夜、司令官と元帥閣下の情報交換も終わり、新人歓迎会も兼ねた会食に。深海棲艦の3人も、今日ばかりは鎮守府に来ている。セキさんも本来なら歓迎される側なのだが、一歩後ろから眺めるに留まっている。
話題は当然春風さん一色だ。半深海棲艦の艦娘というのは深海棲艦側から見ても特殊な存在のようで、人見知り気味なヒメさんも春風さんには興味を持っていた。
一番盛り上がったのは、春風さんの艤装展開。ミナトさんが改めて確認したいということで、皆の前で見せた。元々あの艤装展開を知っているのは、私を含め極少数。明石さんも見るのが今回初めて。
「すげー! 超かっこいいじゃん!」
「もっかい! もっかい見せて!」
やはり深雪さんと皐月さんが何も無いところから現れる厳つい主砲というのに心くすぐられている。思考傾向が男の子寄りだからだろうか。
「あれでそのまま殴ればダメージ大きそうね。白兵戦行けるわ」
「姐さん、それだけはやめてやってくれ」
山城さんはブレない。天龍さんが止めなければこの場でも勧誘を始めかねない。すでに一度勧誘しているそうだし、今のままだと本当に新興宗教だ。
「このような艤装ですが、どうかお気になさらず」
「気にするも何も、心強いぜ。オーバースペック組が1人増えるなこりゃ。トキツと同じくらいか」
「んー? そーだねー。あたしと同じ同じー」
深海棲艦は、駆逐艦でも鬼級姫級なら火力が巡洋艦並にあることは実証済み。春風さんも混じっているのが姫級故に、火力が駆逐艦の域を超えている。この鎮守府ならそういう艦娘も普通にいるため、形状以外は別にどうということは無かった。
「デメリットはあるのか? キヨシは大食いで、トキツはすぐ寝るが」
「今のところ、これといってございません。外見……ということで」
「ならなるべく他の目に当たらない部隊に入れる方がいいな」
全員が全員
春風さんは友軍艦隊に入れることが難しい。私達や、護衛艦娘の方々は最初から知っているからこの反応なだけだ。そもそも黒い着物の春風さんを見た時点で、他の人はどういう目で見るかが私達にはわからない。春風さんが嫌な思いをするくらいなら、最初から離しておいた方がいいだろう。
「春風君は明日から早速訓練と哨戒任務に出てもらうよ。皆、そのつもりでお願いする」
水上訓練が不要なのはわかっていた。何せ、この鎮守府まで海上移動で来ている。秋津洲さんの船の隣を普通に移動していた。
哨戒任務はさておき、訓練はどうするのだろう。装備しているのは駆逐主砲らしいが、出力は重巡洋艦並という不思議な装備のため、どの枠に入れられるのかが不明である。
翌朝。元帥閣下はもう少しだけいるとのこと。護衛艦娘に赤い海を偵察させたいらしい。
そこへ、私と春風さんが呼び出された。そこには、準備万端の護衛艦娘の方々。
「朝潮君、春風君。早速で申し訳ないが、彼女達の付き添いをお願いしていいかな。何、すぐ撤退でも構わない」
「私はいいのですが、春風さんは何故ですか?」
「明石君の希望でね。赤い海で何か影響を受けないかの調査だよ」
赤い海から生まれた春風さんに、赤い海がなんらかの悪影響を及ぼさないかの調査、ということだろう。万が一のことがあれば、戦場が狭まる。事前に知っておけば対策も取れる。
「了解しました。私があの場所まで連れていくということですね」
「うむ。なので、朝潮君、偵察部隊の旗艦を頼むよ」
「え」
一航戦、さらには大戦艦大和型を従える旗艦。急に緊張感が増した。
「よろしくお願いね、朝潮さん」
「貴女の指示は評価しているわ。背中を預けます」
あの一航戦に言われると余計に緊張する。旗艦というものが初めてだというのに、よりによってその部隊のメンバーがこの鎮守府の艦娘じゃないというのはさすがにどうか。
春風さんも昨日入ったばかりの新人だ。即戦力ではあるが、まだ右も左もわからないだろう。特に引っ張らなくてはいけない。
「私はいつも通り対空と対潜で。戦闘は後の方々に任せます。それでいいですよね?」
「ああ、それで頼むよ。基本は君と春風君を中心とした輪形陣。万が一戦闘になりそうな場合は、君は後ろに下がる。これでいい」
あくまでも指示に徹しろということだろう。艦載機や潜水艦の処理はある程度やるが、基本はバックアップ。
「では全員にインカムを渡すよ。以降、彼女達は君の指示に従う」
「了解しました。では準備します」
艤装を準備するのはあとは私だけだ。春風さんは何もせずともそのまま海の上は行ける。深海艤装はそういうところは本当に便利だ。
「旗艦朝潮。出ます!」
準備を手短に済ませ、5人を引き連れて工廠から出撃した。
しばらく海を進み、そろそろ赤い海が見えてくる。陣形は当初言われていた通り、私と春風さんを中心とした輪形陣。大戦艦と一航戦に守られているというのは心強い。
「電探とソナー起動します。……付近にはまだ何もありません」
「目視でも何もありません。穏やかな海です」
赤い海が近づくにつれ、交戦する確率は高まる。だが、今回はそれもない。あちらも警戒しているのか、ただ自分の領海に誘い込んでいるのかはわからない。
「ふむ、確かに遠目で赤らんでいるな。あれが目的地か」
武蔵さんがいち早く目視で赤い海を確認した。以前よりも早いタイミングだ。拡がっているということがわかる。
以前にここまで来た時は、ミナトさん達の陣地もあったこともあり、岩礁帯がチラホラ見え始めていた。しかし、今はまだ海の真ん中。障害物も何もない、広い海上だ。戦艦棲姫改に襲撃された時も、このような見晴らしのいい海。
「戦艦棲姫改は、海中から主砲を放ってきました。電探は付けたままですので、警戒は怠らずでお願いします」
「ええ。慢心はダメですもの。偵察機を発艦します」
弓を構える赤城さん。それに合わせて加賀さんも構えた。ここからは艦載機を使っての偵察も入る。私の索敵範囲以上にまで飛んでもらえるのはありがたかった。その分、海上に近い場所を確認し続けなければ。
そういえば前回出現されたとき、ヒメさんとガングートさんはいち早くその気配に気付いた。青葉さんの索敵にかかる前に、海上に主砲が顔を出す前にだ。もしやと思い、春風さんを確認する。
「春風さん、身体は大丈夫ですか?」
「はい、今のところは何も」
本人は気付いていないようだが、瞳に炎が灯っている。気持ちが入ると灯るということだが、平時の状態で灯っているということは、赤い海の影響が出ているということではなかろうか。
それでも何も感じていないのだから、近くに敵はいないのだろう。私の索敵範囲にも入っていないし、赤城さん達の偵察機からもなにもない。
「進みます。赤い海へ」
「そろそろ私達が壁になりますね。朝潮ちゃんは少し下がって」
輪形陣を少し崩し、戦艦2人が私の前へ。最強と謳われる戦艦2人に守ってもらえるのは光栄だ。生存率が一気に上がったようにさえ思える。鎮守府の皆が頼りないわけでは当然ない。この2人が頼りあり過ぎる。
少しずつ、足元が赤く染まってくる。敵陣に入っている。そこで早速春風さんが反応する。
「何か……来ます」
瞳の炎が一際強く燃える。この反応はあの時のヒメさんと同じ。私達には見えない何かをジッと見ている。深海棲艦の気配察知は艦娘の並ではないことは実証済み。敵影だけでなく、砲弾だけでも索敵範囲外から反応していた。
春風さんが反応してから少しして、私の電探、さらには一航戦の偵察機にも反応。
「電探に反応。敵連合艦隊接近中」
「偵察機から伝令。こちらでも敵連合艦隊確認しました」
潜水艦はやはりいない。海上艦のみでの12体。だが今回は厄介なことに、危険な敵も混ざっている。
「反応が1つ、姫級。これは……戦艦棲姫……!」
「改ではなく?」
「はい、速さが違います。これは普通の戦艦棲姫です」
反応的にあれは改ではない。速さもそうだが、自律型艤装のサイズも若干小さい。あちらは姫級や鬼級も量産されているとは聞いているが、戦艦棲姫も複数体いる可能性があると思うとゾッとする。
一旦ここで司令官に指示を仰ぐ。おそらく今回は護衛艦娘の方々もいるので戦闘だろう。
「司令官、こちら偵察部隊旗艦の朝潮です。敵連合艦隊を発見」
『戦力は』
「戦艦棲姫がいます。あとはイロハ級、戦艦2、空母2、軽巡4、駆逐3」
『了解。元帥閣下よりの指示は殲滅だ。可能ならばその敵連合艦隊を倒してくれ。くれぐれも無茶だけはしないように』
「了解。難しそうなら撤退します」
今後はこちらも連合艦隊で出るべきだと思いつつ通信を切った。
想定通り、戦闘。撤退も視野に入れ、全員の帰還を目指す。私が指示するのも恐れ多いが、今回は私が旗艦、かつ電探による司令塔だ。さらには敵に空母がいるため、対空も必要。
「各員、戦闘態勢に移行」
「了解。偵察機帰還後、攻撃隊を発艦します」
間も無く接敵。同時に偵察機が帰還。即座に矢を変え、攻撃隊の発艦を始める。
「第一次攻撃隊、発艦してください!」
「ここは譲れません」
これが本気の一航戦。矢を一射しただけで、ミナトさん達陸上型深海棲艦と同じ、いやそれ以上の数の艦載機が飛び立った。演習の時に見た全機発艦とはまた違う。あれでも手を抜いていたということだ。
「敵艦載機発艦しました。迎撃します」
だが数があまりに違う。敵空母の練度はそこまで高くない。気持ちいいほど圧倒的だ。抜けてきた艦載機を撃ち墜とすのみで問題ない。索敵に集中できる。
「敵軽巡、あれはツ級……でしょうか」
「すみませんが、アレは先にやってもらえませんか。我々に不利です」
対空特化の深海棲艦、軽巡ツ級。一航戦の艦載機も容赦なく墜とす対空能力は、今の戦場において問題が多すぎる。早々に対処しなくては、一航戦が全力を出せない。
「了解しました。大和さん、武蔵さん、軽巡を最優先でお願いします。春風さんは護衛の駆逐から」
言うが早いか、すでに動き出していたのは春風さんだ。先行してきていた敵駆逐艦に対し、指示を出す前にすでに撃っていた。思っていた通り威力は重巡主砲並。駆逐艦程度なら一撃で撃沈させる。
「ほう、大人しそうな顔して、やる事は豪快じゃないか! この武蔵が続くぞ!」
「武蔵、無茶しないの」
そう言いながら戦艦の2人も的確に敵軽巡を撃沈させる。敵の方が数が多いのに、一定の線から越えさせないほどの蹂躙。背後を取られるようなこともなく、私の索敵もそこまで必要がない。
「大和さん、武蔵さん、敵戦艦が回り込もうとしています。大和さんは9時、武蔵さんは3時」
「っと、主砲がデカイとそちらも見えないのでな。助かるぞ!」
即座に真横へ対処。確かに2人とも主砲がかなりのサイズ。清霜さんほどではないが、真横が見づらいことこの上ない。
敵の攻撃を受けることなく返り討ちにするが、さすがに敵も戦艦、持っている盾のような装備で武蔵さんの主砲を受けていた。一撃撃沈とまではいかないようだ。
「なっ、春風か!」
だが、その敵戦艦の後ろ。すでに春風さんが回り込んでいた。ほぼゼロ距離からの砲撃により、敵戦艦は撃沈。
春風さんの動きが予測できなかった。戦場全体を索敵しているので位置自体には気付いていたが、指示もなくあの位置にまで動いていた。まるで
「やるなぁ春風! まだまだ敵はいるぞ!」
戦艦2人の砲撃で、敵軽巡4体はすぐに片付いた。敵駆逐艦3体も春風さんが全て終わらせている。残りは戦艦棲姫、空母2体、戦艦1体。
「邪魔なツ級がいなくなりましたね。第二次攻撃隊、発艦!」
敵の対空砲火が無くなったところを見計らって、赤城さんが攻撃隊を発艦。最初の発艦では敵艦載機との空中戦に加えて敵軽巡の対空により敵にダメージをあたえられなかったが、今ならその心配もない。2人での攻撃隊発艦により、敵の戦力を着実に削いでいく。
「戦艦棲姫はその場から動いていません」
「了解。ならば砲撃には当たりません」
移動しながらの発艦。ブレることなくまっすぐ戦艦棲姫に向かうが、そこは姫級、見えている爆撃は軽く払うだけで無傷にまで持っていく。さらには敵空母の艦載機に阻まれ、なかなか本体は狙うことが出来ない。合間合間に戦艦棲姫の砲撃が混ざるので、ダメージは無いものの揺さぶられている。
「残った戦艦は大和さんの方です!」
「はい、見えています。主砲、斉射!」
やたら動く戦艦には、こちらも戦艦をぶつける。大和さんの攻撃を、やはり盾でガードしている。一筋縄では行かない。と、思った矢先だ。
「春風ちゃん!?」
大和さんが狙った敵戦艦の後ろ。すでに春風さんがいた。さっきまで武蔵さんの方にいたと思えば、次はこちら。しかもしっかり後ろを取って、盾を使えない位置からの一撃。大和さんで削り、春風さんがトドメを刺す。連携としては完璧なのだが、違和感が拭えない。
「残り空母2体と戦艦棲姫!」
「空母も終わったわ。残りは姫級のみ」
加賀さんが次の矢を番える。空母同士の戦いで、一航戦が競り勝ったようだ。これで残りは戦艦棲姫のみとなる。合間合間に攻撃はしてきていたが、指示するまでもなく皆が避けていた。さすが最強の部隊といったところか。
問題は春風さん。動きが本当に読めない。瞳の炎は今までにないくらい燃え盛り、タービンを積んでいないのに移動速度が恐ろしく速い。電探には反応があるのだが、即座に別の場所にいる。
あともう一つ、攻撃する度に
「ナカナカ……ヤルジャナイ……」
「随伴艦に頼り切ったのが貴様の敗因だろうよ」
武蔵さんの砲撃が決戦の合図。改ではないとはいえ、自律型艤装の硬さは相変わらずであり、その砲撃を受けても軽傷で済んでいる。
「なら2人がかりよ。武蔵、大和も手伝います」
「おうよ。今は遠慮無しだ。主砲、一斉射! 薙ぎ払え!」
総攻撃をする中、何か嫌な予感がした。電探はそのまま、春風さんの動き
大和さんと武蔵さんが斉射、さらには赤城さんと加賀さんの艦載機の爆撃をする中を駆け抜けている。一歩間違えれば自分に当たってしまうような危うさ。今までもこの動きをしていた。あれは
「シズマナイワ……ワタシハ……ニドト……!」
あれだけの攻撃を受けているのに、こちらに砲撃を返してくるほどのタフさだ。艤装は元より、本体も相当強い。動き出してしまうと、致命傷を与えるのには至らない。
「イヤ、ココデ沈ミナヨ」
この砲撃の中、春風さんが戦艦棲姫の真横にいた。
その声は、いつもの春風さんのものではなく、反響するような深海棲艦の声。口調まで違う。一瞬誰の声かわからなかった。
戦艦棲姫のうなじの辺り、ロングヘアーと自律型艤装のせいでなかなか見えなかったが、接続コードらしき部分を、すり抜けると同時にピンポイントで撃ち抜いた。
突如、動きを止める艤装。本体との接続が切れたことで機能が停止したのだろう。本体も突然の攻撃によろめく。
「今だ! 撃てぇ!」
その瞬間を見逃すわけもなく、大和さんと武蔵さんの主砲による攻撃が直撃。そのまま撃沈となった。
戦闘はこちらの勝利。多少の傷はあれど、完勝に近い。戦艦棲姫が消滅するところを見届ければ、戦闘終了だ。
「イツカ……シズカナ……ソンナウミデ……ワタシモ……」
「ソンナコト言ッテ、何ニナルノサ」
あれだけ暴れまわった春風さんが、倒れ臥す戦艦棲姫の側に。あとは消滅を残すのみとなっている戦艦棲姫の頭に砲身を突きつけた。
それは良くない。いくらなんでも、いくら敵でも、それだけはやっちゃいけない。
「春風さん、こちらへ来てください。それはダメです」
「……」
「春風! こっちに来なさい!」
少し乱暴だが、春風さんを呼び戻す。今の春風さんは正気じゃない。半分混ざった深海棲艦の力に飲み込まれている。辛うじて私達の仲間としての意識はあるみたいだが、言葉でわからないのなら実力行使するしかなくなる。
「春風!」
話を聞いていない。これはダメだと思い、一気に駆け寄る。戦艦棲姫の頭を撃ち抜こうとした瞬間にギリギリ間に合い、春風さんを突きとばせた。発射された弾はあらぬ方向へ飛び、何事もなく着水。
驚いた表情なのは戦艦棲姫だ。どうせ死ぬのだから撃たれる覚悟もあったのだろう。それでも私が助けたことに、動揺を隠せないでいた。
「マッタク……カンムストイウノハ……ツクヅクアマイ……」
そう言い残して戦艦棲姫の消滅。これによって戦闘は終了。
次はこちらをどうにかしないといけない。春風さんはまだ飲まれたままかもしれない。
「春風! 正気に戻れ!」
主砲を撃つ間も与えず、全力で頰を叩く。それで正気に戻ったのか、艤装が消えていく。瞳の炎は灯ったままだが、先程よりは弱くなっていた。
「あ……わた……わたくしは……」
「覚えていますか」
「あのような、ことを……わたくしは……」
記憶はあるようだ。自分のしでかしたことがフラッシュバックしたようで、頭を抱えて泣きじゃくる。
春風さんはこれ以上ないデメリットを抱えてしまっていた。戦闘行為そのものが、深海棲艦の力に飲まれるきっかけになる。いつ私達に砲を向けてくるかわからなくなってしまった。
深海棲艦の力の源は、恨み辛みなどの負の感情。それだけだと狂ってしまうので、それを楽しむための理性の崩壊。