ギリギリのところで助け出した白の深海棲艦を入渠させることができた。霞も安心したようで、ドッと疲れに襲われたようだ。艤装を外した途端、崩れ落ちるように座り込んだ。
「ギリギリだったわよね……ホントよかった」
「霞が励まし続けていたおかげよ」
助け出した白の深海棲艦について、ミナトさんに見てもらった。入渠での治療はセキさんも立ち会っている。
女の子は潜水新棲姫という潜水艦の深海棲艦。艤装は脚を丸々包み込むものらしく、あの大怪我はその艤装を破壊されたことが原因ではないかと言っていた。
「……コレハヨクナイカモシレナイ」
「セキさん、何か問題がありましたか?」
「アシガウマクナオラナイ」
入渠で治らないというのは極めて稀なケース。
潜水新棲姫の場合はおそらく後者。艤装が破壊されたことによる不具合で、後天的な
深海棲艦はまだまだ謎が多い生物だ。レキさんのように頭に衝撃を受けて
「コノママデハ……コノコハオヨグコトガデキナクナル」
「泳げない潜水艦なんて……そんな……」
「メガサメテミナクテハワカラナイ。イマハマツシカナイ」
潜水艦故に、入渠も早く終わると言っていた。今はそれを待つしかなかった。
潜水新棲姫の入渠は、セキさんの言う通り、夜まで待つこともなくすぐに終わった。見た目だけなら怪我は完治している。無くなっていた脚も私の時のように生え、痛々しい状態からは抜け出せていた。しかし、
「歩けない……みたいでち」
脚が全く動かないようで、泳ぐことはおろか、歩くことすら出来なくなってしまっていた。今はゴーヤさんが車椅子を押して連れてきている。
「アシ……ウゴカナイ……ナニモ……カンジナイ……」
自分の脚を撫でながら俯く潜水新棲姫。昨日まで出来ていたことが全て出来なくなってしまった絶望は、私達には簡単に理解してあげられない。慰める言葉も見つからなかった。
私達にも
「コンナノ……イキテルイミナイ……アノトキシンデタホウガヨカッタ……」
動かない脚を叩きながらボロボロ泣きだしてしまった。傷は治っても、痛々しい光景。何も言葉が出ない。こんな小さな子供が生を手放したくなるほどの絶望。残酷すぎる仕打ち。それを仲間であるはずの深海棲艦にやられたのだから、苦しみはさらに膨れ上がっている。
誰も何も言えずにいたとき、静寂を打ち破ったのはゴーヤさんだった。不思議と、以前よりも目に光が戻ったように見える。何か決意したような、そんな面持ち。
「提督、この子はゴーヤが面倒を見るでち。いいかな」
「ああ……お願いするよ。君なら力になってあげられるはずだ」
「ありがとでち。じゃあ行くでちよ」
「シニタイ……モウ……シニタイヨ……」
潜水新棲姫の悲痛な呟きの中、ゴーヤさんが車椅子を押して工廠から出て行った。同じ潜水艦であり、近しい心境になった経験のあるゴーヤさんなら、きっと力になれる。
「司令官……私達は間違ってませんよね……」
「勿論だとも。助けられる命は助ける。我々は間違ったことはしていないさ」
私は混乱していた。死の淵から助けた相手が死を望む発言。私達の行いが本当に正しいのか、わからなくなってしまった。
当たり前だが怪我をした仲間を見殺しになんてできない。今回は艦娘ではなく白の深海棲艦であり、仲間になるかはわからなかったが、それでも可能性はある。だから助けた。こんな事になるとわかっていても助けていただろう。
「大丈夫。あの子はいつかわかってくれるさ。ゴーヤ君もついていることだしね」
「……はい。ゴーヤさんを頼ることにします」
ゴーヤさんも以前に似たような状態に陥っている。ネガティブな思考に塗り潰され、自分が見捨てられたかのように感じていた。未だ任務を休業するほどの精神的な病である。
潜水新棲姫も、自分の生き甲斐が無くなってしまった今、頭の中はネガティブな思考一色になってしまっているだろう。ゴーヤさんはそこを感じ取ったのかもしれない。
「私達は私達でやれる事をやろう。あの子が何故あの場所で襲われていたか、だ」
「そうですね。場所は私達哨戒部隊がわかっていますので説明します」
霞と春風も呼び出し、執務室で今回の件を改めて話し合うことになった。
場所としては鎮守府から西北西。現在乱立する小拠点の1つが近くにあることはわかっている。
潜水艦の2人が調査に難航している拠点であり、その理由がその拠点にいる深海棲艦。以前山城さんが素手で破壊した装甲空母鬼。空母なのにも関わらず、軽空母のように対潜攻撃をしてくる。本当に航空戦艦だ。
さらには周りが潜水艦で埋め尽くされている。先程の潜水艦もその一部だったのだろう。潜水新棲姫を沈めるために本来の場所から離れたか。
「敵潜水艦の数からして、ここは対潜を強めに配備した方がいい。しかし、拠点を守るものが装甲空母鬼だ。厄介なことこの上ない」
「部隊を2つに分けられればいいのですが」
「対潜と言ったら潮よね。潮筆頭に対潜部隊を作るとして……装甲空母鬼かぁ。もう山城さんのイメージしかないわ」
数少ない艦娘から、北の掃討任務を継続しつつ2つの部隊を作るのはかなり厳しい。対潜部隊は4人程度に抑え、装甲空母鬼に主力をぶつけるというのが最善だろう。
「潜水新棲姫君もあの海で生まれたのだろう。だが、あの拠点の主とはソリが合わずに攻撃されたのだろう」
「主……装甲空母鬼か、もしくはさらに別の深海棲艦がいるか。どちらにしろ対潜部隊じゃ荷が重いわ」
潜水艦の数と装甲空母鬼の対潜攻撃のせいで、最奥までの調査が出来ていないという現状。少なくとも陣地が出来ていることはないのだが、何があるかもまだ不明という状態である。
「潜水新棲姫君に話を聞くというのは酷だろう。今は調査を続けてもらう他ない」
「そうですね……今あの子に話を聞くのは流石に」
「対潜部隊を編成し、追加の調査も兼ねて出撃してもらうことも視野に入れよう。本当に装甲空母鬼だけなのか、確認は必要だ」
調査の結果や今回の哨戒で潜水艦が多いのはよくわかっているが、それ以外にいる可能性も考えなくてはいけない。今回は慎重さがより求められている。
「どうしたの春風、黙り込んじゃって」
春風だけは何一つ話をしていなかった。ずっと考え込んでいるような、そんな空気を出している。おそらく、潜水新棲姫の事。
「あの子のことを考えていました」
「あの子って、潜水新棲姫?」
「はい。
春風は自殺するために鎮守府を出ていこうとしている。潜水新棲姫とは理由は違えど、自分に絶望したことのある春風の言葉は重い。
「わたくしは御姉様や霞さん、レキさんと、愛する存在を見つけることができたので立ち直れました」
「よくもまぁそんな恥ずかしいことを」
「本心ですもの。命を賭けるに値する存在です」
だからこそ、と春風は続けた。
潜水新棲姫にも同じような、この人がいる限り死ぬわけにはいかないと思えるような人がいれば、少しだけでも変われるのではないかと考えている。この場所に顔見知りなんていないが、生活するうちに、何かきっかけを得られればいいのだが。
「それに、あの子と歳が近い子がここには2人もいますもの」
「ヒメとレキね。友達になってあげられればいいんだけど」
あの2人は(外見だけではあるが)歳が近いかもしれないが行動派すぎる。脚の動かない潜水新棲姫はついていけない。でも、あの2人はそれでも引っ張ろうとする気もする。
「今は気持ちの整理がつくのを待った方がいいだろう。強制してもいい事にはならない」
「それでも死にたいって言ったら?」
「説得するさ。自ら死を選ぶ行為だけは、どうしても許すことができないんだ」
待つしかないのは確かだ。誰かが何らかの干渉はするだろうが、無理に説得するタイミングではない。この鎮守府がどういう場所かを知ってもらう事が先決だ。
ゴーヤさんが車椅子を押しながら散歩しているのを見かけた。外はもう夕暮れ。もう少ししたら萩風さんが眠り、最上さんが活動を始める時間だ。
「ゴーヤさん、そろそろ暗くなりますよ」
「そうでちね。今日はこれくらいにしようか」
車椅子の潜水新棲姫に反応はない。脚が動かない絶望から、心を完全に閉ざしてしまっている。
「ずっと散歩していたんですか?」
「そうでち。案内してたの」
おそらく何処へ連れていってもこの様子だったのだろう。全くの無表情。何をしても何を見ても反応がない。まるで人形のよう。悲痛な呟きは無いものの、これでは殆ど死んでいるようなものだった。
「シンちゃん、部屋に行くでちよ。今日はご飯を食べたらゴーヤの部屋で一緒に寝ようね」
シンというのは途中で出会ったガングートさんに付けてもらった名前らしい。潜水新棲姫というのは長くて呼びづらい。また、ここに早く馴染めるようにと考えてくれた。
そのガングートさんに対しても無反応。元深海棲艦には関心は向かなかった様子。
「お手伝い、必要ですか?」
「ううん、大丈夫。ありがとでち」
ふと、物陰にヒメさんが隠れていることに気付いた。こちらの様子をジッと見ている。ここで初めて見る潜水新棲姫、改めシンさんが気になるのだろう。
「ヒメさん、どうしました?」
「アサ、ソイツダレダ」
「先程保護した白の深海棲艦のシンさんです」
私を介してこちらにやってくる。ゴーヤさんもそれを拒むことはしない。見かけだけでも同じくらいの見た目だ。友達になれるかもと判断したのかもしれない。
「ジャア、ワタシタチノナカマダナ」
「はい、そうですよ。私達の仲間です」
「ヒメダ。ヨロシクナ、シン」
シンさんに握手を求めるヒメさん。しかし、やはりシンさんの反応は無い。視線をヒメさんに向けることもなく、虚ろな目で虚空を見つめているのみ。
この状態、一番深刻だった頃のゴーヤさんに近かった。反応が無いまではなかったが、心ここに在らずというか、自分すらも見えていないような目。
「ドウシタ、ナニカアッタノカ」
「ヒメちゃん、この子はちょっといろいろあって気持ちが整理できてないんでち」
「ソウカ、ナライイ」
すぐに握手を求めるのをやめた。一番長くこの鎮守府を知る深海棲艦なだけあり、ここのやり方をすぐに察したようだった。長く触れることもせず、だからといってすぐに離れることもせず。
「ココノヤツラハ、イイヤツバッカリダ。オマエモタヨレ」
肩をポンと叩く。自分と同じくらいの深海棲艦が目の前にいるからか、ほんの少しだけシンさんが反応したように見えた。
これも私がすぐに解決できる問題じゃない。今回は特に重たい。でも、力になってあげたいのは確かだ。私のやれることがあるのなら、必ず手を貸そう。
この鎮守府にはいない、後からの