翌日、ガングートさんが全快して目を覚ました。脚の力が入らなかったのが嘘のように快活。すぐにでも出撃したいと言い出したが、さすがに病み上がりの身体で行くのは困ると、今日一日訓練のメニューを渡されていた。
今回も作戦会議に参加した私、朝潮。議題は援軍について。
鎮守府に援軍を招くべく、司令官は昨日の内から元帥閣下に手を回していた。実際に黒の陸上型を攻略するときは、元帥閣下の護衛艦娘の方々にも来てもらう。今はそこまでの状況確認。毎度のように戦艦棲姫改に邪魔をされるようなら、まずそちらを対処してもらう必要もあるだろう。
「大和型に一航戦、あの4人は元帥閣下の切り札だ。招集には応じてくれるだろうけど、奥の手中の奥の手だね」
「大本営が手薄になりますからね。来るときは元帥閣下も一緒に陣頭指揮する形になるのでしょうか」
「そうだね。爺さんが来るときにしか動けないようだし、最終決戦……あの黒の陣地を攻めるときには、必ず呼ばせてもらおう」
4人とも、必ず駆けつけると言ってくれた。それはもうお言葉に甘えるしかない。力を貸してもらえれば、戦艦棲姫改もようやく倒すことができそうだ。
だが、立場的な問題もある。簡単に呼べるような人達ではない。元帥閣下を動かすほどのことではあるものの、確実に戦うということが条件になるだろう。
「それまでは掃討任務を続けていく。だが、敵の数が増えてきているのも確かだ」
「当面の目的は、黒の陣地の素性調査です。あそこに何があるか、あそこまでに何があるかをある程度理解しなくてはいけません」
そもそも、ただの陣地なのかもわからない。以前にあそこに住んでいたヒメさんが知らないと言っているくらいなのだから、謎が多い場所なのは確かだ。
「援軍を招き、その部隊と協力し、なるべく北奥まで向かう。ただし、無理はしないこと」
「陣地を目視で捉えることができればいいのですが、それはまだ危険すぎるでしょう。そのため、北奥への進軍は青葉さんか朝潮さんが必須になります」
私の索敵能力が青葉さんと共に当てにされているのは喜ばしいことだ。戦闘には参加できないが、皆の役に立てているのがわかる。だが、青葉さんはともかく私は非戦闘員に近い。『背中の目』であれど、攻撃力の低下は回避できない事実でもある。
「朝潮出すならボス回避の北奥突っ込む部隊だよな」
「せやなぁ。なるべく奥まで行って、さっと帰るっちゅーのがベストやね」
ベストメンバーで私を護衛するというのが一番確実な部隊と天龍さんは言った。青葉さんは自分で攻撃できる分、索敵が疎かになりやすい。私は自衛できない分、索敵に専念できる。
「それをやるためにも援軍は必要だと思う。護衛もそうだが、姫級の足止めも必要だからね」
「そういう意味では、この鎮守府の人数の少なさはキツイな。駆逐艦が多いのも、戦艦棲姫に効きづらい事がわかってる分キツイ」
駆逐艦程度の火力では戦艦棲姫改には傷一つつけられないことがわかってしまった分、姫級の足止めに使うのは難しい。駆逐棲姫や軽巡棲鬼くらいならまだいけるのだが。
「いの一番に手を挙げてくれたところもあるんだよ。あの神通君が所属している鎮守府だ」
「ああ、前に救援任務で救ったとこか」
私の初陣で助けたあの部隊。神通さん率いる水雷戦隊だ。あの人達が援軍に来てくれるのはとても心強い。しかし、司令官の言い方には少し含みがある。
「その言い振りやと、援軍は難しいんか?」
「あちらはあちらで片付けないといけない案件があるらしい。小さいながら、深海棲艦の拠点が見つかったようでね」
それは一大事だと思うのだが、こちらに話が回ってこない以上、勝手に手を出すのもよろしくない。友軍艦隊として助けに行きたいが、こちらはこちらでそれ以上の大拠点が待ち構えている。
「だが、それが片付き次第、合流してくれると約束してくれた。何人来ることができるかはわからない。それまでに、こちらでもなるべく仲間を探す」
仲間を探すと言っても、そう簡単に見つからないのがこの鎮守府だ。
「それでも、仲間が見つからないことは考えておいた方がいい。現状戦力で戦うことを念頭において今後の作戦は立てよう」
「そうだな。無い物ねだりするくらいならそっちの方が建設的だぜ」
最悪、鎮守府の守りを少なくするというのがベストという事になってしまった。司令官はそれでも大丈夫とは言っているが、私達的には帰る家が無くなる可能性があることの方が大問題である。
徹底してきた一芸特化を今更崩すのも難しいだろう。全員が全員、深雪さんのようなオールマイティになれるとは到底思えない。
「一ついいかしら」
「なんだい山城君」
「ガン子みたいに、深海棲艦を浄化させることは出来ないのかしら。それこそ稀だろうけど、アイツが初めてってわけじゃなかったわよね」
ガングートさんより以前に浄化現象により艦娘となった深海棲艦はどうなったのだろうか。もしいるのなら、仲間にできないか。
ガングートさんは
「それは期待しない方がいい。私が知る限り、浄化現象で艦娘化した深海棲艦は、大本営の手で処分されている」
「処分……ですか」
「ああ。反乱分子としてね。知っているケースは4件。その4件全てが、上層部への殺意を示し、その場で処分された。ガングート君は初めての
苦虫を噛み潰したような顔をする司令官。春風の件といい、上層部には本当に良いことがない。司令官が嫌っているのもわかる。
「春風みたいに、元帥閣下が出し渋っている検体とかは」
「再三問い詰めたさ。だが、当然だがいないとさ。春風君は特殊すぎるだけだよ」
あまり元帥閣下に頼りすぎるのも良くない。
「そもそも、この鎮守府には幸運が重なったものが多いんだ。レキ君もだ」
たまたま白の陣地に漂着したから仲間になったレキさん。それもいくつかの偶然が重なったおかげだ。偶然頭部を損傷し、偶然記憶を失い、偶然ここに流れ着いただけ。幸運でしかない。
「運に身を任せるのは得策ではないよ。私もそこは期待しないようにしている。望んではいるがね」
「そりゃそうだ。じゃあ今ある戦力の強化だな」
「当面はレキ君の訓練を優先する。皆よりさらに幼い娘を戦場に出すのは気がひけるが……」
まずはレキさんが戦闘に出せるかを試すというところで落ち着いた。記憶を失い、復旧しないとわかっていても、レキさんは黒の深海棲艦の中でもトップクラスに危険な戦艦レ級だ。何が起こるかはわからない。それこそ、戦闘行為がキッカケになり、暴走する可能性だってあるのだ。
だが、それが無ければ最高戦力だ。艦娘が出来る全ての攻撃が可能な真なるオールマイティのレキさんが仲間として戦場に出てくれれば、足りない部分全てを補ってもらえる。
「あー……朝潮君」
「わかっています。私達、朝潮型姉妹がサポートします」
この中には春風も含まれている。私や霞ではわからない深海棲艦のことも、春風ならわかるはずだ。私達よりも理解者になってあげられる。
本来の予定を変更し、レキさんへの訓練を開始した。まずはまともに訓練ができてからになる。
「ではレキさん、艤装を出してもらっていいですか?」
「ハーイ!」
春風とはまた違った方式で艤装が現れる。
レキさんの艤装は艦娘とは違う一点集中型。お尻から蛇形の艤装がぬるりと生え、そこに全てが集約されている。難点としては、せっかく着ている制服も艤装のせいで思い切りめくれ上がってしまうことくらい。スカートが意味をなしていない。レキさんが元々着ていた水着があるので見えても問題は無さそうではある。
「訓練をするときは、本物の弾を使ってはいけません。主砲なら水鉄砲、魚雷なら空気爆弾、爆雷も水を落とすようにします」
「ンー、ドウイウコトダ?」
「春風、見せてあげて」
「はい、御姉様」
隣に控えていた春風も艤装を展開。海に向かって主砲を撃つ。本来なら着弾し、爆発するところなのだが、今回は訓練仕様だ。黒い水が水面に落ち、すぐに霧散した。
「アー、アー! ワカッタゾ!」
「やってみてもらえますか?」
「コウダナ!」
蛇の口が大きく開き、中から主砲が顔を見せた。口径は16inch、おおよそ41cmの主砲は、ここにはいない長門型戦艦の主砲と同じもの。榛名さんの持つ35.6cm主砲よりも強力ということである。
そこから水鉄砲が放たれた。以前に受けた榛名さんのペイント弾よりも威力が高いのが、横から見ていてもわかる。だが、ちゃんと水鉄砲を飛ばせたようだ。
「うん、大丈夫ですね。では次、魚雷いいですか?」
「ギョライ、コレカ?」
手を払うと、よく見るものとは形状が違う魚雷が生成されていた。
深海棲艦は艦載機もそうだが何もない空間から武器を生成する。実際、春風も魚雷は同じように撃っていた。
「火薬の入っていない魚雷にできましたか?」
「デキター!」
「では撃ってみましょう。的を用意しています」
雷撃訓練で使われている、水面ギリギリの鉄板を指差す。さすがに初めてを対人にするのは危険だ。できたといってできてなかったとき、訓練で轟沈なんてことまであり得てしまう。
レキさんが撃った魚雷はまっすぐ的に向かい、綺麗に直撃。大きな水柱は立つが、的は壊れていない。ちゃんと空気が詰まったもののようだ。
「上手です。あとは爆雷と艦載機ですね」
「コレデイイカー?」
言われたことをすぐに実践できるレキさん。こと戦闘に関しては無類の才能を持っている。だからこそ、敵に回した時が怖い。敵としての戦艦レ級も同じようにやってくるのだから。
「レキさん、よくできました。これで、わたくし達と共に戦える準備ができます」
「ソウナノカ! レキ、アサネエチャンヤハルネエチャンヲマモレルカ!」
杞憂に終わればいいのだが。
少なくとも今のレキさんは私達に牙を剥くことはない。むしろ、私達を守ってくれると言っている。
「貴女の力は壊すためのものではありません。護るためのものです。レキさん、わたくしや御姉様を、貴女の力で護ってください」
「マカセロ! ネエチャンタチヲマモルゾ!」
なんて心強い。でもレキさんはまだまだ子供だ。訓練も出来るだけ興味を持てるようにやってもらいたい。
なので、私は少し考えていた。まず春風とやってもらおう。
「レキさん、早速ですが訓練をしてみましょう。春風と一緒に鬼ごっこです」
「オニゴッコ! ヒメトモヤッテルゾ!」
「水鉄砲をかけることができたら、鬼を交代しましょう。まずは春風が鬼です」
こうやって、遊びの中に訓練を混ぜ込めば、レキさんも楽しく鍛えられるだろう。実戦を遊び感覚でやられても困るが、せめて鎮守府の中では被害が出ることはない。
「春風、
「かしこまりました。
瞳の炎が燃え上がり、レキさんを見据える。ニコニコしているレキさん。もう逃げる準備は万全な様子。
実は今回、古姫側の春風の訓練でもあった。レキさんと交流することで、少しでも制御できるかという考えだ。手加減が覚えられたり、暴走をこれで抑えられたりできるなら万々歳。
「レキ、行クゾ!」
「ハルネエチャン、
レキさんも春風の二重人格は理解している。戦闘訓練を眺めていたり、むしろ最初の出会いがそちら側だったりしたわけだし。
むしろこちら側の方がレキさんと姉妹というイメージだ。同じ黒の深海棲艦なので、見た目も相性もいいだろう。
「ホラホラァ!」
「アタンナイゾー!」
春風も子供のように鬼ごっこを楽しんでいた。古姫側でも楽しめるなら、それはいい傾向だろう。
あちら側の春風は戦闘の事以外がない。敵に対して、ただただ攻撃的に立ち向かうだけだ。訓練でもそう。まず相手を敵と見做して入る。だから連携が出来ない。
それが今、レキさんのために遊んでいる。敵も味方もない鬼ごっこをだ。これはいい傾向だ。
「アワー!」
「ハッ、次ハレキガ鬼ダ! 当テテミロ!」
うん、素直に楽しんでいる。子供効果は抜群だ。
しばらくして、何度か鬼が交代した辺りで時間が来た。今日の訓練は終了だ。的当てと回避を同時にできるのは効率もいい。
「タノシカッタ!」
「け、結構、疲れますね……」
2人してグショグショになるまで遊んでいた。制服もびしょ濡れ。レキさんは下に水着を着ているからいいものの、朝潮型の制服を着たままの春風は、着物を羽織っているとはいえ、いろいろと透けてしまっている。
「春風、今度からは下に水着を着ましょうか。ごめんなさい、私も考えてなかったわ」
「え、あ、うぅ……」
「その……意外と大胆なものをつけるのね」
「言わないでください!」
うん、司令官には見せられない。
余程の子供嫌いでなければ、子供と遊べば丸くなっていくでしょう。春風はこうやって強くなっていく。