皆の力添えにより、北端上陸姫の陣地の中に私の陣地を作り上げることが出来た。強大な力を持つ姫への、たった1つの対処法。供給源を断ち、無敵の身体を取り払う、私達、朝潮帝国のクーデターである。
ここにある私の陣地は、陣地とは言えないくらい小さい。私の領海の島とも比べ物にならない、たった直径10m強の世界。だがこれが、私達の戦いの礎となる。
「……私をその中に入れれば勝てると……そういうことかしら」
「ええ。貴女は確かに弱点無しの無敵の存在です。でもそれは、貴女の世界の上での話。ここだけは違う。ここは貴女の世界じゃない、
私を中心に世界は円形に拡がり、今もまだゆっくりと拡がり続けていた。私とアサとヨルで、今でも注ぎ続けている。
あちらの方が力も強ければ時間もかけているため、私の侵食はいずれ限界が来るかもしれない。北端上陸姫の世界全てを塗り潰すなんて出来やしないだろう。だが、その中のほんの一部を穿った。そこから突き崩す。
本当ならもっとこっそりやりたかったものだが、作戦自体が大胆すぎたか。だが仕方あるまい。これしかやり方が無いのだから。楔を踏み続けないと陣地を拡げられなかったのが厳しかった。
「最後の戦いです。貴女にはここで……終わってもらいます」
「……そう。朝潮……改めて壊してあげる……完膚なきまでに、絶対に戻れないくらいにしてあげるわ」
自分の世界にいるためか、囲まれているのに絶対的な余裕。その余裕を壊してやる。
「でもまずは……いい加減にしろと言っているでしょう」
北端上陸姫を取り巻く艦載機が真後ろに対して射撃。またもや連装砲ちゃんが体当たりを決めようとしていた。三度目ともなると、その俊足も予測されている。その射撃は当たることは無かったが、撤退を余儀なくされる。
「ちぇっ、また吹っ飛ばされればよかったのに」
「ゴミはゴミらしく……大人しくしていなさい」
振り向きざまに列車砲の砲撃。同時に急降下爆撃が再開された。既に爆撃だけではなく、艦載機そのものが自爆する大型爆弾のようになってしまっている。
島風さん自体が既に中破であるため、掠めても大ダメージの列車砲は確実に避けたい攻撃。疲労も溜まった身体を動かし、それだけは回避。
これが最後の戦いの始まりとなった。全てが終わるまでもう止まらない。
「まだボクはやられてない! 斬り崩してやる!」
大破寸前の重傷を負っているというのに、皐月さんがいの一番に突撃。体力の温存でもなく、終わりを待つわけでもなく、自らの手で勝ちを掴みに行った。
「皐月……巻き込まれて改造を受けた子ね。どう? またこちらに来ないかしら……貴女の黒さ……嫌いじゃなかったわよ」
「ふざけんな! ボクらはお前のせいで傷を負ったんだ!」
無傷の時よりも動きがいい。艦載機からの射撃を全て避け、列車砲の射線にも入らない。走るたびに血が舞うが、もう痛みすら感じていないようだった。
皐月さんは深海艦娘の痛みを背負ってここにいる。運悪く北端上陸姫の陣地付近でドロップしてしまったが故に運命を捻じ曲げられた皆のためだ。皐月さん自身はそれとは違う事情とはいえ、司令官に対して黒い感情を持たされた恨みがある。
「そうです! ふざけないでください!」
皐月さんが攻撃している真上、艦載機の壁をウォースパイトさんの投擲により乗り越えた大潮が頭を狙って砲撃。惜しくも溢れた艦載機にその砲撃はガードされるが、自分の艦載機まで発艦させ無理に方向転換。
大潮だって深海艦娘。運命を捻じ曲げられた1人。私達と敵対させられ、心に傷を負っている。明るい性格の裏には、北端上陸姫への恨みを持っていた。
「貴女の身勝手な破滅願望で、大潮達は迷惑してるんですよ!」
「あら……ドロップした貴女達を保護したのは私よ……? 感謝されて然るべきじゃないかしら……?」
「艦娘を生き物とも扱ってないヤツを! 感謝出来るかぁ!」
真正面の艦載機を叩き斬り、必殺の間合いへ。だが、振り上げようとした刀を力一杯踏みつけられる。地面にめり込み、反応が少し遅れたところを顔面を蹴られ、艦載機による射撃。ヘッドショットは辛うじて回避するが、左肩を撃ち抜かれてしまった。
大潮も盾の中に潜り込むが、とにかく艦載機の数が多すぎる。今は皐月さんをどうにか掴んで撤退しかなかった。大潮がいなかったら皐月さんは死んでいた。
「ホントさ、人様の迷惑考えたことある? 無いか。ありゃこんなことやんないもんね」
大潮と入れ替わりに盾の中に入っていたのは川内さん。砲撃ではなく懐に忍ばせたクナイを使って北端上陸姫の頸動脈を切り裂く。
「あら……いい切れ味ねぇ」
「うわキモ。これで死なないとか」
「他のと一緒にしないでちょうだい……」
血が噴き出るはずのその傷は、少し出た程度でもう塞がっていた。明確に死んだとわかるほどの傷でないと、北端上陸姫の世界の上では殺すことすら出来ない。やるなら心の臓を貫くか、首を完全に切り落とすからのどちらかか。
「南が人間に殺されれば……私と同じになれたかもしれないのに、残念ね」
「うちのダンナをアンタなんかと一緒にしないでくれないかな」
盾の内側に対し、艦載機が一斉に射撃した。本当に自分の傷など関係ないように振る舞っている。痛い痛いと言いながらも、それを気にしていないような攻撃方法。狂気の沙汰としか思えない。
川内さんはそこから退避することは出来たが、脚に掠めたようで顔を顰めていた。まだ軽傷ではあるものの、動きに若干の支障が出る場所。
「ほら……朝潮、みんなが次々とやられていくわよ……自分から屈した方がいいんじゃないかしら……?」
「寝言は寝ていってもらいたいですね」
その隙間に、私の陣地に対して急降下爆撃が始まった。未だゆっくりと拡がり続ける私の陣地をどうにかしようとしているのだろう。少なくとも、今この場を退かされたらまずい。踏み続けている楔から足を離したら、私の力が風船のように抜け出て行きかねない。
先程よりも密度が高く、回避は難しい。場所としては、私だけを回避し、他は全滅。私もおそらく脚がやられる場所。数十機同時の急降下はえげつない。
「姫様がいないと勝てないんだから。わたしが守るよ」
それに対し、拡がり続ける陣地の中からクウが艦載機を発艦。改めてその迎撃に入る。先程も爆撃を食い止めてくれていたが、今回はその時とは違った。
「たかが空母ヲ級が……」
「わたしは姫様の子供。姫様の陣地の中だから、わたしは、無敵だよ」
クウは私の領海で生まれた、たった1人の深海棲艦。謂わば私の深海の力の結晶だ。陣地は私の力を最も増幅させる場所であるがため、この中にいるクウも最大の力を発揮することになる。この極限の状況、湧き上がる力は、艦載機の数に影響していた。
先程から五割増しにはなっている艦載機が、急降下爆撃してくる北端上陸姫の艦載機を次々と撃墜していった。放たれた爆弾は艦載機自体が弾き飛ばし、私達に届くことなく爆発。縫うように動き回る爆撃機ですら、地獄の底まで追い立てて墜としていく。
「姫様はやらせない。わたしが守り切る」
なんて頼もしい愛娘。今までになく漲っているのがわかる。深海特有の瞳の光も、片目から青く焔のように舞い上がる。艦載機にすらその焔が見えるようだった。
クウの艦載機も、墜とされては補充される。陣地の上という恩恵を最大限に利用していた。そのおかげで爆撃機と完全に拮抗。空の心配はほぼ無い。クウ1人で空を抑え込む。
「……小賢しい……」
「それは貴女のことではなくて?」
ウォースパイトさんが頭部大型主砲の準備を終えていた。今このメンバーの中では最大の火力を誇る主砲だ。北端上陸姫の周囲を回る艦載機の盾諸共撃ち抜こうと、渾身の一撃を構える。
元戦艦棲姫改として北端上陸姫と協力関係を持っていたが、今ではそんなものはない。優しい女王であり、頼もしい守護者だ。
「戦艦棲姫改……貴女も裏切り者よね」
「今の私は艦娘、ウォースパイト。戦争を忌む者よ。Fire! fire!! fire!!!」
私の前を陣取り、頭部大型主砲を放つ。それに合わせて北端上陸姫も列車砲を放ってきた。砲撃が空中でぶつかり合い、その場で爆発するが、火力自体は列車砲の方が上。勢いが落ちたものの、ウォースパイトさんの方へ向かってくる。
「Uh...She is a troublesome fellow.」
それを軽くフィフで払う。最大火力の砲撃ですらこうなってしまうとなると、攻撃方法は大分限られてくる。これだけやってもまだ北端上陸姫はその場から動いていない。
代わりに、私の陣地はさらに拡張されていた。皆が私を守り、時間稼ぎをしてくれている。このペースなら、引き摺り込むくらいの大きさにまで持っていけるはずだ。
「貴女をやらないと……そのヲ級はやれないわね……」
「そうね。だけど、私にだけ構っていていいのかしら」
ウォースパイトさんを見据える北端上陸姫に対し、霞の陸上魚雷が放たれていた。艦載機の壁を掻い潜るように、真上からホーミングするように落下する。列車砲の発車直後というタイミングに、艦載機の位置を把握した上で、真上からの一撃。
それにより初めて、北端上陸姫が回避を選択した。私から遠退く辺り、しっかり考えている。陣地の拡がりも見えたのだろう。
「霞……さっき言ったわよね……貴女は生かして朝潮の側近に変えてあげると」
「そんなもの必要ないわ。アンタ、何もわかってないわね。そういうところ、本当にクズよ」
もう身体への負荷も度外視。陸上魚雷の連射である。全てがバラバラの方向から北端上陸姫に集中する。
「そもそも、姉さんがアンタ如きに負けるわけないでしょ」
「……そうかしらね。この場で私に勝つことは出来ないわ……当然、貴女もね」
魚雷は全て艦載機により事前に爆破されていった。爆炎で姿が見えなくなるが、中の北端上陸姫は爆発に巻き込まれ傷を負い、それが即座に修復されていくのが反応からわかる。
そこまで考えてのことだろう。次に動いたのは初霜。搦め手の使い手。霞のおかげで目くらましが出来ているうちに、背後から一撃を繰り出す。
「勝てないのなら、勝てる場にするんです」
「どうやって……? 私には傷1つ付けられない貴方達が……?」
「傷なんて必要ありませんよ」
反応とこれまでの経験からか、初霜の声が聞こえた時点で見えていなくても回避を選択した北端上陸姫。今まで見せてきた搦め手は臭い玉 弾、閃光弾、催涙弾だが、今回はまた変えてきた。私も知らなかった最新の搦め手。
「だって、動きを止められればいいんですから」
放たれたのは、鋼鉄のワイヤーで編まれたネットだった。知らぬ間に催涙弾から装填し直していたようだ。艦載機諸共、本体にすら絡みつくように放たれたそれは、北端上陸姫に絡み付いていく。
「っ……初霜……貴女……!」
「私も、貴女には恨みが深いんですよ。だから、なるべく屈辱を与えたいんです」
爆炎が晴れると、片方の列車砲と艦載機のいくつかがネットに巻き込まれ、北端上陸姫の行動を阻害していた。さすがにこんな形で捕らえられるなど考えていなかっただろう。無理に引っ張っても取れないような仕組みにはなっている。
これで、艦載機の盾の一部が剥がれた状態になる。
「今です!」
「頭を撃ち抜けばおしまいですよね?」
春風が北端上陸姫の頭に狙いをつけていた。
いつもの問題児3人は『種子』による叛逆という根深い恨みがある。私への罪悪感はさる事ながら、それ以上にその原因を作った北端上陸姫には殺意にも近しい恨みと憎しみを抱いている。私が関わると崩れるが、基本は大和撫子を体現している春風ですら、古姫側に倒れずに殺意の下に活動をしているほどである。
「御姉様の手は煩わせません」
「そんなもの……効かないわ」
春風が撃つと同時に、ネットに絡みついた艦載機数機をその場で自爆させた。絡み付いているのだから当然、列車砲と本体の身体半分が破壊されることになるが、その爆風で春風は攻撃を外し、北端上陸姫自体も吹き飛んで射線圏外へ。なんて滅茶苦茶な回避方法。
立ち上がった時には自ら破壊した身体の半分と列車砲は修復済み。艦載機の自爆によりネットも剥がされ、もう五体満足に戻っている。対する春風は爆風で飛ばされたせいで小破。
「いい加減にしなさい……邪魔立てばかり」
列車砲を春風と初霜に向けて放とうとするが、構えた瞬間に陸上魚雷が北端上陸姫の目の前で爆発。
「狙わせるわけないでしょうが!」
「でも……貴女は無防備よ……」
艦載機による射撃が霞を狙う。照準を合わせているのは脚。先程の宣言通り、霞も殺さずに手駒にしようと考えているからか。動きだけ封じて戦闘不能にするつもりだ。
「させないわ……」
それを寸前で扶桑姉様が食い止める。撃つ前に艦載機を叩き壊し、惨事を未然に防いだ。陸上魚雷すら防ぐ艦載機を素手で破壊したのは恐ろしい。外からの衝撃で破壊されるときは自爆も無いようだ。
「扶桑……貴女が一番気に入らないの……」
列車砲を扶桑姉様に向けて放った。避けたら霞に当たるという最悪な状況下に置き、弾くことを強要されている。
先程出来たのだから、当然弾いて対応。ただし、扶桑姉様もそれにより腕が黒ずむ。弾くにしても負荷が大きすぎるのだ。山城姉様の言う通りだとしたら、この回避方法が出来るのはあと2回。
「また動きを止めます!」
「同じ攻撃を何度も受けると思っているの……?」
初霜のネットによる捕縛は、初霜自身に艦載機をぶつけることで回避されてしまった。さらにはぶつかった瞬間に艦載機そのものが自爆。ギリギリで深海艤装を盾にしていたが、1機だけでもかなりの威力。艤装を破壊し、初霜自身も右半身が使えなくなるほどのダメージを受けてしまい大破。
「っくぅぅっ!?」
「初霜!」
その事態に即座に古姫側に倒れた春風が初霜を保護。
その間に北端上陸姫は体勢を立て直し、艦載機の盾も復活。何も変わっていない状態になってしまった。
「貴女達の努力は……全て無駄なの」
「そんなこと! 知るかぁ!」
艦載機の盾ごと山城姉様が殴り飛ばす。当然一撃必殺の頭狙いだったが、艦載機で衝撃を吸収されたせいで必殺とまでは行かず、顔面を殴りつけるもそれだけで終わってしまった。首が良くない方向に曲がった気がしたが、死ぬほどでは無かったかすぐに修復される。
「ほらね……?」
「こいつ……!」
戦えば戦うほど、こちらに怪我人が増えるだけ。絶望的な状況。誰も死んでいないのは奇跡かもしれない。
皆の健闘により、私はずっと無傷のままで事を起こし続けている。楔に力を流し込み、侵略を続けている。これが戦況を好転させる唯一の手段だ。
『拡がれ! もっと早く!』
『拡げないとみんな死んじゃうから! 早く!』
アサもヨルも必死に力を貸してくれている。私も集中し、楔に注ぐことに専念していた。
クウに爆撃から守ってもらいながら、この場でじっとしているのが辛い。すぐにでも傷付く皆を助けたい。だが、私がここにいることが助けになっている。なんて歯痒い。
「朝潮様、焦らずとも事は良き方向へ進んでおります」
クウと一緒に私を守ってくれている瑞穂さんが励ましてくれる。
「心を落ち着けましょう。我々を信じていただけるのなら、電探をお切りください。目を瞑り、情報を遮断し、為すべきことにのみ焦点を当てるのです」
焦っていても仕方がない。瑞穂さんに言われたように、他の情報を遮断。仲間の惨状から目をそらすことに他ならないが、私の仲間はそんな簡単には死なない。そう信じている。誰も死ぬわけがない。
「ゆっくりと、確実に」
『焦るな、焦るなよ……落ち着け、落ち着け』
『大丈夫。みんな死なない。みんな強いもん』
3人で心を鎮める。水面に浮かぶ波紋の如く、陣地に波を作る。私の力を波打たせ、少しずつ、少しずつ拡げていく。
「朝潮様、出来ております。先程よりも早く拡がっております。朝潮様の安全は我々にお任せください」
怒りも憎しみも今は見ない。ただ陣地を拡げることに集中する。
心持ちが変わったからか、侵略の速度が確実に速まった。北端上陸姫の陣地を呑み込み、破壊し、打ち崩す。侵略の奔流は、最初よりも確実に激しくなっていた。
陣地の上に新たな反応が出来上がる。違う、陣地が拡がったことで、仲間達が陣地に巻き込まれていた。最初はクウと瑞穂さんだけだった反応が、1つ、また1つと増えていく。電探がなくても、視覚情報がなくても、私の陣地の上なら全てわかる。
私の世界は、私の手のひらの上。
皆の協力を受け、私の力も強くなる。如何に北端上陸姫が強くても、仲間の力で突き崩す。私には仲間がいる。それを実感すると、侵略が一気に早くなる。
そして
「掴んだ」
手のひらの上の端、ついに北端上陸姫の反応を掴んだ。