ゴーヤさんは一時的に休養するということが伝えられた。体調不良を押して無理して任務遂行をしたせいで心身ともに磨り減っていたと、包み隠さずに話す。事実を全て告げた後、司令官自らが皆の前で謝罪した。
「見抜けなかった私に全ての責任がある。申し訳ない」
誰も司令官のこともゴーヤさんのことも責めなかった。心の病に関してはとても難しい問題だ。触れたら刺激してしまい悪化する可能性が高い。特に今回の件は誰も責められない。
「小拠点の調査はどうするんだ? やっぱ中断か?」
「難しいとこなのね……イク達だけで行ったら自分は要らないって思っちゃいそうだし、行かないなら自分のせいで止めてるって思っちゃいそうだし……」
イクさん達も今後の事について悩んでいるようだ。何しろ、今のゴーヤさんは全てのことを自分の落ち度に感じてしまいそうな状態。何をしても、むしろ何もしなくても良くない方向に向かってしまいそうだった。
「調査は進めてください。2人の仕事を、ゴーヤちゃんに見せてあげて」
はちさんが発言した。怒鳴った後なのでバツが悪そうだが、今のゴーヤさんには他の潜水艦娘を認めさせることも重要と判断したのだろう。それを見て自分が必要ないと感じたなら、その時は次の手段を考えるとのこと。
「ん、わかったのね。提督、イクとしおいで行ってくるの」
「了解した。くれぐれも気をつけて」
「はーい。じゃあ早速行ってきます」
イクさんとしおいさんはいつもの調子で出撃していった。いつもならここにゴーヤさんもいるのだが、今は医務室で療養中。あの後、司令官が話をし、休養だけは納得してくれた。実際に体調不良はあるので、ゴーヤさん本人も休養が必要なことは自覚していたのだろう。
夕暮れ時、春風とレキさんの
水着を着ていない私服のゴーヤさんを、私は初めて見た。それだけ毎日任務や訓練に明け暮れていたのだろう。
「楽しそうでちね……」
「レキさんは子供ですから、訓練と縛り付けるより、ああやって楽しんで成長した方がいいんですよ」
「ううん、春風ちゃんの方。あれ、あちら側だよね」
レキさんと遊ぶときは基本的にあちら側になっている春風。瞳の炎も同じ色で、さながら姉妹のようだった。
「そうですね。レキさんとああするようになって、あちら側も戦闘以外のことを楽しむようになりました」
「そっか……」
何処か羨ましそうに眺めている。心から楽しんでいる2人を見て、何を思っているんだろう。
「仲間に入りたいですか?」
「ううん、見てるだけで大丈夫。今は休養中だし。それに、ゴーヤが入ったところで迷惑でち……」
やはり心はネガティヴに倒れてしまっている。これに対して私が何かを言うことはできない。私が何か言って矯正しても、それは治ったとは言えない。
「そろそろ暗くなってきましたし、切り上げさせます」
「そうでちね……ゴーヤも医務室に戻るよ」
と、ゴーヤさんを見送ろうと思った時にバタバタと走ってくる2人の反応。片方は時津風さん、もう片方はまだ見慣れないので萩風さんだろう。午前中に水上訓練をしていたのは知っていたが、今は鎮守府を案内していたようだ。
「あー、ヤバイヤバイ! そろそろ夜になっちゃう!」
「せ、せめて部屋に戻らないと」
なるほど、時間を忘れて外を見て回っていたら萩風さんのタイムリミットが近付いてしまったと。時津風さんの身体では、艤装がない限り眠ってしまった萩風さんを運ぶのは難しいだろう。
「あ、日が沈みましたね」
「朝潮! それ言っちゃダメー!」
「日が沈ん……あふん」
走っていたところで突然眠ってしまった萩風さん。私の失言で夜と認識してしまったということだ。まだ外はギリギリ明るいくらいだが、萩風さん的には夜判定。全体重が時津風さんにかかり、大変なことになっていた。
「う、うぉぉ……重いぃ……」
「手伝います手伝います! ゴーヤさんもいいですか!」
「えっ、あ、わ、わかったでち」
春風とレキさんにも切り上げさせ、萩風さんを運ぶのを手伝ってもらおうと思ったが、2人ともビショビショ。余計な面倒が増えかねないので、一緒に帰るだけにとどまってもらった。
「ハギネエチャン、ネチャッタノカ」
「そだよ。もう朝まで起きないね」
「タイヘンダナー」
萩風さんの頬をつつくレキさん。こうなってしまうと何をされても起きないらしく、可愛らしい寝息を立てていた。
「お風呂とかどうするんです?」
「うーん、誰かに手伝ってもらうしかないかなぁ」
「寝たままお風呂は危ないでちよ。萩風ちゃんはただでさえ起きないんだから。ゴーヤ達でギリでち」
ゴーヤさんの言う通りだ。朝になるまで絶対に起きない萩風さんをお風呂に入れたら、ひょんな事で水没した場合そのまま溺れてしまう。それでも起きないのだから、本当の意味で目を覚まさなくなってしまうだろう。それは一番よろしくない。
「じゃあ着替えさせるだけにして、明日朝風呂に入ってもらおー。ありがとねゴーヤ」
まさか御礼を言われるとは思わなかったのだろう。ゴーヤさんはキョトンとしていた。
「え、ゴーヤ、別に何も」
「ゴーヤに言われなかったら萩風お風呂に入れてたよ。萩風の命の恩人になったかもねー」
こんな些細なことでと思っていそうだ。それでも、この発言が人の命を救ったかもしれない。
なんとか萩風さんを部屋に運び込み、時津風さんと分かれる。春風とレキさんもお風呂に向かった。なんだかんだゴーヤさんも一緒にここまで来てしまった。
「時津風ちゃん、すごいでちね。ちゃんとお姉ちゃんしてる」
「昨日から張り切ってましたから。萩風さんのお世話は全部自分が見るって」
「見かけによらないでち」
少し話したところで、ゴーヤさんはハッとした。たったこれだけのことでも、何か変わったように思えた。
「ゴーヤ、ここの子のこと、全然知らないでち。それなりに長く所属してるのに、仕事のことばっかりで……イクやしおいが非番のときに何してるかも知らない……」
はちさんの言う周りが見えていないというのは、そういうことだった。自分のことに必死すぎて、誰とも関わりが持てていない。見てもいない。だから、誰からも認めてもらえていないと錯覚してしまっている。
みんなゴーヤさんの功績は認めているのだ。訓練も、海域調査も、隠密行動も、その結果は本当に役に立っている。私だって感謝している。
「ゴーヤさん、明日も休養ですか?」
「……うん」
「みんなを見てみてはどうですか。少しだけでいいので」
私にはそれくらいしかアドバイスができない。でも、きっかけはできたと思う。
翌朝、霞と支度をしていると、萩風さんが訪ねてきた。少し眠そうだが時津風さんも一緒だ。しっかり朝風呂に入ってきた様子。
「昨日は迷惑をかけちゃったみたいで、ごめんなさい」
「いえ、私も失言があったので」
萩風さんのデメリットに関しては、気持ちの部分も大きい。あの時私が日が沈んだことを明言しなければ、もう少し動けていたかもしれなかった。夜だと認識するタイミングを少しでも遅らせてあげる必要はありそうだ。
「夜が近くなってきたら目隠しでもしてみたら? ほら、外が見えないから夜になったかわからないでしょ」
「そんな原始的な方法でなんとかなるかしら……」
だが霞の提案は時津風さん的には画期的なアイディアだったらしく、今日にでも試そうと意気込んでいた。それで何とかなるならいいのだが、萩風さん的には大丈夫なんだろうか。曖昧な夜判定だからこそ何とかなりそうな感じはするけども。
「そういえばさ、霞、まだ朝早いのに朝潮の部屋にいるんだね」
「え!? あ、ああ、朝の支度を手伝ってんのよ」
「そういうことにしといたげるー」
誤魔化そうとしているが時津風さんにはバレバレのようだ。まぁここが霞の可愛いところでもあるので、何も触れないであげてほしい。添い寝くらい、時津風さんもしてそうだし。
朝の食堂。皆が揃いやすい場所。その端で、ゴーヤさんが朝食を摂っていた。まだ虚ろな目だが、他の人達を観察するような、周りに興味を示しているような、そんな視線。
今の自分がどうすればいいか、ほんの少しだけでも兆しが見えているようにも思える。今は私から触れる必要は無いだろう。
「ああ、ここの朝食は本当に素敵! 味付けも濃すぎず、健康的で、もう最高!」
「そ、そこまで喜んでくれるなら、オレも作った甲斐があるってもんだぜ」
朝食当番の天龍さんが萩風さんに圧倒されていた。
萩風さんは筋金入りの健康オタクだと時津風さんに聞いた。
「まぁでもお前はもうちょい食っとけ。昨日、晩飯食べてないんだろ?」
「そうですね……食べる前に夜が来てしまいましたから。1日2食……ああ、不健康です……」
「朝と昼しっかり食って、夜が来る前にオヤツでも食べときな。それこそ栄養が足りなくなるぞ」
天龍さんもお母さんみたいな世話の焼き方をする。以前、皐月さんが霞のことを霞ママと言っていたが、天龍さんはママというよりオカンなイメージ。
「ごちそうさまでち」
「おう、ゴーヤ、美味かったか?」
「……うん。ご飯をこんなにゆっくり味わって食べるの初めてかも」
ぎこちない笑みで食器を片付けているゴーヤさん。その口ぶりから、食事もただ食べるだけで味なんて考えたこともなかったのかもしれない。
「ゴーヤさん、昨日はお世話になりました」
「そんな、お世話なんて」
「朝潮さんと一緒に眠ってしまった私を部屋まで運んでくれたそうで。ありがとうございました」
やはり御礼を言われて反応に困っている。昨日の時津風さんの時と同じだ。ここでオカンの天龍さん、ゴーヤさんの何かに気付いた。
「ゴーヤは礼を言われ慣れてないんだよ。だから、もっと言ってやれ」
「ゴーヤさん、本当にありがとうございました。命の恩人です。もしゴーヤさんが口出ししてくれなかったら、お風呂で溺れていたかもしれません」
アワアワしだしたゴーヤさん。真正面から感謝をぶつけられることが、今まで無かったのかもしれない。
仕事のことでの礼なら司令官は何度も言っているが、ゴーヤさんには社交辞令にしか思えなかったのだろう。労いの言葉も、自分のことで手一杯なゴーヤさんには届いていなかった。
だが、ほんの少しだけ
「あ、ゴーヤ! 見つけたの!」
今度はイクさんとしおいさん。早朝の調査任務に向かうことになっているため、朝食も簡単に済ませている。
「イク、しおい、昨日はごめんでち……。調査任務参加できなくて」
「別にいいの。体調悪いんでしょ? そういう時くらい、イク達を頼るといいの」
「そうそう。あたし達だけでもちゃんと情報取ってくるからさ。その代わり、復帰したら覚悟してなよー」
自分が休んだら迷惑がかかるというのが先行してしまうゴーヤさんだが、今回イクさんは頼れとまで言った。今の心持ちなら、それも受け入れる事が出来たようだ。
「それじゃあ……任せたでち!」
「任されたの!」
「朗報期待しててよね!」
ようやく、自分の周りが見えるようになってきた。まだまだ全快までは遠いかもしれないが、先が見えないことはなさそうだ。
「はちさん、そろそろ行ってあげたらどうですか?」
「朝潮ちゃんは電探使うようになってからデリカシーが無くなった気がする」
姿か見えないように隠れていたはちさんに簡単な忠告。あれだけの事をしたのだから顔は合わせづらいだろうが、このまま引きずるのもよろしくない。仲良くなければ頼れないのだから。
「はっちゃんの方が心の整理いるの。だから、あとからこっそり会うから」
「人払いくらい手伝いますよ」
「朝潮ちゃんもいないでくれると助かるかな」
これくらいの冗談が言えるくらいの仲が丁度いいのだ。
いつもとは違い、ゴーヤには必要以上に触れないスタンスの朝潮。同じ心の病を持つ春風との差は、出会った時から一緒にいるか、すでに鎮守府で立ち位置を持っているか。