「朝潮さん、ちょっといいですか。おお、皆さんちょうど良かったですぅ」
夕食の後、青葉さんに呼び止められた。こんなタイミングではなかなか珍しい。食べ終えた直後だったため、霞や春風、あとは皐月さんも一緒だった。
「実はですねぇ、海域調査再開のお知らせです」
作戦会議で古鷹さんが言っていたこと、次々回の掃討任務で海域調査もするという話が、青葉さんに伝わったようだ。
私の索敵能力が青葉さんに近付いたら、海域調査のお手伝いをすると約束していた。今後、あの海域の海図はさらに重要になりそうである。
「もう常時起動がほとんどできていると聞いたので、是非、助手をお願いしたいんです」
「了解しました。私に出来ることならお手伝いしましょう」
私の索敵で海図の何処に役に立つのかはわからないが、助手が欲しいというのなら喜んで手伝おう。そういうことをするための訓練でもあるのだから。
「それでですね、皐月さんと霞さん、それに春風さん。3人にも参加してもらいたいんです」
「ボク達が護衛ってこと?」
「それもそうなんですが、青葉の予想が正しければ……次の海域調査でも戦艦棲姫改が来ます」
名前が出ただけで空気が少し重くなる。皐月さんの唾を飲み込む音も聞こえた。
「あちらが防ぎたいのは、おそらく海域調査です。何か知られたくない情報があるのでしょう」
「なるほど……今まで海域調査自体が行われていなかったから、戦艦棲姫改が出てこなかったと」
「青葉が出来るのは海上のみです。それを防ごうとしたということは、何かあるとしか考えられませんよね?」
止められた場所より先で調査されては困る理由があるという事だろう。それなら確かに今まで出てこなかった理由も説明がつく。毎回似たような場所で敵が出ていたし、以前海域調査をした場所よりも先には行けていない。
「今回の部隊は青葉に一任されました。青葉の考えうる限りの作戦で、お三方は適任なんです」
青葉さんの考えはこうだ。
前回戦った時、青葉さんと響さんの主砲は自律型艤装にまったく効いていなかった。それは単に火力不足というのがあるだろう。そのため、さらに火力を上げるべく、魚雷を入れたい。これが霞の採用理由。
私が旗艦で元帥閣下の護衛艦隊の方々を連れた偵察任務で戦艦棲姫と戦った時、春風が艤装と本体の接続部分を撃ち抜くことで艤装の動きが停止した。つまりは接続部分をどうにかして破壊したい。小回りが利き、近距離に近付く必要が出てくる。これが皐月さんと春風の採用理由。
「魚雷なら初霜もいるじゃない」
「小回りが利く近接なら天さんもいるよね」
「わたくしで良いのでしょうか……もっと適役がいらっしゃるのでは」
この3人は代役が幾らでも効く人材でもある。霞には初霜さんが、皐月さんには天龍さんが、春風には時津風さんが、似たような立ち位置にいる。あえてこの3人にした理由は。
「皐月さん、雪辱戦です。霞さん、朝潮さんの右腕の仇です。そして春風さん、戦艦棲姫改は朝潮さんを一度大破まで持ち込んでいる強敵です」
なるほど、気合の入り方で選んだわけだ。
「オッケー、任せて。今度はただ見てるだけじゃないからね」
「姉さんを大破させた奴だったわね。ギッタンギッタンにしてやるわ」
「御姉様を大破に……許セナイ……殺シテヤル……」
人の使い方が上手い。青葉さんは敵に回してはいけない人だろう。
「ここにいる5人はわかりました。あと1人はどうするんですか?」
「ガングートさんです。ガングートさんにも雪辱戦ですから」
さらにいえば、深海棲艦の気配が読める人材を増やしたいというのもあるようだ。今回も危険は承知でヒメさんを連れていくことになるとのこと。実際にあの海域に住んでいた者の目は必要だそうだ。
「レキさんも連れて行きたいところなんですが、まだわからない部分が多すぎますからねぇ。今はこの部隊で考えています」
確かに、味方となった戦艦レ級の力なら頼りになりそうだ。だが、まだ謎が多すぎる。春風以上に危険な存在になり得るのだ。
「決戦は明日です。よろしくお願いします」
「了解しました」
決戦だが、必ず生きて帰る決意は固い。配属されたばかりのレキさんを置いて死ぬわけにはいかないし、何より、司令官をまた悲しませるわけにはいかない。
誰も死なずに帰る。それが一番遂行すべき作戦だ。
翌朝、準備を整え工廠で待つ。私の装備は前回とは変わり、最低限の対空、調査のためのソナー、いつもの電探眼鏡。前回の戦いでは潜水艦は出てこなかったが、万が一出てきてもある程度は対応できる。
「青葉君の予想では、戦艦棲姫改との交戦が予想される。会敵したらすぐに連絡をするんだ。実働隊を送る」
「了解ですぅ。ですが、今回はこの6人で倒すつもりで行きますので」
「ああ、そのために準備してきたんだ。必ず帰ってきてくれ」
全員を抱きしめていく司令官。ガングートさんともガッチリ握手。
「私はこの時のために鍛錬を積んだのだ。必ず貴様に勝利を伝えよう」
「ああ、伝えるためにも、絶対に死なないでくれ」
本来の目的は海域調査だ。だが、戦艦棲姫改を倒さない限り、それも簡単にはやらせてくれないだろう。前回の大敗はいい経験となった。次はない。
「アサネエチャン! ガンバレ!」
「レキさん、私達が帰るのを待っていてください。必ず帰ります」
「マッテル! ダカラ、ゼッタイカエッテコイ!」
私にも鎮守府に待たせる人がいる。帰らないわけにはいかない。
ヒメさんを抱きかかえての出撃。久しぶりの感触にヒメさんも心なしか興奮している。だが、前回はこの状態から右腕破損の轟沈寸前まで持っていかれている。少しだけ震えてしまった。
「アサ、ダイジョーブカ?」
「大丈夫です。もう怖くありませんから」
「ワタシモツイテルゾ。カンサイキハマカセロ」
相方がヒメさんなら心強い。実質7人での出撃だが、ヒメさんは私の装備のような扱いとなっている。今の私は高速駆逐空母という認識だ。今回のメンバーも艦載機を飛ばせる空母はいない。私の立ち位置はそれなりに重要。
「海域に入りました。敵領海です。では朝潮さん、海域調査を始めましょう」
「了解しました。私は何をすれば」
「電探の感度を最大にしてください。ソナーも起動で」
言われた通りに起動する。今はまだ何もない海。海中にも何も無い。
「現在は海図でいうとこの辺りです。ここから北へ向かいます。何か少しでも反応があれば言ってください。青葉は波を見ますので」
本来ならここでミナトさん達の陣地が反応するはずだが、今は何もない。海中も特別おかしな点は無く、いつもの戦場と同じ、深い深い深海が続いているのみだ。もし何かあれば、それこそ敵の拠点があれば、ソナー側にも何らかの反応があるだろう。
「アサ、アオ、ミラレテル」
「やっぱり。理由は何であれ海域調査されたくないようですねぇ」
ガングートさんや春風も遠くの一点を見つめている。深海棲艦特有の何かを感じ取っている。
前回は想定外の攻撃だったが、今回は二度目。こうなることも想定通り。
「青葉! 撃ったぞ!」
「了解! さぁさぁ、迎え撃ちますよぉ!」
わかってさえいれば回避ができる。ガングートさんに言われ、その場から退避。同時に元いた場所に着弾した。
「前回と同じですねぇ! こちら調査隊旗艦青葉、会敵ですぅ!」
「大きな反応が超高速で接近中! 戦艦棲姫改です!」
「カンサイキダス! アサ、タノム!」
ヒメさんの抱え方を変え、発艦準備。戦艦棲姫改の後ろから雑多な敵も大量に来るのはわかっている。ヒメさんは前回、それをほぼ1人で押さえ込んだ。今回もそれをお願いする他ない。
「実働隊準備始まりました。それまでは粘りますよぉ」
「当然だ。むしろここで終わらせる」
前回は撤退戦だった。だが今回は違う。迎撃戦だ。
「敵の数……お、多すぎますね。ヒメさん!」
「マカセロ! イケェ!」
大量の艦載機が北に向かって飛び立った。出来ることならもう1人くらい向かわせたいが、相手は1人でこちらを完封した戦艦棲姫改だ。全員で戦わないとやられる。
「朝潮さん! 戦闘中でも海域調査を緩めないでください!」
「ソナーは難しいですが、索敵はいつでもフルですから!」
「上出来ですぅ!」
さらに部隊を北に寄せ、調査範囲を拡張しつつ迎撃準備。すぐにでも目視で確認できるほどになった。外套を羽織った戦艦棲姫の姿。間違いない、私の右腕を破壊した、あの憎っくき敵だ。
「この時を待ちわびたぞ。Ураааааааа!」
「霞! 続くよ!」
「了解、あいつを倒せば終わるのよね!」
ガングートさんを先頭に、霞と皐月さんが続く。
「あれが御姉様の敵……あれが右腕を
春風も無事
敵が1人となると私の索敵は基本意味がない。代わりに、増援がここまで来るかどうかを確認するのと、春風の動きを逐一全員に教えることになる。連携がなかなかできない
「久しぶりだなぁ改!」
「スイキジャナイ……コリナイワネェ」
「その余裕顔も今回までだぞ!」
艤装によるパンチ。やはり自律型艤装の耐久力が異常であり、本体を狙っても腕一本に防がれる。前回と同じく、近距離での打ち合いが始まってしまった。
だが、この状況を簡単に覆すものがこちらにはいる。それは私達にも予想が出来ない動きをするもの。
「ガングートさん! 3時から春風!」
「おうよ、引っ掻き回せよ春風ぇ!」
駆逐艦とは到底思えないスピードで春風が突っ込む。
「許セナイ! 殺ス! ココデ殺ス!」
「コキ……ヘェ、ソンナノマデテナズケタノネェ」
主砲が春風の方に向いた。攻撃にしか視野が向いていない春風は、回避については完全に捨てている。そこで青葉さんの出番である。
「前にもやったじゃないですかぁ。覚えてないんですかぁ?」
青葉さんが主砲の砲身へのピンポイント射撃。戦艦棲姫改の砲撃は春風から外れあらぬ方向へ。だが主砲破壊まではいかなかった。
「死ネェ!」
「ダァメ」
ガングートさんの攻撃を片手で受け、もう片方の腕で春風を殴り付ける。いくら深海の力があっても耐久は駆逐艦だ。当たったらひとたまりもない。それは春風もわかっているはずだ。だが思考はそちらに向かない。だからこそ、私がいる。
「春風、
「ハイ御姉様!」
振りかぶったところで私がブレーキをかける。寸前のところだったようで、大きく振られた敵の腕は春風を掠める。その衝撃だけで服が破れるが、春風自身は無傷。ヒヤッとしたがうまくいった。
「くっそ! メチャクチャ硬い!」
その隙に皐月さんが艤装を斬りつけるが、ビクともしない。やはり白兵戦は本体を狙うしかなさそうだ。
「霞、撃ちなさい。味方には当たらないわ」
「了解。好きに撃たせてもらうわよ!」
ガングートさんから見て真逆、戦艦棲姫改の真後ろからの雷撃。ここからならガングートさんには当たらない。皐月さんと春風は射線上にもいない。青葉さんは春風の補助に徹しているため、そこも問題ない。
「ガングートさん、少しだけ離れて!」
「雷撃か! Ура!」
打ち合っていたガングートさんがどうにか押し勝ち、戦艦棲姫改にのみ魚雷が直撃。しかし、少し焦げただけで脚を破損させることもできていない。どれだけ耐久力が高いのだ。
やはり接続部を攻撃するのがベストのようだ。だが、近付くこともできない。こうなると不意打ちも難しいだろう。
「アサ、チョットマズイ。カズガオオイ」
「多少ならすり抜けさせましょう。艦載機が来ているので対空砲火をします。ヒメさん、少し我慢してください」
こちらの戦場にまで敵空母の艦載機が飛んでくるようになっている。それを近づけさせないためにも、対空は私の仕事だ。あちらの戦場には1機足りとも通さない。
「まだ足りんのか……!」
「タリナイワネェ……」
打ち合いから突如主砲によるゼロ距離射撃。紙一重で避けるが、真後ろの海へ着弾したせいでその衝撃で体勢を崩し、その隙でガングートさんは戦艦棲姫改に掴まれてしまった。これでは前と同じだ。
「マズハメザワリナスイキ、アナタカラ」
「今だ! 行けぇ春風ぇ!」
ガングートさんを掴んでいるということは、他はノーマークになるということ。片腕の攻撃が疎かになったところを見計らい、春風が一気に詰め寄っていた。
春風を狙う主砲は青葉さんのピンポイント射撃で1つずつ確実に破壊している。つまり、春風を止めるものは無い。
「ココガ弱点ッ、ワカッテンダヨォォ!」
主砲を艤装と本体の中に差し込み、ゼロ距離射撃。
本体だけを狙ってはその衝撃でガングートさんが握り潰されかねない。そのため、すぐにでも艤装の動きを止める必要があった。春風の艤装はゼロ距離射撃の衝撃で破損していくが、戦艦棲姫改の艤装との接続も破損。艤装の動きが一時的に停止した。
「離してもらおうか!」
「グ……ヤルジャナイ……」
握りが甘くなったことを確認して、自律型艤装の腕から脱出したガングートさん。しかし掴まれたことで艤装は大きく損壊。ガングートさん自身も痛々しい状態になってしまっている。
「春風! すぐに退きなさい!」
そこを見計らって霞の雷撃。ガングートさんも春風も離れた状態なら被害はほとんどない。が、撃つと同時に自律型艤装の主砲が霞の方へ向いた。接続に損傷があってもまだ動くことができる。本当の意味で
「まずい……!」
「霞伏せてぇ!」
その主砲は皐月さんがしっかり対処。撃つより先に斬り上げ、砲塔ごと破壊した。発射された弾は霞の遥か遠方へと着弾。
放たれた魚雷は自律型艤装にまたも直撃。今度は多少なり傷を与えることができた。接続が切れたことで、耐久力も少し減っているのかもしれない。
「アア、アサ、ダメダ、オサエキレナイ! テキフエタ!」
「充分です! ありがとうございますヒメさん!」
ヒメさん1人で押しとどめていた戦艦棲姫改の部隊がどうにもならなくなり、こちらも一旦退く。ここからは大混戦だ。実働隊が到着するまで耐えなければ。
ヒメさんが押さえ込んでくれている間に、ゆっくりとだが北に向かっていた。今まで調査できていなかった場所まで調査索敵している。敵の数は尋常ではなかったが、わかったこともあった。これは後から青葉さんに説明しておこう。
「コンカイハ……コチラガヒクワ……」
「逃ガスワケナイダロ! 御姉様、指示ハ!」
「敵部隊が来ます! そちらの迎撃も必要!」
戦艦棲姫改を助けるための増援だろう。数もかなり多い。
「マタ……アイマショウ」
海中へと沈んでいく。この逃げ方はズルい。
同時に北から多くの深海棲艦が攻め込んできた。部隊の損傷は重い。今は撤退しか無いだろう。実働隊にはこちらの対処をしてもらう。
その後かけつけた実働隊により、攻め込んできた深海棲艦もある程度は蹴散らし、なんとか撤退に成功。しかし、戦艦棲姫改の撤退も許してしまった。戦果としては勝利だが、残念な結果に。
「実働隊旗艦の山城よ。調査隊の無事を確認。戦艦棲姫改は撤退した模様」
「ガンさん大丈夫か!? 前の朝潮ほどじゃねぇがかなりやられてるぞ!」
「大丈夫だ……と言いたいが、かなりキツイな。無茶しすぎた」
ガングートさんは大破。艤装の破損が激しい上、身体も酷い。立っているのがやっとだったらしく、山城さんの肩を借り、息も絶え絶え。
「春風、よくやったわ。アンタのおかげで、撤退まで追い込めた」
「わたくし……お役に立てましたか……」
「充分よ。朝潮型の制服、少しだけなら許してあげるわ」
春風は中破。最後のゼロ距離射撃で艤装の損傷が激しく、それを使う左腕もボロボロになってしまった。
大きな損傷はこの2人くらいで、他は砲塔の爆発を間近で受けた皐月さんが小破、青葉さんが小破未満といったところ。私と霞は無傷だ。勿論ヒメさんも。
「青葉さん、戦闘中に調査していました。結果を」
「何かありましたか?」
「はい。海図、見せてもらえますか」
撤退中、青葉さんに戦闘中の発見を話す。この海域の海図を広げてもらい、現在地を教えてもらう。
「……ここ、この辺り。
「ソコハナニモナイハズダ。ワタシタチガイタトキハナニモナカッタ」
「これが海域調査を阻んでいた理由だと思います」
そう、北の奥に島を発見した。ヒメさんの知らない島が、突如出現していた。つまりは、黒の陸上型があの場所で発生したということだ。戦艦棲姫改は、それを守る為に動いている。もしかしたら、戦艦棲姫改ですら、黒の陸上型の子飼いなのかもしれない。
「これは大収穫です! すぐにでも海図を書き出しましょう! 帰ったら大仕事ですよぉ!」
これがわかっただけでも大きい。今後は、その島の攻略が念頭に置かれるだろう。
次の目的が決まりました。話が少し動き出します。