司令官と元帥閣下の話し合いは終わり、今後のことを決めていくことに。
私、朝潮の所属するこの最前線の鎮守府だけでは荷が重い可能性がある。だが急に戦力を投入し始めたら、今度は上層部に怪しまれるだろう。ただでさえ深海棲艦が3人も匿われている鎮守府だ。波風は立てたくない。
「戦力増強をしてやりたいのはやまやまだが、お前の方針もあるだろう。大量に増やしてやることができん」
「そんなことは重々承知さ。
そこがやはり一番だろう。最初からの方針で、
「それがじゃな、今儂のところに
「あの子をここに配属させるんですか? いくらここでも……」
戦力増強ができないわけではないと言い出した元帥閣下。この鎮守府の方針にあっている
非戦闘員にならざるを得ない脚部艤装不備の艦娘が3人、潜れない潜水艦であるはちさんに、ブレーキの効かない那珂ちゃんさん、さらには元深海棲艦のガングートさんがいるというのに、それ以上とは。
「まずどういう経緯で見つけたかなんじゃが……赤い海でのドロップじゃ」
「敵の領海内でドロップ……確かに聞かない現象だ」
「そう、本来なら赤い海で艦娘はドロップせん。だからこそ、赤い海が拡がったことを危惧してここに来たんじゃ」
海が赤で染まってしまうと、ドロップによる戦力増強が不可能になる、ということだろう。その分、深海棲艦が増えてしまうのだから問題点だらけだ。
「それで、その赤い海生まれの子はどんな子なんだい」
「見てもらった方が早いじゃろ」
元帥閣下が写真を懐から取り出して机に置いた。
そこに写っていたのは、黒い大正ロマン風な着物を着た、大きな緋色のリボンの駆逐艦娘。特徴的なのは
「神風型駆逐艦3番艦、春風じゃ」
「……なるほど、そういうことかい。この子の
「性能に関してはここの艦娘のような
艦娘の生成過程で
赤い海は深海棲艦の力に汚染された海だ。だからこそ本来なら艦娘はドロップせず、深海棲艦が通常以上に湧くようになる。
だが、その赤い海から艦娘が生成されたとしたらどうなるか。その答えがこの春風さんの姿だ。本来の春風さんは桃色の着物に緋色の瞳だそうだが、着物と瞳に深海棲艦の要素が入ってしまっていた。
「これが艤装展開時。艦娘の域を超えておる」
「いろいろ見てきましたが、これは私も驚きましたよ」
次の写真では攻撃姿勢をとったもの。古鷹さんのように左腕が全て艤装で埋まっているが、問題は主砲の形状。おそらく駆逐艦の主砲なんだろうが、腕そのものが深海棲艦となったような見た目だ。
だが、私の感想としては
「駆逐艦が46cm三連装砲使う方がインパクトありますね」
「艤装にゲンコツが付いているのもいるしなぁ」
「は、はぁ……」
私達の感想にキョトンとした顔の赤城さん。
普通の鎮守府なら恐怖を覚えるような外見だろう。だが、ここは普通とはあまりにもかけ離れている。そもそもこの場に港湾棲姫という姫級の深海棲艦が存在する時点でいろいろとおかしな話なのだ。左腕が深海艤装というだけでは、もう驚かない。
「はっはっは! さすがじゃのぉここの鎮守府の者は」
「これくらいなら普通に受け入れられるよ。頭がイ級とかだとさすがに驚くがね」
別に人外というわけではないのだ。少し服が違って、少し瞳の色が違って、少し艤装の形が違うだけ。
「半分深海棲艦なら、考え方はどちら寄りなんだい」
「それは艦娘じゃよ。そこが汚染されてなくてよかったわい」
なら尚の事問題ない。一緒に戦ってくれる意思があるのなら、仲間として迎え入れられる。
写真を見ているミナトさんは、この姿に覚えがあるらしく、頭を捻っていた。
「ダレダッタカ……ウーン……ア、オモイダシタ。コキダ」
「こき?」
「ハルカゼトヤラニ
駆逐古姫。そんな深海棲艦の姫級がいるそうだ。駆逐艦らしからぬスペックを持ち、特に耐久力は艦種が違うと思われるレベル。
この春風さんは、単純にオーバースペック組に入るだろう。もしかしたら見えていないデメリットもあるのかもしれない。清霜さんは食欲、時津風さんは睡眠欲が異常になっている。過剰に減った体力をそういう形で補っているのだが、春風さんにも何かあるかも。
「クチクコキハ……
「大丈夫じゃなくても、しっかり教えこめばわかってくれるさ。そもそも考え方は艦娘なんだから大丈夫だよ」
ミナトさんは黒の深海棲艦側の要素であることを危惧している。確かにそこは不安な部分だ。突然反旗を翻して司令官を攻撃されては困る。
それでも、司令官は受け入れるだろう。
「わかった。ならここへの配属の手続きをしておこう。すぐにでもここに連れてこれる」
「は? すぐに? ジジイ最初から配属させるつもりだったな」
「だってお前だし。もう少ししたら来るから待っておれ」
ひょんな事から仲間が増えることになるようだ。霞には初めての後輩となる。だが、相手は半分深海棲艦、後輩という感じはしないかもしれない。
そこから少しして、訓練のために頻繁に起動していた電探に違う2つ反応を感じた。この反応の1つは私でも知っている反応。もう片方は普通ならいない反応。
「司令官、秋津洲さんの船がこちらに向かってきています。その隣に艦娘がいますね」
「もう到着したのか。なら出迎えよう」
今日そのまま配属させるつもりだったのがわかるタイミングだ。許可が降りてから連絡してもこんなに早く来ることはできない。しかも秋津洲さんを使ってここまで連れてくるなんて、前々から計画していないと不可能だろう。
「提督ー! 大本営からの艦娘、連れてきたかもー!」
「誰から依頼を受けたのかな」
「元帥のお爺ちゃんかも! 一昨日くらいだったかな?」
元帥閣下を睨みつける司令官。目をそらす元帥閣下。用意周到すぎる。これ元帥閣下がここに来る予定が無かったらどうするつもりだったのだろう。
「神風型駆逐艦、春風と申します。このような身体のわたくしを引き取っていただき、誠にありがとうございます……」
丁寧に挨拶をする春風さん。これが元々の駆逐艦娘春風の性格らしいので、深海棲艦に汚染されているようなことはなさそうだ。
海上艦の深海棲艦が混じっているということで脚部艤装による移動をしていたが、艤装が見当たらない。深海棲艦はいろいろな物理法則を無視して艤装を装備するが、春風さんもそういうことなのかもしれない。
「私がここの提督だよ。春風君、これからよろしく頼む」
「はい……よろしくお願いします司令官様」
「ところで、艤装はどうしたんだい? 秋津洲君の船に乗せているとかかな」
少し顔を伏せる。思考が艦娘故に、深海棲艦の要素がコンプレックスになっているのかもしれない。
「わたくしは深海棲艦ですから……艤装は意思により出現させることができます。この通り」
左腕を前に出す。突如腰から機関部となりえるチューブと軸が生え、腕を取り囲むように艤装が展開。ほぼ上半身と同等のサイズの艤装が、何もないところから出来上がったように見えた。ヒメさんの艦載機のように、その場で生成している。
「切り離すことはできないようだね。ならメンテナンスは必ず同伴でないといけないか」
「あ、あの……司令官様……気持ち悪くないのですか? 艦娘のわたくしがこんな艤装を……」
やはり自分の身体を悪いものと考えている。倒すべきである深海棲艦の要素で出来上がっているのだから無理もない。だが、この鎮守府ではその程度、些細なことである。
「何をいうか。私の愛娘となる艦娘に、嫌悪感など湧かないね」
「で、でも……」
「深海棲艦の要素があるだけだろう? ここには深海棲艦
司令官が後ろに目配せ。少し遠目からミナトさんが手を振る。
「ここがどれだけ特異な鎮守府かを教えた方が早いね。朝潮君、春風君を皆の元に案内してあげてくれ。私はこのジジイに話がある」
「了解しました。では春風さん、艤装をしまってください。鎮守府を案内します」
ミナトさんを見て動転していた春風さん。私達の冷静な態度に混乱しながらも、いう通りにしてくれた。久しぶりの鎮守府ということで秋津洲さんも一緒に来た。秋津洲さんとまともに話すのも、以前の司令官が鎮守府を空けた時以来だ。
「ここは変な鎮守府だから、気にしなくていいかも! あたしも脚部艤装がダメだから戦えないしね」
「え、脚部艤装が……ですか? だから船に……」
深海棲艦よりはインパクトは足りないかもしれないが、戦えない艦娘というだけでもなかなかにインパクトがある。春風さんには出来ることが多いのだ。まずは自信を持ってもらわなくてはいけない。
「私は主砲と魚雷が装備できないので、対空対潜と索敵に特化しています」
「眼鏡可愛いかも! それ電探だよね」
「はい。明石さんと妖精さんの力作です」
私のように、やりたいことをやるためではあるが、通常とは外見の違う艦娘だっている。普通と違うことが悪いことではないということが、この鎮守府ではわかるはずだ。
春風さんはただただ自分という存在がコンプレックスの塊になってしまっている。本来あるべき姿で生まれなかったこと、本来の力ではないものを持ってしまっていること、周りとかけ離れていること、その全てがネガティブになる要因だ。
なら、同じようにかけ離れた人を見せた方がいい。
「あれ、その子は新人?」
かけ離れた筆頭になりつつある皐月さんに出会えた。都合がいい。そもそも制服すら着ていないスポーツウェア姿な時点で、艦娘としては何か間違っている。
「はい、半分深海棲艦の春風さんです」
「今までいなかったタイプだね。じゃあもしかしてオーバースペック?」
「そうじゃないですかね。艤装の展開は深雪さんや清霜さんが喜びそうですよ」
この程度の反応である。その方が春風さんには驚きだったようだ。おそらく誰も驚かない。艤装を見せられても、
「あ、あの……こんなわたくしで、本当にいいのですか……?」
「だって仲間なんでしょ? 否定する理由ないよ。あ、訓練見てく? そっちの方が驚くよ」
一度見せておいた方がいいだろう。自分以外にも艦娘とかけ離れた人がいることを。
特に皐月さん含む白兵戦組の戦闘は、確実に艦娘とは違う。一般的な艦娘である敷波さんに話したときにはまず信じなかった。実際に見た時はペースが狂うレベルだった。この鎮守府の特徴でもある部分なので、これは知ってもらわなくてはいけない。
「こ、これは……」
「久しぶりに見たかも。山城さん、前より強くなってるかも!」
皐月さんの向かった先は勿論ジム。今日は白兵戦組が勢ぞろいだ。しかも、来客である大和さんと武蔵さんまでいる。
元々山城さんは武蔵さんをライバル視していた。以前の演習の時に格闘戦で勝ち切れず、殴り合いでも互角。筋肉に自信を持っていた山城さんが、筋肉で勝てなかった武蔵さんを超えることが、今の目標と言っても過言ではない。
その武蔵さんと簡易リングで模擬戦をしていた。お互いヘッドギアやグローブ、サポーターまでしっかりつけての格闘戦。見た感じ、やはり互角。
「ダメだ、勝敗がつかん。一回休憩しろ貴様ら。見ていてこっちが疲れる」
ガングートさんが止めることで模擬戦が終わったようだ。お互い汗だくだが、有意義な戦闘だったのがわかる。
「さすがね武蔵」
「貴様もな山城!」
ガッチリと握手して健闘を讃え合う。艦娘にあるまじき戦闘行為に、春風さんの思考が追いついていない。完全に思考停止していた。気持ちはわからなくもない。むしろ私としては
「よ、よくわかりました……ここが普通では無いこと……」
引き攣った笑みの春風さん。自分のことより周りに慣れる方が大変かもしれない。
ここに来て新人、春風着任。駆逐古姫は春風より神風よりな気がしないでもない。