レキさんの
それに比例するように、春風の安定性も上がっている。レキさんをあちら側に入った状態で面倒を見ているため、少しずつだが暴走が緩和されてきた。
「姉さんの思い付いた訓練、いい結果出してるじゃない」
「上手くいってよかったわ。どちらにもいい影響が出てるもの」
今は初霜さんや響さんを巻き込んでの鬼ごっこ。鬼は春風のようだ。事前に言ってあるのでちゃんと水着も身につけている。
「待テ! 3人トモ!」
「待てと言われて待てるわけありません」
「私も濡れたくないからね」
「アハハハハ! オニカラニゲロー!」
この鬼ごっこでの訓練、本当にうまく行っている。想定以上に回避性能が上がる。1回当たれば負けという状況は戦場と同じだ。当たり方にもよるだろうが、敵の攻撃に当たるのは死に直結する可能性が高い。
逃げ回る的を狙うというのもそれなりに大変だ。次の位置を予測して撃たなくては当たるものも当たらない。
「最初は水着の事忘れてたのよね……。春風には悪いことをしたわ」
「びしょ濡れだものね。あーあ、頭から被っちゃって」
春風の水鉄砲は初霜さんに直撃。次は初霜さんが鬼。
「深海艤装は水鉄砲飛ばせるけど、初霜と響はどうしてるの?」
「明石さんがペイント弾を水に変えてくれたの。顔に当たっても安全よ」
「ちゃんと手を回してるのね」
初霜さんが即座にレキさんを狙うが、ヒラリと避ける。あれだけのことができるにも関わらず、高速移動ができるという完全にインチキな性能。本当に敵で無くてよかった。
それでも動きは単調だ。初霜さんならすぐにでも当てる。
「ウワァ!」
「はい、次はレキさんが鬼です」
「ヤッタナァ! ツギハヒビネエチャンダ!」
楽しそうで何よりだ。見ていてこちらも楽しくなる。霞も仲間に入りたそうにしていた。
こうしている間にも北への掃討任務は続いている。一度戦艦棲姫改を撤退させたわけだが、その後でも敵の数が増減していない。やはり海域調査がトリガーになっている様子。あくまでも、黒の陣地への索敵が相手にとっての問題のようだ。
今回の作戦会議の議題はその辺りになる。北を調査するには、もう少し準備が必要だ。
「向こうが現状維持を望んでいるのなら、こちらはその間にやれる事をやろう。少し違う問題が上がってきた」
「問題? 小さな拠点が見つかったってヤツか?」
「ああ。北の大拠点の影響かもしれない。複数個の小拠点が発見されている」
それは大問題だ。そこが大きく膨れ上がった場合、タイミングが悪いと挟撃されてしまう恐れがある。小さいうちに片付けておくべきだろう。もしそれが白なら、説得して味方につけることも可能かもしれない。
「ミナト君から聞いたのだが、赤い海の影響でその近海に深海棲艦が発生する確率は低くないらしい」
「野放しにすればするほど不利になるってことか」
「ほんなら現状維持はやめた方がええんちゃうの?」
龍驤さんの意見は当然であった。北の大拠点のせいで別の場所に小拠点が出来てしまうのなら、早く無くさなければジリ貧になってしまう。
「そうなのだが、その小拠点が非常に問題があるんだ」
「場所がですね、秋津洲さんの航路にかなり近いんです」
「その拠点だけでもどうにかしないと、我々は保たなくなる」
大問題だった。正直、北がどうこう言っていられないレベルの問題だ。
この鎮守府の資源事情は、陸との交易を一任されている秋津洲さんが全てを握っている。それが途切れるとなると、ジリ貧どころか即座に瓦解するだろう。最低限、その拠点だけでも叩かないことにはどうにもならない。
特に清霜さんには死活問題だ。この鎮守府で一番食べる必要がある。小一時間食べないだけでも燃料切れに近いことが起こる。出撃に大量のおやつを持ち込むレベルなのだから相当だ。
「今、秋津洲君の方でも調査をしてくれている。結果は午後に出るだろう。その時、全員を集めて改めて作戦会議を行う」
これに関してはいつも以上に迅速な対応が必要だ。これは鎮守府全体の問題。
午後、全員が会議室に入った。ミナトさん達白の深海棲艦の3人も、アドバイザーとして参加してくれている。レキさんも
「発見された深海棲艦の拠点はここ。先程の会議参加者には伝えてあるが、秋津洲君の航路にかなり近い位置だ」
「つまり、これをそのままにしておくと、食糧含む物資が一切届かなくなります」
騒然とした。今までにない狼狽え方。
「これに関しては即座に対処する必要がある。そして、これが秋津洲君の調査により判明した、拠点の深海棲艦の姿だ」
出された映像には、拠点と思われる領海に立つ黒い深海棲艦。今回は海上艦らしく、陣地は生成されていない。近場の無人島を自分の陣地としている。
イロハ級の駆逐艦のような帽子をかぶり、背中から自律型艤装のような腕が生えた深海棲艦。見た目は駆逐艦くらいに見える。
「クチクスイキダ」
ミナトさんはこの深海棲艦を駆逐水鬼と呼んだ。見た目通り、派閥としては黒。説得は難しいと判断された。
「今すぐにでも出撃をしたいが、今から向かうとあちらに着くときは夜戦になる」
暗がりの中での戦いは、今のところ春風を
「だけど、早く倒さないとご飯が! ご飯がぁ……」
「キヨシ、気持ちはわかるが落ち着け。夜戦が危険なのはわかるだろ」
清霜さんが一番狼狽えていた。当然だ。戦艦以上の燃費の悪さがこんな事で足を引っ張るとは思っていなかったのだろう。
「あのさ、これもうやっちゃわない? あたし出るから」
そう言い出したのは意外にも時津風さん。なんだろう、いつもと雰囲気が違う。いつもなら寝ていたいからと戦闘に出るのを拒むレベル。それが、夜戦になることを覚悟してでも早く終わらせたいと言い出している。
「那珂ちゃんも行きたいかなー。ね、提督、いいでしょ?」
那珂ちゃんさんまで同じことを言い出した。海上艦相手なら那珂ちゃんさんでも有利に戦えるのは確かなので旗艦としても有用ではあるが、ここまでやる気を出している姿はあまり見たことがない。
「……わかった。君達のことも私はよく知っている。可能性は低いが、賭けてみるかい?」
「当たり前でしょー!」
「さすがしれー、話がわかるわかるー」
なんの話をしているかわからないが、出撃は今からになりそうだ。
「夜戦になるため、空母を出すことはできない。また、早急に戦闘を終わらせるため、高速艦で統一する。旗艦は那珂君、君でいいね」
「もっちろん! 任せて!」
おそらくこうなると水雷戦隊。夜戦で白兵戦は危険だろうから天龍さんと皐月さんは除外。さらに不意打ちを受ける可能性も高いため、長良さんも除外。低速でなく、夜戦でも活躍できる駆逐艦をあと4人となると、自ずとメンバーは固定される。
「初霜君、響君、霞君、そして朝潮君。高速かつ夜戦でも立ち回れるものを選ぶ」
「姉さんは昼戦も夜戦も関係ないものね」
それもあるが、私と霞は基本装備に探照灯がある。狙われやすくはなるが、狙いやすくもできるため、私は完全に回避に専念しながら敵を照らす役目になるだろう。
「では、緊急で申し訳ない。出撃準備だ」
食料問題は仕方あるまい。こればっかりは緊急の救援要請に近いほどの優先度だ。ただでさえ清霜さんが泣きそうな顔をしているのだから、助けないわけにはいかない。
出撃準備中、珍しく那珂ちゃんさんと時津風さんがわたしの元に。2人ともマイペースな人だが、今日だけは何かが違った。
「朝潮ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「あたしも」
「はい、私が出来ることでしたら」
神妙な雰囲気だった。態度はいつも通りだが、何かがおかしい。
「駆逐水鬼と戦闘するとき、那珂ちゃんと時津風ちゃんに任せてくれないかな」
「うん。あたし達さ、アレにちょーっと因縁があるんだよね」
因縁。時津風さんからは聞けない言葉。真剣になるしかない理由があるのだろう。だが、その理由がわからなければ、鬼級……さらにいえば、水鬼は姫級よりも強い鬼級だそうなので、それ相手にするのは許可しづらい。いくら旗艦の那珂ちゃんさんに頼まれてもだ。
「失礼でなければ、教えてください」
「うん、話しておくよ」
那珂ちゃんさんの口から、駆逐水鬼の事が話された。
深海棲艦というのは、艦の魂が恨み辛みに支配されて発生するものであり、本来の艦娘の形状からはかけ離れた姿になる。ガングートさんもその1人だったが、北方水姫の時とは大分離れた姿だ。多少似ている部分はあるが、別物といってもいい。
あの駆逐水鬼も同じように発生したもの。ただ、その姿は艦娘として生まれた場合に酷似しているのだそうだ。見た瞬間、この2人は自分の知っている艦娘だと確信したそうだ。
陽炎型駆逐艦17番艦、萩風。
那珂ちゃんさんから見れば、艦の時代に第四水雷戦隊旗艦だったころの部下という経緯がある。時津風さんから見れば実の妹だ。因縁といって差し支えない存在。
自分の実の妹が、深海棲艦として敵側にいるとなると、それは相当に辛いだろう。私だったら、敵に霞の形をした深海棲艦がいたら撃てそうにない。
「今回さ、賭けたいんだよね。
「萩風ちゃんは他の鎮守府でも目撃例が少なくてね。ドロップ艦ではあるらしいんだけど」
浄化現象で深海棲艦が艦娘に変化すれば、萩風さんの配属が決まる可能性はある。
だが、私は昨日の会議で今まで浄化されたものの結末を聞いてしまった。上層部への殺意を示し、処分されている。人の手で、殺されている。
ただでさえ今回は黒の深海棲艦だ。運良く浄化現象により艦娘化したとしても、恨み辛みが残ったままなら同じことになりかねない。
「……わかりました。周りの敵を他の3人に任せ、2人に駆逐水鬼を倒してもらいます。くれぐれも無茶だけはしないでください」
「さっすが朝潮! わかってるねー」
ここまでやる気のある時津風さんを見るのは初めてだ。いつもの眠気すら飛んでいる。
「確実性がないことに賭けるんです。やれることをやりましょう。私もお手伝いします」
私としても初めての夜戦だ。どこまでうまく立ち回れるかはわからない。それでもこの2人の熱意は並のものでは無かった。なら、やってもらうしかない。
「旗艦の那珂ちゃんさんの指示ですからね。最初から文句言えませんよ」
「あはは、ゴメンゴメン。でも、ちゃんと期待に応えるからさ」
「だいじょーぶだいじょーぶ。まず負けないから」
ケラケラ笑う時津風さんだが、見えないように緊張しているのが丸わかりだ。目が真剣すぎる。まったく笑っていない。
那珂ちゃんさんもだ。態度はいつも通りだが、いつものアイドルな雰囲気がどこかに行ってしまった。普段隠し続けている本気の四水戦旗艦が見られるのかもしれない。
「よーし! じゃあ、行くよー! 那珂ちゃん現場入りまーす!」
那珂ちゃんさんを先頭に、工廠から出撃した。後ろから見ても、那珂ちゃんさんは緊張していた。
ちゃんとお姉ちゃんしてる時津風っていうのはあまり見たことないけど、下に9人いるんだから妹のことも気にかけそう。