「赤城さん、春風の件、どうにかなりました」
『そう、それは安心したわ』
哨戒任務後、執務室から元帥閣下の赤城さんに連絡を取った。本来なら大本営に私用で電話をかけるなんて言語道断なのだが、今回は元帥閣下直通のプライベートな電話。司令官も使うものらしいので不手際は一切無い。司令官も是非連絡してやってくれと喜んで貸してくれた。
『武蔵さんもずっと気にかけていたの。これで安心させられるわ』
「はい、是非伝えてください」
『ところで、前から呼び捨てだったかしら』
すごく説明しづらいのだが、ここは説明するしかないだろう。
「実は……私がいろいろ世話をした結果、妹分のような状態になりまして。呼び捨てにしろと頼まれてるんです」
『あらあら、そちらは面白いことになっているのね』
その春風はというと、しっかり私についてきて執務室におり、大淀さんと何やらやっている。大淀さんのおかしなスイッチがまた入っているような気がした。
『それでも、あの状態から回復したのは朗報です。ありがとう朝潮さん』
「いえいえ、また会える日を楽しみにしています」
『こちらもですよ。それではまた』
電話が切れる。短時間ではあったが、話をできたのはよかった。あちらも変わりないみたいだ。
「ありがとうございました。あちらも心配してくださっていたようで、話ができてよかったです」
「それはよかった。爺さんも朝潮君の声が聞けて喜んだだろう」
春風のことについてはこれで一段落した。私に負荷がかかったが、まだ背負えるレベルの負荷だ。急に妹分が増えるというのもおかしな話ではある。
「で、大淀さんは何を」
「春風さんが首輪を欲しがったので採寸を」
首輪、首輪と言ったか。何故。到底こういう場では使わないものだと思うのだが。
「白露さんがわたくしのことを
「やらなくていいから。ただでさえ私は飼い主扱いされて気に入らないのに」
多分春風には別の意図もある。首輪を付けていればいつも私に首を絞められたときの感触を思い出せるとか言い出しそう。私を地味に追い詰めてくるのはそろそろやめてほしい。
「御姉様がやめろと言うのでしたら、わたくしも控えます」
「お願いだからやめて……」
「だそうです。大淀さん、申し訳ございませんが」
残念そうにする春風と大淀さん。春風はわかるが何故大淀さんまで残念そうにするか。
昼食時、いつも通り霞が相席。そしてその隣には皐月さん。霞のことをシスコン認定したことからか、私がいないときの霞の相談役にもなってくれていたらしい。それもあってか霞も皐月さんの前では無防備だ。
「私の特権を根こそぎ持っていかれてさ……」
「呼び捨てとタメ口だっけ。朝潮は真面目だからねぇ。そういう事をするのは霞だけだったもんねぇ」
「そうなのよ。でも春風もその待遇なのよ……」
確かに今の春風の待遇は霞とほぼ同等である。
だがそれは春風の精神状態もあってのこと。受け入れている証を、ちゃんと目に見える、耳に聞こえるもので欲しいのだろう。
実際、今の春風は本来の春風から逸脱している。言い方が悪いが、心が一度折れたことで、良くも悪くも
「でもさ、霞が一番だと思うけどね」
「そうかしら……」
「最初からそうだったのと、お願いされてそうしてるのは全然違うよ」
皐月さん、本当にわかってる。私の言いたいことはそれ。
霞は実の妹なのだから、最初から気が許せているのだ。だから添い寝も全然構わないし、髪を梳かしてもらうのも抵抗がない。
添い寝に関してはヒメさんもあるが、彼女はここにいる誰よりも小さく、精神面も幼い。庇護欲というか、母性本能くすぐられるというか。なのであれはノーカン。
「さすが皐月さん、よくわかっています」
「でしょ? なんだかんだ長い付き合いだからね」
霞がそれで納得してくれるかはさておき、私の考えは皐月さんが代弁してくれた。
「御姉様、こちらでしたか」
艤装の定期的なメンテナンスをしていた春風も食堂に。ややこしいことにならなければいいが。
「お、春風ホントに元気になったね」
「お騒がせしました。皆様には多大なご迷惑をおかけしたようで」
「昨日は心配したよ。今にも死にそうな顔だったもん」
事情をまだ知らない皐月さんはそれくらいの認識。だが、霞は少し複雑な表情。実際死のうとしていたことは今のところまだ秘密。春風にも白露さんに口走ったときにしっかり口止めしてある。
「いろいろありましたが、わたくしは御姉様に救われました。もうあんなことにはなりません」
「よかったよかった。深海棲艦の力ってのは大変かもしれないけど、一緒に頑張ろうね」
春風の戦闘を見ているのは今のところ白露さんだけ。驚きはしたが、すんなり受け入れてくれた。大丈夫、皆が同じように見てくれる。春風の一番嫌な結果にだけはならないと確信できる。
「是非ともわたくしの戦闘をご覧ください。白露さんも受け入れてくれましたので」
「ああそっか、さっき哨戒任務で敵と遭遇したんだよね」
春風の戦闘は皐月さんとは相性が良くないように思える。見境無し容赦無しの春風は、白兵戦専門には少々荷が重い。一度その連携も訓練した方がいいだろう。
春風は良くも悪くも特殊過ぎる。連携には向いていないが、小回りが利くから使い勝手はいい。扱いが難しい。
「春風はまず連携を覚えないと。私が止めたから何とかなったけど」
「そうですね……訓練に取り入れてもらいます」
そこで霞が何やら思いついた顔。無茶苦茶なことをしないなら容認するつもりだ。霞は霞なりに春風の現状を受け入れることを考えている。
「春風、その訓練、私も参加するわ」
「霞さん?」
「私と姉さんで組むから、アンタが誰かと組んで私達を倒してみなさい」
霞はそうやって春風を見定めたいようだ。
春風が自分と同列に値するかを戦闘で知りたい。だが私闘は本来厳禁。だから、訓練という体裁を取った。私と組むのは実妹である意地か。
要は公認で喧嘩をしたいということだ。勝っても負けても現状は変わらないだろうが、霞自体が納得するためにその手段を取った。
「朝潮、これってもしかして……」
「はい……霞は春風が妹に相応しいか見定めたいんですよ……」
「止めなくていいの?」
「こうでもしないと春風を認めないでしょう。やめろと言っても鬱憤が溜まるだけでしょうし」
呆れつつも、霞の気持ちを汲んでやる。
ここの艦娘で率先して私闘を望んだのは霞が初めてらしい。よろしくないことではあるが、春風の二重人格を皆に見せるためにはいい機会でもある。
あとから霞には説教するとして、今回のこの機会には有効に使おう。連携訓練はいつかは必要だとは思っていたことだし。
司令官に話したところ、すぐにその場を用意してくれた。理由は簡単、春風の連携訓練は急務だったからだ。私の言うことしか聞かないというのは、戦場でも大きな問題。毎回私が同じ部隊に入れるとは限らない。
私が前以て説明しておけばちゃんと連携はするかもしれないが、それでも一朝一夕で連携は出来ないだろう。こればかりは、いろんな人と組んで、慣れていくしかない。
「予定通り、こちらは私と姉さんのペアよ。春風は?」
「誰もが口を揃えて御姉様を優先的に潰せとおっしゃったので、皐月さんとペアです」
信用されているとは思うのだが、まず私を狙ってくるのはどうもいい気分ではない。前回の演習でもそうだが、確実に皐月さんをぶつけてくる。天龍さんじゃないだけ良かったと安心するべきか。
「また皐月さんですか……」
「朝潮キラーとしての信頼が厚いね。今回はちゃんとやるから」
「はぁ……なら私もやるしかありませんね」
その前に、春風にしっかり教えこまないといけないことがある。
「春風、今回は私が敵。私と霞を倒せば勝ち。でも、水鉄砲でやること。いい?」
「はい、皐月さんと一緒に、御姉様と霞さんを倒せばいいのですよね。演習ですもの、勿論水鉄砲を使わせていただきます」
あちら側になったら忘れないだろうか。実弾が来る可能性がないと言えないのが一番怖い。念には念を入れ、霞にも回避の方法は教えてある。
「いいわね霞、勿論勝ちに行くわ」
「ええ、指示は姉さんに任せる。皐月だったわね」
「そうよ。白兵戦は私達どちらにも不利だもの。代わりに、春風は単純だから」
連携をしてきたらそれが覆るのだが、正直すぐに皐月さんを連携するとは思えない。霞はそれだとどう判断するのだろう。
「皐月さん、それでは
「初めて見るからね。どうなるか楽しみだよ」
模擬刀を抜き、春風の準備を待つ。今回は春風が動き出したら訓練開始だ。
「御姉様と霞さんが敵……イイネ、イイネ、御姉様ヲ叩ケル! 倒スヨ!」
瞳の炎が燃え上がり、狂ったように発進。戦いの合図。皐月さんも一歩遅れて駆け出した。今のままなら連携も何もあったものではない。
「霞、春風にブレーキかけてくれる?」
「ええ、ついでに分断するわ」
春風と皐月さんのちょうど真ん中に魚雷を発射。避ける位置も考慮しての両腕。素早く春風が右へ逸れ、皐月さんが追おうとするが、第二射に阻まれ分断。霞もうまくやれている。
本来連携の訓練なのだから、どうにかもう一度合流する必要がある。だが、春風は独断専行が過ぎる。
「霞は春風へ。牽制だけでいいわ。タイミングはこちらで決める」
「皐月1人で捌ける?」
「ええ、春風への対策がここでも役に立ちそう」
霞と分かれ、あえて皐月さんの方へ。その行動には驚いたようだが、こちらにも作戦があると気付いたようで妙に警戒してくる。
「補助艦娘が立ち向かうの? あはっ、可愛いね!」
「そう思います? なら、
跳んだ。普段皐月さんが見慣れているであろう攻撃でも、やるのが私だからこそ、完全な不意打ちとなる。山城さんにまたもや感謝。
「うっそ!?」
「護身術程度ですがね!」
刀を蹴り飛ばし、腰につけた爆雷を飛んだ方へ放る。刀は簡単に取らせない。それと同時に霞の方へ移動。今回はあくまでも連携が主題だ。私が春風に近付くのも、先に皐月さんを倒すため。
「その爆雷の使い方ズルくない!?」
「使えるものを使ってるんですよ。私にしたらその刀もズルイです!」
霞に背を向け、皐月さんを出迎えるように。霞は霞で春風の無闇矢鱈な射撃に苦戦しているようだ。電探のおかげで見ることなく霞と春風の位置は把握出来ているので、私の背後で戦われてもある程度は避けられる。
「ハハハ! 霞! 早ク倒レテヨ! 御姉様倒セナイ!」
「うっわ、こんなに変わるのね。でも攻撃はすごく単調」
「霞、7時に撃って」
攻撃を避けているところで申し訳ないが、作戦通り指示を出す。やはり霞の背面撃ちは役に立つ。すでにこちらを見ることなく魚雷を発射。その直線上には刀を拾う皐月さん。
「何シテンノ! 集中シナヨォ!」
その魚雷を春風が撃って爆破した。連携というのかはわからないが、結果的に皐月さんを守ったことになるので、連携といえば連携か。その時間があったせいで皐月さんが追いついてしまった。
「危ないなぁ。でももう油断しないよ!」
「不意打ちできないとなると厳しいですね……。霞、少し間合いを取るわ」
「逃してくれそうにないけど」
「隙くらいは作るわ」
すでに爆雷を投射してある。春風の足元で爆発し、大きな水飛沫に。その間に間合いを取ろうとするが、飛沫関係なしに春風が突っ込んできた。
いくら
「プラン変更、春風を先にやる。間合いは取らないから、合図したら
「了解」
飛沫が無くなったとき、眼前に春風。皐月さんはその後ろ。なら好都合だ。
「御姉様! 目ノ前ニイルナンテ!」
「霞、撃て」
春風は真正面にいる私を狙うだろう。即座に砲が私の身体に照準を定める。そうなることはわかっていた。だからこそ眼前にいたのだ。
ここで私は、山城さんや皐月さんがやる、敵を蹴っての跳躍を見様見真似でやった。春風の艤装を蹴り、射線を霞からも逸らしながら、さらに私も霞の射線から飛び退く。
「やっと隙が出来たね!」
だがその後ろ、皐月さんが春風の艤装を使って跳んでいた。これも山城さん直伝。完全に忘れていた。皐月さんは、全ての白兵戦艦娘のハイブリッド、ハードな訓練で全員の技術を叩き込まれているのだ。
霞の魚雷は春風へ着弾、同時に皐月さんの斬撃が私に直撃。2人同時の轟沈判定。ここからは霞と皐月さんの一騎打ち……となるはずだが、今回は連携訓練だ。どちらにも相方がいなくなれば、この場で訓練終了である。
「えっ、終わり!? くっそー! あとは霞だけだったのに!」
「皐月相手は不利だったから助かったわ。姉さん大丈夫?」
「ちょっと無理に動きすぎたわ……あ、ストッキング伝線しちゃった」
轟沈判定を受けた春風はキョトンとした顔で虚空を眺めている。私の時と違い、訓練とはいえ戦場で、かつ霞に負けたというのが響いているようだ。私と霞の連携あってこそというのを理解してほしい。
「終ワリ? ネエ、終ワリナノ? マダヤレルデショ、ネエ」
「訓練だからこれで終わり。引き分けよ引き分け」
戦闘終了とわかり、春風も元に戻っていく。
霞も引き分けは不服そうだが、本来の目的である春風の見定めはおおよそ出来たようだ。お眼鏡に適うことはできたのだろうか。
「連携も何も出来てないわね。勝手に突っ込んで、周りに全部任せ切って」
「面目次第もございません……」
「もっと制御できるようになりなさいな。私も手伝ってあげるから」
これは春風のことを認めたというよりは、あまりの暴走っぷりに放っておけなくなったという方が正しいだろう。確かにあれはそのままにしておけない。過保護にもなる。
「霞さんもわたくしを躾けていただけるのですか?」
「躾けって……。アンタ犬じゃないんだから……」
「朝潮御姉様の妹の霞さんなのですから、霞さんも御姉様なのでは……?」
歪んでしまった影響か、思考が一度固定化されるとそれに一直線になってしまうのもここの春風の悪いところだ。あちら側の人格でなくてもそこだけは一切変わらない。精神面の安定を無意識に求めているのかもしれない。
「違うわよ! アンタの姉はここにはいないでしょうが!」
「霞御姉様……」
「あ、ちょっと響きはいい……って、違う! 春風、ちょっとは落ち着きなさい。他のこともちゃんと考えて」
霞は姉というよりは母のような世話の焼き方。
「霞ママだもんね。お世話するの好きなんでしょ」
「誰がママか! 春風に関しては放っておけないだけよ。こんなの本当に犬じゃない」
「霞御母様の優しさが身にしみます」
「誰が御母様か!」
その後なんとかそういう扱いから脱却はしたが、霞も春風の飼い主扱いを受けるようになる。春風は朝潮型の所有物みたいな言われ方が始まり、私も霞も頭を悩ませる事になるのだった。