翌日、思い切り寝坊した。夜間任務参加の特典として午前中の訓練と任務が免除されていたため、鎮守府に迷惑をかけることはなかったが、こんなことは初めてだった。
霞はすでに訓練に向かっている。部屋には1人……と思いきや、
「おはよう朝潮、昨日の消耗は相当激しかったみたいだね」
さらに向こう、最上さんが座っていた。こんな時間に活動しているところを見たことがなかったので普通以上に驚いてしまった。
私の部屋の明るさもダメなようで、目には何重にも包帯を巻いていた。ここには春風に連れてきてもらったのだろう。その春風が眠ってしまったようだが。
「春風もオーバースペックでおねむなのかな?」
「この子はただ疲れているだけかと。深海棲艦の力は艦娘より消耗が激しいみたいですし」
「そっか。昨日は大活躍だったもんね。春風も、朝潮も。ボクはまともに見えてなかったけどさ」
夜の暗闇の中、戦場の全てを掌の上に乗せ、何もかもをコントロールした戦闘。その負担がこの寝坊なのだが、自分でもあれは良くできたと思えた。
だが、こんなに負担がかかるのはよろしくない。できるものならさらに訓練を積みたいが、この戦い方は仲間の意思を完全に無視した戦い方だ。今回のような暗闇の中でならまだマシだろうが、常にこの戦い方をするのは最善とは言えない。
「人を自分の道具として扱う戦い方はあまり好きじゃないですが……あの時はあれが最善だと思いました」
「うん、ボクもあの時はそれで良かったと思う。何より、あれで敵を倒せたんだから、朝潮は誇ってもいいよ。でも、驕っちゃダメだからね」
誇れど驕らず。その通りである。あの戦術であの場は切り抜けられた事は誇ろう。だがその戦果に胡座をかいていてはダメだ。
「あ、で、本題なんだけど」
「何でしょう」
「その電探の使い方、ボクもできるようになりたいんだよ」
おそらく私とはまったく違う使い方だろう。日中でも活動できるようになるため、追加の眼が欲しいということだ。
最上さんは私達と
数多の
「わかりました。まずは司令官に話をしてみましょう。でもこれ、ずっと起動してるのは結構キツイですよ」
枕元の妖精さんに頼んで電探眼鏡を装備してもらう。私もこれを使い始めて大分経ったが、常時起動も難なくできるようになった。訓練としては終了したようなものだ。今はいつでも情報が使えるように起動し続けている状態。
「必要最低限でいいんだ。朝潮みたいに後ろも見たいとか、そういうのは必要なくて、せめて人と障害物がわかればいいんだ。ボクも夜だけの生活はちょっとね……」
「最上さん……」
「完全に私利私欲のために使いたいんだよ、装備を」
苦笑しているが、深刻な問題なのかもしれない。
夜にしか活動できないということは、少ないにしろこれだけ艦娘が配属されているにも関わらず、関係を持てている相手がほんの少ししかいないということ。プライベートとなると片手で数えられるほどになるだろう。それでは精神的に参ってしまう。
「こんなこと許されるかはわからないけどさ、でも、ボクもやれることがやりたいかなって。昨日の朝潮を見て気付けたよ」
「私も説得します。どうにかしましょう」
ベッドから降りる。と同時に春風を起こす。最上さんを案内しておいて1人寝ているとは何事か。頭にチョップ。
「ふぁっ……あ、お、御姉様、おはようございます」
「最近の春風、安定している代わりに気を抜きすぎじゃないかしら」
「そ、そんなことは決して、決して……ございません……よ?」
自分でも疑問に思えるほどなのだから相当である。明るくなったことはとてもいいことだが。
春風はレキさんのところに行かせておいて、私が最上さんを引っ張り執務室に向かうことにした。
司令官に最上さんの件を話すと、快く受け入れてくれた。戦闘訓練でも何でもなく、普通に過ごすための手段としてだからだそうだ。
司令官も最上さんの生活習慣は気になっていたらしい。
「眼のことを考えると夜間任務専門なのは変わらないだろう。だが、日中に活動できるようになりたいというのは私としても賛成だ。できることなら何だって支援しよう」
「ありがとう提督。この包帯は取れないだろうけど、付き添い無しで歩けるようになれれば、また変わってくると思うんだ」
これもまた一種の精神的な問題だ。モチベーションとかそういったところの。
「すぐにでも明石君に発注をかけよう。今ならセキ君もいるからね。もしかしたら今日中に何かしらのアクションがあるかもしれない」
「工廠が2人体制になったのは大きいね。どんなのが貰えるか、ボクも楽しみだよ」
私のように眼鏡というわけにはいかないだろう。陽の光を目に入れないようにしなくてはいけない。そうなると、マスクの類になるか。包帯は見た目が痛々しすぎる。
「アイマスクのようなものになりますかね?」
「光が漏れないようにする必要があるからね。おそらくはその類だろう。あとはあの2人のセンスだ。朝潮君にはうまく噛み合っているから、心配はないんじゃないかな」
これが成功すれば、最上さんもお昼に活動できる。訓練などはできないかもしれないが、他人と触れ合える自由な時間が手に入るだろう。
昨日は目潰しを受けてまともな戦闘ができていなかったが、本来は夜間任務を常に請け負えるほどの手練れだ。訓練の先生か何かもできるかもしれない。
「なんにせよ、まずは発注だ。工廠に行こうか」
「あ、そうか、顔の型を取らないと作れませんもんね。眼鏡とは訳が違いますし」
「本格的になってきた! ボクの新しい装備、どうなるんだろう!」
最上さんの手を引っ張る形で今度は工廠へ。自分専用のものができるというのは嬉しいものだ。私もそうだった。最初はいろいろと覚悟していたものの出来上がった電探眼鏡は今ではこんなにしっくり来ている。
工廠で顔の型を取り、夜までに作っておくと言われた。最上さんは相変わらず夜間任務のため、それまでは寝ておくらしい。昼夜逆転の生活というのも、なかなか大変そうだ。
その日の夜、最上さんの時間。任務の前に工廠で専用装備の確認をすることに。とはいえ夜の任務では目を隠す必要がないため、実際使うのは明日の朝から。夜なら目が使えるので、性能以外にもデザインを確認することが目的である。
私も大分関わってきたので、最後まで御付き合いしようと工廠に来た。今日の夜間任務担当である天龍さんと古鷹さんも工廠におり、どんなものかと見物している。
「朝潮と同じような電探なんだって?」
「はい。でも最上さんの場合は、私ほど性能が高いわけではなくて、目を隠していても歩けるようにできる補助装備みたいなものです」
「そっか、そうしたら太陽が出てても外に出られるもんね。青葉もやってたのに何で今まで気付かなかったんだろ」
青葉さんは私の前に電探を常時起動する生活を送っている。だが、さすがに目をつぶって行動とまではしていないだろう。夜戦でその性能を遺憾なく発揮したのは私が初めてのようだ。その代償が寝坊と鼻血だが。
「うわ、なんか凄い!
専用装備であるアイマスク、顔の口から上を覆う仮面を付けてきた最上さん。頭の上には仮面の電探機能を制御する装備妖精さんが乗っている。だが、その仮面の形状に私達は思わず目を背けた。
「なんで軽巡棲姫の仮面の形してんだよ!」
「それセキさんのデザインですよね。大丈夫かなぁこれ」
以前見た、そして山城さんが粉々に砕いた軽巡棲姫の仮面とまったく同じ形をしていた。角もしっかりついている。これを神通さんに装備してもらったらそのままになってしまうかもしれない。
顔にしっかり密着し隙間がない状態になるため、一切の光を通さず最上さんの目に負担がかからないようにされている。今でこそ夜の工廠なので蛍光灯の光のみだが、その光すら入ってこない真っ暗闇だそうだ。それでも電探としての機能で、どこに何があるかはある程度把握できている。目隠しをしているのに、障害物を乗り越えてスイスイ歩いているのだから、それが証明された。
私のものより若干スペックダウンしているようで、壁を突き抜けて人がいるかどうかを確認することはできないとのこと。
「天龍がここにいるよね。古鷹はここ」
「正解。目隠ししてるのにちゃんとわかるんだ」
「輪郭がうっすらわかるくらいなんだよ。表情とかまではわからないんだけど、髪型とかで予想できるかな。天龍はほら、頭のそれですごくわかりやすい」
私の電探は輪郭すらわからない代わりに範囲が広く高性能。最上さんのものは、あくまでも生活補助器具としての電探のようだ。
「ドウダ、ツカイゴコチハ」
セキさんが奥からやってきた。その場で調整できるように工具も持ってきている。
「思った以上にすごいよ。これなら誰もいなくても鎮守府を歩けると思う」
「ソウカ、ソレナライイ。アタマハイタクナイカ」
「今のところは大丈夫。朝潮のものとは違うからかな」
最上さんの電探は向いている方向しか補完しないようだ。死角を無くす目的でもない。そのため、脳への負担は極限まで減らしている。私が散々苛まれた頭痛も、最上さんには今のところは無いようだ。それでも使い続けるうちに不調が出てくるかもしれない。こればかりは継続使用で確認するしかない。
「セッさん、このデザインはどうにかなんねぇか。黒の深海棲艦のだろ」
「ヤツハクロダガ、センスハアル。イイジャナイカ、オシャレデ」
深海棲艦の美的センスは、私達にはちょっとわからない。
「いろいろ作ってみたんだけどね、これが一番、目の周りを覆えるんだよ。バタフライマスクとか付けてもただ面白いだけでしょ」
明石さんが試作品を持ってきた。妖精さんの遊び心が大量に置かれる。
目さえ隠せればいいのに口まで覆ったホッケーマスクや、水中眼鏡、先程明石さんの言ったバタフライマスクに、歌劇で使われるファントムマスクなど多種多様。中には軽巡ツ級が被っているヘルメットや、雷巡チ級の付けている仮面など、深海棲艦の意匠まで。こちらはセキさんのデザインだろう。
「これが一番妥当じゃない?」
「そうかぁ? 面白系よりはマシかもだけどよぉ」
これにせめて角が無ければ良かったかもしれない。この姿で日中鎮守府を歩いていたら、初見だと確実に驚く。いくら深海棲艦が何人もいるこの鎮守府だとしても。
「よし、妖精さん、装備解除」
頭の上の妖精さんが仮面を引き上げて頭の上へ。夜の間は基本的に必要ないが、昨日のように探照灯の目潰しを受けてしまったときはまた装備をするそうだ。結局のところ目隠しであることには変わらないので、外がどれだけ暗かろうと、装備さえできれば見ることができる。ある意味、戦闘中の弱点も克服したことになった。
「次は明日の朝だね。太陽が出てる時にボクがいたら、みんなが驚いちゃうかな?」
「驚くと思うよ。別の理由で」
先日軽巡棲姫と戦ったメンバーは特に驚くだろう。春風とか大丈夫だろうか。
案の定、翌朝大騒ぎになったのは言うまでもない。特にヒメさんやレキさんがその場で臨戦態勢になったのは危なかった。春風も古姫側に傾いてしまうレベルだった。
「うーん、みんながこの格好良さをわかってくれない」
「あたしはわかってるよ最上さん!」
「さすが深雪、いいセンスだね!」
その深雪さんも初見では飛び上がるほど驚いていた。
とはいえ、さすがこの鎮守府。半日も経たぬうちに皆が仮面姿の最上さんに慣れてしまった。事情を知っているからこそ、受け入れるのも早い。何人かはデザインを変えてはどうかと話が出ていたが。
最上は深雪や皐月と似たような感性を持っています。春風の艤装展開シーケンスとかで盛り上がりそう。