あの戦いが終わり、早1ヶ月の時が過ぎた。その間に陸の復旧は進み、元帥閣下の鎮守府は完全復旧し、大本営の修復が半分以上というところまで漕ぎ着けている。妖精さんの底力が恐ろしい。なんでも早期復旧を望むために、いろんなところから妖精さんに差し入れが届けられるのだとか。
そのため、元帥閣下と南司令官は帰投済み。大本営もようやく機能を取り戻していた。
北端上陸姫との戦いは『北端事変』と銘打たれ、人間達の歴史に刻まれることとなった。
元帥閣下は自身の退陣まで覚悟の上で、全ての情報を全鎮守府に公表した。北端上陸姫が元人間であることも含めてである。何かしらの糾弾を受けるかと思っていたが、事が事だけに声を荒げるものは誰一人としていなかった。隠蔽に対して文句を言った者達も、その裏側を知り手のひらを返した様子。
今後、二度とこういうことが起こらないよう、細心の注意を払っていただきたいものだ。明日は我が身。因果応報という言葉を噛みしめるいい機会になっただろう。表に出ていないだけで、似たようなことをやっている者がいないとも限らないし。
今回の戦果により、我らが加藤司令官はまた階級を上げることとなり、少将から中将となった。下手をしたら全人類が滅ぼされていた可能性もあるこの事件、解決に最も貢献したのは火を見るより明らか。
これにより、私達の鎮守府はさらに認められるようになった。
穏健派という共存可能な深海棲艦の存在も、今やどの鎮守府でも知る存在となった。加えて、出来るかはさておき深海棲艦の浄化方法も広まりつつある。司令官や佐久間さん、そして、寺津清志の望んだ戦争のない世界に少しずつ近付いている。
深海との戦いはまだまだ終わらないが、世界はゆっくりと平和への道を歩もうとしていた。
とまぁ、人間社会は慌ただしく動いているのだが、私達はそれに触れることなく平和な日常を過ごしている。今までがハード過ぎた分、それを取り戻すかのようにまったりとした毎日。
力を落とさないための定期的な訓練と、最前線の人工島故に哨戒任務は欠かさず実施され、たまに友軍艦隊の依頼を受けて出撃する程度。ヒメさん達と出会って始まった北端事変より前の生活水準に戻ったと言える。
「今日は何もない素晴らしい1日だった。以上」
「提督、少し適当になってません?」
「いやいや、私は間違ったことは言っていないよ。今日も今日とて平和だった。海の平和を守れているじゃないか。我々の面目躍如だろう」
大本営の復旧と同時に、当時の戦況を戦闘詳報として提出してほしいと依頼され、毎日のように書類とにらめっこしている司令官。そのためか、普段の報告書類が雑になっている感じ。疲れているのが目に見えてわかる。
それもあって、私、朝潮は今、瑞穂さんを補佐に置いて雑務をこなしていた。ある意味大淀さんのサポート。秘書艦補佐。瑞穂さんは秘書艦補佐補佐。
書類整理のために執務室から出られない2人の代わりに、鎮守府内のあらゆる雑務をお手伝い。哨戒任務管理や、資材整備などなど、いつもはやらないことばかりでなかなか楽しい。
「はいはい。疲れているのはわかっているから、お茶淹れたわよ」
「お茶菓子は涼月手製のカボチャプリンになります。甘いもので疲れを癒してください」
私も執務室で雑務の内容を纏めている時、山城姉様と涼月さんがお茶とお茶菓子を持って入ってくる。疲れている時には甘いもの。
司令官がへばり始めたところでタイミング良く入ってきた辺り、よくわかっている。さすがガチ勢。今までは山城姉様がダントツであったが、涼月さんがにじり寄るなかなか白熱したレース運びらしい。
私にも近しい感情が芽生えたことで、少し羨ましく思えた。
「助かるよ。甘いものが欲しかったところだ」
「そう、それはよかったわ。大淀、朝潮、瑞穂、アンタ達の分も用意してあるから」
「甘味も勿論ありますので」
私達の前にもお茶とお茶菓子が置かれた。いつになく美味しそう。私もそれなりに疲れているのかも。
「あの時と比べると、本当に平和ね。哨戒任務でちょくちょく野良が見つかるくらいで」
「ああ、本当に落ち着いたものだよ。ここが最前線であることを忘れてしまいそうだ」
お茶を飲みながら落ち着く司令官。ここ最近はずっと執務室から出ておらず、食事時くらいしか姿も見ないほどだ。山城姉様はこういう形で顔を合わせているが、今までにないほどに忙しくしているのは確か。
書類の整理で忙しいというのは、平和である証拠でもある。戦略を立てる必要も無く、無理に出撃を考える必要もない。今の状態なら私でも鎮守府が回せてしまう。
「おお……涼月君、腕を上げたね」
「少し研究してみました。家庭菜園のもので作れる日が待ち遠しいですね」
涼月さんの家庭菜園も絶賛稼働中。戦いが終わってから、丹精込めて育てているのがよく目撃されている。もう人間嫌いの面影はほとんどない。
私もおかげさまで人間嫌いが薄れてきていた。ウォースパイトさんの言っていた通り、時間が解決してくれた。戦いの中のピリピリした空気では治ることも無かっただろう。平和なこの空気だから治っていった。
『朝潮、そろそろ時間じゃないか?』
「あ、そうね。哨戒任務の時間だわ」
アサに言われてその時間に気付く。私よりもアサが楽しみにしている哨戒任務。行き先は勿論、自分の陣地である。
「陣地に行くんだったかな?」
「はい、陸上型ですから、たまには行かないと」
これも哨戒の一環。平和になったとしても、これだけはやめられない。自分の最後の持ち物の確認作業だ。荒らされていることはまずあり得ないが、あの場所に何者かがいたら困る。
「気をつけていくんだよ」
「了解。朝潮、哨戒任務に出撃します。山城姉様、涼月さん、ご馳走様でした」
「ええ、私と姉様はまた今度連れて行ってちょうだい」
「私もまたお願いします。あの場所は癒されますので」
艦娘でも深海棲艦でも誰でも来てくれて構わない。深海棲艦には漏れなく癒し効果も発揮される。
「機会があれば、私もお願いしたいね」
「是非」
「提督はまず書類を片付けてくださいね」
司令官も一度は足を踏み入れてほしいものだ。
陣地へと向かう海路。他の深海の気配は一切しない。この辺りも平和一色である。
今回の随伴は霞、春風、初霜。とてもわかりやすい組み合わせ。癒しが必要なわけではないが、私と一緒にいたがる者。雪風も来たがりそうだが、現在妹達と別方向の哨戒任務に向かっているため残念ながら欠席である。私に依存しているわけでなく、妹を優先出来ている辺り、雪風も成長している。反抗期が来ないか心配。
「初霜、流石にそれは危ないと思うわ」
「夫婦なんですから、腕を組むくらいいいじゃないですか」
移動中にもスキンシップを求めてくる初霜。戦いが終わったことで余計にアグレッシブになっている気がする。私の見た目がある程度元に戻ったのも原因かもしれない。初霜が感情を抑えなくなったのは、私がこの姿の時だし。
「平和になったんですし、私はもう少し強く出ようと思います。いざという時はチョーカーを外すまであります」
「それは絶対やめて」
その手があったかと納得する霞と春風。取り返しのつかないことになりかねないので本当にやめてほしい。後からダメージを受けるのは自分だというのに。
「ほら初霜、姉さんが言ってんだからやめなさいな」
「いつか2人して頭から沈んでしまいそうですので……」
割とバランスを取るのも大変なので、ヨルを展開して引き剥がした。それはそれで貴重な体験だとそれすらも喜ぶ初霜に苦笑。
「以前までなら、こんなことも出来なかったんですよね……本当に平和になりました」
「私、この1ヶ月戦闘してないわ」
「姉さん友軍にも行ってないものね。いろいろやってるから」
代わりに、今まで成り行き的にやっていた鎮守府の外交担当を、私が正式に仰せつかった。
北端事変が元帥閣下から公表されてからは、鎮守府に来客もちょくちょくあり、その対応をするのが私の役割となっている。情報で知っていても実物を知らない相手方に、私1人を見せれば事の重大さが伝えられるという判断から。
見世物パンダにするようで申し訳ないと司令官から謝罪されたが、私の出来ることが増えたというのと、司令官に頼られているというので苦ではない。理解されているおかげで、驚かれるものの奇異の目に晒されることもなく、それなりに楽しいお仕事である。
「たまには行きたいって思うこともあるけど、やっぱり平和が一番よ。戦闘なんてしなければしない方がいいもの」
などと言いながら戦闘訓練も欠かしていない。望みはそれであっても、私達の本業は侵略者の殲滅だ。
「ま、今はそんなに気張らずやればいいのよ。最近は姉さんもいい感じに気が抜けてるし。もう倒れることも無いわよね」
「ストレスはかかってないわね。絶好調」
「それなら安心ですね。……おや?」
そろそろ陣地に到着するところで、何かしらの深海の気配を感じた。皆がその気配に反応し、途端に臨戦態勢。
感じた事のない気配。近付くにつれ電探の反応も入るが、見た事のないもの。陣地に漂着しているような形に見える。
『おいおい、ここのところ何も無かったのに』
『知らない気配と反応だよね。敵かな』
私達が近付いているのだから、あちらもそれに気付いているはずだ。だが、敵対心どころか警戒すらされていない。おそらく気を失っている。
「司令官、哨戒部隊旗艦の朝潮です。応答願います」
『どうしたんだい? 今陣地に向かっていると思うが』
「陣地近海で深海の気配と反応を察知しました。数は……1つです」
状況を報告しながら、ゆっくり近付いていく。もうすぐ陣地そのものが見えてくる。
「敵性の反応は見えません。というか、人型……駆逐艦?」
『くれぐれも気をつけて。危険だと思った場合は』
「すぐに撤退します。保護できるようなら保護します」
徐々に近付き、姿が見えた。私の陣地にいたそれは、やはり気を失っている。そしてその姿を見た事で、どういう状況かを理解した。
「……司令官、ドロップ艦です。私の陣地の近海で生まれたために半深海棲艦となっています」
『春風君と同じ先天性の半深海棲艦か! ドックは準備しておくから、すぐに保護してくれ!』
私が離れていたとしても、この陣地は私のものだ。故に、海は赤くなくても私の侵食は行き届いている。その中で運悪く生まれてしまったが故に、私の侵食の力を内包した半深海棲艦としてドロップしてしまった。
「……こんな偶然ってある?」
「私も信じられないわ……ここは本当に朝潮型の聖地かもしれないわね」
ドロップ艦は私の妹、朝潮型駆逐艦3番艦の満潮。この島近海で生まれた朝潮型は2人目。縁がありすぎる。
「ドロップ艦確保。私が抱きかかえるわ」
「お願い。春風、初霜、姉さんの周囲警戒。こんなとこで襲われたら気分が悪いわ」
気を失っている満潮を抱え上げ、すぐに帰路につく。
「大丈夫? 意識はある?」
ドロップしたばかりで意識があることは稀だが、念のため。私の時はほんの少し意識はあった。満潮はどうだ。半深海棲艦ということは、深海棲艦の要素のおかげで最初からある程度
「……ん……んん……」
「大丈夫そうね。なるべく揺れないように運ぶから、ちょっと我慢しててね」
うっすらと目を開く。そして第一声。
「だれ……」
「私は貴女の姉。朝潮型駆逐艦、1番艦の朝潮」
「……ねえさん……」
朧気ながら私の姿を見て、安心したのかまた眠りにつく。意識も無事そうだ。
『こりゃあまた増えるな。朝潮ガチ勢』
『てーこくみんってヤツ?』
『ああ。今の目見たか? 朝潮のこと、姉ってより母親って感じで見てたぞ』
それは困る。確かに私の陣地で生まれたのだから、私の娘みたいなものだろう。ある意味クウの妹。だが、その前に私の妹だ。妹からお母さんと呼ばれるのは雪風に呼ばれることよりもダメージが大きい。
「初霜さん、もしかしたら新たなライバル出現かもしれません」
「そうですね春風さん。私達の地位はちゃんと確立させておかなくては」
「うちの姉をどうこうさせないわよアンタ達」
問題児が4人に増える可能性も危惧しつつ、私達は鎮守府へと足早に向かった。
きっと満潮もすぐに鎮守府に慣れるだろう。おかしな人は多いし、種族もバラバラ。私もその内の1人だ。満潮自身もそうなのだから、否定することも無い。また騒がしくなると思うと胸が熱い。自然と笑みが零れた。
私達が生活する鎮守府は、
まともに艦娘としての機能を持たないものもいれば、艦娘として成立していないものもいる。見る人が見れば、そこは魑魅魍魎が蔓延る混沌の大釜かもしれない。
それでも、皆楽しくやっている。最高の楽園だ。
最後に仲間入りした満潮がどんなことになるかは、皆様の想像にお任せします。ですが、悪いことにはならないでしょう。だって、あの鎮守府なんですから。朝潮の胃にダメージを与えることはあるかもしれませんが。
初めての投稿開始から約11ヶ月。毎日のように投稿し、300話を超える超大作となってしまいました。それもひとえに、読者の皆様のおかげです。おかげさまで何度かデイリーランキング入りも果たし、最高で4位というのも見させていただきました。本当にありがとうございました。
『欠陥だらけの最前線』はこれにて幕を閉じることとなります。今までの応援、重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。
次作は構想中。また似たようなほんのり暗い、ちょっぴりハードなお話になるかもしれません。その時、またお目にかかれればと思います。