなくてはいけなくなる、
これだけは私が墓まで持っていくと決めたことだ。敵が元人間と知ったら、本気が出せなくなる者もいるだろう。不要な情報は頭に入れないほうがいい。
「……特に要らない子がいるわ……扶桑」
「貴女には感謝してるわ……妹を守る力をくれたこと……。でも……妹を誑かすのは許さないわ……ここで死になさい」
「恩を仇で返すのね……」
ふっと扶桑姉様が跳んでいた。容赦も躊躇もなく、一足飛びに北端上陸姫の首を狙った蹴りを繰り出す。
だが、その蹴りは私を拘束していた鎖に阻まれた。蹴る方とは逆の脚に絡みつき、扶桑姉様の深海の力を封じてしまった。北端上陸姫に当たる前に力を封じられたせいで、その蹴りは軽く払うだけで避けられてしまう。
今までに無い厄介な能力だ。そもそも鎖を使う深海棲艦なんて、後にも先にもこの北端上陸姫しかいない。今後も出てくることは無いだろう。
持てる知識を最大限に使い、深海棲艦を知り尽くすこの北端上陸姫だからこそなのだと思う。
「貴女だけはすぐに死んでもらいたいわね……力を封じたまま殺してあげる」
北端上陸姫が艤装を展開。以前見た艤装はかなり小型で、陸上型らしく主砲と艦載機の複合型だったはずだ。だが、相手は人間の知識を持つ深海棲艦であり、艤装も身体も改造可能というインチキスペック。見た目を信じてはいけない。
案の定、自分の艤装を改造していたようだったが、あまりのものに絶句してしまった。
清霜さんの持つ51cm連装砲よりも大きな口径の単装砲……いや、もうここまで来ると単純に大砲と言ってもいいであろう主砲が肩から伸びていた。砲身も長く、それ自体が武器になりかねないものである。
「何よ……それは……」
「
砲口を扶桑姉様の頭に向ける。片脚が鎖に繋がれて動かせないせいで、回避が出来そうにない。
「姉様ぁ!」
それをみすみす見過ごせる私達ではない。私と山城姉様が同時に動き出す。山城姉様がその砲身を蹴り飛ばし天井に向けさせた。刹那、爆音ともいえる砲撃音と共に、見たこともない威力の弾が天井を直撃。
砲撃の衝撃だけで砲口に一番近かった扶桑姉様が頭を揺さぶられ、白目を剥きかけた。鎖のせいで今の扶桑姉様は少し頑丈なだけの人間に近いため、耐性も通常より大きく下回っているせいだ。
「うそ、何よその威力!?」
砲撃が天井に当たったことで、バラバラと破片が降ってくる、扶桑姉様でも破壊出来なかった壁と同じ質にされているであろう天井が、北端上陸姫の砲撃1発で穴が開いてしまったということは、あの砲撃は私達が出来る最大の攻撃以上の火力を持っているということだ。当たったらまずい。
「鎖は斬った! 島風!」
「おうっ! 扶桑さん退避させるよーっ!」
脚だけとはいえ拘束を取り除き、連装砲ちゃんが運び出す。この戦いの中での定番の方法で、未だフラつく扶桑姉様がその場から退避させられる。
「この……っ!」
砲身を蹴った勢いをそのままに、渾身の拳を北端上陸姫に叩き込む。が、これも失敗。先程扶桑姉様を拘束していた鎖とは別の鎖が山城姉様の脚に絡みつき、投げ飛ばすように後ろに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
あの鎖は深海の力を封じることしか出来ないようで、山城姉様に対してはただの拘束としてしか働かないようだ。触れただけで深海艦娘に変えられるあの鎖ではないようで少し安心。
「山城……貴女は朝潮の心の支えよね……なら死んでちょうだい」
砲身が今度は山城姉様に向けられた。壁に叩きつけられたことと、脚には鎖が絡みついたままのせいで、すぐに動くことが出来ない。
「ヨル!」
『ヤマシロ姉を守るよ!』
伸ばした尻尾で砲身をかち上げる。またもや天井に向かっての砲撃となり、穴が増え、ヒビが拡がった。このまま行ったら、この鎮守府は崩れてしまうだろう。
「朝潮……邪魔をしないでちょうだい」
「するに決まっているでしょう。私の愛する姉を、助けない理由がありません」
今度は皐月さんがアタックを仕掛ける。持ち前のスピードを活かし、低空からの斬撃。今は砲身も上にかち上げた状態なので、あの意味不明な火力を喰らわずに済むはずだ。
だが、またもや鎖の餌食になってしまう。今見えている限りは2本。皐月さんが斬った鎖が、今度は皐月さんに絡みついてしまった。深海艤装を装備しているために力を封じられ、その斬撃は鎖を斬ることすら出来ないほどのパワーダウンをしてしまう。結果、北端上陸姫が蹴るように斬撃を回避。
「うっそ!? なんなのさコレぇ!?」
「白兵戦は本当に邪魔ね……」
砲身を直接ぶつけるように振り下ろしてきた。力を封じられている皐月さんがこれを受けたら、死すら見える。
「ヨルぅ!」
『大忙しだァ! サツキを守るよ!』
今度は砲身を噛み付くように受け止めた。恐ろしく重く、皐月さんに当たらないようにするのが精一杯。勢いがついていたせいで持ち上げる事も出来ず、ギリギリで食い止めているうちに皐月さんに抜け出てもらわなくてはいけない。
『ヨル、噛み砕け!』
『りょうかーい!』
ギジッと鈍い音がした。人形の頭を簡単に嚙み潰すことが出来るくらいの咬合力でも、傷がついているかもわからないほどに頑丈。破壊出来ないとなると、本体狙いしかない。
皐月さんに絡みつく鎖は、磯風さんに破壊してもらった。駆逐主砲で破壊出来るのもありがたい限りだ。
「そのまま止めていてちょうだいね……いい位置よ」
砲口が壁に叩きつけられた後の山城姉様の方に向いていた。離せば皐月さんが砲身に潰され、離さなかったら照準が山城姉様にドンピシャ。横に揺さぶろうにもビクともしない。あの華奢な身体を何処まで改造したのか。
「朝潮! 抜け出た!」
皐月さんが砲身の真下から抜け出ていた。もう支える必要が無いので、逆に地面に叩きつける。撃つ瞬間だったらしく、砲口が床に向いた瞬間に地面を抉る爆発が巻き起こる。弾自体は山城姉様に届く前に地面にめり込んだが、床は見るも無残な状態に。
「っぶな……威力が半端ないわね」
山城姉様も爆風を受けるだけで済んだ。まだ無傷。
「貴様は彼の仇だ! この磯風が沈めてやる!」
「手伝うよ。うちのダンナをクズに狙わせたのもこいつの差し金だからね」
磯風さんと川内さんの連携。砲口から避けるように二手に分かれ、同時に胴体狙いの砲撃。
「ただの艦娘に……私は傷付けられないわ……」
艦載機が周りを浮遊し、その砲撃をシャットアウト。深海艦娘のものよりも数倍頑丈に出来ているようで、艦娘の主砲くらいでは傷1つ付かない。
その隙をついて川内さんが北端上陸姫の真後ろに跳んでいた。真上を通る際に爆雷をばら撒き、さらには背中へ砲撃まで。屋内戦闘であろうと容赦が無い。一歩間違えれば仲間にまで当たってしまいそうだが、私達なら回避出来ると信用した上で爆雷を投下している。
「ダメよ……こんな部屋で爆雷なんて」
まだまだ溢れ出す艦載機が、爆雷も砲撃も全て防いでいた。爆雷は窓際に弾かれて爆発し、窓ガラスが全損。爆発の余波を防ぐために北端上陸姫もその場から移動を始め、流れで砲口を扶桑姉様に向ける。
あくまでも私は狙わないというスタンスのようだ。まだ私を壊すのは諦めていない。思い通りになってたまるか。
「死になさい……」
「死なないわ……妹の前では」
爆音と同時に砲撃。今度は鎖が無いために扶桑姉様は十全の力を使える。
あの異常過ぎる火力を真正面からは危険だと、扶桑姉様も理解していた。弾くのは控え、紙一重で回避。壁を破壊し、その爆風で扶桑姉様ですら吹き飛ばされてしまった。
天井に2回、壁に1回、床に1回の砲撃を受けた鎮守府が地響きを立て始める。倒壊の時が近い。執務室がある程度広めに作られていたとしても、艤装を持つ8人が入った状態でこんな混戦をしていたら、流れ弾すら当たりかねない。
いっそ、早めに倒壊させた方が戦いやすくなるかもしれない。だが、この鎮守府は北端上陸姫の改造により、扶桑姉様でも破壊出来ない強度がある。
「……いい加減にしてもらいたいわね……鎮守府が壊れてしまうわ」
「そうしてるのは貴女でしょう。それはこちらのセリフですよ」
アサが展開出来ない以上、今はアサを表にした方が戦える。即座に主導権を渡し、私が裏側に引っ込んだ。
「っし、今度は私だ」
「……朝棲姫……貴女は私の生み出した我が子だけど……?」
「知るかよ。私は朝潮のモンだ。お前にどうこう言われる筋合いはないぞ」
裏側で次の行動を計算。ここまで滅茶苦茶だと、予測もへったくれもないのだが、最も勝機のある戦場を導き出す。
北端上陸姫は陸上型だ。自分でもわかっているが、陣地の上では無限とも言えるほどに供給が続く。あんな馬鹿みたいな火力の列車砲を何度撃っても、北端上陸姫はケロッとしているのだから、スタミナ切れは最初から考えない方がいい。
この場所は北端上陸姫の独壇場だ。こちらがアウェーなのだから、人数を揃えても苦戦させられるのは仕方がない。ならば、まずは北端上陸姫をこの場所から引き離さなくては。
「貴女はじっとしていなさい……朝潮を私のものにしてから……貴女にもちゃんとした身体をあげるわ……」
「結構だ。私は朝潮との共存を楽しんでるんでね」
私が扱うよりも素早く、北端上陸姫に殴りかかる。乱暴だが力強く、こちらを傷付けないことを理解しての攻撃だ。
「……やっぱり縛り付けておきましょう」
力を封じる鎖は健在。突っ込むアサはそれに絡みとられ、力が封じられる。そのまま床に押さえつけられ、身動きが取れなくなってしまった。このまま列車砲で狙われたら骨も残らないだろうが、私に執着する北端上陸姫ならそれはやってこない。
「そこで大人しく……仲間達が死んでいくのを見ていなさい……」
「クソ……朝潮、表に出られるか」
『ダメね。さっきのアサと同じで交代が出来ない』
だがこれで鎖は一本封じた。この戦場で使われているのは2本だ。ならば残り1本……いや、私をこの執務室に引っ張ったのは両腕両足に絡みついた4本。その全てに同じ効果があるとしたら、残りは最低3本。
「朝潮を離しなさい……」
「全員死んだら離してあげるわ……まずは扶桑……貴女よ」
「姉様!」
扶桑姉様に向かい、鎖が伸びた。
鎖の効果が効かない純粋な艦娘は山城姉様、磯風さん、川内さんの3人。その3人なら掴むことも出来る。扶桑姉様に触れさせるわけにはいかないため、山城姉様がそれを食い止めようと立ちはだかる。
しかし、ここで伸びた鎖に違和感を覚えた。脈動するような気配を、裏側からでも感じる。
「ヤマシロ姉さん! それには触れるなぁ!」
アサも察していた。力を封じる鎖ばかりを使っていたため、今回の戦場ではそれしか使わないのかと思い込みかけたが、やはり北端上陸姫の鎖といえばそちらだ。
触れたら深海艦娘、むしろ半深海棲艦に改造される鎖。来ないと踏んだところでの搦め手。狭い部屋であるがゆえに避けづらく、触れればアウト。
「避けられないでしょう……そう行動するのは予測していた……山城を壊させてもらうわ……朝潮もこちらに来たくなるように……ね」
山城姉様も扶桑姉様も既による白兵戦であるがゆえに、伸びてくる鎖を対処するには触れざるを得ない。回避が間に合わない。
ここで山城姉様まで深海艦娘に変えられてしまったら、勝機が遠退く。正気を取り戻したとしても、鎖により力を封じられるようになったら戦闘が途端に厳しくなる。
瞬間、山城姉様の前に現れる人影。
「山城はそのままでなくてはいけないのだろう。ならば、この磯風が食い止めよう」
山城姉様に伸びる鎖を、よりによって磯風さんが