戦闘訓練の許可を得た私、朝潮は、自分の装備を確認するため工廠へと向かっていた。
私はこの世界に産まれてから、まだ脚部艤装しかまともに運用した経験がない。戦闘に使うものなのだから、慣れておかないと大変な事になるだろう。私1人ならまだしも、仲間に迷惑をかけるわけにはいかない。
工廠は鎮守府の1階に大きく場所を取られている。その半分は海に繋がる水場で、もう半分は開発のスペース。建造ドックが無いにしろ、装備開発は普通の鎮守府と同様だし、欠陥故に装備に特殊な改造を施す人もいるかもしれない。本来なら工廠では扱わないであろう、天龍さんの刀もそれに含まれるだろう。
「失礼します」
「ん? ああ朝潮、いらっしゃーい」
工廠を切り盛りするのは
開発妖精さんは明石さんの手伝いをする作業員としてここにいるが、いわゆる上司と部下の関係ではなく、全員同じ立ち位置らしい。明石さんに出来ないことが出来る妖精さんも沢山いる。
「戦闘訓練の許可が下りました。明日以降から艤装を使う事になりそうです」
「オッケー。ちゃんと整備済みだよ」
奥から私の艤装が運ばれてくる。
朝潮型の艤装は、ランドセル型の機関部のみという簡素なもの。本来ならば腕に主砲や魚雷を装着するのだが、欠陥のためにそれが出来ない。
この艤装、実際は山城さんが持ち上げていたバーベルの数倍は重い。正しい手順、主に妖精さんの力を借りることで、まるで元々自分の身体だったかのように軽々と装備できるようになる。
「じゃあ装備してみよっか。そこに立って」
所定の位置に立つと、妖精さん達が周りに配備される。されるがままにすることで、私は艤装を装備した状態になった。ちなみに今は脚部艤装無しの状態である。
機関部を背負っているはずなのに、その感覚がない。
「どうかな。重さとか感じる?」
「いえ、大丈夫です。すごいですね……背負ってる感覚がまるで無いです」
「艤装ってのはそんなものよ。じゃあ次ね。そこに高角砲を装備するよ」
主砲と違い、高角砲は艤装側への装備。結果的に、私は一切手に持たずの戦闘になる。副砲と爆雷の投下くらいか。
装備された高角砲は、私の意思の通りに角度を変えた。弾薬は装填されていないため弾を撃つことはできないが、発射タイミングも意識できる。撃とうと思うと、内部でカチカチと音が聞こえた。
「こうやって攻撃するんですね」
「感覚はわかった? 次からは弾も入るから気をつけてね」
一応高角砲が真正面を狙えるかどうかだけは確かめてみた。前屈みになれば可能かもしれないが、これは少し難しそう。主砲を補うことは無理ではないが、もっと訓練を積んでから考えた方が良さそうだ。
「じゃあ次、それを装備したまま水上移動をやってみてもらえる?」
今までの水上移動は脚部艤装のみ。機関部まで装備すると、バランスが崩れる可能性がある。ただでさえ、自分の身体と思い込めるほど繋がっているのだ。空気抵抗や距離感などは変わっている。
妖精さんが脚部艤装を持ってきてくれたので、なすがままに装備し、水上に立つ。確かに今までと比べるとバランスが少し変わっている。それでもすぐに慣れられるレベルだ。
「大丈夫です。少しだけ装備していない時と違いますが、支障はありません」
「ならオッケーね。上がってー」
水上から出るのも難なくできた。これなら戦闘訓練にも問題は出ないだろう。あとは実際にやってみないとわからない内容だ。
その後も電探やソナーなどを取っ替え引っ替え装備し、異常が無いことを確認した。今後自分が付き合って行く装備だ。念入りに確認をしておきたい。
「どれも問題無かったね。主砲と魚雷はできないから、これで装備確認は終わり。お疲れ様」
「はい、ありがとうございました」
艤装が外されていく。ドッと疲れが襲ってきた。
「うっ……」
「あ、そうそう、言うの忘れてたね。機関部艤装を装備するとすごく疲れるよ。機関部艤装の燃料は、オイルと艦娘の体力だから」
「そ、それも
「これは関係ないかな」
最初に言ってほしかった。脚部艤装だけだとそこまで疲れを感じることはなかったことを考えると、機関部がどれだけ重要なのかが理解できる。
歩けないほどではないが、それなりに辛いのは確かだ。これは体力も付けなくちゃいけない。山城さんの言っていたことが割と正しいのではないかと感じる。
「このままお風呂行った方がいいかもね」
「お風呂……ですか?」
「ゆっくりと入渠するようなものだからさ、疲れもすぐに取れるよ」
今までも大浴場は使っていたが、そういう感覚を感じた方がなかった。水上移動の訓練ではここまで疲れを感じたことはなかったというのもあるだろうが、お風呂で取れる疲れは少し違うのだろう。
お言葉に甘え、私はそのまま大浴場へと向かう事にした。身体はガタガタだったが。
大浴場は工廠からも近く、すぐに辿り着くことができた。今は先客もいないようだ。手早く脱いで湯船に浸かる。いつもよりも気持ちよく感じた。
「あ……あ゛あ゛〜〜……」
自然と変な声が出る。
艤装によって搾られた体力が、湯船によって強制的に癒されているような感覚。ご飯を食べるよりも深く眠るよりも回復している。入渠ドックでの回復はもっと強い回復らしいが、今の状態を知ってしまうと、少し怖くなってしまう。
「いっちばーん風呂! ……って思ったけど、先客いたかー」
白露さんの声が聞こえた。まだ私の回復が終わってない。惚けた顔を見られるのは恥ずかしい……食事会のケーキの時よりもだらしない可能性がある。
「む、この制服は、朝潮! 朝潮いるのー?」
「は、はい〜…」
まともな声が出なかった。
「あ、もしかして初めて艤装付けた? わかるなぁ、あたしも初めての時はダルンダルンになったよー」
服を脱いだ白露さんも湯船へ。さすがに慣れているのか、今の私のような状態にはなっていない。
今までもこの大浴場で一緒になることがあったが、改めて見ると、白露さんはスタイルがいい。駆逐艦の中では育っている方と本人も言っているくらいだ。一番じゃないことが悔しそうではあった。
「艤装をつけただけでえらい変わるよねここのお風呂」
「そうですね〜……」
受け答えが雑になってしまう。そんな私を見てニヤニヤする白露さん。そんなに惚けているんだろうか。
しばらく湯船に入っていると、ようやく調子を取り戻してきた。おそらく失ったものが戻ったのだろう。尊厳は失ったままだが。
「白露さんは何かの訓練だったんですか?」
「あたし? あたしは哨戒任務だよ。鎮守府の周りをグルグル回って、敵がいないかの確認ね。あたしだけ非番だったから、そのままお風呂に来たってわけ」
私もそのうちやることになる哨戒任務。鎮守府近海にまで敵に近付かれていたらもっと慌ただしくなっているだろうから、任務の結果は敵影見ず、ということ。もっとも、水上機や艦載機による監視もしているそうなので、哨戒任務はそれを改めて目で確認するという作業になるらしい。
「今は何も無かったけど、なーんか来そうな感じなんだって」
「そうなんですか?」
「はっちゃんさんがね、水上機で違和感感じたって言ってたんだよ」
はちさんの近海監視に何か当たったということは、敵が近くに来ているか、はたまた別の問題が発生したか。どちらにせよ、哨戒に力が入るのは当然だ。
私の発生も近海監視の違和感から見つかったことらしく、もしかしたら私の後輩が来るかもしれない、と淡い期待が生まれる。そう簡単に欠陥持ちが増えるとは思えないが。
「敵だったら困りますね」
「ねー。ここ最近は静かだったからね」
もし敵だった場合、戦闘訓練をしていない私は足手まとい以外の何者でもない。なるべくなら今は何も起きないでほしい。せめて戦えるようになってからを望む。
概ね回復が終わったので湯船から出た。白露さんはもう少し入っていくらしい。
脱衣場で髪を乾かしていると、他の任務に出ていた艦娘達が疲れを癒すために続々と入ってきた。そして、私の姿を見るたびに、初めての艤装装着後の湯船についていろいろ聞いてきた。ケーキの一件が後を引きすぎており、私の惚けた顔は一種の癒しに認定されているらしい。勘弁してほしい。
「なんだよー、朝潮の惚け顔見れたの白露だけかよー」
悔しそうにしているのは吹雪型駆逐艦4番艦の深雪さん。よほど私の痴態が見たかったのか。私は見られずに安心している。
「朝潮ちゃんも好きで見られたいわけじゃないんだし、そこは我慢しようよ」
それを嗜めているのが、同1番艦、ネームシップの吹雪さん。今の私の味方はこの人だけな気がする。
2人はこの鎮守府では珍しい実の姉妹だ。私にも姉妹艦……妹が9人いるが、
「今度は一緒に風呂入ろうな! 1回や2回で慣れることなんてできないからアレ!」
「深雪も酷い顔だったもんね」
「そうなんだよ……人様に見せられないあられもない顔に……ってそりゃ姉貴もだろ!」
姉妹なだけあって息もピッタリだ。
「朝潮ちゃんも頑張ってね。明日から実戦訓練なんでしょ?」
「はい、おそらく対空からになります」
「対空なら私も力になれるから、何かあったら言ってね」
「はい、よろしくお願いします」
吹雪さん達はお風呂の方へと向かっていった。最後まで深雪さんは私の惚け顔を望んでいたが、これは見せられない。なるべく一緒の時間に重ならないようにできればと切に願う。
「……体力、つけなくちゃ」
ため息を1つ吐き、もう一度ジムの方へ向かった。
吹雪と深雪は見た目がいい感じの姉妹だと思います。四コマとかでは対等だけど、ここでは上下関係ありということで。