気付いた時、私、朝潮は入渠ドックの中だった。艦娘なら呼吸できる特殊な水、高速修復材に浸けられ、全身を修復していたらしい。
あの時、戦艦棲姫改の攻撃を受けた時、私がどれだけの損傷を負ったのかはわからない。だが、こうして入渠しているということは、間一髪のところで一命を取り留めたのだろう。
「ん……」
身体は正常に動く。こういう時は艦娘という身体がありがたい。普通の人間なら怪我を負ったら治療に長い時間がかかるが、艦娘は高速修復材の力ですぐに治る。それでも消耗した体力や、疲弊した精神の回復には時間はかかった。私の場合は一晩くらいだろうか。
「朝潮君、大丈夫かい?」
目を開けると目の前に司令官がいた。私が目を覚ましたことを安堵している顔。それと、私が大破したことに申し訳なさを感じている顔。
大破は敵の強さ、それと私の弱さが招いた結果だ。もっと強ければ、もっと上手く立ち回れたと思う。
「はい、修復……完了しました」
「よかった……本当に危なかったんだ」
ドックから出た私を強く抱きしめる。だが、たった今まで入渠していた私は、服も脱がされている。全裸だ。司令官も男性、女の私としては恥ずかしい。
「あ、あの……司令官、私……裸なので……」
「っと、すまない。目を覚ましてくれたことが本当に嬉しいんだ。このまま目を開けなかったらどうなるかと」
司令官は私が治るのをこの場でずっと待っていたらしい。出撃は昼で、今は外の明るさ的に朝。やはり一晩眠っていた。司令官は一晩中、寝ずに私を待っていた。
「さぁ、服を着て。君に状況を説明する」
「了解しました」
明石さんが用意してくれていた制服に腕を通す。普通に立ち上がれたし、歩くこともできた。それでも体力が落ちているのは感じる。
工廠の隅、雑務用のスペースに入ると、霞とヒメさんが抱きついてきた。よかった、ヒメさんは無事だったみたいだ。身を挺した甲斐がある。
「アサ、アサ、ダイジョウブカ!?」
「はい、すっかり元通りです。どうなっていたかは知りませんが」
「よかった……あまり無茶しないで」
ヒメさんも霞も離してくれなくなってしまった。心配してくれるのはすごく嬉しいが、司令官から話を聞かなくてはいけないので、同行という形で一緒にいてもらうことにした。司令官も快く許可してくれる。
目を覚ましたという連絡を受けた大淀さんも交えてあの時の戦況を詳しく教えてもらう。
戦果としては敗北。実働隊が到着した時には、私が大破で気を失い、ガングートさんが中破、響さんと青葉さんが小破。それに対し、戦艦棲姫改は主砲破損程度の無傷という散々な状態だったという。
実働隊の山城さんと天龍さんが戦艦棲姫改を撤退させたらしいが、接近戦はかなり危険であるというのがガングートさんで証明されている。
「君の損害状況は深刻だった。右腕破損と機関部損傷。脚部艤装が残っていたおかげで轟沈は防げた」
「アサノオカゲデ、ワタシモダイジョウブダッタ……」
今でこそ五体満足だが、大破した私には
あの時の主砲の一撃。まともに当たったと思っていたが、すんでのところで青葉さんの攻撃で主砲の向きがわずかに変わっていたそうだ。さすがのピンポイント射撃。そのおかげで、身体に当たらず右腕だけが持っていかれた。
「発見された時、朝潮君はヒメ君だけを何とか支えていた状態だったらしい。気を失い、右腕も失い、左腕だけでね」
「血まみれでヒメが戻ってきたときは卒倒しそうになったわ……」
「君をここまで運んだのは山城君だよ。ヒメ君と一緒に担いできた」
後からお礼を言っておかなくては。
「青葉さんの海域調査の内容も照らし合わせると、本作戦の標的、戦艦棲姫改の拠点はあの場所よりも離れた場所、かつ海底です」
「こちらから攻めることはできないということだね。あれだけの損害だ、潜水艦の子達を出すのも危険と判断した」
あの時、青葉さんは確か『海中から大口径』と言った。索敵に引っかかったのが主砲の先端だけということ。あの巨大な自律型艤装も、本体の女も、潜水艦のように海中から現れたということだ。ゴーヤさんには何事も無かったようだが、海上艦も海底から現れるとなると、潜水艦は分が悪い。
「海域調査は一旦中止。今後は、迎撃の準備に取り掛かる」
それは仕方ないことかもしれない。割と遠くまで行った海域調査ではあるが、その海域から一番近いのは私達の鎮守府。本格的に陸への侵攻を始めた場合、最初に迎撃をすることになるのは私達だ。調査より、迎撃のための準備を始めた方がいい。
「そこでなんだが、朝潮君、体調は本当に悪くないかね?」
「今のところは何もありません」
「少し気になることがあってね。確かめたいことがある。少し外へ」
雑務スペースで話をしていた理由は、工廠の何かに用があるからだろう。そこから出ると、そこには清霜さんが艤装装備状態で待っていた。
「司令官、これでいいの?」
「ああ、ありがとう清霜君。朝潮君、清霜君の主砲、
清霜さんが装備しているのは46cm三連装砲。あの戦艦棲姫改の自律型艤装が装備していたものとほぼ同じ口径。
目に入った瞬間、あの時の情景がフラッシュバックしてきた。いつぞやのトラウマとは比べ物にならないショック。
「っ……あ、ああ……うぷ……」
「明石君、バケツを」
「はいはい、朝潮、吐くならここにね」
ダメだった。大口径の主砲を見ただけで吐いてしまった。死を覚悟した瞬間を思い出してしまった。
「ね、姉さん、大丈夫!?」
「アサ! ダイジョウブカ!?」
「はぁ……はぁ……もう……大丈夫……」
大破は私の心に深刻な傷を付けてしまっていた。今のままでは戦場に出ることもままならないだろう。心にも
「朝潮君、今は休養を命じる。また後日、今後のことを考えよう」
「はい……」
「大丈夫。私は君のことを大切に思っている。君のやりたい事をやれるように、私は全力で支援するよ」
今は何も考えられなかった。
その日はずっと自室にいた。食事も喉を通らなかった。
戦場に出るのが怖い。緊張を通り越して、恐怖になっていた。思い出すだけで手が震えている。
起きたばかりの時はそんなことなかったのに、清霜さんの主砲を見た途端だった。戦闘に関するもの全てが、今は恐怖の対象だった。
「姉さん、入るわよ」
度々、霞が訪ねてきてくれた。その時は笑顔で出迎えることができただろうか。それもわからない。今はとにかく気分が優れなかった。
霞は何も言わず側に居てくれた。話も戦闘に関係ないことだけをしてくれた。気遣いが手に取るようにわかる分、申し訳ない気分でいっぱいだった。
「霞……教えてほしいことがあるの」
「何?」
「あの後……他の人はどうしたの? ガングートさんは? 青葉さんは? お願い、教えて」
霞の顔が少し澱んだが、他ならぬ私のお願いだからと、少しずつ教えてくれた。震える私の手を握ってくれた。あの時と、霞と初めて会った時と、立場が逆になってしまった。
まずガングートさん。怪我を治した後は山城さんとの筋トレがさらに捗っているそうだ。次は負けないと、敗北を力に変えている。
「すごいわよあの人。怪我が治ったばっかりだってのに、ついに山城さんから一本取ったわ」
「負けてばかりだったのに……さすがガングートさんね」
次に小破していた響さんと青葉さん。
響さんは何事もなく他の任務にあたっている。元々顔に出さない人だが、卒なくこなせるというのは凄いことだと思う。後に引かない才能とでもいうべきか。
青葉さんは海域調査が途中で止まったことが一番悔しいらしい。今は調査できている限りの海図を書いているところだそうだ。あの海域にもう一度行くかどうかはわからないが、無いよりはマシだ。
「港湾棲姫も驚いていたわ。青葉さんの海図、完璧なんだって」
「深海棲艦からのお墨付きなのね」
ゴーヤさんは敗北を全く気にしていない。隠密行動故に私達よりも死と隣り合わせである潜水艦は、生きているだけで勝利と考えているらしい。
「潜水艦は駆逐艦と軽巡洋艦の攻撃を集中されるもの。任務は私達より命がけなのよね」
「海域調査とはいえ、今回みたいなことがあったら……ね」
最後に皐月さんのこと。これだけは霞が少し言うのを躊躇った。私が知る限りでは無傷だった。海域調査では非戦闘員。今回は艦載機も無かったため、何もできない状態だった。
「皐月がね……一番気に病んでたのよ」
「皐月さんが?」
「……初めて
「でさ……司令官に頼んで……白兵戦を覚えるって聞かなくなったの。せっかく刀を持ったからって」
「駆逐艦が白兵戦って……司令官がそれは許さないでしょ」
「押し切ったのよ。皐月が、無理矢理」
それはダメだ。皐月さんは小柄な人だ。白兵戦なんてしたら今以上に危険になる。司令官が押し切られるということは、余程の覚悟を持って頼み込んだということだ。
これで皐月さんが大破でもしようものなら、私の心は再起不能になりかねない。私のせいで皐月さんの道を踏み外させた事になってしまう。
「皐月さんは今どこに」
「白兵戦の訓練よ……ジムね」
「皐月さんと話さないと……」
少しフラついたが、霞の手を離して部屋から出た。霞に引き止められなかったということは、霞も何か思うことがあるのだろう。
ジムの前まで来た。白兵戦の訓練、つまり戦闘に関することが行われているということ。恐怖心が込み上がっている。足がすくむ。でも、入らなくてはいけない。
「皐月さん……いますか」
途中で脚がもつれかけたが、霞に支えてもらって何とかジムに入る。確かにそこには皐月さんが。初日だからか、天龍さんに刀の使い方を教えてもらっていた。本当にやる気だ。
「朝潮、大丈夫? いろいろ聞いたけど、今は休息期間なんでしょ?」
「そうですけど……霞に聞きました。白兵戦の訓練もするって」
「そうだよ。攻撃できないのはもう嫌なんだ。ボクも戦わないと、誰も守れないからね」
固い意思をその目に感じた。司令官もそれを感じ取ってしまったのだろう。天龍さんが教えているくらいだ。後戻りすることはないように見える。
「朝潮、皐月の気持ちを汲み取ってやっちゃくれねぇか。こいつは自分の意思でこれを選んだんだ。強制は一切していない」
天龍さんにそう言われると、返す言葉もない。だが、やはり危険すぎる。
「なんで……」
「なんでって、そりゃあね。昨日の戦闘、ボクだけ何もしてなかったわけだしさ。何もできないで他の艦娘が傷付くのは見たくないよ。だから、戦えるようになろうって思ったわけ」
軽く言うが、重い。
「朝潮もわかるでしょ。ああなるとボクらは本当に何もできないんだよ。対空も必要なくて、索敵も必要なくて。目の前の敵から攻撃を受けないように逃げ回るだけ。サポートすらできない」
皐月さんの言葉は、同じく
あの時こそヒメさんの運搬という重要な役割を与えられていた私だが、もし立場が逆なら、何もできずに大破する皐月さんを見ているしか無かったんだと思う。いや、皐月さんなら私よりもうまくできていたかもしれない。
そうなっていたら私は……私はどうしていただろう。今の私と同じように、皐月さんが戦闘に恐怖するようになったら、何を考えていただろう。
「だから、ボクはこの道を選んだの。せっかく武器も手に入ったわけだし。こればっかりはボクの改二改装がこの形で助かったよ。武器が無かったら本当に格闘だからね」
「お前のその刀、戦うために作られてないんだけどな」
「天龍さん、しぃーっ! そういうの言っちゃダメ!」
おそらく同じように攻撃方法を模索していただろう。高角砲で攻撃する方法や、海上艦に爆雷を投射すること。同じように白兵戦の道を選んでいたかもしれない。やれることで戦闘に必ず貢献する。誰から反対されても押し通すだろう。
「そうですか……なら私は止められません。立場が逆なら、私も同じことをしてます」
「でしょ? 朝潮なら納得してくれると思った」
やめさせるつもりでここに来た。だが、納得してしまった。
「やっぱりやらなきゃよかったなんて絶対に言わせませんから。私もそうさせたキッカケみたいなものですよね」
「……まぁ……ね。朝潮が大破しても、ボクは見てるだけしか出来なかったのがさ……すごく悔しかったんだよ」
それに、私がキッカケと言われてしまうと、言い返すことが出来なくなってしまう。そんな権利が私にはない。
「あ、でも朝潮も白兵戦やるって言い出したら、ボクは全力で止めるから。武器持ってから出直してこいって」
「言われずとも、私は弁えてますよ。皐月さんほど強くないですから。身体も心も」
「ごめん、身体はボクが負けてる。筋トレの量が違う」
だが、私はどういう道に行けば貢献できるだろう。
皐月さんのいう通り、私達は戦場で棒立ちになる可能性がある艦娘だ。私より酷い
だったら、私は皆を守るために何ができる。攻撃できない私が、何ができる。
「まーた悩み始めたな朝潮。なら、オレが一つだけ思ったこと言ってやる」
「天龍さん?」
「攻撃することが必ず皆に貢献することだと思ってんのか?」
天龍さんは私が目指すべき新しい道が見えているみたいだった。
今までは私の立ち位置は皐月さんと全く同じだった。
だが皐月さんはそこから、攻撃をするために違う道を歩み始めた。武器を得たことで違う道が見えたということだ。
ならば私は……
「あ」
簡単なことじゃないか。
「見えた……私の先」
「戦場が怖いか?」
「あれ……震えない……気持ち悪くないです」
覚悟が決まったからか、さっきまでの恐怖感が無くなっていた。吹っ切れたというよりは、怖がる余裕が無くなったというのもある。
「さすが霞だぜ。朝潮のことよく見てんなぁ」
「天龍さん、黙って」
「皐月のこれ見せて、ちょいと助言すりゃあトラウマ克服できるって言ったのは霞だ」
「天龍さん、黙って」
見透かされていた。思ったより私は単純な艦娘なようだ。だが、助かった。
正直このトラウマは克服にもっと時間がかかるかと思っていた。我ながら弱気な考え方だ。たった1日で元に戻れるなんて思ってもいなかった。
「ありがとう霞」
「姉さんにいじけられたら私も気分が悪いだけよ」
そういうことにしておいてあげよう。でも本当に助かった。すぐにでも司令官に話さなくては。
敗戦の傷は霞のおかげで癒え、敗戦の前よりむしろ活力が湧いているよつに思えた。改二になって、違う道が見えたのは大きい。
トラウマが1日で克服できたら苦労しないと思いますが、朝潮は強い子なので。駆逐艦の中では誰よりも芯が強そう。真面目だし。