葛城さんの入渠が終わり次第帰投するということになった私達。正規空母とはいえ中破。そこまで長いものではないらしく、その間に浦城司令官の秘書艦、叢雲さんと話す機会も貰えた。
援軍を貰えるのだから、なるべく、包み隠さずこちらの現状を説明する。本来見せなくてはいけないものが見せられないが、私達の言葉だけで納得してもらえるように努力した。
「ホント、アンタ達の鎮守府はめちゃくちゃね」
叢雲さんの言葉に対し、一切否定できない。自分達でもわかっていることだ。本来の鎮守府運営からは逸脱していることくらい。だが、その言葉も否定的ではない。
めちゃくちゃだからこそ、成り立っている場所でもある。数ある鎮守府でも、1つくらいこういう場所があってもいいだろう。
「話にしか聞いてなかったから信じていなかったもの。
「ここで見つかった人もいるんですか」
「そっちの響はここで見つかってるわ。どう、元気にやってる?」
「はい、活躍していますよ」
叢雲さんは少しきつめな物言いだが、他人思いの優しい人だ。言葉の端々から面倒見の良さが見え隠れしている。
「で、アンタんとこの旗艦様は何やってんの」
「うちの鎮守府にいない妹達をしごいているみたいですね」
本来こういった話は哨戒部隊であり友軍艦隊の旗艦である白露さんがするべきなのだが、当の本人は時雨さんと江風さんの演習に付き合っている。白露さんの練度は相当高い。改二の妹2人を相手にしても、まったくの無傷で立ち回っている。
残った皐月さんはというと、白兵戦での戦いについて質問攻めにあっていた。一度見たことがある神通さん達以外は物珍しいどころか初めて見る戦術。興味が湧かない理由がない。
「アンタも苦労してんのね」
「いえいえ、そんなことはないですよ。楽しい鎮守府ですから」
心からそう言える場所だ。居心地のいい場所だからこそ、命をかけて守ろうと思える。
「あれを見ればアンタ達の実力もわかるわね。時雨と江風はうちでも手練れの駆逐艦よ。その2人相手に無傷だもの。戦い慣れてるわ」
「多分あれは姉の意地もあります」
とはいえ白露さんは改二となった後、深雪さんと共に主砲担当駆逐艦として前線に出ることは多くなっている。戦い慣れているというのはそうかもしれない。人数が少ないために1人が出撃する回数が多いとも言える。
「あのレベルがゴロゴロいると思うと、うちにも何人か欲しくなるわ……」
「代わりにいろんな場所に向かえないほど人数が逼迫してますから。瑞鶴さん達は別働隊ですよね」
「ええ。今の最前線から逸れた場所からも敵が来るの。だから、3部隊同時に出撃してるわ。瑞鶴さんはそのうちの1つね」
少数だったことを考えると、逸れた場所の敵は基本的に少ないのだろう。ただ、今回は不意打ちを受けてしまったせいで援軍が必要になったようだ。敵も思ったより頭を使ってくるようで、手薄と感じたらそれなりの戦力を投入してくる。
それを全て対処できる部隊数を出撃させられるだけでも、この鎮守府の規模がよくわかった。むしろ私達の鎮守府の小ささを痛感する。
「でも助かったわ。この件が済んだら、借りを返すためにも援軍は必ず送る」
「ええ、よろしくお願いします」
一時戦況が厳しかったようだが、今は盛り返していると言っていた。ここに来て神通さんに会えていないのも、現在前線で交戦中だからだろう。言い方は悪いが私達は部外者だ。応援くらいしかできることがない。
再び談話室。もみくちゃにされた皐月さんがぐったりしていた。今は敷波さんの膝枕でゴロゴロしている。
実戦も見せることになったらしく、白露さんのように簡単な演習を何度も繰り返していたとのこと。休憩とはなんだったのか。
「誰も納得してくれなかったんだよぉ……」
「凄かったよ皐月。向かってくる子を全員のしちゃった」
「さすが皐月さんですね」
皐月さんも白兵戦を学び始めてそれなりに時間が経つ。1対1の戦いなら、駆逐艦の中でもトップクラスになるまで成長した。そんな皐月さんも、何人もの相手を対処するのは本当に大変だったらしく、敷波さんの膝枕で眠ってしまった。
「あたしが向こう行ってからちょっといろいろ変わりすぎじゃないかな。皐月の白兵戦もそうだし、朝潮の眼鏡もそうだし」
「短い間でも結構いろいろありまして」
敷波さんに今までのことを掻い摘んで話していった。
哨戒中の共闘の後、すぐの戦いで私が右腕破損の大破を負ったところから始まり、皐月さんと私の方針転換、春風やレキさん、萩風さんと仲間を増やしたことまで、ざっと通す。
「なんかすごいや。理解が追いつかない」
「そうですね……特に春風の件は濃厚でした」
だが、それだけ私達が成長できたのも確かだ。私が今の立ち位置になったのは、紛れもなく大破したことがキッカケ。敗戦だって力になっている。一時期トラウマにも苛まれたが、それすらもいい経験だ。
「敷波さんの方はどうでしたか? 会わない間に随分と練度を上げたようですが」
「朝潮ほどじゃないけど、ちょっと修羅場くぐったかな。長波が改二になった後、大きな戦いがあったんだよ」
私達が北の大拠点について調査をしている時だ。裏側では匹敵するとまでは言わないが、今対処しているものより大きな拠点が発見されたらしい。問題は、それが陸地に近い位置だったことだそうだ。
「陸の近くだったから大変でさ。あたしも結構駆り出されたんだよ。ボスまでの露払いで毎日毎日出撃とかね」
「それはまた……大変でしたね」
「ホントだよ。でも、轟沈無しで決着つけられたからよかった」
私達の鎮守府とはまた違った悩みだ。海の真ん中にある鎮守府だからこそ、他への被害はあまり考えなくてもいいという利点がある。こちらでは守るべき人間が住む陸地が近いことが、どうしても欠点になりがち。
「その時の深海棲艦、どんなのかわかります? あ、機密情報なら結構です」
「これは報告済みだから大丈夫。えっとね、確か……黒い空母だった。司令官は空母棲姫って言ってたかな」
やはりいた空母型の姫。私達はまだ出会っていない姫級だ。
空母が陸の近くで出るというのは、おそらく私達の想像できない厳しい戦いだろう。艦載機を陸地にまで飛ばされたら、嫌でも被害が出てしまう。それを徹底的に潰す必要があるのだから、本体を狙うことが難しくなる。
「1体だけなら良かったんだけどね」
「え、まさか」
「同じのが2体出たんだよ。ひっどい数の艦載機でさ……。あたし、海からじゃなく陸から対空砲火したのはアレが初めてだった」
これもいい情報だ。鬼、姫級も、当たり前のように量産されている。確かに軽巡棲鬼は沈めても沈めても何度も現れたが、空母となるとまた話は変わってくる。空母の姫が量産されているのなら、戦艦も量産されていておかしくない。
「でもそれくらいかな。ハードだったの」
「今の拠点はそれより小さいんですかね」
「多分ね。あと場所がさ、陸から遠いから」
その方が切実なようだ。好き勝手戦うか、後ろを気にしながら戦うかなら、当然前者の方が負担が少ない。
「そういえば、朧さんと長波さんはどうしたんです?」
「2人とも別働隊。あたしは昨日まで行ってたから今日はお休みってところ」
「連日の出撃なんですね」
できれば会いたかったが、出撃中なら仕方ない。電探の反応から見ても帰ってくる反応は無いようだし。
「でも、ようやく終わりそうだよ。敵のボスはわかったらしいし」
「中枢まで行けたんですね」
「だから攻略も時間の問題じゃないかって。それでも何日かかかりそうだけどさ」
こちらはまだまだ準備が足りない。なるべく多くの情報を整え、援軍にも戦いやすい環境を作らなくては。
葛城さんの入渠が終了したという報せが入り、起きた皐月さんと工廠へ向かう。白露さんも妹をしごき終わったようで、とても満足気。後ろの2人は物凄く疲れているように見える。
「当たらなかった……一発も……」
「低速化してンのに2人がかりで傷一つ無しって……」
「はっはっは! お姉ちゃんは負けんのだ!」
白露さんは自分の低速化を活かした戦い方をキチンと出来ている人だ。相手の方が速いことが当たり前だからこそ、テクニックで全て賄っている。妹2人はそれに翻弄されたのだろう。長女の思う壺である。
「はぁ……不意打ちとはいえ中破だなんて……瑞鶴先輩に合わせる顔がない……」
トボトボと歩いてくる葛城さん。なんだか背中が煤けて見える。
「葛城さン、そンなに落ち込まなくてもいいっスよ。あれは仕方ないンで」
「索敵が漏れた僕達にも責任があるから」
「アンタ達ホント最高、あの時も粘ってくれてありがとね」
2人を抱き寄せ感謝を伝える。その時私達とも目が合った。
「改めて、助けてくれてありがとう。おかげで死なずに済んだわ」
「間に合ってよかったですよ」
入渠の甲斐あり、完治している葛城さん。ぱっと見ではわからなかったが、雲龍さんの妹。髪の色や体格まで全く違うので、言われるまではわからなかった。
葛城さんはこの鎮守府では比較的新しい配属だそうだ。私達が助けた部隊4人の中でも1番の新人で、練度もほんの少し低い状態。それでも正規空母の火力を買われて出撃したのだが、こんなことになってしまったらしい。
「よーし、瑞鶴先輩と並べるように、もっと特訓しなくちゃ! せっかくだし、援軍の子達とやってみたいんだけど!」
「いやぁ、ごめんなさい。もうそろそろ時間で」
「なんだ、残念。もう少し早く入渠が終わってればなぁ」
残念がる葛城さんだが、江風さんがその肩をポンと叩き、一言。
「やめといた方がいいっス」
姉との演習が余程堪えたようだ。時雨さんも無言で首を横に振る。
「アンタ達相手してもらったんでしょ? そんなに酷い目にあったの?」
「2人がかりで無傷っス」
「姉さん、
葛城さんの顔色が変わった。
「皐月は何人抜きしたんだっけ」
「10人から数えてない」
さらに苦い顔になった。
「じゃあ朝潮は」
「葛城さン、目隠ししてる相手が自分の攻撃全部避けたらどう思うっスか」
「そりゃあ挫けるだろうけど、そんな子いるわけないでしょ。いるわけ……無いわよね?」
無言で指を指される。自分の身を守るために電探の性能を全て使うのなら、おそらく可能。ただし私は攻撃できないので、私の勝利条件は
「今日のところはこの辺にしといてあげるわ……」
「それがいいっス」
だが、次に会う時は対等になると宣言された。葛城さんは雲龍さんとは正反対の熱血系なようだ。
葛城さんも完治したということで、ここでお別れ。ありがたいことに浦城司令官と叢雲さんが見送りに来てくれた。
ここも私達の鎮守府のように温かい場所だった。小拠点鎮圧の任務中だというのに、援軍とはいえ突然の来訪者にここまでしてくれる。
「次はこちらから出向きます。援軍という形で」
「はい、是非とも」
次に会う時は、こちらが援軍を求めたとき。北の大拠点の攻略が本格的に始まるときだ。
「朝潮、これ、敷波からアンタにって」
「これは……リボンですか?」
「アンタ髪型変えたんだってね。だから、せっかくだし自分の予備を預けるって。お互い、これで死ねなくなったでしょ」
敷波さんがいつも髪を結んでいるリボンを手渡された。これを返すまでは死ぬなということだ。私は敷波さんにこのリボンを返すまで、敷波さんはこのリボンを受け取るまで、死ぬことは許されない。
「預かります。直に渡してくれてもよかったんですけどね」
「あの子、そういうの苦手なのよ。私も自分でやれって言ったんだけどね」
自分の髪を結ぶゴムを外し、敷波さんのリボンで髪を改めて結んだ。頭の上の妖精さんも手伝ってくれたおかげで、敷波さんと同じ結び方になる。ゴムより座り心地がいいようで、妖精さんも喜んでいた。
「では、また!」
「次はそちらで」
最後に敬礼をし、3人で鎮守府を出た。半日にも満たない時間だったが、充実した時間だったように思える。こういった外部との交流ならいくらでもしたいものだ。