欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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月夜の私闘

「おや、春風さん。お散歩ですか?」

 

夜、鎮守府近海で春風さんを待ち構えていた。必ずこのルートを通ると確信していた。陸上型深海棲艦の陣地とは真逆であり、艦娘各々に割り当てられた私室からも見えない。来て間もない春風さんでも、なるべく暗い海路を考えれば、どうしてもこのルートになる。

 

「朝潮さん……どうして……」

「私も眠れなくて。夜風にあたろうかなと」

 

暗い海上、あえて探照灯も点けずに春風さんを見据える。月の光で姿は見える。春風さんからは目を逸らされた。

 

「申し訳ありませんが……そこを通していただけますか」

「この先には何もありませんよ? 危険ですし、ここで折り返した方がいいと思いますけど」

「……わたくしは鎮守府から出ていきます」

 

司令官に許可を取らずに出ていくのは懲罰の対象だ。それでも行こうとしているのだから、余程考えた結果なのだろう。

問題は出ていこうと考えた理由。これ次第では、私は春風さんを通そうと思っている。司令官にはその件も相談済みだ。納得の行く説明をされたら、例えここから出て行ってほしくなくても、春風さんの意見を尊重したい。霞の言っていた通り、無理に引き止める権利は私には無いのだから。

 

「わたくしがここにいても……迷惑をかけてしまいます」

「確かに消滅寸前の敵に追い打ちをかけるのは問題がありますが、私は迷惑とは思いませんでしたよ。あの戦闘、春風さんはすごい活躍でしたし」

 

そう、別に私は迷惑とは思っていない。想定と違う動きをされて驚いたのは確かだが、それなら今後それもプランに入れるだけだ。的確に敵を倒す技術に関しては一目置いている。

ああなってもこちらを敵として認識していなかったのもありがたい。狂戦士(バーサーカー)でも敵味方の判断ができるのなら、それは共に戦える仲間だ。

 

「わたくしはいてはいけないのです……いつか貴女達も手にかけてしまう……」

「なら抑え込めるように訓練しませんか。幸いここには純正の深海棲艦もいます。何か知っているかもしれません」

 

春風さんがイライラし始めているのが目に見えてわかる。瞳に炎が灯り、表情が厳しくなってきた。

 

「わたくしは無抵抗なものを壊すのに悦びを見出してしまっていたのです……。そんな穢らわしい艦娘……いてはいけません。だから……」

「だから何ですか。死にたいと?」

 

何故見抜かれたのかというような顔。私にすらバレているのだから、相当態度に出ていた。それすら気付けないほど、春風さんは憔悴していたのだろう。

 

「そういう理由ならここは通せません。お帰りください」

「どういう理由なら良かったのですか……」

「私が納得できる理由なら何でもよかったんですよ。でも、命を粗末にするような理由なら看過できません」

 

出来るだけ笑みを絶やさず、なるべく静かに、落ち着かせることを念頭に。今の春風さんには死に場所を探すことしか頭にないはずだ。これで説得できれば儲け物。

だが、駆逐古姫のスイッチが入りやすくなっているのも事実だ。鎮守府の部屋で砲を突きつけられているのだから、今からでもそれをやりかねない。

 

「……退いてください。わたくしは死にたいのです」

「ダメです」

「退いてッテ……言ッテルジャンカヨォォ!」

 

かなり早い段階で駆逐古姫が出てきてしまった。瞬時に艤装を展開、私に砲を突きつける。部屋の時と同じだ。だが、今回はまずい。あの時とは違い、本当に撃たれかねない。

 

「退イテ! ソコヲッ、退ケェ!」

「退かないと言っているでしょう」

「撃ツヨ! 本当ニッ、撃ツカラ!」

 

ジッと春風さんを見据える。砲が震えているのがわかった。春風さんも私を撃ちたいなんて思っていない。撃って私を殺してしまったら、本当に戻れなくなるとわかっている。

 

「帰りましょう。春風さん」

「ヤメテ……アアアアア!」

 

撃たれた。その砲弾は私の肩を掠めて、遠くの海へ落ちる。手が震えていなかったら直撃だったかもしれない。内心ヒヤッとした。だが、そんなことはおくびにも出さず、私は春風さんを見続ける。

 

「コレデッ、ワカッタダロ! 本気ダカラ!」

「……わかりました。私を殺してでもここを出て、死にに行くという事ですね」

 

どうにか貼り付けていた笑顔をやめる。ここからはプランB。一番やりたくなかった計画。次に貼り付ける表情はない。無表情で見据える。

 

「なら、私がここで()()()()()()

 

こう出られることなんて微塵にも思ってなかったのだろう。何せ私は、鎮守府唯一の非武装、補助専門の艦娘。攻撃ができない欠陥(バグ)を打ち消すほどに、サポートに徹した艦娘だ。

私なら抵抗できないと、春風さんの中にはあったのだと思う。だからこそ、この役目は私が適任なのだ。

 

「死にたいのでしょう。なら、抵抗しないで」

 

決めてしまえば動きは速かった。まっすぐ春風さんに突っ込み、()()。見様見真似の山城さんの戦い方。

 

今回の計画にはほんの少しだけ協力者がいる。全てを容認してくれた司令官。その秘書艦である大淀さん。艤装を用意してくれる明石さん。春風さんの監視役として霞。そして、短時間とはいえ私に格闘技術を叩き込んでくれた山城さん。事情を知るのは私を含めこの6人だけ。

プランを組み立ててくれたのは大淀さん。危険極まりないプランBも、申し訳なさそうに提案してくれた。下手をしたら共倒れだ。司令官は却下しようとしたが、私がこれで行きたいと説得して、今に至る。だからこそ、やりたくなかったのだが。

 

「嘘……デショ!?」

「抵抗するな、春風」

 

頭を狙っての蹴り。だが、春風さんはその重武装な艤装でガードした。死にたいはずなのに、自分の命を守る行為。言動が矛盾している。

 

「何故止めたの? 死にたいのでしょう」

「エッ、アッ……」

「死にたくないのなら抵抗すればいいけれど」

 

体勢を崩すように脚を蹴る。同時に艤装を払って砲の向きを外へ。うっかり撃たれて直撃したら目も当てられない。

 

「でも、死にたいのよね。ならいいじゃない。私が殺してあげるんだから。願っても無いことでしょ」

 

水に落とすように突き飛ばす。バランスを崩して倒れたところを馬乗りに。マウントを取った今の状態なら、艤装をこちらに向けることもできない。

 

「ほら、これで終わり」

 

私には主砲も雷撃もない。だから、春風さんを殺すには()()()()()しかない。両手で首を掴み、ゆっくりと絞めていく。敵の攻撃で死ぬのとはわけが違う、ゆっくりとした死。

 

「アッ……ガッ……!?」

「なんで抵抗するの?」

 

春風さんは艤装を解いてでも私の手を引き剥がそうとする。必死な形相で、ジタバタと悶え苦しみながら、自分の命を繋ごうとしている。

 

「死ニタク……ナイ……!」

「なんで? 死にたいから出ていくんでしょう? いいじゃない、誰に殺されても同じよ」

「嫌ダ……死ニタクナイ……!」

 

本当の死を真近にして、ようやく本心が聞けそうだ。

春風さんはおそらく自分で全部溜め込んでしまうタイプなのだろう。言いたいことも言えず、我慢して我慢して、悩んで悩んで悩み抜いて、それが爆発した結果が今のこれだ。死を建前にした本心が一体何かを聞きたい。

 

「じゃあなんでここから出て行こうとしたの。死にたいなんて嘘までついて」

「嫌ワレタクナイ……仲間ニ……アンナ目デ見ラレタクナイ……」

 

大本営での上層部の視線の事だろう。

来た当初、私達は春風さんの個性を受け入れ、分け隔てなく接するというのを見せたので、ある程度は緩和されていた。だが、春風さん自身に問題が見つかってしまった。見る目が変わってしまってもおかしくないと、本人が思い込んでしまったのだ。それこそ、この世界から消えてなくなりたいくらいに落ち込んだのだろう。

 

「大丈夫、私達は貴女をそんな目で見ない」

「信ジラレナイ……ワタクシハ……穢ラワシイ……」

「自分で自分の事を悪く言っちゃダメ。だったら私も普通と違うポンコツになっちゃうもの」

 

言ってしまえば、ここの鎮守府の艦娘は全員何かしらの問題を抱えている。戦闘に少しの支障が出る程度の軽度から、戦闘不能にまで追い込まれる重度まで、多種多様。

上層部に言わせるなら、それは総じて()()()()()()()に属するだろう。胸糞悪い話だが。

 

「大丈夫だから。そんな人、ここにはいないわ。だから死ぬなんて言わないで」

「ワタクシハ……ココニイテモ……」

「いいに決まってるでしょう。反対する人がいたら、私が文句を言ってあげる」

 

首はもう離している。死にたくないと本人の口から聞けたのだ。殺す必要だってない。元より殺すつもりなんて無かった。

 

「春風も、駆逐古姫も、どちらも受け入れてあげる。大丈夫、貴女は穢らわしくなんかない。ちょっとだけ好戦的になっちゃっただけ。仲間には手を上げないもの」

「ワタクシハ……」

「それでも、本当にもうダメと思ったら、私に言いなさい。この手で引導を渡してあげる。貴女の命、私が預かります」

 

首を絞めていたその手で、今度は抱きしめてあげた。折れた心が元に戻るとは思えないが、少しでも支えになれたらと思う。

 

「わたくしは……生まれてきてよかったのでしょうか……」

 

やっと声も元に戻った。だが、あれも春風さんの個性の内だ。少し乱暴だが、仲間思いな駆逐古姫の部分も、しっかりと支えてあげよう。

 

「当たり前でしょう。春風も、駆逐古姫も、生まれてよかった命よ」

「ありがとう……ございます……」

 

背中をさすってやりながら、落ち着くまで待ってあげた。

 

 

 

しばらくして、春風さんを連れて工廠まで戻る。そこには計画を知る5人が待っていた。あれだけの事をのたまったが、それは全てマイクに拾われ、5人に伝わっている。思い返すと、私は相当なことを言っていた。

 

「お帰り、2人とも」

 

司令官に出迎えられ、涙ぐむ春風さん。ここが自分の居場所なんだと、改めて実感しているようだった。

 

「大丈夫。私も含めて、みんな君の事を否定しない」

「はい……! 今一度、よろしくお願いいたします……!」

 

ボロボロ泣きながら噛み締めている。もう簡単には折れないだろう。それでも折れそうなら頼ってくれればいい。私は力になってあげる。

 

「迫真だったわね。音声からいろいろ伝わってきたわよ」

 

私を見て少したじろいだ霞と、ニヤついている山城さん。さっきまでのことを言われると、私も今更ながら手が震えて来た。

演技とはいえ、私は春風さんを殺そうとした。深海棲艦の影響か、少し冷たい春風さんの首を絞めた。その感触が今でも手に残っている。

 

「二度とあんなことしません。私はサポート一筋で頑張ります」

「あら残念。鍛え甲斐がありそうだったのに」

「勘弁してください。脚も今更痺れてきましたよ。艤装なんて蹴るものじゃないですね」

 

霞はずっと私から一歩身を引いたままだ。いつもなら姿を見るだけで即座にやってくる霞が。

 

「今の姉さん、少し怖いわ……」

「霞なんて、あの音声聞きながらブルブル震えてたわよ。アンタの演技が余程怖かったみたいね」

「あれも二度とやりませんよ」

 

あんな(しょう)に合わないこと、二度とやるものか。必要と言われてもやらない。

 

「ちなみに録音してあります」

「大淀さん、消してください」

「あれを聞いたら皆さん朝潮さんの言う事聞きますよ」

「消してください」

 

極稀に大淀さんも変なスイッチが入り、余計な事をし出す。なんでこういう時に限ってスイッチが入ってしまうのか。なら、やらないと言ったのにやらなくちゃいけないじゃないか。舌の根も乾かぬうちに。

 

「大淀、消しなさい」

「はいごめんなさい朝潮さんすぐ消します」

 

霞がビクッとしたのが見えた。そんなに怖いだろうか。私みたいな子供が頑張って怒ったところで、天龍さんやガングートさんには敵わないと思うのだが。

 

「朝潮さん……貴女のおかげで、わたくしは前に踏み出すことができます。本当にありがとうございました」

「それは良かったです。私も身体を張った甲斐がありますね」

「……それで、ですね。お願いが」

 

ものすごく畏まった雰囲気。大概のことは聞いてあげられるが、何を願うか。出来ないことはきっぱり出来ないと返す。ちょっとモジモジしているのがとても気になるのだが。

 

「先程のように、わたくしには強く当たってください」

「えっ」

「わたくしは一生忘れません……私を睨みつける冷たい目……艤装を蹴られた音……首を絞める手の感触……」

 

司令官の『お前そこまでやったのか』という目がすごく辛い。いや、あれは仕方ない。私もちょっと役に飲まれていた、というか、あれだけ迫真に演技したら春風さんも考え直してくれるかとか、色々考えてであって。

本当に死の体験をしないと絶対考え直さないと思ったから、私がやれる唯一の方法を取っただけで。他の皆みたいに主砲突きつけるとかできないからこそだ。

 

「朝潮さん、いえ、朝潮()()()

「ちょっと待って!?」

「受け入れてクレルッテ言ッタジャンカ」

「都合よく駆逐古姫出さないでくれます!?」

 

大淀さんも『うわぁ』って顔した。そんな目で見ないでほしい。

 

「わたくしの明日を作ってくれたのは、他でもない朝潮御姉様です。お願いします。せめて呼び捨てで」

「え、えーっと、そ、そのぉ」

「ちょっと待ったーっ!」

 

そこに名乗りを上げたのは霞。さすがにお姉様発言には物申すようだ。

 

「姉さんは私の姉さん。貴女にはちゃんとした姉がいたわよね!」

「この鎮守府には神風御姉様も朝風さんもいらっしゃいません。でしたら、最も心酔する朝潮さんをお姉様とするのはよろしいのでは」

「尊敬に値するのはわかるけど!」

 

すごい恥ずかしい。慕われるのは嬉しいが、ここまでされるとさすがに恥ずかしい。

 

「朝潮ー、そろそろ艤装外してもらえる?」

「あ、はい、すぐ行きます!」

 

逃げ出すように明石さんの元へ。まだ2人は言い合っているようだが、もう私には手が付けられない。司令官と大淀さんに任せよう。山城さんは呆れてもう帰ってしまった。

 

春風さんが立ち直ってくれたのは良かったが、また違う形で波乱を生みそうだった。主に私に対して。

 




深海棲艦側への歪みが、違う歪みになった春風さん。当面のライバルは霞。
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