春風さんが深海棲艦の力を受け入れた翌日。司令官は春風さんの正式なデメリットを、深海棲艦の人格が現れる二重人格ということにして発表した。古姫側になったとしても、味方を撃つことがないのは私が見ているため、そこは信用できる。万が一は考えておいた方がいいかもしれないが。
「ご迷惑をおかけするかもしれませんが、皆様、よろしくお願いいたします」
「二重人格いうんは初めてやなぁ。
「そうですね。わたくしの性質ということで、御了承くださいませ」
昨日の暗い表情が嘘のように明るくなった春風さん。深海棲艦の力を受け入れることができ、周りがそれを全く気にしていないことがわかっただけでも大きな進歩だ。やはり1人で悩みすぎるのは良くなかった。
「あちら側になると、春風君は少し好戦的になる。戦場で豹変するが、気にしないでほしい」
「そんなん別に普通ちゃう? 言うて朝潮とか潮とかおるやん。戦場でヤバいヤツ」
私は同じ括りなんだろうか。今でこそ電探での索敵で全員の背後にまで気を配るようになったが、ヤバいというほどにはまだなってないと思うのだが。
とりあえず龍驤さんが私と潮さんのことをどう思っているのかはよくわかった。
「春風君は今日は哨戒任務だったね。メンバーは……うむ……頑張っておくれ」
何故か司令官が言い淀む。チラッと私を見て苦笑した。いろいろ察した。
私の午前中の予定は、南への哨戒任務。
ここ最近、北へ向かうとほぼ確実に敵を踏むため、哨戒任務ではなく掃討任務として実施されている。前回の戦闘で戦艦棲姫が出てきている事もあり、あちらも本腰を入れ始めたのではないかと考えた。実際は拠点の場所もわからないため、大本営、元帥閣下の協力の下、情報収集、戦力拡大、迎撃準備を進めている状態だ。
だからといって別の方角を疎かにするわけには行かない。そのため、少数での哨戒はいつも通り毎日行なっている。
「なるほど、そういうことですか……」
私が対空対潜両方賄えるようになったため、私を使う哨戒任務は護衛を2人つけるのみで部隊を完結させることが増えてきた。頼られているのはありがたい。負荷はかかるが、やる気は出る。
「御姉様、本日はこの春風が護衛をさせていただきます」
「あ、ありがとうございます」
今日の護衛は春風さんと白露さん。事情を知らない白露さんは、昨日とまったく違う春風さんの言動に驚くばかりだ。
「朝潮、何これ」
「いろいろと事情があるんです。そのうち話しますので、今は聞かないでもらえると」
「あ、うん、わかった」
私との哨戒任務が余程嬉しいのか、春風さんは終始ニコニコしている。和傘をクルクル回しながら、まるでピクニックに行くかのような雰囲気だ。
「それと、御姉様。昨日お願いいたしましたよね。わたくしのことは呼び捨てで。ついでに敬語もやめてください」
「そんなことを言われましても……」
「受け入レルンジャナカッタノカヨ」
だから不意に駆逐古姫を出すのはやめてほしい。
「わかった、わかったから、落ち着いて春風」
「ふふ、それでは参りましょう」
白露さんがいろいろ察したようで、肩をポンと叩かれる。
「まあ、その、頑張って朝潮」
「はい……頑張ります」
項垂れながら哨戒任務に出発した。
旗艦は白露さん。私は索敵に専念。哨戒程度であれば、電探を8割方起動したままで行動できる。ソナーだけは起動したままで動くことが出来ないので、従来通り所定のポイントで止まり、ソナーの起動のみをする。
「敵の反応、ありません。次へ行きましょう」
「目視でも無し。春風、そっちは?」
「こちらも御座いません。気配も感じませんね」
春風さ……もとい、春風の索敵範囲は私を若干超えている。明確な位置がわかるわけではないが、深海棲艦の気配を感じるそうだ。これはガングートさんやヒメさんが以前に見せたものと同じ。私と春風の2人がいれば、基本的に他の索敵は必要なくなる。春風は気配だけなら海中まで確認できてしまうからだ。
「便利な2人だねぇ。あたしホントにいる? 名ばかり旗艦じゃない?」
「白露さんがいてくれないと私の胃がもたない気がします。いっちばーん和めるので是非いてください」
それに、万が一戦闘が始まったとき、春風を無理にでも止めるのは私より白露さんだ。おそらく私の声でブレーキはかけられるだろうけど、武力行使となるとどうしても白露さんに頼らざるを得ない。
「こっちの方はやっぱり静かだねぇ。北が酷いだけか」
「敵の勢力が北に寄っている気もしますね。あちらもゆっくり準備しているんでしょうか」
「うえ、それは嫌だなぁ」
一斉に押し寄せてきたら乱戦は必至。ただでさえ、あちらの方が戦力としては大きいのに、こちらは少数精鋭だ。いくら弱い駆逐艦でも、1人に対して10も20も出て来られると、押し潰される可能性が非常に高くなる。
「だからこそ、毎日北への掃討任務があるんですよね。そのままにしてると際限無しに増えますし」
「だよねぇ。姫級まで見え始めてるんでしょ? 先にやっておかないとまずいよ」
私も掃討任務には出ることになっている。定期的に実戦が出来るので、成長は早い。だが危険であるのも確かだ。そのうち姫級のみが押し寄せてくるなんてことも、いや、今は考えないでおこう。
低確率ではあるが、敵を倒すことで仲間が増えるかもしれない。今のところガングートさん以降に浄化の話は聞いていないが、もしかしたらこことは違う鎮守府でそういったこともあるかも。
「ん、気配を感じました」
「っとぉ、さすが春風、反応早いね。方向は?」
「ここから東です。あとは御姉様よろしくお願いいたします」
方角がわかれば、次は私の出番だ。ゆっくりとそちらに近付き、反応を確認する。
「いますね。駆逐艦が2体です」
「オッケー。こちら哨戒部隊旗艦の白露。敵発見。駆逐2」
私よりも先に気付いてくれるのは助かる。戦艦棲姫改の時のように、索敵範囲外からの射撃は私にはどうにもならない。それがある程度は緩和できる。ガングートさんは戦艦故に哨戒任務には向いていないので、小回りの利く春風は貴重な戦力だ。
「了解。こちらで対処しまーす」
どうやら駆逐2体程度なら私達でどうにかできるという判断が出たようだ。
最近は実働隊を出すまでもなく交戦することが多くなってきている。鎮守府の艦娘全体がかなり成長したというのもあるだろうが、率先して実戦経験を積むという目的もある。強かろうが弱かろうが、敵を倒すことに意義がある。
司令官は渋々といった感じではあった。なるべくなら戦わせたくないが、出来る限りの備えを考えると、少数でも戦闘できるに越したことはない。
「敵ですか。敵ですね」
春風の瞳が燃え上がった。戦闘と知って、即座に駆逐古姫が出始める。やはり基本的にトリガーは戦闘行動のようだ。先程のように都合よく出せる時もあるが、人格変化は戦いの中にある。
「もうイイヨネ。行クヨ。行クヨ!」
艤装を展開。同時に駆け出した。倒したくて仕方ないようだった。どうしても深海棲艦の残酷な部分は隠しきれないようだが、私達にそれが向かないのはわかっている。
それでも、連携は覚えてもらわなくてはいけない。1人で先走られたら、作戦も立てられなくなってしまう。
「春風、待ちなさい」
「ハイ御姉様。待チマス」
こちら側も私に従ってくれるようだ。それなら連携を教えることができそう。
「敵駆逐艦は動きがありません。発生したばかりじゃないかと思います」
「あー、なら動き始める前にさっさと倒しちゃおうってことね」
「そういうことです。ですが、先に片方倒すと、もう片方が活性化するかもしれません。ですので、2人同時に攻撃して、2体同時に倒しましょう」
攻撃のタイミングは私が合図を出すことに。
私は索敵範囲ギリギリから電探で敵の行動を確認する。急な活性化もありえるし、今は見えていないだけで他の敵もいるかもしれない。
「白露さんはこちらから見て右を。春風は左。春風、私が合図をしたら撃つの。いい?」
「ワカッテル。ソコマデ子供ジャナイ」
ちゃんと指示に従ってゆっくりと敵へ向かっていった。いきなり暴走する危険性もあるが、今のところは指示を聞いてくれている。昨日のが余程効いたのだろうか。
2人の射程に敵が入った。遠目に見ても春風が撃ちたくてウズウズしているのがわかる。
「3……2……1……撃て」
若干春風が早く撃ったかという程度だったが、同時に放ち、同時に着弾。2体の敵駆逐艦は同時に撃沈した。
春風の主砲の威力もそうだが、白露さんも相当高まっている。威力は違うのに、同じように駆逐艦が爆発した。おそらく狙いがいい。主砲訓練を見せてもらった時、移動に難はあれど的を外したところは見たことが無かった。
「2体とも撃沈を確認」
「チャント死ンダカ確認シナクチャ!」
やはり消滅間近の敵艦を見に向かう春風。消えていなかったら撃つつもりだろう。前回はそれで失敗しているのだから、いい加減こちら側も覚えてもらわないといけない。
「春風、戻りなさい」
「チャント見テオカナイト」
「春風」
「ハイ御姉様、戻リマス」
ビクンと震えた後、即座にこちらに戻ってくる。なんかこう、犬を躾けているみたいでとても心苦しい。
「うぅ……まだあちら側が制御できませんね……。戦闘だと思うと頭の中が真っ白に……いえ、
「ゆっくり行きましょう。焦らなくても大丈夫」
戦闘が終わったことで、元の春風に戻った。戦闘となった瞬間に湧き出てくる深海棲艦の人格がやりたい放題やったことが、堪らなく恥ずかしいらしい。先日までは泣きじゃくるほど後悔していたことを考えると大きな進歩だ。
「それでも、御姉様の言うことだけは聞けました。余計なことはしなかったです」
しようとはしたけれど、やらなかっただけマシか。
その後、白露さんが消滅を確認し、戦闘終了。哨戒任務を再開する。
「春風の二重人格、よーくわかったよ」
「お恥ずかしい……」
「好戦的っていうか、敵を倒したくて仕方ないって感じ? ちゃんと首輪つけておかないと人に噛みついちゃう狂犬みたいな」
狂犬という言い方だとこちらにも攻撃してきてしまうから少し違うが、大体合っている表現かもしれない。敵と思ったものを考え無しに攻撃し、それが死んだことを確認するまで一切の容赦をしない。今回は私が止められたから良かったが、他の人と哨戒任務に出ていたらどうなっていたことか。
「それを飼い慣らせてる朝潮の方がよっぽど怖い。昨日何があったのさ。明らかに春風の態度違うし」
「実はわたくし、昨日御姉様に躾けられたのです」
「何それ詳しく」
言い方が悪い。
「わたくしは心が折れ、自ら命を断とうと、昨晩鎮守府を出たのです」
「え、マジ? 全然気付かなかった……」
「ですが、わたくしの前を遮る方がいたのです。わたくしを説得するために、御姉様が月夜の海でわたくしを待っておりました」
間違いではないのだが、なんだろう、すごい嫌な予感がする。あの時のことは、私にもかなり恥ずかしい思い出ではあるので、深掘りされたくない。春風の立ち直る理由を作れたのはいいことだけども。
「その時の会話が、こちらになります」
「えっ、ちょ」
首から何かをぶら下げているなと思っていたら、あの時大淀さんが録音していたという私と春風の会話音声データ。ご丁寧にお守りのように袋に入れ、いつでも聞けるようにイヤホンまで完備。
「な、なんで……。消させたはずなのに!」
「わたくしが無理を言って戴いたのです。わたくしの今は、この会話から出来上がっています。わたくしそのものを作り上げたものですので」
データを聞き始めた白露さん。最初の白々しい会話の部分ではニヤニヤしていたが、その後に突然凍り付いた。私の顔を何度も見て、少しずつ距離を取っていく。
「あのー、朝潮さん、これマジでやったの?」
「……はい」
「首を絞めてらっしゃいます?」
「……絞めましたね」
白露さんの私を見る目が明らかに変わった。
「この音声を聞く度に、御姉様のおかげでわたくしは立ち直れたのだと、思い返すことができるのです」
大事そうに音声データを抱きしめる春風。そこまでのものになっているのなら、消せとは言えない。が、他の人に聞かせるのはやめてほしい。毎回この視線を受けるようになると思うと、今度は私の心が折れる。
「白露さん、このことは内密に。いつかバレるかもしれませんが、その時までは誰にも話さないこと。もし誰かにこの件で弄られたら……ちょっと私どうなるかわかりません」
深雪さん辺りに弄られたら、おそらく引きこもる。
「春風も、無闇矢鱈に話しちゃダメ」
「かしこまりました。わたくしの胸に秘めておくようにいたします」
「そのデータ、他に持ってる人は?」
「霞さんしかいませんよ。その後大淀さんがちゃんと消しましたから」
すごく複雑な表情をしたんだと思う。白露さんから変な声が出た。ひとまず哨戒任務を終わらせ、霞に追求しなくてはいけない。
「深海棲艦側もこれで屈服しちゃってるんだよね。うん、そりゃあ飼い慣らされるわ。怖いもん」
「わたくしは恐怖で従っているのではありません。御姉様がわたくしのためにここまでしてくれたのが嬉しいのですよ」
普段のキャラを崩してまで春風を止めた甲斐があったのだろう。だからこそ、今を明るく生きている。少し明るすぎるようにも思えるが。
「わたくしは狂犬かもしれませんが、御姉様には忠犬ですので。これからもよろしくお願いいたします」
「……ええ、よろしく春風」
ひょんな事から妹分ができてしまった。それで春風が生きていけるなら、私もそれをしっかりと受け入れよう。ただ、白露さんが後に私のことを『飼い主』と呼んだのだけは許せそうにない。
本来の春風には狂犬なんて要素は100%付かないけど、ここでは