新たな装備で索敵能力の増強に力を入れ始めた私、朝潮。それにより少しイメージチェンジすることになった。眼鏡型の電探を装備し、頭に妖精さんを乗せるために髪を結びポニーテールに。心機一転という感じがする。
「おー! 朝潮すごい変わったね!」
謎の技術を使う専用装備ということで、数時間使った時点で一旦装備のメンテナンスしていた。その終わりがけ、再装備した辺りで同じように専用装備をメンテナンスに来た皐月さんと話をしていた。
皐月さんもこの僅か数日で装備が変わっていた。腰にぶら下げていた戦うために作られていないという白鞘の日本刀が、戦うための刀に作り直されている。
「皐月さんも、刀が変わってますね。どうですか、白兵戦は」
「うん、すっごく大変。天龍さん、対空の時よりスパルタだよ。その上、山城さんの筋トレ指導が激しすぎて」
白兵戦とはそういうものなのだから仕方ない。私達小柄な駆逐艦はただでさえ腕力が足りないのだ。その刀で深海棲艦を斬るためには、筋肉を付けないとどうにもならないだろう。
「ふふ、自分で選んだ道なんですから、頑張りましょう。お互いに」
「朝潮は何か大変なの?」
「今、これの効果で同じ階の人の位置が全部わかってる状態です。それが誰かはわかりませんけど」
眼鏡を指差す。頭が痛くなるほどの場所の情報が、常に私の頭の中にある状態。情報が多すぎて、気をぬくと目の前の皐月さんですらどれだかわからなくなる。むしろ目を瞑ってもこの情報だけは随時流れ込んできている。眼鏡である意味がないほどだ。
そもそも室内の人の反応がわかるというのはどういう仕組みなんだろうか。電探の粋を超えている。つくづく妖精さんの技術が怖い。
「すごいですよ。情報だけ追うと目を開いてるのに目の前が認識できなくなったり。目を頼ると情報がわからなくなったり」
「それ、ボクより大変じゃない……?」
「身体は使いませんから。私は頭の訓練なので」
手に入れてまだ数時間しか経っていないが、別世界に来たような感覚だった。慣れてもいない状態なので、とにかく頭が痛い。少しやったらやめ、休まったらまた起動させの繰り返しだ。正直、30分ももたなかった。今はこの情報の流れに慣れるところからだろう。
「あともう一つ弊害が」
「何か問題が?」
「私の姿を見るたび霞が惚けます」
今でも部屋の陰にいるのはわかっている。皐月さんがいる手前、この場に来るのを躊躇っているのだろう。霞もわかっていると思うが、今の私には場所まで筒抜け。一定間隔で留まっていれば、それが霞であることくらい私でもわかる。
「霞ー、いるのはわかってますよー」
「ね、姉さん、わざわざ言わなくても!」
「最近シスコン隠さなくなってきたよね霞」
頭痛が酷くなってきたので電探を切る。今まで流れ込んできた情報が消え、視界がクリアになった気もした。頭痛もすぐに消え、平時となんら変わらぬ状態に。今回の起動時間は10分。まだまだ足りない。
「必要な時だけ起動するじゃダメなの?」
「ダメですね。常時全てを把握できるくらいまでにならないと、皆さんの『背中の目』にはなれません」
「姉さんそれが目的だったの?」
緩んだ顔が正せたのか、ようやく工廠に入ってきた。
私の目標は全員の『背中の目』である。これは索敵能力トップの青葉さんですらやっていない尖ったサポートの形。攻撃が出来ないからこそ、私の戦場での役割だ。
対空対潜をやりながらの全域監視は、そうそう身につくものではないだろう。それでも、私が納得できる戦場の居場所はそこだ。
「攻撃できない私がどうやって艦隊に貢献するか考えた結果がこれです。皐月さんのように武器を持っていないんですから」
誰もが円滑に行動できるように、私が全てを把握する。戦場の中心で、全員に指示を送れるような艦娘になりたい。
「私だって、戦闘中に何もできないのは嫌なんですよ。皐月さんなら、わかりますよね?」
「この前言ったことそのまま言われちゃうとなぁ。ボクも納得せざるを得ないね」
刀を撫でながら苦笑する皐月さん。
お互いに別々の道を見つけたのだ。それに向かって歩くことを否定することはできない。
メンテナンスを終えた後、霞を連れて今日最後の訓練をやっているであろう海沿いを歩く。この時間なら主砲訓練の最中のはずだ。戦場の情報を確認するためにはうってつけである。
「電探起動……っ……情報が多い……」
「今日初めてなんでしょ? あまり無理しちゃダメよ」
今日の主砲訓練は、前に見させてもらったのと同じで、白露さんと深雪さん。先生は古鷹さん。電探でその3人と的の位置の情報が流れ込んでくる。追加で隣にいる霞の反応、あと後ろから駆け寄ってくる1人。その後ろに保護者的なスピードの1人。すぐに判断できたのはここまで。
「アサ、メガネ!」
「はい、新装備です」
「カワイイ! アサ、ニアッテル!」
駆け寄ってきたのはヒメさん。保護者は港湾棲姫。今は通称”ミナト”さんで通している。そのまま名前を出すのはやはり憚られるということで、司令官とガングートさんが決めた。
「……デンタンカ。コウセイノウ……ダナ」
「見ただけでわかるのね。さすが姫級というところかしら」
「シュウセキチノモノニ……チカイカラナ……」
眼鏡をかけた深海棲艦、集積地棲姫のそれも、今の私と同じような電探仕様のものだそうだ。自分の陣地を守るために、周囲を常に警戒しているのだろう。陸上型の知恵というものか。
深海棲艦は発生した時から完全な状態だ。だから、今の私のように頭痛がすることも無ければ、常時起動したままでも障害が無いのだろう。今の私には羨ましいほどだった。
「アマリ……ムリヲスルナ」
「そうですけど、時間がありませんから」
戦艦棲姫改に大破させられてから、今日で3日目。猶予があるかと言われると、わからないというのが答え。いつまたあの敵軍がやってくるかわからない。
少なくとも、頻繁に北への遠征はすることになる。来ていないことを確認するためもあるが、できることなら迎撃するために。ここ最近の遠征部隊も武力派揃いになっている。
「今は見守ってあげてくれない? 姉さん結構意思が固いから」
「……セイキ、アサシオハ……ガンバッテルラシイ」
「ソウカ。ジャア、ガンバレ!」
ハイタッチして、2人と別れた。ヒメさん達の声援は心強い。皆に励まされて、俄然やる気が出てきた。ほんの少しだが、頭痛が緩和されたような気にさえなる。
ヒメさんやミナトさんでわかったが、移動のスピードでもそれなりに特徴が出る。例えば、主砲訓練中の白露さん。蛇行の際に少し膨らんだ後、慌てて修正するのが手に取るようにわかった。深雪さんは射撃する瞬間にほんの少しだけブレーキをかけており、狙いを定めることに集中しているのもわかる。
「霞、ちょっと寄り道。古鷹さんにお話ができたわ」
「何かわかったの?」
「そんなところ」
まだ頭痛が酷くなっていないので、そのまま古鷹さんの元へ。
「わ、朝潮ちゃん? 見違えたよ」
私の新装備のことを知る人は実はまだ少ない。今日が休息日だったということと、電探の性能チェックをやっていたおかげで、昼食に遅れてしまったというのが大きい。これを知っているのは皐月さんと霞を除くと、昼食の当番だった天龍さんと那珂ちゃんさんくらいである。
「実はこれで訓練中なんです」
「へぇ、訓練なんだ。青葉がやってた索敵訓練かな」
「それですそれです。それでですね、あの2人についてわかったことが」
勘付いたのか、白露さんと深雪さんがこっちにやってきた。まず私の姿を見て驚き、その後なにを言われるのかとヒヤヒヤしている。
「白露さん、蛇行する時に慌ててるのが手に取るようにわかりました」
「げっ、古鷹さんにバレないようにしてたのに」
多分バレてるのだろうけど、古鷹さんは口に出さなかったのだと思う。でも一向に直る気配も無さそうだし、私から言えば直そうとも思うだろう。
「深雪さん、撃つ時にブレーキかけてますよ」
「えっ、それ私わからなかった」
「あたしもわからなかった。そんなつもりなかったんだけどなぁ」
本当に僅かなスピードの変化だ。無意識にブレーキをかけていたのだろう。それでもわかったということは、この電探の性能が高いということがよくわかる。まだ私の索敵能力が上がったとは思えない。2人に集中したからようやくわかったというところ。
「今の朝潮を敵に回したらヤバイ」
「敵に回すつもりだったんですか?」
「そんなわけないじゃないですかー嫌だなぁもう朝潮さんはー」
これは何か企んでいる顔だ。霞も深雪さん相手に痛い目に遭っているので、注意しないと。それと
「時津風さん、いるのわかってるので後ろから抱きつこうとしないでくださいね」
「えっ、うっそ」
こっそり近付いてきた時津風さんを制しておく。おそらく皆とグルだったのだろう。時津風さんの姿がわかっている白露さんも妙に視線を外すし。古鷹さんは……多分私の電探の効果を確かめるためにあえて黙っていたか。
強行しかけたので霞が取り押さえて事なきを得た。ここで押されると海に落ちる。
「すごいね朝潮ちゃん。背中に目があるみたい!」
「まだ短時間なんですけどね……電探オフ」
頭痛が酷くなってきたので電探を切る。頭痛が即座に消え、視界がクリアに。戦場で長時間使うのはまだまだ先だろう。でも、せめて次の深海棲艦との戦いまでには間に合わせたい。
「まだ長い時間できないの?」
「今朝から始めたばかりなので、10分が限界です。情報が多すぎて頭が痛くなります」
「青葉も始めたばかりの頃は言ってたよ。思いつくんじゃなかったって後悔もしてたかな」
それでもやり通したから今の青葉さんがいる。地道な努力が今を支える力になるという前例だ。私も頑張ればああなれる。
夜、さんざん電探を使った弊害がやってきた。お風呂である。
普通の訓練以上に消耗しているらしく、回復量が普段より多い。気を抜けば顔が緩む。
「別に緩んでもいいんだぞ。ほら、皐月見てみろよ」
マンツーマンで指導していた天龍さんの胸をまくらに皐月さんがダラけきっていた。いつぞやの時津風さんみたいだ。白兵戦の訓練も相当キツかったのだろう。
天龍さんの剣戟に、山城さんの筋トレ。さらにはガングートさんからも回避の指導を受けたらしい。お風呂に来る前の皐月さんが妙に汗臭かったのは、いつも以上に室内での訓練が多かったことが原因。
「もう少し手を抜いてくださぁい……」
「抜けるわけねぇだろ。ただでさえ華奢なお前が刀だぞ。今のお前じゃ駆逐艦すら斬れねぇ」
「筋肉も足りなすぎるわ。せめて霞くらいには筋トレしなさい」
山城さんが皐月さんの腕をマッサージしてあげている。よりよい筋肉にはよりよいマッサージ。アフターケアもばっちり。
霞も山城さん直伝の筋トレのおかげで、手持ちの魚雷発射管でも腕を傷めることは無くなった。よく見ると二の腕が逞しい。
「姉さん、あまりジロジロ見られると困る」
「私の二の腕を揉み倒したのは霞だったわね」
「忘れてちょうだい」
「まだ足りないくらいよ。霞、傷めなくはなったけど、魚雷がまだブレてるでしょう。そろそろ改二なんだから、もっと頑張んなさい」
ついにこの鎮守府で最後に配属された霞も改二が見えてきた。霞の後、長いこと新人が入っていないというのもあるが、時の流れを感じるものだ。
さらには、私には改二丁が見えてきていた。どうせなら霞と一緒に改装したい。
「霞はそのままでいてよぉ。ボクより背が低いままでさぁ」
「お断りよ」
ようやく調子を取り戻してきた皐月さん。天龍さんから離れて霞を弄り出す。
「皐月には背よりも筋肉よね」
「違いねぇ。まずは刀で巻藁斬れるようになってからだな」
「あの刀、明石が加工したんでしょう? なら使い手の腕次第で大概の物は斬れるわ」
白兵戦なら何をするにもまず筋肉だろう。こればかりは山城さんが一番合理的だ。常日頃から鍛え続けているからこそ、今の地位にいる。皐月さんもこれまで以上に鍛える必要がある。
「頑張ってください。皐月さんなら山城さんにも付いていけますよ」
「いやぁ、ちょっと自信無いなぁ」
「それは筋肉が足りないからよ。なんなら寝るまで鍛えてあげましょうか」
「勘弁してくださいお願いします」
さすがの山城さんも、お風呂あがりに筋トレを強要することはない。本人も汗を流した後はゆっくりしている。プロテインを飲んでいるのを見たときには本当にストイックだなとは思った。
「朝潮はどうだ。突然のイメチェンに驚いたが」
「頭痛がすごいです。情報に頭が追いついていけません」
天龍さんに説明する。電探も装備できないので簡単な説明になったが、私の苦労もわかってもらえたようだ。攻撃だけがサポートではないことを示してくれたのは他ならぬ天龍さん。声援に応えるためにも、私は今の索敵訓練を頑張らなくてはいけない。
「期待してるからな。オレ達をもっと戦いやすくしてくれ」
「私もアンタに任せるわ。後ろなんて気にしていられないもの」
「任せてください……と力強く言えるように、早くなりたいですね」
この後も電探を身につける。訓練は寝るまで続けることになるだろう。一刻も早く、皆の力になるために。
筋トレではなく脳トレが始まった朝潮。山城がちょっと寂しそう。