1週間の眠りについていた私、朝潮が五体満足で目を覚ましたことで、北端上陸姫との戦いは完全に終了となった。今は事後処理の時間となっている。たった1週間で出来ることなど高が知れているが、少なくとも陸の復旧は刻一刻と進んでいるそうだ。妖精さんの力は偉大で、一切の不備もなく、むしろ前より使いやすくなっているとのこと。
ただ、陸に妖精さんだけを置いて修復してもらうのは気が引けると、毎日数回、誰かがその場に向かうようにしている。妖精さん達に差し入れするのも重要。
私に説明してくれているときに、司令官はこの1週間で変わったことは無いと話してくれたが、実際は変えることが出来ない、というのが正解。
大本営そのものが使い物にならなくなってしまっているため、上層部が何も出来なくなってしまったからである。今は陸にある民間の施設で動いているようだが、まともに機能するのは先も先。
ようやく手に入れた一時の平和の間に、この事態を引き起こした原因を人間自身で排除してもらいたいものだ。こちらにとやかく言う暇があるのなら、他にも裏切り者がいないかどうかを探すとかすればいい。
眠りから覚めた翌日、私は改めて戦場跡へ足を運ぶこととなった。理由は簡単、あの場所に作り上げた私の陣地を放棄するためである。私にしか出来ない後始末だ。
深海棲艦の陣地は、そうなっているというだけで何かしらの悪影響を与えかねない。私の意思がそうでなくても、土地を侵食しているのだから、何かあっては遅いのだ。
「磯風さん、その後体調はどうですか」
「うむ、不調はない」
随伴として十七駆の4人と瑞穂さん。哨戒も兼ねており、万が一あの時の戦いの残党が残っていたらその場で排除する。
あの戦いの一番の被害者である磯風さん。今までのイメージとは一転、全ての色合いが反転したような姿になってしまった。だが、本人は本当に気にした素振りも見せず、もう元に戻らない身体を受け入れているようだった。
「だが、いろいろとゴチャゴチャ着けすぎではないか? イヤリングだのチョーカーだの」
「イヤリングは念のためですが、チョーカーは着けておいてください。鎮守府にいるだけで狂いかねません」
あの戦場では私の深海の匂いでおかしくなることは無かったようだが、鎮守府では話が変わる。
磯風さん自身が深海の匂いに強い体質だとしても、あの鎮守府には匂いの発生源が私含めて4人、それが固まると、扶桑姉様ですら壊れるであろう相乗効果を発揮してしまう。特に島風さんは常にスキンシップを求める人だ。不意打ち気味にダメージを受ける可能性だって高い。
「有識者の朝潮がそう言うのなら仕方あるまい。難儀な身体だ」
「そんなこと言うて、ここ1週間ずっと楽しんどったじゃろ」
浦風さんの言葉に磯風さんが固まる。
「最初の1日は艤装の展開だけでキラキラしてましたね」
「艤装確認の時、火力が上がったことにはしゃいでたねぇ」
浜風さんと谷風さんの追い打ちに、磯風さんの顔がだんだん赤くなってくる。確かに少しキャラじゃない。とはいえ、お化けを怖がったりしているし、武人然としているものの可愛い人なのかも。
「気持ちはわかりますよ。工廠要らずで出撃出来るのは便利でいいですよね」
「ああ、何処からでも出撃出来るのは素晴らしいな。艤装の傷も風呂に入るだけで全て元に戻るというのも便利でいい」
急にテンションが上がる。半深海棲艦化の影響が思考にもあるのかもしれない。
私はこの身体になった直後はアサに封じ込められていたのでそういう経験は無いが、単純に便利だとは毎回思う。
「……良かったですよ。身体の変化を受け入れているようで」
「悲観する必要は無いだろう。最大の被害者が受け入れているというのに」
聞くまでもなく、私のことを言っている。
何度も変化し陥れられた私が、今こうやって何の悲観も後悔もなく生活しているのだから、気にする方が野暮だと言い放った。さすが磯風さん、可愛らしいがやはり武人である。
「あの鎮守府だからこそ、気兼ねなくやっていけるというのはあるがな。外に出るのは憚られるか」
「いえ、うちの鎮守府はこういう鎮守府と公表されてますので、問題なく。いろいろと事が済んだら、友軍として出張することもあると思いますよ」
北端上陸姫との戦いを世間にどう説明するのかは私達には知る由もないことだ。それを決めるのは元帥閣下だし、出撃を決めるのは我らが加藤司令官である。
とはいえ、北の拠点攻略が終わって少しの間はそういう業務についていた。深海艦娘が友軍として出張に出ることも普通にある。そういう日常に戻っていくのだろう。
「そうか。ならば、生まれ変わったこの磯風がしっかりと務めさせてもらおう。改めて一員となれたことを誇りに思う」
「硬い硬い。磯風は硬いんじゃ」
「仲良くやってこーぜでいいんだよぉ」
そもそも成り行きとはいえ同じ鎮守府で過ごしていたのだ。立場は変われど今までと同じだ。気負わず、今まで通りにしてくれればいい。
戦場跡に到着。倒壊した鎮守府がどうしても目につく。私が知っているのは執務室だけだったが、聞いていた通り全壊である。
十七駆の4人は、私が眠っている間にも度々ここに来ていたそうだ。理由はあえて聞かない。聞かずともわかる。聞く必要のないことである。
「ああ、ここですね。私の陣地」
海沿いに作られた私の陣地。私がそれなりの時間離れていても、そこはまだ陣地として確立されていた。遠目に見てもそこが自分の物であるとわかる。深海の気配がわかる瑞穂さんと磯風さんにも、その場所は私の場所であると認識してしまうらしい。
あの戦闘の最中ではそんなこと考える余裕すら無かったが、落ち着いてみると私がしっかりと侵略している。あの酷い戦況の中、よくやれたものだ。
「では、この地を手放します」
「見届けさせていただきます」
「仰々しいな」
やり方は先にセキさんから聞いてきた。陣地移動時にそこに既に存在する島を呑み込んでしまった時の対処法なんだとか。白の陸上型深海棲艦ならではの知恵。
手放す、放棄すると言ったが、気持ち的には『返す』というイメージ。私のものではないのだから、誰かはわからない本来の持ち主にこの地をお返しする。
『おお、薄れていくな』
『ちゃんと返せてるね』
「ええ。私達の陣地は、あの島だけで充分よね」
陸に陣地なんて持たなくても、私達にはあの島がある。あの場所が一番落ち着けるし、他に落ち着けそうな場所はない。小さなあの島さえあれば、私達は陸上型深海棲艦としてやっていける。
少しして、足下から自分の侵食の力が抜けたように感じた。これで陣地としての機能は失われたか。
「朝潮様の気配、全て消失したことを確認致しました」
「了解です。私達の戦いは、これで本当に終了ですね」
私の残滓も消え去り、この土地には何の繋がりも無くなった。作る時はやたら時間がかかったイメージだが、失くすときはあっという間である。
これにより、改めて戦いは終了となった。
哨戒も兼ねているため、陸で何事もないことを確認していく。気配も反応も感じないので大丈夫だろうが、前のお化け騒ぎの人形のようなものがまだ残っていたら困る。しっかりと目視確認した。少なくとも視界に入る範囲には異常は無い。
目の前にある倒壊した鎮守府は、元帥閣下の鎮守府がある程度復旧が終わり次第片付けられ、この場は更地になる。跡地をどうするのかは私は知らなかった。が、磯風さんがその答えを教えてくれる。
「ここには慰霊碑が建てられることが決まっているんだ。我々が元帥閣下に直談判してな」
「そうですね……それがいいでしょう」
この場で命を落とした者は、私達が知る以上に多い。
阿奈波さんを筆頭としたこの鎮守府に所属していた者は、十七駆と佐久間さんを除いて全滅。その後も生み出されては人形にされ散って行った艦娘が数えきれないほどいる。それに、混ぜ物だってある意味被害者だ。
人形達は私達が手を下したとはいえ、死でのみ解放されるような状態にされていたのだから仕方がなかった。あの時はもう感覚が麻痺してしまっていたが、今だからこそ、残酷な手段で終わらせることになってしまったことを申し訳なく思う。
「この場所で眠ってくれるのなら……磯風は嬉しいと思う。」
悲しい笑みだった。磯風さんには大きな罪の意識がある。押し潰されていないだけマシかもしれないが、司令官の言う通りケアは必要だ。
私達とは比べ物にならない業を背負うことになってしまった磯風さんは、戦後1週間程度では立ち直るのも難しいだろう。刻まれた傷跡は最も深い。全力で支えてあげたいと思う。
「出来上がったら、私もまたここに来させてもらいます」
「ああ、そうしてくれ。我々も来れるときには来るつもりだ」
ポーラさんが定期的に領海に行くようなものだろう。少し遠いが、これくらいなら往復出来る。今日もこのまま戻ってお昼が食べられるくらいだし。
不意に磯風さんが顔を伏せる。スンスンと鼻をすする音も。この場所に来ると、どうしても思い出してしまうのだろう。
「……磯風、ええんじゃよ」
「すまない……まだダメだ」
浦風さんに抱き寄せられ、肩を震わせる。ここに来るたびにこうしているらしい。それでもこの場所に来ないという選択肢はなく、来るたびに涙を流す。それだけ阿奈波さんとはいい関係だったのだろう。この姿を見せることに抵抗は無い。私達もそれを見て笑うことはない。
この場所でだけは磯風さんは気を緩ませることが出来た。鎮守府では素でいられないというのは悲しいが、いつかある程度は吹っ切れられることを望む。
「……時間を使った」
少しして泣き止んだ磯風さん。顔は酷いことになっていたが、戻るまでには元に戻るだろう。泣いてスッキリしたか、晴れ晴れとした表情ではあった。
「もう大丈夫ですか? 時間はまだありますよ」
「ああ……大丈夫だ。帰ろう、今の鎮守府へ」
この場所は第1の故郷として、度々訪れればいい。誰もそれを咎めることは無い。
鎮守府帰投後、戦場跡から陣地を手放したことを司令官に報告。
「ありがとう。これで我々にしか出来ない事後処理は全て終了だ」
「はい。一切の痕跡はありません。哨戒でも何もありませんでした」
あとは倒壊した鎮守府を片付け、慰霊碑を建てれば事後処理も終了。
「慰霊碑を建てると磯風さんから聞きました」
「ああ……磯風君が爺さんに話をしてね。快く受け入れてくれたよ。私もそれがいいと思っていた」
慰霊碑は満場一致で許可だったそうだ。大本営にも既に通達されており、上層部もそれを了承したとのこと。それだけ今回の事件は重く見られている。大本営そのものにもいい方向の影響が与えられているかもしれない。
「慰霊碑には、阿奈波君とそこで失われた艦娘の名を刻むことになっている」
艦娘の名前を刻むというのは異例のこと。同じ姿の別個体が複数いる艦娘は、未だに命が軽視されている節がある。消耗品扱いも少なくない。
それでも、あの場所にいたその艦娘は1人だけだ。犠牲になった艦娘は、そこにいた艦娘しかいない。だから名を刻む。これで少しは軽視されることが無くなればいいのだが。
「そして、もう1人……いや、もう5人だね」
「……はい。刻んであげてください」
この事件の発端となる者、寺津清志とその護衛艦隊である第八駆逐隊の名も刻まれることになる。
北端上陸姫との会話の内容は、全て話している。離島棲姫が第八駆逐隊の無念と恨み、憎しみの集合体であることは皆に伝わっている。
「遅くなってしまったが、彼らも被害者だ。弔ってあげたい」
「はい。それがいいと思います」
建てられる慰霊碑は、もう骨も残らぬ被害者達の鎮魂の墓標としてあの場所に建てられる。無事浮かばれるように。
大々的に弔うことは出来ないかもしれませんが、形に残すように刻めば、この事件が風化されることはないでしょう。阿奈波君と鎮守府所属の艦娘、そして寺津と護衛艦隊に、敬礼。