私、朝潮にも新たな問題が出てきていた。戦場の全てを掌の上に置く代わりに、私が負荷を全て請け負う諸刃の剣。全員の視界と思考能力を全て私が賄う、夜戦においての最後の切り札についてである。
その負荷はあまりにも大きく、1戦だけで大きく消耗し、私自身が戦闘不能になってしまう。それは大問題だ。
「最上君や榛名君に聞いたよ。大分無理をしたんだってね」
「はい……夜戦での暗闇の中、全員の目となりました」
「その結果、鼻血、頭痛、そして翌日寝坊してしまうほどの過労と、そういうことだね」
戦果としては大勝利である。しかし、この鎮守府の方針『安全第一』からは逸脱する。戦場の全員が生き残らなくては意味がない。私が欠けてもダメだ。ここでは助け合いがモットーではあるものの、自己犠牲は禁じられている。全員が助かる道を全員で探す。
「朝潮君。私としては、その戦い方はオススメできない。やりすぎると君が壊れかねない」
「はい、私も反省しています。無理をしすぎました」
「自分でわかっているのならよかった。だが、いざという時のために訓練しておきたいとも思っているんだろう?」
司令官にはすべてお見通しのようだった。本当にいざという時、これが出来るか出来ないかで生存率は大きく変わると思う。全員で生き残るためには必要な技術だと、私は考えていた。
「ゆっくりと、少しずつ。頭痛を感じたらすぐにやめること。それを守ってくれるなら、訓練を許可する。わかっていると思うけど、壊れてしまったら意味がないんだ」
「はい。今まで大分無理をしてきました。これ以上の無理はするつもりはありません」
自分でもわかっている。訓練に訓練を重ね、本来の駆逐艦の技能から大きく逸脱した技術を手に入れていることは。それはこの鎮守府に所属している全ての艦娘に言えることではあるが、私はその中でも上から数えられるくらい無茶をしていると思う。
そもそもこの電探を使い続けていること自体が、脳に大きな負荷をかけている。おそらく現段階で限界ギリギリ。目をつぶって情報量を減らしたとしても、それ以上の情報を自分で作ってしまっているのだから、脳が限界を超えて悲鳴をあげてもおかしくはない。
「誰一人欠けてもらいたくないというのを、十分にわかってくれていて嬉しいよ。君は本当に強くなった」
頭を撫でられた。常に乗っている妖精さんも、その手に頬擦りしている。司令官に撫でられると、やる気が満ちていくように感じる。もっとこの人の役に立ちたいと、心の底から思える。
司令官は、私が覚えたいと思っている技術を『未来予知』と呼称した。敵の行動を『予測』し、攻撃先を『計算』し、その前に『伝達』する。自分へのことなら伝達の部分は必要ないが、伝達するとなると、1秒以上後を考えなくてはいけない。それを戦場全てでやろうとしている。いや、むしろやった。訓練はその予測の速度をさらに上げることが最初になるだろう。
そしてこの鎮守府には、こと敵の行動予測に関しては右に出るものがいない人がいる。
「なるほどね、行動予測を知りたいんだ」
「はい。お願いできますか、長良さん」
ほんの少しの攻撃でも当たってしまったら大破が確定するくらいの脆さを持つ長良さんは、その行動予測を使うことで常に無傷で帰ってくるほどの人だ。
レキさんとの鬼ごっこで唯一、水を一滴も浴びなかったといえば相当であることがわかる。ちなみに鬼ごっこには出禁になった。
「でもこれ、やることって朝潮ちゃんが改二に上がる時の訓練と同じだよ? 集中砲火を全部避けんの」
「あ、確かに。あの時は電探も無かったのに避けられました」
「なんだかんだ行動予測は出来てるんだよ。それを戦場全体でやろうとしてるから大変なだけ」
自分への攻撃を全て避けられる自信はある。白兵戦組はさておき、主砲や魚雷は撃つまでのタイムラグがあるのだから、その方向が先んじて見えれば射線から外れるだけだ。そしてそれは電探である程度わかるので、自分と射線を計算するのみ。
それを全員分やろうとするから負荷が爆発的に上がる。
「それに、敵の行動予測もある程度できてるよね。回避の方向が指示出来てるんだから」
「まぁ、そうですね」
「今までは攻撃を人に頼ってたから、脳みそがギリギリ耐えられてたんだね」
言われてみれば、私は今までもそれなりに出来ていた。敵の位置の把握、味方の位置の把握、敵の攻撃方向の予測、味方の回避方向の計算。ここまでは出来ている。ここに、全員分の攻撃方向の計算と、攻撃するタイミングが入ってきたことで、
さらにいえば、人数も多かった。自分、味方7人分、敵9体分、合計17個の反応を同時に管理したこともそれに繋がった。連合艦隊を相手取った時はこれ以上の数だが、その時は位置だけ伝えれば味方は自分で考えてくれた。
今までがどれだけ綱渡りだったのかがよくわかる。溢れなかっただけで、容量ギリギリだったのだろう。
「今以上の数を相手取ったら、今までのやり方でも容量オーバーしてしまうかもしれません」
「それだけ朝潮ちゃんは限界に近いことをしてたってことだね。いつか壊れちゃってたかも」
そう言われると途端に怖くなる。
私は電探が常時起動できているのだから、索敵をマスター出来ていると思い込んでいた。今だって、鎮守府内の全員の居場所がわかる。だがそれは、わかる
今までの訓練で脳の容量が拡張できたとは思う。だが、今使わなくてはいけない分だけをゆっくりゆっくり拡げていたに過ぎない。
「今まで通り、じっくり行けばいいと思うよ。例えば……他の子の演習を見ながら行動予測するとかね」
「そうですね。司令官は未来予知と言っていました。他の人の演習を見ながら慣らしていきたいと思います」
「未来予知! カッコいい響きだね! 出来るようになったら超能力者だ」
未来を予知しているように見えるほどの行動予測。これはもう、訓練や任務で実戦経験を積んでいくしか無いだろう。今まで通り、ゆっくり容量を拡張して、最終的にはやれるようになろう。それまでに壊れてしまわないように慎重にだ。
午後からは哨戒任務。旗艦が私で、護衛は霞と春風。気を抜かず任務を遂行しなくてはいけないのだが、どうしても未来予知の訓練方法を考えてしまう。演習を見るだけでなく、効果的に脳の容量を拡張する方法が無いかを、ずっと模索していた。
「姉さん、任務中よ。ボーッとしてどうしたの」
「ああ……その、ね。新しい訓練の事を考えていたの」
別に隠す理由もないので2人に話す。現場にいた春風はともかく、霞は知らない事だ。
「夜戦で全員を動かすって、何やってんのよ」
「御姉様を責めないであげてください。あの戦いに勝つことができたのは御姉様のおかげです。闇で誰も目を使えないところを、1人で切り抜けたのです」
「その代償が頭痛と鼻血と寝坊でしょ。無茶を通り越して無謀よ」
返す言葉もない。だが、それをまたやれるようになるために訓練を積みたい。いざという時のために。
「探照灯使えない夜戦なんてそうそうないでしょ」
「そうなんだけど、万が一のために」
「訓練する度に倒れるわよそんなの。私は
私が電探眼鏡を使うようになった当初から霞は側にいた。10分程で頭が割れるように痛くなった初日から、常時起動をして鎮守府内を見続けている今まで、常にだ。
実際、電探を使った初陣でも戦闘終了後に消耗しすぎて霞の肩を借りている。
「姉さんだって無理してるってわかってんでしょ。ならあんまり考えない方がいいわ。長良さんが言ったっていう、他の演習を見る程度でいいのよ」
「わたくしも御姉様が倒れる姿は見たくありません。どうか無理だけはなさらず」
妹達にこうまで言われてしまっては、私も立つ瀬がない。
今の状態でも充分に貢献できている。それに、霞の言う通り、全員の視界が封じられるような戦闘はそうそう無いのだ。現状を維持しつつ、ゆっくりと伸ばしていけばいい。
「そうね、無理はしちゃダメね。あまり考えないことにするわ」
元々無理はしない約束だ。妹達を心配させるのは姉として失格。これだと吹雪さんや時津風さんにも怒られてしまいそうだ。
「それがいいわよ。姉さんは今でも充分やれてるもの。私の中では山城さんと同じくらい次元が違うわ」
あの人はいろいろと領域を超えている人だ。素手で装甲を叩き割る人と同列というのは流石に言い過ぎだと思う。私のやれることは青葉さんでも出来ることだし。
「あ……すみません、気配を感じました。さらに西。少し北寄りです」
「了解。行きましょう」
無理して訓練する必要がないと思えるようになり、幾分気が楽になった。妹達に叱咤されるとは思わなかったが、何よりも心に響いている。新たな能力より身体の心配をするべきだ。
この任務が終わったら司令官には今のことを話そう。無理せず今できることを突き詰めていくと。未来予知に関しては、ゆっくり出来ることからやっていくと。
春風の感知から少しして、私の索敵にも引っかかった。が、少し様子がおかしい。
「反応が動かないわね……」
「海中にも気配がします。御姉様、ソナーを」
「ええ、すぐに。……ソナーに感あり。潜水艦が4体ね」
今まででも潜水艦を発見することはあった。今回の場合は私がメインの対潜要員。春風も一応可能なため、サブで撃退を手伝ってもらう。
「目視で確認……え、何、あれ……」
「白の深海棲艦よ! 潜水艦は黒だから、襲われてるわ!」
動かない1つの反応は白の深海棲艦。ぐったりと海上に浮かんでおり、その周りは赤く染まっている。あれはあの深海棲艦の血の色に思えた。
ソナーにより確認できた潜水艦は4体。おそらく全て黒。こちらに気付き、すぐさま魚雷を発射してくる。
「霞、あの白い深海棲艦を保護してちょうだい。私と春風で潜水艦を全滅させるわ」
「了解。潜水艦には無力だもの、お願いするわ」
魚雷を避けながら司令官に連絡を取る。その間に霞を白の深海棲艦へ向かわせる。
「こちら哨戒部隊旗艦の朝潮! 応答願います!」
『何かあったかね』
「襲われている白の深海棲艦を保護! 黒の潜水艦4体から攻撃を受けています! 私と春風で撃退中!」
索敵が海中に及ばないことは、今は大きな痛手だった。ソナーは動きながらだと反応が悪くなる。自分の移動する際の波まで反応してしまうからだ。
『了解した! その白の深海棲艦が何者かわかるかい』
「ヒメさんくらいの背格好です! それ以外はわかりづらくて……っとすみません、潜水艦1体撃破!」
通信しながら戦闘はなかなかにキツイものがある。そんな時こそ春風に頼るべきだ。
対潜となると若干不得手かと思いきや、古姫側になることなくスムーズに潜水艦を撃破していく。気持ちいいくらい綺麗に爆雷を投射し、あっという間に終わらせてしまった。むしろ春風自身は対潜が得意なのかもしれない。
「戦闘終了いたしました。保護した深海棲艦はどのような……」
「……この子、
ヒメさんと同じ背格好なので霞でも抱きかかえることができた白の深海棲艦。だが、その脚はズタズタになっていた。おそらくあの潜水艦達の魚雷にやられたのだろう。消滅が始まってないのでまだ助けることができる。
「白の深海棲艦を保護しました。すぐに戻りますので入渠ドックの準備を!」
『了解した! 急ぎ帰投するように!』
通信を切り、最大戦速で鎮守府に戻る。
保護した白の深海棲艦は、ヒメさん、北方棲姫と似たような真っ白な女の子。艤装らしいものは装備していない。ただ出していなかっただけかはわからない。脚を攻撃されたせいで海上に立てなくなったのか、そもそも立つことができないのかもわからない。私達の見たことのない子供。
「イタイ……イタイヨ……」
「もう少しの辛抱よ。耐えて……耐えて。絶対助けるから」
霞が励ましながら強く抱きしめた。助けたいという一心で、ずっと大丈夫と囁き続けている。幸い消滅は始まらない。このまま保ってくれれば、鎮守府で入渠が可能だ。それまではどうにか耐えてほしい。
やらなくても大丈夫なことに悩む真面目な朝潮も、妹から無理をするなと言われれば悩むことをやめるでしょう。真面目すぎるのが長所であり短所である。