仲間達に守られる中、私は北端上陸姫の陣地を侵略し続けた。焦りを無くし、心を静かに、仲間を信じて、ただただ力を注ぎ続けた。
たった1本の楔で陣地を穿ち、力の奔流を流し込み、私の世界を拡げた結果、その端に北端上陸姫を捉えるほどにまで成長した。
「掴んだ」
私の陣地に足を踏み入れたのなら、あの無限の供給と超回復は無くなる。あとはここから出さないようにするだけだ。
私の侵略は、おそらくこれが限界だ。拡げるだけ拡げた。仲間の存在という力添えがあっても、この先に波紋は届かない。ギリギリでも届いてよかった。
「朝潮……貴女は……!」
「わかるでしょう。貴女の陣地の一部、奪わせてもらいました」
足下が変化したのはすぐにわかるだろう。あれほどの力を常に使っているのだ。おそらく少し離れただけでも消耗する。陣地の上でのみ体現できる無敵は、今この時を以て終わりを告げる。
私を忌ま忌ましそうに睨みつける北端上陸姫。そうだ。
「もう貴女は無敵でも何でもありません。ただの深海棲艦です」
「……すぐに自分の世界に戻ればいいだけの話よ」
確かに、まだ私の陣地は北端上陸姫の足下にようやくかかった程度。一歩で国境を越えることが出来るだろう。
それが簡単に出来ればである。
「そっちに行かせるわけないでしょうが!」
霞の陸上魚雷が回り込むように北端上陸姫に向かった。国境線から私の陣地に押し戻すように飛ぶそれは、回避するにも陣地により入らないと出来ないような軌道を描いていた。
供給が無ければ、艦載機は補充されないはずだ。ガードに使わせるのにも意味がある。
「無理しちゃって……貴女も限界でしょう霞……」
「はっ、アンタに心配される筋合いは無いわ。自分の心配をした方がいいんじゃないかしらね!」
魚雷はやはり艦載機で食い止めてきた。なるべく自分の陣地への道を縮めないように立ち回ろうとしている。一歩踏み込めば全回復出来るという心の余裕はまだ失っていない。
「ヲ、姫様、爆撃減ってきた」
私への急降下爆撃を全て食い止めていたクウの声。無限に補充されていた爆撃機が、クウの迎撃によりついに数を減らし始めた。無限の供給が潰えたことで、上空の艦載機も自分のガードに回さないといけないところまで来た。
「行かせない! ここから先へは!」
「お姉さんの世界に止まれぇ!」
春風と大潮が、霞の作った盾の隙間から本体を砲撃。当然、陣地に押し戻すようにだ。今の状態なら傷付いても回復が出来ない。盾が無いのなら回避以外の選択肢は無いはず。
2人の砲撃はまだ残っている艦載機を即座に使って防いできた。いくら深海艤装とはいえ、北端上陸姫の艦載機は簡単には破壊出来ないほどに強化されている。あれを破壊出来るのは、同スペックの艦載機を持つクウと、魚雷以上の火力。
「戻りなさい……」
その1人、扶桑姉様が艦載機を粉砕しながら北端上陸姫に立ち塞がる。まだ1歩は踏み出させていない。回復はしていない。
「扶桑……退きなさい」
同時に列車砲による砲撃。後ろに春風と大潮がいるのもあり、扶桑姉様は防衛に入る。残り2回をここで使い切るつもりだ。
2砲門同時の砲撃も、どうにか弾いた。だが、その瞬間に扶桑姉様が顔を顰めるのが見えてしまった。腕に限界が来ている。扶桑姉様であっても、列車砲を弾くのは無理がある。
だが、おかげで春風と大潮は無傷だ。艦載機の処理が出来ないことを悔しく思いながらも、次の手段を考えている。
「もう回復しないんだよね。ならもう一度行こうか」
この隙に川内さんが再び艦載機の盾の中に忍び込み、砲撃によるヘッドショットを狙う。通れば終わり。超回復も無いため、紙一重で躱すことも次に繋がる。
「ダメに決まっているでしょう……!」
「っぶな!? 背中に目でもあんの!?」
しかし、さすがにこの状況では警戒心が強い。艦載機を主砲にぶつけつつ、他の艦載機で射撃までして川内さんを排除しようとした。その射撃は流石に川内さんも回避し、盾の外へと移動。
今までは即死になりそうな攻撃以外避けることすらしなかったが、超回復が無くなってからは今までに殆ど見せなかった回避性能を見せるようになっている。電探を積んでいるようには見えないが、背後に目があるような動き。
「……そうか、艦載機の視界が見てるんだ。クウ、爆撃が無くなったのなら、艦載機は北端上陸姫へ。空爆をお返ししてあげて」
「ヲ、任せて」
背後の目は、周りを飛ばしている艦載機の盾から確認しているのだろう。私のような内蔵型の電探ではなく、数多くの目による目視確認であった。ならば、艦載機を全て壊すことでそれも出来なくなる。
私達の上空の艦載機が少なくなっているのなら、クウも攻勢に出られる。制空権を確保している艦載機を少しずつ北端上陸姫の方へ送り込み、逆に空爆を開始した。
空爆を防ぐのにも艦載機を使うはずだ。同じスペックならあの艦載機も破壊出来る。皆の力を合わせて、着実に盾を剥がしていく。
「たかが空母ヲ級が、何故私の艦載機を……!」
「さっきも言った。姫様の陣地の中だから、わたしは無敵」
次々と艦載機が破壊され、北端上陸姫は徐々に何も出来なくなってくる。それだけやってもクウの艦載機は減ることがない。今まで北端上陸姫がやってきたことを、今度はクウがやっていた。
「私の陣地なら……私の世界なら……こんなこと……!」
そうさせないために私が侵略をしたのだ。私だけの力じゃない。仲間達の協力があったから、ここまで大きな陣地が作れた。この陣地は、この世界は私の世界ではない。皆の世界だ。
現状を鑑みた結果、北端上陸姫は1つの結論に達したようだった。途端に、私を見る目が変わる。
今までは戦闘中も私を生かし、仲間にするために画策していたようだったが、今は私に対しても殺意が向いている。
「朝潮が死ねば、私の力は戻ってくる……! そうすれば全員を殺して最初からやり直せる! 朝潮の代わりを作って、今度こそ成功させるのよ!」
今まで陣地の外に出ようとしていたが、考え方を突然変えた。現状を打破するためには、自分の世界が必要だとして、まず私の陣地を消し去ることを最優先にしたようだ。私が死ねばこの陣地は消える。
ここで死ぬわけにはいかないと、今まで長い時間かけて育てた私を切り捨て、新しく私と同じものを作っていこうと考えたようだ。
そんなこと、させてたまるか。私達が最初で最後の犠牲者だ。艦娘から深海棲艦に変えられるのは、もうこれ以上あってはならない。
私達はいろいろとあったから、自分の身体を変えられても楽しく生きていけている。だが、悲観して死を選ぶ可能性だって大いにあり得るのだ。そんな運命、他の艦娘達に歩ませるわけにはいかない。
「死んでちょうだい! 私のために!」
列車砲を私に向けてきた。今までとは違う、私を消すための行動。威嚇砲撃でもなんでもない、殺すための攻撃。
最初からそうされていたら私達はもっと苦戦したと思う。私が最初に死んでいたらこんな事態にはならなかった。終始私達を圧倒していただろうし、超回復の対処が出来ずに扶桑姉様や山城姉様ですら手も足も出なかった。
「ダメ。姫様はやらせない」
直後、北端上陸姫にクウの爆撃。当然直撃を狙ったが、寸前のところで回避された。しかし、爆風に巻き込まれて体勢を崩す。ここまで消耗しているのだ。そんな状態から列車砲を放つなんて出来ない。
「朝潮を……やらせるわけないでしょう……」
「私達の妹に手を出さないでもらえるかしら!」
扶桑姉様と山城姉様が、北端上陸姫を止めるべく後ろから一撃を入れようとするが、ギリギリのところで振り向き、列車砲の砲身で薙ぎ払う。この質量兵器をガードするのは厳しいと回避。その間際に扶桑姉様は砲身を蹴り、山城姉様は砲身を殴り飛ばした。
これにより、砲身がついに折れた。北端上陸姫の陣地は、艤装の強度にも影響を与えていたようだ。長く離れたことで、列車砲も弱くなり、今まで通らなかった破壊行為がついに通るように。
「艦載機が破壊出来ます!」
「弱くなってるじゃんかよぉ!」
大潮と春風の砲撃が艦載機を破壊出来るようになっていた。陣地を失ったことが顕著に現れている。
「まだ……まだ終わらない……終わるわけにはいかないのよ……!」
列車砲を失い、艦載機の盾もおおよそ失い、陣地に戻る術も失った。それでも北端上陸姫は、私に縋り付くように襲いかかってきた。今の北端上陸姫は、全ての力を失った、憐れで惨めな、没落した姫であった。
その力を奪い取ったのは、紛れもなく私。ならば、決着をつけるのは私だろう。
「もう終わっていいんですよ。私が終わらせてあげます」
私達を長く長く苦しめた姫は、私の手で終わりにしよう。もうこれ以上見ているのは辛い。
山城姉様の真似をするように、左手に、薬指の指輪にキス。そうすることで司令官の力も感じる。私のこの拳も、司令官の拳だ。全てを終わらせる、最後の拳だ。
『行け朝潮! 終わりにしてやれ!』
『ご主人! 行けーっ!』
アサとヨルの後押しに、拳への力がさらに増す。今だけは私の拳は全てのものを穿つことが出来るだろう。
「朝潮……っ! 貴女は……!」
「これで! 終わりだぁっ!」
山城姉様が打ち込んだ北端上陸姫の胸に、私も渾身の一撃を叩き込み、身体を捻ってそのまま地面に叩きつける。それだけでは終わらず、体重をかけて胸を貫いた。
これがこの長かった戦いを終わらせる、最後の一撃となった。
血塗れの腕。気持ちよくない温かな肉の感触。貫いているため骨の感触もわかる。陣地の上なら超回復があったかもしれない。だが、この場は私の陣地。もう、死ぬしかない。
腕を引き抜く。私の拳もズタズタだった。慣れないことをするものではない。自分の陣地の上のため、ゆっくりとだが拳も修復されていく。
「かはっ……最後は……朝潮に……やられるなんて……」
「ここまでの力を私に与えたのは貴女でしょう……自業自得です」
私自身の力とは到底言いづらい。北端上陸姫は、私に固執したが故に負けたと思う。私を仲間にするために成長させたのがそもそもの失敗だ。
北端上陸姫には想定外の出来事があまりにも多かった。私の想定外な成長、ヨルの存在、佐久間さんの閃き、挙げれば大量に思い付く。
「私は計算し尽くした……。先も見据えて……いくつもいくつも……可能性を手繰り寄せた……。想定外が起こるたびに……計算し直した……。万全だったのに……何故……」
研究者の記憶を持つがために、事前に考え尽くすことくらいはしたのだろう。私達の力量も、今までの戦闘データから割り出して計算し尽くしたのだろう。
そんなことで私達が推し測られたら、もっと最初の方に全滅していただろうし、今頃私は北端上陸姫の手駒として世界を滅ぼしている。
私も、私の仲間達も、計算なんかで割り出されるほど簡単な存在じゃない。
「その計算、間違っていないという根拠はどこにあるんです。私達が机上の空論のままに動くと思ったら大間違いですよ」
「……本当にね……最初に貴女達と出会ってしまったのが……私の運の尽きだったかもしれないわ……」
最初からこうなる運命だったのかもしれない。一番最初から、北端上陸姫の計画は失敗に向かっていたのかもしれない。
指先や足先が消滅している。身体は死を受け入れた。もうこうなってしまっては、いくら未練が残っていようとも関係ない。ゆっくりと消滅を待つのみ。
ここまで苦戦させた姫だ。私に執着していたのだから、最後はトドメを刺した私が看取ろう。
「もう……本当に終わり……なのね……」
「ええ……本当に終わりです」
自身の身体の消滅を見たことで、何もかもを諦めたかのような顔になった。心も死を受け入れた、安らかな笑み。そんなところは戦艦天姫と少し似ている。一番の愛娘だったのだろうか。
「でも」
だが次の瞬間、笑みが邪悪に歪んだ。
「どうせなら貴女も道連れよ」
「なっ……!?」
最期の力を振り絞って、私の周りに艦載機を発艦させた。その数3機、私の左右と真正面。もう残り少ない命を搾り切って出した、意地の艦載機。まだ諦めていなかった。
今までの挙動から考えて、この艦載機がすることなんてただ1つ。爆撃も射撃も必要ない。
自爆だ。
「一緒に逝きましょう! 朝潮ォォォォ!」
避けることが出来ず、私と北端上陸姫は爆炎に包まれた。