欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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暗く寒い、海の底にいるような気分だった。周囲を見回しても何もない。ここが何処かわからない。記憶が混濁している。私は一体どうなったのだ。

深く記憶を辿る。私は北端上陸姫にトドメを刺した。胸に拳を叩き込み、地面に叩きつけ、その拳で貫いた。それで北端上陸姫の身体は消滅していったはずだ。

そうだ、思い出した。最後の最後に、北端上陸姫は自分の命を使って艦載機を発艦し、私を巻き込んで自爆したのだった。

 

これが()というものなのだろうか……。

 

あんな身近で爆発したのだ。私の身体がどうなってしまったかなんて、考えるまでもなくわかる。木っ端微塵とまでは言わないが、腕の1本や2本は無くなっていてもおかしくはない。正面にもあったから身体も抉られているか。

 

私の身体は純然たる深海棲艦に変えられているため、完全に未練を払拭しているのなら浄化なんていう裏技みたいな蘇り方があるが、突然の死ではそんなこと起こらない。

艦娘ならば沈んだ後に魂が深海棲艦へと変質する可能性もあるだろうが、残念なことに私は艦娘では無くなってしまっている。そんな変質も考えられない。

 

「……アサ……ヨル……」

 

呼びかけても返事はない。私が死んでいるのなら、当然2人も巻き込まれてしまっている。今この場で私の中にいないのなら、夢の世界のように目に見える場所にいてもおかしくないだろう。あの2人も、今や確立された意思、固有の魂にまで昇華されている可能性が高い。

だが、そもそも気配を感じないのだから、ここにはいないのだろう。そういうものがわかる空間かもわからないが。

 

元々が艦である私だから、死の世界というものがこんな海底のような世界なのだろうと勝手に解釈した。艦の私が最後に見た風景はどんなものだっただろう。それだけは本当に思い出せない。おそらく誰も思い出せない。

 

「……ごめんなさい皆……約束を破ってしまいます……」

 

死ねない約束を幾重にも束ねて戦場に立ったというのに、その全てを反故にしてしまうかもしれない。それが大きな未練である。その時点で私に浄化の道はあり得ない。

完全に死に絶え、意識までもが消滅するまでにラグがあるのだろうか。もしくは死んだ者はずっとこんな寂しい空間にいる必要があるのだろうか。どちらにしろ、今は自由な時間だ。どうせこのまま突っ立っていても暇なだけだし、何も見えないがこの辺りを探索しよう。少なくともアサとヨルとは合流したいし、もしかしたら出口なり何なりあるかもしれない。

 

……この空間の出口ってなんだろう。見つけたら生き返られるのだろうか。

 

 

 

暗い道をあてもなく歩く。アサやヨルと会えればよかったのだが、未だに会えない。気配も反応も感じない。さすがにこんな世界で電探なんて無いだろうが。随分長く歩いているように思えるが、どれだけ歩いたかもわからない。もう何分、何時間、何日歩いたのか。

 

「アサー……ヨルー……いないのー……」

 

呼びかけても声は無い。毎日いつも朝から晩まで付き合ってくれている2人の声が無いというのはとてつもなく寂しい。

 

「誰かー……誰かいませんかー……」

 

いるはずがない。ここは私の死の世界。私以外にいるというのなら、それは私の身体に関わるもののみ。アサかヨルだけだ。

それがわかっているにも関わらず、私はいもしない誰かに声をかけ続ける。誰かいてもそれはそれで怖いが、それだけ今の状況が心細い。

 

死というのは寂しい。

 

「誰かー……って、あれ?」

 

この暗い空間の中でも、誰かいるのがわかった。こんな空間にいるなんて普通ではないが、思わず駆け寄ってしまう。近付いても気配を感じないということは、この空間ではそういうものは使えないようだ。

 

「……よかった。ヨル!」

「ご主人! よかったぁ……もう会えないかと思った!」

 

その場に座り込んでしまっていたヨルだった。私の姿を見た途端、飛びつくように抱きついてくる。よかった。片方だけとはいえ見つかってくれた。

やはりここにいた。ヨルがいるのなら、アサも何処かにいるはず。お互いが動き回っていたら合流も出来なそうではあるが。

 

「アサ姉見た?」

「ううん、私も探してるところ。あてはなかったけれど」

 

ここからはヨルと歩き出す。見た目通り子供のヨルとは、手を繋いで一緒に。手を離したらまた見失ってしまうのではないかと思ってしまう。どうせなら一緒に逝きたい。

 

またしばらく歩くと、ヨルがポツリと呟いた。

 

「ご主人、私達って……死んじゃったの?」

「……まだ……わからないわ」

 

言葉にすると余計に辛い。大丈夫と言ってあげられないのも辛い。ヨルも泣きそうな顔をしている。もう皆に会えない寂しさがこみ上げてきている。私達だって、この場所にずっと居続けるかもしれないし、この世界ごと消え去る可能性だってある。今この時間も、リミットが近いのかもしれない。

 

「もう……みんなに……会えないの?」

「……わからないわ」

「ご主人とも……お別れに……なるの?」

「……わからないわ」

 

震えるヨルの声に、私は同じ返答しか出来ないでいた。顔を見ることが出来ない。ヨルもこちらを見られないようだった。

なるべく私は気丈に振る舞う。ヨルに余計な不安は抱かせたくない。だから断言が出来ない。だが、子供ながらに、自分の行く末を察してしまったのだと思う。

 

「……嫌だよぉ……」

 

堪えきれずにヨルは言葉に出してしまった。それに何も言えなかった。繋いだ手は震えている。私は強く握り返してあげることしか出来ない。

 

「アサ……見つけた」

「アサ姉!」

「……おう」

 

立ち尽くすアサの姿も発見。これで全員揃った。姿を見つけるや否や、アサに飛び込むように抱きつくヨル。感極まって大泣きしてしまった。アサは寂しそうな顔でその頭を撫でてやる。

 

「嫌だぁ! みんなとお別れしたくないよぉ!」

「……私もだ。あいつらから離れたくない」

 

まず見せない泣きそうな顔を見せていた。この状況では、いくらアサでも冷静にはいられない。私だって内心はグチャグチャだ。考えるのも辛い。

 

「……いざこういう状態になると堪えるな」

「そうね……()()()までは3人でいましょう」

「……そうだな。私は少し動けない」

 

ひとところに固まり、お互いの存在を感じ合う。消えるなら3人一緒がいい。これはなんと言えばいいのだろう。私達のような存在でも、()()と言えばいいのだろうか。それを待つことに。ずっと消えないのならそれでいい。3人で傷を舐め合おう。

ヨルは涙が止まらないようだった。アサの胸に顔を埋め、ずっと泣きじゃくっていた。アサはそれを撫で続ける。

 

「最初は別にどうでもよかったのにな……今はあの世界を離れるのが嫌で嫌で仕方ない」

「そうね……アサも縁が多いものね」

 

アサはヨル以上に世界と縁を作っている。いくら特殊な状況で生まれた深海棲艦だとしても、簡単には断ち切れないほどの未練を残してしまった。

結局、私達は最初から浄化の見込みは無く、死んだら消滅が運命づけられていたのだ。それだけ皆がこの世界を愛したということの証明にもなるので、少し複雑な気分ではある。

 

 

 

ヨルが泣き疲れて眠るほどに時間が経過した。それがどれほどの時間なのかは私にはわからなかった。数分なのか、数時間なのか、数日なのか。この空間は体感時間もあやふやだ。

それでも私達はおろか、この世界自体に消滅の兆しが見えない。私達がどうなってしまっているのかが、まったく判断出来ない。

 

「私達は、やっぱりあの時に死んでるんだよな」

「……私はそう思う。あれだけの爆発に巻き込まれて、生きているとは考えづらいもの」

 

ヨルが私達の話を聞けない状態になったことで、改めて私達の現状を考えることにした。今のヨルには少し辛い話になるだろう。眠ってくれたのは幸い。

私が死んでいるとしたら、この世界は結局なんなのだろう。魂だけが行き着く場所なのだろうか。

 

「誰も死後の世界なんざ知らないからな……ここがそれだと言われても、信じるだろうさ」

「でもここ、夢の世界みたいよね」

 

時間の経過があやふやな辺りも夢の世界に似ている。明晰夢なら、私達の好きなように世界が変えられると思うのだが、先程から戯れに何度かやってみたが何も起こらなかった。

そんなことに縋ってしまうほどに、今は極限の状態。だんだん自分が死んでいるかどうかもわからなくなってしまう。静かに狂っているように思えた。

 

「……会いたい……」

「朝潮?」

「……皆とまた会いたい……死にたくない……死にたくないよ……」

 

言うまいと思っていた感情が溢れ出てきた。ヨルを不安にさせまいと耐えていたが、私ももう限界だった。ヨルが眠ったことで決壊した。アサに引かれてもいい。自分の思いは口に出すべきだ。これが最後だというのなら、何も言わない方が後悔する。

 

「もっと、もっと生きていたい!」

「朝潮……」

「嫌だ! 嫌だよぉ! さよならなんて嫌だぁ!」

 

まるで先程までのヨルのように、大人気なく泣きじゃくってしまう。事実大人ではないが、見た目だけは大人なので、アサから見たら無様で滑稽かもしれない。

だが、私が決壊したことで、アサも箍が外れた。わんわん泣きながら叫ぶ。

 

「当たり前だ! 私だってあいつらと別れたくない! せっかく全部終わったのに、私達だけなんでこんな目に遭わないといけないんだ!」

「やっと楽しい時間が来るのに、私達だけ仲間外れなんて嫌だ! 嫌だぁ!」

 

ただ叫ぶだけじゃ足りない。物に当たりたいが、ここには何もない。なので、癇癪を起こしたかのように地面に拳を叩きつけた。

 

 

 

瞬間、地面にヒビが入った。

 

 

 

「はぇ……?」

「ヒビ……?」

 

同じ場所をもう一度叩く。さらにヒビが拡がる。なんだこれは。

一気に頭の熱が冷えていった。こんな時だからこそ冷静に考えなくてはいけない。

 

「……そうか、やっぱりここは夢の世界なんだ」

「ならなんで何も今まで出来なかった」

「……ごめん、私のせいだ。自分がもう死んでいるものと思い込んでたから……ここを死の世界だと思い込んでいたから、()()()()()()()()()()()()んだ」

 

夢の世界は思い込みが全て現実化する世界。ヨルのように私の記憶から世界を一変させることも出来るし、ここでお茶会をしようと思えば円卓も用意される。

だが、おそらく生物の中で最も強い感情、死に縛られてしまったせいで、他のものを一切受け付けなくなるほどの場所になってしまった。

 

「今こうなった理由は……そうか、感情的になったから」

「死を拒絶したから。死にたくないって、口に出して、身体に出したから」

 

だがこれでわかったことがある。

 

「私は、私達は、死んでない!」

 

眠っていたヨルを起こす。ここが明晰夢であるとして、夢の中で眠ることが出来るというのもなかなか凄いことだ。

 

「ふぇ……ご主人……アサ姉……」

「ヨル、私達は死んでない! また皆に会えるわ!」

 

それを聞いて飛び起きたヨル。一番最初に死を拒絶していたのはヨルだ。その時に私が我慢しなければ良かっただけだった。ヨルには本当に悪いことをした。

 

「みんなに会えるの!?」

「ええ、ごめんなさいね。私が諦めてたから、皆をここに閉じ込めてた。死んでなんかない。今すぐ目を覚ましましょう!」

 

3人がかりで地面のヒビを叩いていく。皆にまた会いたいと心を込めて、この世界を壊すことを望む。

ヨルが諦めていたら、おそらく本当にこの世界は死の世界となっていた。世界は閉じ、永遠に目が覚めず、こんなことを考える意識すらも失っていただろう。私もアサも死を受け入れてしまっていたが、ヨルだけは抗っていた。そのおかげで、この世界は維持されていた。

 

ヨルは本当に救世主だった。私は何度も救われている。

 

「またみんなと!」

「またあいつらと!」

「また皆と共に歩きたい!」

 

3人同時で地面を叩いたことで、ヒビは世界全体に拡がり、ついには破壊された。闇の世界の外側には、明るい世界があった。絶望が包み込む真っ暗な世界は消え、希望が絶えない光溢れる世界が現れた。

 

ーーーー朝潮。

 

何者かに呼ばれる声がした。3人で顔を見合わせるが、その誰でもない。外の声、仲間の声。

 

「みんなが呼んでる!」

「ああ、私達はまだやりたいことだらけだ」

「こんなところで、死んでられないわね」

 

皆、満面の笑み。私を呼ぶ声が、滝のように流れて来た。皆が私の目覚めを待っている。

 

ーーーー朝潮

 

ーーーー朝潮ちゃん

 

ーーーー朝潮さん

 

ーーーー姫様

 

ーーーー陛下

 

ーーーー先生

 

ーーーーお母さん!

 

ーーーー朝潮様

 

ーーーーアサ姉ちゃん!

 

ーーーー旦那様

 

ーーーー御姉様

 

ーーーーお姉さん

 

ーーーー姉さん

 

 

 

ーーーー朝潮君

 

 

 

ベッドの上で目を覚ました。見慣れた天井。知っている匂い。聞いたことのある音。気持ちのいい温もり。私はドックではなく私室で寝かされていたらしい。どれほど眠っていたのだろうか。

ゆっくりと身体を起こすと、何故か世界が広く見えた。何か違うような、だが懐かしいような感じ。

 

「……アサ」

『おう、ちゃんといるぞ』

「……ヨル」

『いるよー!』

 

2人とも私の中にいる。身体も動くようだった。

 

 

 

私は、帰ってきた。

 

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