那珂ちゃんさんを旗艦とした水雷戦隊で出撃した私、朝潮。目標は北ではなく西。秋津洲さんの航路。そこに陣取る黒の深海棲艦、駆逐水鬼を倒すため、フルスピードで直行している。そもそも那珂ちゃんさんはブレーキをかけることができない。どうしてもフルスピードになってしまう。
「えーっと、そろそろ戦場なんだけど、那珂ちゃんからみんなにお願いがあります」
「改まってどうしたんだい。那珂ちゃんらしくない」
確かにこんなことをするのはなかなか無い。響さんも疑問に思ったようだ。
「今回、那珂ちゃん
「なんだ、そんなこと。わかったわ、名誉のためにってことね」
「霞ちゃんわかってるー! そう、那珂ちゃんの名誉のために、ね? ちょっとキャラじゃないことやると思うから」
空気がピリピリしている。そろそろ戦場というのもあるが、この空気は那珂ちゃんさんと時津風さんが出している。
「マジになるくらいなんだから、重要なことなんでしょ。好きにやんなさいな旗艦様は」
「そうです。霞さんの言う通り、那珂さんは旗艦なんですから、随伴艦の我々には好きに申しつけ下さい」
「ホントいい子達! でも初霜ちゃん、那珂
時津風さんは黙ったままだ。眠そうな顔は一切なく、爛々と輝く瞳は戦場を見つめ続けている。私にまで緊張が伝わってくる。
戦場にたどり着いた。辺りは夜の帳が下り、もう真っ暗だ。北と違い、海は赤くない。まだ発生したばかりだと、海まで汚染されることは無いのかもしれない。
電探を起動する。敵を確認……暗くて見えないが、同じ数。6体。水鬼1体に駆逐3、あと2体は見たことのない小粒なもの。
「敵機発見。この小さいのは……」
「小鬼いるんだ。じゃあそれは響ちゃんに任せた方がいいね」
「小鬼?」
小鬼とはPT小鬼群のこと。群生の深海棲艦で、こちらの攻撃をすばしっこく避け続け、手痛い一撃をお見舞いしてくるそうだ。それは夜になれば最大の効果を発揮し、当たらず当ててくるという厄介な敵である。
「小鬼は任せてくれ。そのための私の副砲だ」
事前に装備を整えていた響さん。夜戦ということで命中率重視にしていたのが功を奏したようだ。
「会敵! 探照灯、照射!」
霞と同時にベルトに備え付けられた探照灯を照射する。会議で見た駆逐水鬼の姿が映し出された。これで私と霞が敵の集中放火を受けることになる。どうにか回避しながら周りを倒すのが今回の作戦になる。
敵を確認し、那珂ちゃんさんが息を大きく吸うのがわかった。そして、
「朝潮! 霞! 駆逐水鬼を照らし続けろ! 時津風!
「あいよー!」
あまりにもいつもと違う咆哮。突然のことで対応が遅れかけた。
探照灯の光でチラリと見えたその顔は、以前に天龍さんと演習していたときの神通さんと同じだった。アイドルなんて欠片も無い、これが四水戦旗艦、本気の川内型軽巡洋艦、那珂。
「雑魚は任せる!」
「指示出します! 小鬼は3時と9時に展開!」
「了解。ヴェールヌイ、小鬼を殲滅する」
響さんが小鬼を相手取ってくれている間に、初霜さんと霞で駆逐艦を処理する。
「駆逐は正面から3体!」
「了解。霞さん、同時に撃ちましょう」
「ええ、探照灯が動かせないからね」
あくまでも駆逐水鬼を照らしながらの戦いだ。那珂ちゃんさんと時津風さんを戦いやすくすることが最優先。私の方にも攻撃が来るが、まだ回避は出来る方。むしろ流れ弾が霞の方に向かうことが問題だ。
那珂ちゃんさんと時津風さんの方には多分行かない。駆逐水鬼の方に撃たないようにしているのは確認できた。
「初霜さん、小鬼から魚雷来ました! 直進!」
「霞さんも一緒に!」
魚雷回避のために突っ込ませる。駆逐に突撃することになったが、初霜さんが主砲でどうにか対処。霞も遠めの駆逐を魚雷で片付けた。
逆に響さんは小鬼に苦戦している。どれだけ命中率を重視しても当たらない時は本当に当たらない。
「初霜さん、そこから8時に小鬼! 響さんと逆です!」
「了解。私も処理に向かいます。霞さん、駆逐水鬼を照らし続けてください」
2人がかりで照らしているため、その姿を見続けることができているが、小鬼が照らせていないことが問題だ。あれを処理しないことには戦闘が楽にならない。
「ヨルハネ……コワイノヨ……コワクテコワクテ……フフフ」
「夜を怖がる辺り、完全に萩風だよね。ったく、妹がこうなると面倒だなぁ!」
駆逐水鬼に重巡主砲を連射しながら肉薄する時津風さん。その逆側から那珂ちゃんさんがそのスピードを活かして特攻。
「その邪魔な腕を吹っ飛ばす!」
「ッハハ! ヤミノナカデ……シズメェ!」
特攻を目にして背中の腕を振り回す。戦艦棲姫改のものとは大きさが全く違うが、それでも掴まれてしまえば終わりだ。
だが、そこはアイドル活動で踊り続けていた那珂ちゃんさん。柔らかい身体でヒラリと避け、すれ違い様に射撃。だが、硬い。
「余所見すんなよ萩風ぇ!」
「キャアッ……ナニスルノヨ……!」
それに気を取られている内に時津風さんが駆逐水鬼を撃つ。直撃しているはずなのだが効いているように見えない。単純に装甲が硬いようだ。背中の腕は自律型艤装並に硬いというのがよくわかる。
「よし、小鬼片方倒した」
「響さん、真後ろで初霜さんが小鬼と交戦中です」
「了解」
小鬼は2人に任せておけば大丈夫だろう。不意に向こうに魚雷が飛ばない限り、私は手出しをしない。霞が魚雷を撃とうとするが、それを制する。
「霞、攻撃してはダメ。私達は見守るの」
「えっ、なんで……いや、いいわ。了解」
そう頼まれたのだ。なら見守るしかない。
那珂ちゃんさんと時津風さんに真剣に頼み込まれたのだ。邪魔なんて出来ない。
「ホント邪魔な腕だなぁ! 萩風そんなの持ってないでしょ!」
「ナニヲ……イウノヨ……!」
時津風さんの戦闘はかなり乱暴だ。駆逐艦の身で重巡主砲を撃ちながら突撃する。掴まれたら終わりの腕が振り回されているにも関わらず、至近距離まで行き確実に当てるという戦術を取るため、見ていてヒヤヒヤする。それでも有効打がない。
那珂ちゃんさんは
全ての攻撃が腕によって防がれていた。これはどうにかして腕を掻い潜り本体を狙うしかない。幸いこちらは2人がかりだ。不可能ではないだろうが、難易度は高い。
「朝潮、聞こえるか」
インカムから那珂ちゃんさんの通信。あちらから話しかけてくるのは珍しい。私は見守っているだけだが、何かあるのかも。
「那珂ちゃんさん、どうしましたか」
「合図したら霞と一緒に探照灯を消せ。その次でもう一度照射」
それだけ言って通信が切れる。あえて暗がりにすることで惑わす作戦か。だがそうすると2人にも影響が出るだろう。それを打開する手段を持ち合わせているのかもしれない。
何にせよ、私は照らしながら見守る以外の選択肢はない。
「霞、合図したら探照灯を消すわ」
「は!? そんなことしたら」
「那珂ちゃんさんの指示よ。今は照らす。合図が来たら言うから」
駆逐水鬼周りの戦いは激化する一方だ。なるべく挟撃になるように戦場を動いているが、その位置を決めるのは止まることのできない那珂ちゃんさん。時津風さんがなんとか追いついている状態。
「小鬼倒しました!」
「了解です。あとは待機。できればこちらに」
手が出せないというのは何ともどかしいことか。指示だからといっても、何もしないのは流石に辛い。
「本体を直接撃ち抜いてやる!」
「サセナイワヨ……!」
腕に主砲と魚雷が装備されているのも厄介だ。振り回しながら撃つため、本当に近付くことが難しい。あれで近付けるのは、おそらく天龍さんくらいだろう。
だからか、那珂ちゃんさんがとんでもない作戦に出た。それが探照灯カット。暗闇の中で決着をつけるつもりだ。
「朝潮、合図を出す」
「了解。霞、合図来るわ」
グルグルと回りながらの戦闘も埒があかないとわかり、那珂ちゃんさんが突っ込む。那珂ちゃんさんに向いている腕は主砲を装備した腕。魚雷ではない分ダメージが少ないが、命中率は高い。特攻は危険すぎる。
「3……2……1……消せ!」
「探照灯、消します!」
突如戦場が暗闇に包まれる。
「ナッ……ナニモ……ミエナイ……オノレェーッ!」
時津風さんが言う通り、駆逐水鬼は夜を怖がっている。急に暗闇になり錯乱したようにも思えた。主砲と魚雷の乱射音。幸い誰にも当たらない位置への射撃のため、指示を出すまでもなく当たらない。
駆逐水鬼は錯乱しているが、那珂ちゃんさんと時津風さんは冷静だった。暗闇の中でもまっすぐに突っ込み、振り回される腕をかいくぐり、乱射される魚雷も主砲で破壊する。
「朝潮! 探照灯!」
「はい! 再照射!」
同じ位置を照らす。その時には那珂ちゃんさんが懐に入っていた。時津風さんも背中側に接近している。
「ナッ……シズメ! シズンデイケェ!」
容赦なく振り回される腕。時津風さんはまだ離れていたので大丈夫だったが、那珂ちゃんさんの脇腹にモロに入ってしまった。が、そこまでも想定内と言わんばかりに腕を掴む。これで那珂ちゃんさんに
「やっと止まれた! 時津風!」
「終わりだ萩風ぇ!」
頭に対し主砲を連射。もう一本の腕を使わざるを得ない状況に持って行かせる。
「マダダ! ナニモミエナイヨルニ……シズメェ!」
「沈むのはお前だよ」
片腕は那珂ちゃんさんが掴み、もう片方は時津風さんのガードに使っている。本体は完全にガラ空き。胸元に主砲を押し付け、息を吐く。そのまま、致命傷になるまで何度も何度も撃ち続けた。
倒れ伏す駆逐水鬼を囲み、消滅を見届ける。那珂ちゃんさんは私と霞が浮かせるように肩を貸した。駆逐水鬼の腕を受けた時に大破に近いダメージを受けてしてしまった。それでもタービンはフル回転しているので、身長差はあれど、どうにか2人がかりで浮かしている状態だ。
「クラクテ……ツメタクテ……クルシクテ……サミシクテ……」
「こっちは苦しくないよ。温かいし、明るいし。だからさ、こっち来てみない?」
優しく問いかける那珂ちゃんさん。
会議中、司令官は『黒の深海棲艦でも満たされれば反発しない浄化現象が起きる』のではないかという仮説を立てていた。今までの浄化現象は本当に運良く浄化されていただけだから殺意は残ったまま。だが、ガングートさんはやりたい事をやりたいだけやって満たされていたから今の状態になった。そう考えたのだ。
那珂ちゃんさんはそれに賭けた。満たされるかはわからない。だが、求めるものがある場所には来たがるのではないかという判断。
「おねーちゃんもいるぞー。だから、夜だって寂しくないでしょ」
時津風さんも後押しする。
「……ハ、ハハ、ソレモ……イイナァ……」
「ならさ、おいでよ。萩風ちゃん」
艤装から消滅していっている。だが、同時に本体の消滅も始まってしまった。浄化現象はやはり発生しなかった。いくら改心しても、こうなってしまっては消滅しかなかった。私達に出来るのは、最期を看取ることしかできない。
「ムリミタイ……ダカラ……カワリヲ……」
「代わり?」
「アア……クラクナイ……ミエル……見えるわ……貴女の顔が……」
駆逐水鬼の消滅を確認した。
「……ダメだったかぁ。さすがに浄化は簡単に起こらないよねぇ」
いつもの口調で時津風さんが呟く。でも背中が震えているように見えた。那珂ちゃんさんも黙ってしまった。
だがその時、電探におかしな反応が発生した。駆逐水鬼を倒した直後に反応となると、敵援軍の可能性もある。
「えっ、す、すみません。突然反応が……!?」
こんな反応は初めてだった。何もないところから突然反応が現れるなんて見たことがない。今はPT小鬼群よりも小さな反応だが、少しずつ大きくなってきている。
「何処!? 何処に出た!?」
「近くの無人島です! 駆逐水鬼が拠点にしていた!」
「ドロップだよそれ!」
ドロップ直後に立ち会うなんて初めてのことだ。大急ぎで無人島に向かう。反応はさらに大きくなり、最終的には駆逐艦と同じサイズに。
「いた! ドロップ艦!」
無人島の浜辺に打ち上げられたように寝ている全裸の少女。私の時のように海の真ん中に浮かんでいるわけじゃないので、そのまま沈んでしまう心配はない。
「は、萩風……萩風だ!」
時津風さんがそのドロップ艦を萩風と呼んだ。確かに駆逐水鬼の面影を残した人だった。色合いはまったく違うが、雰囲気は近い。
「
「萩風はあたしが運ぶ! おねーちゃんだからね!」
身長差で大分大変なことになっているが、なんとか運べるようだ。時津風さんの顔も、先程までとは打って変わって明るい。浄化ではないが、発見例が少ないという念願の妹に出会えたのだ。足取りも軽やかだ。
那珂ちゃんが本気を出すと、神通より激しく、川内より荒々しいというイメージ。だから軽巡棲鬼みたいなことになるのかなと。