「さて、朝潮君。本日から戦闘訓練に入ってもらう。問題ないかな?」
艤装確認をした翌日、朝食後に司令官に呼び出された私、朝潮は、司令官に呼び出されていた。改めて水上移動訓練の修了と、次からの戦闘訓練についての説明のためだ。
自分の方針も伝え、どの訓練を優先的にやっていくかを決めてもらった。改二丁のデータは司令官も勿論知っていることだ。私の思いは快諾してもらえ、今日から挑むことができる。
「はい、問題ありません」
「よろしい。では、まずこの鎮守府の方針を改めて知ってもらいたい」
司令官はお優しい人だ。私達艦娘の死は元より、怪我も嫌う。
言い方は悪いが、艦娘は代替の効く兵器だ。私と同じ名前同じ姿同じ思考の艦娘は幾人といる。私が死ねば
だが、司令官がそんなことをしないことはわかっている。私は私しかいない、というのが司令官の考え方だ。
故に、この鎮守府の方針は『安全第一』である。
艦娘の怪我は、基本的に入渠ドックを使うことで全て治る。傷を負おうが、骨が折れようが。極端なことをいえば、腕が千切れても治る。だが、当然だが怪我をすれば
「私から言えるのは、死なずに必ず戻ってきてほしい、それだけなんだ。私は君達を失いたくない」
「はい、必ず帰るために訓練をし、身を守る術を身につけます」
「ああ、頼んだよ。不調、怪我があればすぐに言うこと。慢心は敵だよ」
さすがに絆創膏1つで済むような怪我までは気にしなくていい、と笑いながら話す。本当に自分の実の娘と思いながら話しているのが手に取るようにわかる。
「本当なら私が戦場に出るつもりだった。愛娘達を戦いに赴かせるなどしたくないのだ! くっ、人間の非力さが不甲斐ない……! 君達のような子供を戦わせるなど……」
「提督、逸れてます逸れてます」
いつもの大淀さんの軌道修正。見慣れてきたが、司令官の愛を感じられる瞬間だ。このやりとりは私にとっては嬉しいやりとりである。
「今日やってもらう対空訓練はスパルタと聞いているとは思うが、それでも怪我1つなく終わるのが私の自慢だ。天龍君はよくやってくれているよ」
「戦闘訓練で怪我をしないというのは、またすごいですね」
「その代わり、怪我より辛い目に遭うかもしれません」
隣の大淀さんが苦笑している。怪我より辛い目とはなんなのだろうか。司令官も許可を出すものなのだから、危険ではないようだが。
「朝潮君、訓練が終わったらすぐにお風呂に入るように。これだけは忘れちゃいけないよ」
「は、はぁ、了解しました」
「では行きたまえ。君は強くなれるよ」
最後に頭を撫でられた。何故だろう、今までで一番やる気が出た。
戦闘訓練は鎮守府近海で行われる。工廠で艤装を装着し、そのまま海に出る形だ。対空訓練ということで、私の艤装は高角砲が装備された状態で準備されていた。
「朝潮の初めての戦闘訓練だね!」
「深雪は別の任務でいないから、安心してね」
「はい、よろしくお願いします」
今回の訓練、当然だが私だけが受けるわけではない。一緒に受けるのは皐月さんと吹雪さん。私よりずっと前に配属されているが、訓練は欠かしていないそうだ。特に吹雪さんは練度も高い。
「よーし集まったな。じゃあ、いつものところまで行くぞー」
全員揃ったことを確認した天龍さんを先頭に海に出た。自分の脚で海の上に立つのは、訓練とは違った充実感がある。今日はそんなに波もない。
「初めての朝潮がいるからな、まずは今日の訓練を説明しておく。単純な話だ。空母が発艦させた爆撃機を撃ち落とせ。その高角砲にはペイント弾が装填されているから、当てればわかるぞ」
言葉では簡単なことだが、飛んでくる爆撃機にピンポイントで弾を当てるというのはなかなかに難しい。爆撃機の次の場所を計算、予測する必要がある。それも、発見後すぐにだ。
「爆撃機側からも攻撃がある。今回は爆撃だ。それを避けながらになるからな」
狙いを付けながら相手の攻撃を避けなくてはいけない。これは難しそうだ。
「天龍さん、質問いいですか?」
「吹雪、なんだ?」
「発艦担当の空母ってもしかして……」
「ああ、気付いたか。今回は朝潮の初陣ってことで、我が鎮守府のトップ空母、龍驤さんが買って出てくれたぞ。喜べー」
遠くの方で手を振っている空母の方、軽空母の龍驤さん。
龍驤さんの名前を聞き、隣の2人の顔が明らかに変わった。苦虫を噛み潰したような顔。
「朝潮に手本を見せてやらないとな。じゃあ吹雪、一番手」
「は、はぃ……」
しぶしぶと言った感じで前に出る吹雪さん。相手が龍驤さんだと何か不都合があるのだろうか。
遠くの龍驤さんが声高らかに発言する。
「ほな、飛ばすでー! 吹雪ぃ! 当てさせんからなー!」
「お手柔らかにお願いしまーーす!」
「できるかアホー! 容赦せんぞー!」
今度は巻物を拡げる。
空母の艦載機発艦はいろんな方法がある。龍驤さんは式神という手法で、紙で作られた人形を巻物型の飛行甲板で滑走させることにより、人形を艦載機へと変化させ発艦させる。
巻物を撫でたかのように見えた次の瞬間、高速で飛び立つ爆撃機。こちらの弾もあちらの爆弾もペイント弾だと聞いているが、この緊張感は初めて味わう。
「照準合わせっ、てぇーっ!」
吹雪さんが爆撃機に対し、高角砲による射撃を試みる。ダァンという轟音と共に弾が撃ち出されたが、龍驤さんの爆撃機はそれをヒラリと避ける。
「ちゃんと予測しろ! 避ける方向も合わせて、2発撃て!」
何度かの轟音。そのどれもが簡単には当たらず、途中で爆撃が始まった。少し通り過ぎたかと思えば、直上からの投下。少しでも遅れると直撃。勿論吹雪さんはそれを予測していたようで、投下地点からの退避を始める。しかし
「えっ、3機発艦!? いきなりっ!?」
後続にもう2機の爆撃機。直上からの爆撃に合わせた追加爆撃。しっかりと避ける方向を見定められた攻撃が、吹雪さんを襲った。
「ちょっ、撃ち落とすっ!」
今度は落下してきた爆弾に向けて射撃。爆撃機とは違い、ただ落ちるだけの爆弾なら次の位置を予測しやすい。移動後の体勢から爆弾に対し完璧な方向修正をし、一回の射撃で撃ち落とした。
だが、実際はそれが間違いだった。爆弾=ペイント弾は空中で爆散し、範囲を拡げて落下することになる。
「しまっ……きゃーーーっ!?」
雨のように降る塗料をモロに被ることになった吹雪さん。それだけならまだよかった。
「あぁああっ、臭いっ、やっぱり臭いいっ!?」
爆弾の塗料にはこの世の物とは思えない臭いの何かが含まれていた。遠くで見ていた私達にも、微かに臭いが届く。思わず顔を伏せてしまった。皐月さんも顔をしかめている。天龍さんすら鼻を覆っていた。
「何入れてるんですかコレーーっ!?」
「この前友軍艦隊で手伝った時に、スウェーデンの艦娘に会ってなぁ。お土産言うて、ニシンの缶詰めくれたんよ」
「それダメなヤツじゃないですかーー!?」
「だーいじょうぶやって。めちゃめちゃ薄めとるから。洗えば取れるくらいやでー」
「そういう問題じゃないですーー!?」
全ての爆撃機に1回でも当てられないと訓練は終わらないらしく、酷い臭いに苛まれながらも何とか3機全てに弾を当てることができた吹雪さん。少し涙目で戻ってくる。臭いが目に沁みるのだろう。
一旦龍驤さんの艦載機が消臭剤を散布した後、皐月さんの訓練が始まった。吹雪さんは消臭剤の原液を被るほどだ。
「あれは酷い……今までで一番酷い……」
「お、お疲れ様です……」
確かに水や消臭剤の原液を被ったことで臭いは
「いつもこんな感じなんですか?」
「そうだね……ここまでの臭いのものはないけど、大体は当たると臭いものが使われてるかな。当たりたくないって思えるように」
本来なら当たっただけでも死、よくて重症だ。この程度で済んでいるのは訓練だから。爆弾自体を撃ち落としても、今のようにその中身や破片が降り注いでくる可能性は高い。それまで避けれないと危ないということがよくわかった。
「あっぶない! 吹雪ちゃんみたいなことになりたくない!」
「爆撃は撃ち墜とさず避けろよ! 避けながら撃て!」
しかし、龍驤さんが発艦させた爆撃機の練度は凄まじく、1機撃墜したところで後ろ側に回っていた1機からの爆撃が背中に直撃。
「ぎゃーーーー!?」
「うわぁ……あれ身体に着いた時が一番臭いよ……」
「説得力すごいですね……」
最初の2人の顔の意味がわかった。天龍さんがトップ空母と言っただけある。練度の高い吹雪さんと皐月さんが為すすべもなく爆撃を受けているのだ。爆撃機の練度も非常に高い。また、艦載機の強度や操縦性は、発艦させた空母艦娘に依存するらしい。龍驤さん自身が相当な練度であることもわかる。
敵にもアレだけの練度を持つものが出て来る可能性はあるのだ。これを避けつつ撃墜できるようになれなければ、戦場に出るのも辛いかもしれない。
私はあれについていけるのだろうか。
「お、終わった……やっと終わった……消臭剤ちょうだい!」
「はい原液」
「ありがとう!」
次はついに私だ。正直、あの艦載機の数を捌くのは無理だ。何しろ私は高角砲を使うこと自体が初めて。せめて善戦できるように頑張ろう。
「よ、よろしくお願いします!」
「朝潮は初めてやんな。じゃあ、手加減したるよ。1機だけなー」
ちょっとだけ安心した。それでもその1機に当たるまでは訓練は続くのだ。避けに徹するのもアリかもしれない。
「ほな、行くでー!」
艦載機が飛んでくる。宣言通り1機だ。他に飛ばしたようには見えない。
高角砲を爆撃機の方に向け、体勢を整える。手加減は1機しか飛ばさないだけでなく、さっきよりも確実に速度が出ていない。狙いやすいはずだ。
「てぇー!」
思っていた場所とは違う位置に飛ぶ弾。最初から爆撃機に掠るような場所でもない。撃ったときの反動もあり、少し体勢が崩れてしまった。その隙を見逃されていない。
「すぐ体勢を立て直せ! 爆撃来るぞ!」
天龍さんの檄が飛ぶ。爆撃機がほぼ真上に来た辺りで、爆撃が始まった。
さっき見ていたからわかる。アレを撃ち落としてはいけない。脚部艤装に意識を集中し、自分のできる最高速でその場から逃げる。少しして元いた場所に落ちたのを確認してホッとする。
「次来るぞ! 撃て撃て撃て!」
艦載機の位置を確認。目視できる位置にいた。即座に高角砲を構え、撃った後にいるであろう場所を予測し、撃つ!
ただ撃っているだけでは向こうも的にしやすくなるだろう。移動しながら、照準を合わせ、撃つ。やることがとにかく多い。余裕が一切無い。
何度か撃つ内に、反動に対する自分の動きはわかってきた。体勢を崩すことが少しずつ無くなっていく。が、
「体勢に気を取られるな! 来るぞ!」
「あっ……! だぁーー!」
射撃が甘くなっていたのだろう。爆撃機が少し低い位置にまで降りてきていた。つまり、命中精度が上がるということ。完全に隙が出来てしまっていた。だが、こちらも狙いが付けやすくなる。爆弾が投下されるのと同時に私も撃ち、何とか爆撃機に掠らせることに成功した。
しかし、気付けば投下された爆弾が目の前にあり……
「へぶっ!?」
顔面に直撃。
この爆弾はとんでもない臭いのするペイント弾だ。それが顔に着いたということは、
「くっ、臭いっ、痛いっ、苦いーー!?」
「中断! ちょっと中断!」
天龍さんが訓練を止めてくれた。口の中にも入ってきたため、臭い以上に酷い味もしている。目も尋常じゃなく沁みる。だからといって消臭剤で顔を洗うのはよろしくない。これが地獄か。
「長いこと訓練見てるけど、顔面キャッチは初めて見たぞ……」
「アカンアカン、すぐに拭いたり」
龍驤さんも天龍さんに曳航されて近くに来ているようだが、目が開けれたものじゃなかった。正直、臭いが気にならなくなってきたくらいだ。
ひとまずタオルで顔を拭き、ギリギリ目が開くくらいにはなったが、口に拡がる味は消えない。今すぐ口を濯ぎたい。
「初めてにしてはいい根性だ。吹雪の一番最初は制服がペイントで染まっても撃ち墜とせなかったのに、ちゃんと当ててるぞ」
「すごいよ朝潮ちゃん! 今はとんでもないことになってるけど、初めての訓練で当てれてる娘ほとんどいないよ!」
褒められてはいるが、複雑な心境だった。言ってみれば、これは敵艦載機との相打ちだ。敵が倒せているわけでもない。気を抜いたわけではないが、あの爆撃が避けられていれば完璧だった。掠っていたとしても及第点くらいだろう。
よりによって顔面。本物だったら確実に死んでいる場所。
「避けられれば……」
「せやな。ホンモンやったら朝潮死んどったからな。次は気ぃ付けや」
「はい……精進します……」
龍驤さんには私の心境もお見通しだったみたいだ。一番言ってほしかった言葉をかけられた。命のやり取りじゃなくて安心すると共に、本番ではこんな事あってはいけないと肝に銘じる。
「でもまあ今回はお笑いにできたなぁ朝潮。これはあのケーキん時と同じくらいやね。さすが癒し担当や」
ニヤニヤしながら龍驤さんが肩を叩いてくる。弄る要素が増えたと喜ぶいたずらっ子のようだ。ペイント関係無しに、私の顔は今真っ赤だろう。
「じゃあ、充分休憩できたな。訓練再開するぞ。次、吹雪」
「天龍、また曳航してや。朝潮のガッツで気合い入ったわ。もう吹雪にも皐月にも艦載機に触れさせん」
「え゛っ」
そのあと、先程よりもハードな対空訓練が始まってしまった。最終的には吹雪さんも皐月さんも爆撃を顔面に受ける羽目になった。さすがに笑えないが。
何かするたび、朝潮の痴態が増えている気がします。ケーキ、風呂、顔面キャッチ、次は何をやらかすでしょうか。