鎮守府に到着した時には、夜が明けようとしていた。時津風さんでなくても睡魔に襲われる時間帯である。私、朝潮は今まで徹夜なんてした事がない。戦闘時は昂揚しているため眠気は無いが、いざ鎮守府まで帰ってくると急に睡魔に襲われる。これが常にあるとなると、時津風さんのオーバースペックによるデメリットは重いように思えた。
「御姉様! ご無事で何よりです!」
「ありがとう春風。入渠を手伝って」
「はい、お任せください」
そんな早朝でも、工廠で私達の帰りを待っていてくれた春風。隣では司令官も那珂ちゃんさんと萩風さんの入渠の準備をしていた。
「ドックの準備はしてある。2人をすぐに」
「はい。那珂ちゃんさん、もう少しですからね」
時津風さんは聞くまでもなくダッシュで入渠ドックに萩風さんを運び込んだ。
秋津洲さんの航路の確保、並びに拠点の破壊。さらにはドロップ艦の救出と、一度に3つの事が達成できた。残った5人で司令官に報告を終えた瞬間、時津風さんが気を失うように眠りについた。デメリットの睡魔をどうにか押しのけ、普段なら何度も眠っているであろう時間も行動し続けた反動が今ここで来たようだ。
「よくやってくれた。すぐに休んでくれ。徹夜での任務は辛かったろう」
霞もフラフラだ。これはもうお風呂の中で眠ってしまうだろう。
などと考えていたら私もお風呂で眠ってしまっていた。危うく溺れかけたところを救出されることに。
一通り休み、目が覚めた時にはもう夕方。那珂ちゃんさんも快復し、時津風さんも一応は目を覚ました。まだ眠そうだが、萩風さんの結果が出たので、なんとか起きている状態。
ドロップした萩風さんを保護した今回の部隊6人が執務室に呼ばれた。今まで全員眠っていたため、任務後のことはさっぱりわからない。
「まず、ドロップ艦、萩風君の調査の結果だが、接続不備などの
「あー、やっぱり。それは仕方ないよねー」
残念そうな時津風さん。どうせなら一緒に戦いたかったのだろう。
「しかし」
「ん、なにさ、
「彼女は重巡洋艦の装備を装備することが出来てしまうようだ。時津風君、君と一緒だね」
確かに私のような特定の装備が出来ないという
「えっ、じゃ、じゃあ」
「元帥閣下にも連絡した。この鎮守府に配属が決まったよ」
全て言う前に司令官に飛びついた時津風さん。那珂ちゃんさんも抱きつきそうになったが、何とか自制したようだ。
「やった! やったね! 妹が配属とか嬉しい嬉しいー!」
「陽炎型の中でも時津風君の妹達は特に配属しづらいことで有名だからね。私達が見つけられて本当によかった」
陽炎型駆逐艦娘は、19人のうち半数以上が建造できないらしく、さらに出会える確率自体が低いと言われている。そのため、時津風さんの妹が配属するのは基本的には絶望的だった。本人もそこは割り切っていたそうだ。
だが、今回は幸運に幸運(萩風さんから見れば不運かもしれないが)が重なり、この鎮守府に配属が決まった。
「司令官、オーバースペックということは、何らかのデメリットがあるのでは」
「そうだね。こればかりは目が覚めてみないとわからない。清霜君のように食欲の方に偏るか、時津風君のように睡眠欲に偏るか。何にせよ、生活に多少支障が出る可能性はある」
オーバースペック組の一番大きな
清霜さんは常に何かを食べているほどの食欲。時津風さんはどのタイミングでも眠れるほどの睡眠欲。さらにオーバースペックとしてカウントされる春風は心のバランスの歪み。萩風さんにも何かがあるはずである。
「それはあたしが面倒見る! だって、おねーちゃん、だからね!」
吹雪さん並に過保護になりそうなお姉さんである。ただ、見た目としては時津風さんの方が妹のように見えてしまうのが少し残念だ。
萩風さんが起きるまではまだ時間がかかる。それまでは寝溜めしておくと、時津風さんは部屋に戻ってしまった。常に眠いのはもう仕方ない。私達にはわからない
「時津風さん、すごいやる気ですね。今まで見たことがないくらいです」
「初めての妹だからね。張り切るのも仕方ないさ」
私も霞の配属が決まったときは張り切ったものだ。
時津風さんの場合は
「時津風行っちゃったけど、私達が寝てる間に秋津洲さんの航路は復旧できたのよね?」
「ああ、そこは問題ない。それが次の話だ。早急に対処できたおかげで、資源の運搬に影響がほとんど出なかったよ」
「安心したわ。清霜がずっとオロオロしてたもの」
それなら安心だ。食糧の危機と聞いて一番狼狽えていた清霜さんも、航路復旧は涙を流すほど喜んだそうだ。自分でも出撃したかったそうだが、場所がそれなりに遠方、清霜さんの燃費だと難しかったため、私達に託すしかなかった。
「あと那珂君。私と大淀君も通信で多少聞こえていた。オフレコ、ということにしておくよ」
「うん、お願いねー。あんなの那珂ちゃんじゃないもん♪」
本気の那珂ちゃんさんは鬼気迫るものだった。
「今後は那珂ちゃんさんにあのような事をさせないように、私も頑張りますので」
「うんうん、朝潮ちゃんは真面目で優しいねぇ。那珂ちゃんの指示に従ってくれてありがとね♪」
ただし、また他の四水戦、特に第四駆逐隊に似た深海棲艦が現れたときはその限りではない、と那珂ちゃんさんも付け足した。親密な仲だった艦娘が発見されそうな場合は、那珂ちゃんさんも本気を出すということだろう。
「……あれは那珂
「霞ちゃーん。オフレコ、ね?」
「はい」
今回の那珂ちゃんさんのことは私達だけの秘密、という事になりそうだ。本気を出したら豹変することは他の方々も知ってはいそうだが。
「キレた姉さんくらい怖い」
「そちらの方が興味あるね。詳しく」
霞の呟いた失言に響さんが反応した。完全に飛び火である。
夜の工廠。そろそろ萩風さんが目覚めると聞き、私も足を運んだ。すでに時津風さんと那珂ちゃんさんはドックの前で待ち構えている。那珂ちゃんさんは私に気付いて手を振ってくれたが、時津風さんはジッとドックを見つめていた。
「朝潮ちゃん、あの時さ、駆逐水鬼が言ったこと、覚えてる?」
「駆逐水鬼が……ですか?」
「うん。自分が行くのは無理だから、
確かに言っていた。自分の代わりに萩風さんを連れていってくれという意味にしか聞こえない。タイミングが良すぎる。
「萩風ちゃんがオーバースペックなのはさ、駆逐水鬼の力が入っちゃったからなのかな」
深海棲艦、しかも鬼、姫級ともなれば、艦種以上のスペックを持っていることばかりだ。駆逐水鬼も、あの強力で頑丈な艤装は駆逐艦のそれではなかった。
萩風さんは、駆逐水鬼の死に際に、その力を受け取ったのかもしれない。深海艤装とはならなかったものの、その位置まで引き上げられた結果が、オーバースペックという
「そうかもしれませんね。ガングートさんとは違って、本当に生まれ変わったって事なのかもしれないです」
「あの時の力も記憶も無いだろうけど、萩風ちゃんはあの子の忘れ形見なのかもね。尚のこと大事にしてあげなくちゃ」
ドックが開く音がした。萩風さんの初期調整、睡眠学習が終了したということだ。ゆっくりと目を開いていくのを見て、時津風さんが駆け寄った。
「萩風、萩風!」
「んん……おはようございます、時津風姉さん」
声も何処と無く最期の駆逐水鬼に似ていた。
「ああ、よかったよかったー」
「私は……あ、ドロップ艦、というものなのね。姉さんが私を?」
「そだよー。あとほら、那珂ちゃん」
後ろで那珂ちゃんさんが手を振る。それを見た瞬間、凄い勢いで姿勢を正した。おそらく、那珂ちゃんさんの本気を知っている人だ。
「那珂さんと同じ鎮守府に着任できるなんて、光栄です」
「お堅すぎだよ萩風ちゃん。あと、那珂さんはダメ、那珂ちゃんね」
那珂ちゃんさんも一安心といったところだろう。強力な兵装と引き換えに、目を覚まさないなんていう最悪なデメリットだけは回避できたようだ。
「目が覚めた? じゃあ制服とか用意したから着替えよっか」
「え、あ、はい。私、裸だったのね……那珂さんの前で恥ずかしい……」
明石さんがいろいろ持ってきたが、その中に1つ、見慣れないものがあった。駆逐水鬼の被っていた、イロハ級の駆逐艦のような帽子。それまで一緒にあったのだ。
「明石さん、これは」
「妖精さんが勝手に作っちゃったんだよね」
私達の制服は、艤装と同様妖精さんの手製。春風がわざわざ着ている朝潮型改二の制服や、レキさんが着ている特型の制服も、全て妖精さんが作っている。
その制服のデザインは艦の魂に合わせて作られるものであり、春風やレキさんのような特注以外は、ドックにいる間に採寸まで完了して提供される。私の時も、初期調整が終了した時点で何着も用意されていた。
だが、今回は萩風さんには確実に必要のないものが出来上がっていた。
「艦の魂から必要だと思ったものは全部勝手に作っちゃうから、それも必要なものなんだろうね。被らなくてもいいからさ、持っててあげてくれないかな」
制服を着た萩風さんが帽子を手に取った。
「これは……うん、そうね。これは私が持ってなくちゃいけないもの。私がここに来ることが出来た理由の1つのように思えます」
「そっかー。なら、被っちゃえ被っちゃえ」
時津風さんに後押しされて、帽子を被る萩風さん。色合いも、着ているものも違うのに、何処と無く
「うーん、ちょっと前が見にくくなっちゃいますね」
「あらら、残念。でもまあ、御守りとして持ってればいいんじゃないかな」
「部屋に飾るか……それか、艤装にうまく括り付けるかします」
脱いだ後、大事そうに抱きしめた。記憶はなくても、それが大事なものということは理解しているのだろう。
「じゃあ那珂ちゃんと一緒に提督のところ行こっか」
「あ、はい、お願いします」
この後司令官との面会。そして
翌朝、オーバースペックによるデメリットまでわかったということで、全員の前で配属が伝えられる事となった。昨日の内から萩風さんが工廠で寝かされているのは皆知っていたが、
「陽炎型駆逐艦17番艦、萩風、参りました。本日より配属されます。
通算4人目のオーバースペック(春風含む)。高火力の増員は、いつも以上に盛り上がった。
「オーバースペックってことは、デメリットあるんだよな。何処に出たんだ?」
「それは私から説明しよう」
天龍さんが声を上げた。スペックアップより、デメリットの方が重要だ。誰だってそれは知りたい。
それに合わせて司令官が立ち上がる。萩風さんのデメリットはそれなりに深刻なようだ。
「萩風君は、時津風君と同様、睡眠欲が過剰に増大している。ただし、時津風君と違うのは常ではない、ということだ」
時津風さんの場合は、いつでも眠く、寝ようと思えばいつでも寝られるということ。それは一つ利点があり、寝溜めしておけばある程度活動時間が伸びるということ。逆に、今回みたいに長時間活動も一応はできる。時津風さんは眠気に抗うことがある程度可能だ。
「萩風君の場合、とある時間になった瞬間に
そのとある時間というのが、ものすごく曖昧に『夜』である。朝と昼は何一つデメリットなく過ごせるが、夜だけは何もできない、ということ。
燃費の悪さを睡眠で補おうとする点は時津風さんと同じだが、夜は回復に努める時間と身体が切り分けてしまっていた。
「昨日、萩風君が目覚めたのが夜だったのだが、配属の説明しているときに突然
「外が夜だとわかった瞬間でした。抗えないほどの睡魔に襲われ、目が開けていられなくなって……。気付いたら朝でした」
工廠は明るいので最初は夜だと気付かなかったのだろう。目覚めたばかりで窓の外も気にならなかったのかもしれない。だが、執務室で窓の外が夜であることに気付いた途端、身体が休息を欲してしまった、ということか。
「つまり、萩風君は夜戦ができない。また、夜にかかる任務も不可能だ。あまりに遠方過ぎると、作戦終了後に帰ってこれない可能性がある」
「なるほどな。トキツより極端ってわけだな」
とはいえ、これは萩風さん本人の一つの欠点と重複していた。
駆逐水鬼との戦闘の際に時津風さんも言っていたが、萩風さんは『夜恐怖症』を患っている。艦の魂が夜を拒んでいるのだ。夜が苦手というほどの軽度なものだが、それでも夜になるとスペックダウンは否めない。
その夜を睡眠で通り越してしまうことになる。事実上、夜恐怖症は発症しないようになった。戦場に出ることができないので一長一短だが、スペックダウンからの死からは遠退いたように思える。
「萩風は太陽の出ているとき限定のオーバースペック、という例で考えておいてほしい」
実際これは充分すぎるほどの戦力アップだった。北の拠点攻略時も、朝に行けばいいだけだ。長期戦になったところでその前に萩風さんだけ撤退してもらえばいい。実質、デメリット無しと見てもいいほどだった。
このタイミングでの戦力増強はありがたかった。これで大規模戦闘に少しでも勝ち目が出てくるというものだ。
萩風の稼働時間は夏が一番長く、冬が一番短い。夜と認識した時点で落ち、朝と認識した時点で目が覚める。