元帥閣下が私、朝潮の所属する鎮守府から赤い海の情報を持ち帰り、それなりに時間が経った。今でこそ掃討任務をこなして均衡を保っているが、未だに戦艦棲姫改の再出現はない。最大でも改ではない戦艦棲姫で止まっている。
春風を部隊に入れて出撃もしているが、敵の戦力が変わることもなく、基本は駆逐、もしくは軽巡の鬼、姫級が迎撃に来る程度である。こちらから深海棲艦の
そう考えると、時間的余裕はまだありそうという判断になった。敵拠点の正確な位置はわからずとも、ある程度の場所を絞り込むまでは出来る可能性は高い。
現在は作戦会議中。各艦種の代表が集まり、今後を相談する場。私は駆逐艦代表ではないのだが、情報戦に関して私が知っておく必要があるということで、代表の吹雪さんと共に会議に参加させてもらっている。
「敵が領海を拡げようとしているのは確かだ。掃討任務は毎日行う。それがあるからこそ均衡が保たれているかもしれないからね」
「不意に戦艦棲姫が現れるかもしれません。準備だけは念入りに。新戦力の投入もありえますから」
「ああ、色だけで判断できるなら、最も警戒しなくてはいけないのは戦艦レ級だ」
今までに戦った中でも特に危険だった
私は戦ったことがない異常なイロハ級。イロハ級というくらいなのだから、量産されている可能性だって大いにあるのだ。
「ヨドが壊れるレベルやもんなぁ」
「オレらもギリギリだったしな。今ならまだマシかもしれねぇけど」
「あの時はアンタが大破で私が中破だったわね。次はああはならないわ」
天龍さんと山城さんでギリギリということは相当ということ。さらにいえば、その戦闘、
「くれぐれも注意してくれ。乱戦に現れたら即撤退だ」
「了解。あいつは厄介すぎる。撤退が正解だ」
安全第一のモットーから、危険と判断した戦闘からは即撤退。実働隊が必要だとしても、一時撤退は考えるべきだ。到着までに全滅だってありえる。
「青葉が海域調査を打診しています。掃討任務の際に一度許可してもらえませんか?」
「ふむ……今後の危険を回避するために、ということだね。了解した。古鷹君、青葉君に伝えてくれ。次々回の掃討任務で海域調査を再開する」
「じゃあゴーヤ達も調査行くでち。海底調査も重要だよね」
ここで私の電探におかしな反応が入る。
訓練の賜物で、今では半日近くを起動したままで過ごせるようになった。会議中も話を聞きながら別の場所の反応を確認するくらいはできる。ようやく青葉さんに近付いたというところ。
今掴んだ反応は、今までに見たことのない反応。ここにいる誰とも違う、
「ん? 何これ……」
「朝潮ちゃん、どうしたの?」
「電探に不思議な反応が入りました。侵入者……としたらこの動きはゆっくりすぎるし……流れてる……?」
私の発言で会議が一時中断。今は当然誰もが非武装だ。万が一これが敵だったとしたら、すぐに準備しなくてはいけない。
「司令官様! 司令官様はいらっしゃいますか!」
「春風君、どうしたんだね。そんなに慌てて」
その反応から少しして駆けてきた反応は春風。彼女にしては珍しく、かなり慌てている。
「陸上型の方々の陣地にとんでもないものが漂着いたしまして! す、すぐに来ていただけますか!」
春風が一緒なら即座に艤装が展開できるため多少安心できる。会議のメンバーもその足で春風についていった。
陸上型の方々は陣地から動くことはできないので、その漂着物は訓練中だった高雄さんと榛名さんが運び込んでいた。だが、その漂着物というのが
「マジかよコレ……」
「これアカン奴やん。どうすんねんコレ」
目を回して気絶している深海棲艦だった。黒の深海棲艦であり、私達にとっては敵である。誰もが扱いに困る代物だが、ここに来てしまったものは仕方ない。司令官に判断を仰ぐほかなかった。
「戦艦レ級……噂をすれば何とやらと言うが、こんな形でまた見ることになるとは……」
「こ、これがレ級……!?」
ヒメさんよりは大きく、皐月さんよりは小さい背丈の幼い印象。黒いパーカーとビキニ水着、ストールを首に巻いた少しお洒落な深海棲艦。特徴的なのはお尻辺りから伸びた、本人よりも大きそうな蛇型の艤装。これが天龍さん達を苦しめたものらしく、今すぐ斬り落としたいレベルだそうだ。
「頭部に損傷……被弾して気絶して流れ着いたということでしょう」
「この傷跡だと、戦艦級の砲撃ですね。それが直撃して気絶で済んでいるってどういうことですか……」
仮にも戦艦ということなのだろう。幼い外見とは裏腹に、攻撃力も防御力も一級品ということだ。目を回す姿も、見方によっては可愛らしい。
「この傷跡……深海のものです」
「ということは、同士討ちか?」
「可能性は高いかと。わたくしの砲弾と同じ匂いがするので」
春風がいうのだから間違いない。このレ級は、仲間である深海棲艦にやられてこの状態になっている。白がやったものか、黒がやったものかはわからないが、もし黒がやったものだとしたら、このレ級は流れ弾に当たったか、もしくは裏切られたかになる。
「どうするよ提督。気絶しているうちに始末した方がいいんじゃねぇか? こいつ黒だぞ」
「ふむ……これは困った……」
なんてことを話している時に、突然レ級の目に光が灯った。意識を取り戻したということだ。一斉に離れ、春風に至っては艤装も展開。
レ級の目はたまたま正面にいた私を見据えていた。まずい。これは本格的にまずい。今の私に狙いを定められたら、ひとたまりもない。
「あ……ああ……」
「御姉様、すぐに離れてください!」
目があったところで足がすくんで動けなくなってしまった。情けない。
ゆっくりと立ち上がるレ級。ずっと私を見据えたまま、近付いてくる。ダメだ、やられる。と思った矢先、
「ネエチャン! ネエチャン!」
「はえ……?」
私に抱きついてきた。何が起こったのかわからず、私が目を回しそうだった。胸に頬擦りしながら甘えてくる。どうしていいのかわからなかった。だが
「な、なんだこれ」
「待って、考えが追いつかない」
誰もが頭を悩ませている頃、春風だけは反応が違った。艤装を出している状態で、レ級が私に抱きついているという状況だけでも、あちら側に傾く理由には充分だった。
「クソガキ、御姉様カラ離レロ」
「ア? オマエ、ネエチャンノナンナンダ?」
抱きつきながらも艤装は春風へ向いている。このままだと陸上が戦場になってしまう。司令官も近くにいるのだ。それだけは避けないと。
「春風、やめなさい。貴女も……えっと、レ級さん、貴女も攻撃はダメです」
「御姉様、ソイツ黒ダゾ! ダッタラココデ殺ス!」
「ネエチャンウトウトシテルゾ! コイツテキダ!」
「ここでやられたら私にも当たるから。2人とも抑えて」
私が言っても目の前のレ級にしか思考が行っていない。レ級はレ級で抱きつくことをやめるのともなく、艤装は常に春風に向いている。一触即発のムード。状況次第では私もろともやられる。
これはもう、
「春風、やめろ」
「ハイ御姉様、攻撃シマセン。ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」
すぐさま艤装をしまう春風。空気が凍り付いたような気がしたが、状況を打破するためには致し方ない。あとから説明が面倒だ。
「レ級、貴女も」
「ハーイ。ネエチャンガイウナラヤメル」
ようやく離れてくれた。戦艦なだけあって力が強い。ちょっと身体が軋んだ。
知っている司令官や山城さんはよかったが、天龍さんや吹雪さんからの視線は物凄く痛かった。やるんじゃなかったと激しく後悔。
その後、セキさんを陣地から運び、レ級の状態を見てもらう。こればっかりは明石さんには難しく、深海棲艦の知識を持つセキさんでなければわからないことだ。
「リセットガカカッテイル……コイツハショキジョウタイダ」
「初期状態? つまり、産まれたばかりの状態ということかい」
「アア。キズノセイデゼンブキエテイル」
セキさんが言うには、今のレ級の状態は生成された直後の状態だという。頭部の損傷によって機能に何らかの障害が発生し、今までの記憶を全て失った。
逆にいえば、戦艦レ級とはいえ私達には無害ということだ。攻撃的な面はあれど、今は
「この状況は何故でしょう」
検査中もしっかり私の手を握って離さないレ級。春風は元に戻ったものの、いつあちら側に傾いてもおかしくないくらいイライラしているのが目に見えてわかる。今は天龍さんが押さえつけてくれていた。
「『イロハ』ハ
「なるほど、
こんなに人型に近い、というか人型そのものでも、習性に関しては動物そのもの。こちらの言葉を理解できるし、自分の意思を口に出すこともできるが、イロハ級と変わらないということだろう。
「まーた朝潮に妹が増えよった。名誉朝潮型2号やん」
「1号としては2号を認められそうにありません」
春風がここまで敵意剥き出しなのは初めて見る。
「コレナラバ、オマエタチノナカマトシテ、ムカエイレルコトハデキルゾ」
「それは朗報だ。1人でも戦力が増えることはありがたい。安全に戦える確率が増えるのは万々歳だ」
何やらおかしな話になってきた。怪我により記憶が初期化された戦艦レ級がこの鎮守府に配属する。今までいろいろあったが、また前代未聞な事が起ころうとしている。
「味方ならこれ以上の奴はいないよな」
「いきなり記憶戻ったりはせんのよな? ならうちも構わへん」
「いいじゃない。膂力結構あったわよね。白兵戦の訓練にも使えるわ」
さすがこの鎮守府の配属された艦娘。簡単に受け入れる。私も戦わずに済むならその方がいいと思う。
「さすがにこれは爺さんに報告した方がいいな。大淀君、私はこのことを元帥閣下に報告してくる」
「そうですね。では私は彼女のここでの制服を用意します。黒側の服のままだと戦場で誤射してしまいそうですから」
司令官も大淀さんも手続きに行ってしまった。もう配属は決まったようなもの。この鎮守府なら全員喜んで迎え入れるだろう。春風以外は。
「ココニイテイイノカ?」
「おそらくは。貴女が私達を攻撃しない協力者なら、喜んで仲間になります」
「ナライル! ネエチャントイッショニイルゾ!」
また抱きついてきた。今回は艤装もしまっているため、見た目通りの軽さ。ヒメさんより少し重い程度なので、飛び付かれても体勢が崩れることはなかった。
「で、姉さんが懐かれたと」
レ級の調査もある程度終わり、工廠で帰還組を待っていた私達を、掃討任務から帰ってきた霞が見て溜息をつく。右腕にはレ級、左腕には春風。龍驤さんに言わせてみれば、4姉妹全員揃ったことになる。
「ヒメといい、春風といい、そのレ級といい……姉さんはおかしなのに好かれる才能があるんじゃないの?」
「何も言い返せないわ」
ここまで来ると霞も寛容だ。諦めているというわけではなく、自分のみが実妹という圧倒的アドバンテージがあることで、良くも悪くも安心している。
「そこの仏頂面の春風は」
「同じ立ち位置にぽっと出の新人が収まってしまい、どうすればいいかわからないから、とりあえずイライラしてるの」
「わかりやすっ」
でもこれ、春風が来た当時の霞も似たようなものだった。それは言わない方がいいだろう。
「新しい深海棲艦が来たと聞いたが、今回は黒の方から来たのか」
霞と一緒に哨戒任務に出ていたガングートさんもやってきた。
北への掃討任務も戦艦を1人連れていくことで大分安定した戦績になった。特にガングートさんは、記憶は薄いながらホームグラウンドだ。運悪く戦艦棲姫が出てきたとき、その艤装の拳で1発KOしたらしい。
「ホアー、カッコイイネエチャンダナ!」
「ほう、貴様、なかなか見る目があるぞ。あー、レ級だったか」
「ソウ、レキュウダ!」
「ならレキとしよう。名前は重要だ。イロハなどという括りを使う必要はない。貴様はここにいる貴様だけなのだからな」
深海棲艦命名係により、仲間となったレ級はレキとして鎮守府に登録されることになる。レキさんも自分だけのものが与えられて大喜びだ。
外見もさることながら、頭の中も思った以上に幼い。ヒメさんとほとんど同じくらいと言ってもいいだろう。
「アリガトウカッコイイネエチャン! レキ、レキダゾ」
「良かったですね、レキさん」
抱きついている右腕の締め付けが一層強くなり、感覚が麻痺しかけるが、これだけ喜んでいるのだ。突っ込むのは野暮というもの。
「霞、そろそろ艤装を置きに行くぞ。明石が待っている」
「あ、そうだったわ。姉さん、また後から」
私以外にも懐ける相手がいる方がいいだろう。刷り込みで私が一番だとしても、ここにはいっぱい仲間がいる。そして、ここの仲間達は皆仲がいいのだから。
あとは、春風がどう吹っ切れるかだけだ。こればかりは見守るしかない。私がとやかく言うことではないし、指示したものでは仲が良くなったとは言えない。
レ級はいろんな書かれ方があると思いますが、ここでは幼い印象を強めています。頭身的には皐月と同じくらいなイメージだけど、お子様ということで。