ベッドの上で目を覚ました。見慣れた天井。知っている匂い。聞いたことのある音。気持ちのいい温もり。私はドックではなく私室で寝かされていたらしい。どれほど眠っていたのだろうか。
ゆっくりと身体を起こすと、何故か世界が広く見えた。何か違うような、だが懐かしいような感じ。
「……アサ」
『おう、ちゃんといるぞ』
「……ヨル」
『いるよー!』
2人とも私の中にいる。身体も五体満足に動くようだった。私は無事、鎮守府に帰ってくることが出来た。
「あ、ああ……」
ベッドの横に霞が立っていた。手には濡れたタオル。私の身体を拭いてくれるのだろうか。眠っていた私をずっと世話していてくれたようだ。
北端上陸姫はあの戦いで消滅しているはずだが、霞は未だ半深海棲艦のまま。この姿になって長いからか、最初からそうなるように仕組まれていたか、元凶がいなくなっても身体は元に戻らないようだ。あの北端上陸姫がやることなので、おそらく後者だろう。
「……おはよう、霞」
「姉さん、姉さん!」
言葉を発すると同時に感極まって飛びつかれた。その重みでまたベッドに寝かされる形に。この重みが今は愛おしかった。
「大丈夫!? どこかおかしいところはない!? 身体は動く!?」
「五体満足よ……心配、かけたわね」
まくし立ててくる霞の頭を撫でてあげる。なんだか少し違和感を覚えた。霞に抱きつかれてベッドに倒されることなんてなかったのに。寝すぎで力が無くなっているのだろうか。
「姉さん、先に知っておいてもらわなくちゃいけないから、すぐにやりましょ。立てる?」
霞に促されてベッドから降りる。少しフラついたものの、問題なく立ち上がることが出来た。これで違和感の正体がわかった。世界が広く見えた理由も、懐かしさを感じた理由も、全てこれで納得がいった。
私が目を覚ましたことは、すぐに鎮守府内に伝わった。あの後すぐに来た大潮が、鎮守府内を駆け回って叫んだからである。
今は司令官に事情を話してもらうため執務室にいる。執務室の前や外には人が溢れ返り、扉の前には相変わらず瑞穂さんが陣取ってくれている状態。私の隣には霞がついている。繋いだ手は離してくれそうに無い。
まだ目を覚ましたばかりであるということで後日にしようと言われたが、私が早く知りたかった。
「見たところ、身体は大丈夫そうだね」
「おかげさまで、動かないところはありません」
「本当によかった。それに、朝潮君が戻ってきたという感じだよ」
今の私は、本当に久し振りに改二丁の制服を着ていた。大体理由はわかっているが、縮んだことにより私の身体は改二の時くらいになっていた。アサと出会った当初くらいか。
それでも身体中のヒビ割れのようなアザはそのままであり、腹にある中枢棲姫の虚空も当然そのまま。
胸のサイズが変わらなかったのはとても嬉しい。
「私はどうなっていたんでしょうか」
「では、説明していこうか」
司令官にあの戦いの顛末を話してもらう。
北端上陸姫の自爆を受けた時、私は一番身近にいたクウと瑞穂さんに庇われたそうだ。死ぬだけのダメージを3人に分散出来たことで、私は一命を取り留めたともいえる。
しかし、私は左腕と左脚の一部を、クウは右腕を肩からと右脚の半分を、そして瑞穂さんは背中を大きく削がれる大惨事だった。誰も死ななかったのは奇跡に等しいらしい。
「瑞穂君は艦娘だから、入渠すれば全て元通りとなった。だが、君とクウ君は深海棲艦のため、そのままでは後天性
「雪さんと同じ施術をした、ということですね」
「ああ。結果、君は五体満足である代わりに、そのサイズまで縮んでしまったということになる。とはいえ、元々大きくされていたんだ。朝潮君と見分けがつくサイズとなったのは、本当に運が良かっただろう」
駆逐艦朝潮として全てにおいて逸脱していた私に、朝潮としての身体が戻ってきたと思えば、この施術は成功を超えた成果を出しているだろう。前々から欲していた安定した元の身体が、こんな形で戻ってきてくれた。
重ねて言うが、胸のサイズが変わらなかったのがとても嬉しい。
「クウ君も同じように施術を受けている。もう見たかい?」
「はい。ここに来るまでにチラッとですが。レキと同じほどになっていました」
腕を失ったクウも、細胞移植による
それを見て私はこの施術をされたのだと確信していた。術後に身体が縮むのはそれしかない。
「クウ君は喜んでいたよ。彼女は見た目は大人だが心は子供だったからね。そういう意味では、今回の治療は全て想定以上の成果が出た」
クウは自分の身体にコンプレックスを持っていたのかもしれない。それならば、今回の治療は最高の結果なのだろう。
「次。朝潮君、今日であの戦いが終わって1週間経つ」
「い、1週間、ですか……随分と眠ってしまっていたようで……」
入渠で身体を五体満足に修復するのに2日、ドックの中で全回復するのにさらに2日、そして私室で寝かされるようになって3日。合計7日で1週間である。今までで一番長い入渠時間だそうだ。私もそんな入渠時間は聞いたことがない。
私室に運ばれたのは霞の提案らしい。ドックでずっと眠っているより、外の刺激を与えた方が目が覚めるのではないかと。
「……ずっとあの狭いところに押し込めておくよりいいと思っただけよ」
「そう……ありがとう」
おかげで私は帰ってこれたかもしれない。あの空間で最後に聞こえた私を呼ぶ皆の声は、ドックの中では聞こえなかっただろう。
「君が眠っている間に変わったことは無いよ。強いて言うなら、元帥閣下の鎮守府の修復が刻一刻と進められているくらいだ。さすがに1週間では復旧出来ないほどに破壊されているから、まだこの鎮守府に滞在しているがね」
私も現地で見たが、あれをすぐ直すのは不可能だ。それに、そこから物を抜いて装甲車を作り上げてしまったため、修復は余計に時間がかかると見える。
「北端上陸姫は他の者が消滅を確認した。霞君、気配も何も無くなったんだったね?」
「ええ。その場から完全に消えたことを確認したわ。本人が消えたことで陣地も消えてる。アレの気配はどこにも無かった」
「詳細は現在、南君達諜報部隊が調査中だ。人形や深海棲艦を量産していたという地下設備の確認も急いでいる」
北端上陸姫の地下設備は、陣地の一部の可能性が非常に高い。本人が死んだことにより、その全てが一緒に消滅しているとは思うが、万が一未だに稼働中となったら困る。そのために南司令官達が動いているようだ。
元々あった鎮守府も、あの戦いが終わった直後に倒壊したらしい。侵食により強度を増していたものが無くなったからだ。あれだけ何度も列車砲を撃ち込まれていたのだから、崩れない方がおかしい。地下の調査は倒壊した鎮守府を片付けてからになるようだ。
「あの戦いで重傷を負った者は全て回復済み。君が目を覚ましたことで、轟沈無しの勝利となった。陸での戦いとなったが民間にも被害は出ていない。君達のおかげだ」
誰1人として脱落することなくこの戦いを終えることが出来たことが一番の戦果だ。
「ただし1人、磯風君だけは被害者となってしまった。気にしていないとは言っていたが……やはりケアは必要では無いかと思う」
戦闘中、山城姉様を守るために自ら侵食の鎖を掴み、半深海棲艦へと変化してしまった磯風さん。やはり戦後でも姿は元に戻っていないようだ。
あの場で大惨事を引き起こすことは無かったとはいえ、外見が変わってしまったのは今後の生活に影響が出るかもしれない。もう既に半深海棲艦に与えられるアクセサリーは配られているとは思うが、思った以上に管理が難しい。特に艤装の調整は専門職が必要。
「第十七駆逐隊は、当初は浦城君の鎮守府に移籍してもらう予定だったが、磯風君のこともあり、我々の鎮守府に正式配属してもらうことに決まった。ここにずっといたわけだし、勝手も知っているだろう」
「それはいいことですね。あ、じゃあ3人は初めて、
「そういうことになるね。あの4人は一緒にいた方がいい」
確かに、同じ心の傷を持つもの同士、一緒にいる方がいいだろう。本来の居場所を奪われ、帰る場所がないのだから、ここにずっといればいい。これからは夜間業務ではなく、ここの駆逐艦と同じように生活していけばいい。
「さて、これで大方話したね。朝潮君、改めて……よく帰ってきてくれた」
抱きしめられた。心臓が高鳴るようだった。事実、私のアザの明滅はこれまでにないくらい早くなっている。
「君を亡くしてしまったら、私はどうしようかと思っていた。目を覚まさないと聞いた時も、とても辛かった。君に何もかも背負わせてしまって、本当に申し訳ない」
「……それも今日で終わりです。肩の荷が全て下りました。明日からは……何も考えずに生きていきたいなと、思います」
「ああ……少しの間、休んでおくれ。今まで頑張った分、君にはその権利があるからね」
本当に戻ってきたのだと実感出来た。死の淵に立たされた私は、皆が助けてくれたおかげで、今ここに立っている。それが心の底から嬉しかった。
生きているって素晴らしい。この生は手放さない。もう諦めない。
その日の夜は、北端上陸姫との戦いの祝勝会だった。私が目を覚ますまでずっと待っていてくれたらしい。だからだろう、全員箍が外れていた。あの大淀さんですら、司令官に対し一切ブレーキをかけなかった程である。
私は身体が縮んだことで
「スペックはあの時のままなの?」
「ええ、そうみたい。私が眠っている間に佐久間さんが調べていてくれたみたいでね。こんな
司令官との話の後、そのまま佐久間さんとも話をした。私の身体の現状を一番詳しく知っているのは佐久間さんだ。
私の身体は縮む前から一切のスペックダウンをしていないらしく、ただただ縮んだだけだそうだ。つまり、見た目は駆逐艦朝潮でも、出力は戦艦並の水陸両用陸上型。扶桑型3番艦のままのため、伝家の宝刀もしっかり使える。白兵戦型として活動できるようだ。
ヒメさんのような、子供な見た目でも強力なスペックを持つ深海棲艦はいるので、私はそういうところに仲間入りしたわけだ。
「私としては万々歳ね。また朝潮型の制服が着れるようになったし」
「そうね。まさかまたちゃんとした姉さんが見られるとは思わなかったわ」
「ちゃんとした……まぁ、うん、ちゃんとしてるのかしらね」
とはいえ、私は深海棲艦のままだし、巻き込まれたものは皆、身体が変質させられたままである。深海艦娘は深海艦娘のままだし、初霜みたいな特殊なケースも当然そのまま。
戦いの傷跡としてクッキリと残されたものの、誰も悲観していない。もうこれが私達のスタンダードなわけで、今治せると言われても誰も手放さないだろう。
「にしても、これは驚いたわ」
これとは、私の膝の上に座ってお菓子をモフモフ食べているクウである。縮んで元の朝潮サイズに戻った私でも、膝の上に乗せられるほどのサイズ。この鎮守府の中でも小柄なレキやシンさんと同じサイズである。
それでも空母ヲ級としてのスペックは全く失われておらず、むしろ私の陣地内での戦いでさらに強化されたことで、並のヲ級では手も足も出ないほどに。
「ひめさま、わたし、このカッコになれたの嬉しいよ。ひめさまが守れたって証拠だし、レキ達と遊びやすくなった」
「そう……本当にありがとうクウ。貴女のおかげで私は生きていられるわ」
「どういたしましてー」
ニンマリ笑った。少し表情に乏しいクウだったが、この身体になり見た目相応の表情を見せてくれるようになった。それもまた喜ばしいことだ。
『何もかも元通りだな』
『これからは楽しい?』
『ああ、あそこまで命を張るようなことは無いだろうよ』
ヨルは深刻な戦いの最中という常に緊張感がある環境しか知らない。でももう違う。あの戦いは終わりを告げ、明日からは何も無い平々凡々な日常がやってくるのだ。
ヨルにはもっといろいろなことを知ってほしい。手始めに甘味を知ってもらったが、他にもだ。私やアサが知っていることをヨルにも知ってもらって、もっともっとこの世界を大好きになってもらおう。
「さて、言おう言おうと思っていましたが」
「そろそろ我慢出来ませんよね」
突然ひょっこり現れる春風と初霜。視線は私ではなく、今日は常に隣に座っていた霞へ。
「霞さん、抜け駆けは良くないです。御姉様の隣を占領するのは、わたくし達のルールに違反するのではありませんか?」
「それに、ずっと手を繋いでいました。これは罪です。
「私は実の妹としてこうしてるの。最初に姉さんが目を覚ましたのを見つけた特典よ」
またこの3人はわちゃわちゃと。
『……朝潮』
「ええ、私達は戻ってこれたのね」
これからは毎日がこんな楽しい日常になる。生きていてよかったと思える出来事ばかりだ。
長きに渡った北端上陸姫との戦いは、今この時を以って終了となります。そして、このお話もあと数話となります。次回からはちょっとした後日談が続きますが、最後の時までよろしくお願いします。