潜水新棲姫、シンさんの状態は一晩では変わることはなかった。そう簡単に変わるものではないとわかっていても、あの姿は見ていて辛い。
昨晩はゴーヤさんが全てやってあげたそうだ。食べやすいご飯で何とかお腹を膨らませ、お風呂も身体を拭く程度だがしてあげていた。一番苦労したのは車椅子の乗り降りだったようで、足が動かないというのは生活に大きく支障が出ることを改めて知った。
あの後はずっとゴーヤさんの部屋にいたようなので、匿っていることを全員に公表したのは朝のこと。今までの中でも最も重い身体の
「本日は、西北西の拠点の調査を重点的に行う。潜水艦の調査部隊の情報から、対潜重視とするため、部隊は駆逐艦を中心に編成するよ」
シンさんを発見したことで小拠点の鎮圧が早まることとなる。西北西、装甲空母鬼と潜水艦という厄介な組み合わせをどうにかするため、海上艦も使っての調査を敢行。状況確認のため、対潜のみで鎮圧までは行かないという方針。装甲空母鬼を確認した場合、即撤退が推奨された。
「旗艦は天龍君。随伴艦に潮君、皐月君、朝潮君、春風君。さらに追加調査のため、イク君に同行してもらう」
「オレらが引きつけている間にイクに調査してもらうって感じか。オレは対潜できねぇけど、装甲空母鬼の艦載機を処理すりゃいいんだな」
「さらなる敵の可能性も捨てきれない。その場合、天龍君にお願いする可能性は十分ある。随伴艦に皐月君を入れたのは、天龍君のサポートも可能だからだよ」
「了解。緊急時はオレと皐月で
あくまでも対潜任務。調査が難航するレベルの敵潜水艦がいるのだから、まずは先にそちらを処理し、第二陣で本命を叩く作戦。
「敵潜水艦は本当にいっぱいいたの。魚群かっての!」
「イクがそう言うくらいなんだから相当だな。オレらは海ん中わかんねぇし」
それだけいるのなら、一部がシンさんを沈めるために動いても問題ないレベルなのだろう。潜水艦の数が異常に多いとなると、ここで活躍するのはやはり潮さん。
「潮、頼むぜ」
「は、はいっ、頑張ります」
まだいつもの調子の潮さんだが、龍驤さんが以前に言っていた通り、潮さんは対潜の戦場となると豹変したかと思えるほど機敏な動きで確実に撃破していく。あれは見習いたい。
「シンちゃん、みんながシンちゃんのいたところに行くって。シンちゃんの脚をこんな風にした奴らを倒してくれるって」
反応のないシンさんに向かってゴーヤさんが優しく語りかける。脚の話題が出たことで、ほんの少しだけ反応が出る。
「アタシノ……アシ……」
「そうでち。仇を取ってくれるでち」
「……デモ……オヨゲナイモン……」
倒したからといって、シンさんの身体が治るわけではないし、あの海域に戻れるわけでもない。それでも、少しでも心が動いてくれたらと思った。
「あの子の脚……もう治らないの?」
ゴーヤさんとシンさんのやり取りを遠目に見ていた潮さんが小声で聞いてきた。シンさんの件は朝に公表されるまで知っていたのは私達哨戒部隊とゴーヤさん、あとはゴーヤさんが連れ回しているうちに出会ったガングートさんを始めとした数人程度。潮さんは知らない人。
「……はい。深海棲艦は後から
「後から……」
「あんな小さい子なのに、私達の中で一番重い
「そうですね……
その最上さんも、夜には正常と同じである。それを考えると、常に脚が動かない
「……今日は対潜なんだよね」
「はい。イクさんが言う通り、大量にいます。数を減らさないと本陣に行けません」
潮さんの雰囲気が途端に変わった。表情も振る舞いも何も変わってないが、何かが違った。背筋に悪寒が走った。
「今日は本気で行くね……ちょっと許せそうにないから」
「は、はい、よろしくお願いします」
思わず声が震えてしまった。今の潮さんは怖い。龍驤さんの言っていたことがこの戦いでわかることになりそうだ。
対潜任務というのは初めて。敵潜水艦が大量に出てくる海域というものが無かった。天龍さん以外は全員、ソナーと爆雷を装備した状態で出撃する。私と皐月さんは高角砲を1つだけ持っているが、潮さんは対潜しか見てない。春風は装備など関係なく気配で確認し爆雷を生成できるため、唯一の万能戦力。
「イク、そろそろか?」
「もう少し西なの」
イクさんを先頭に調査地点まで移動。シンさんは元いた場所から大分移動していたようで、哨戒任務でシンさんを発見した地点からさらに西に向かう。春風は未だ気配検知無し。
「ちょっと潜るの。潮ちゃん、間違えないでね」
「大丈夫です。もう
潮さんの装備はいつもと少し違った。
いつもの対潜装備は、敵を確実に発見するためにソナーを2つと、一撃で撃破するための高性能な爆雷である。私と皐月さんは高角砲を装備するためにソナーを1つにしている程度。
だが、潮さんは今回、私と同じような眼鏡をかけていた。潮さんの専用装備らしく、私の『海上を見渡す電探』と逆の『海中を見通す探信儀』である。私のこの装備を見てから考案した新装備らしく、徹底した対潜を実施するために作られたそうだ。
「潮さんもそれがあるんですね」
「こういう状況でしか使えないから、朝潮ちゃんみたいに普段使いはしてないの。でも、今はこれが一番必要だと思って」
本気で行くというのがよくわかった。今の潮さんは本当に容赦がない状態だ。ここまでの状態は見たことがない。誰からも対潜といえば潮さんと言われているだけのことはある。
「気配確認しました。確かに多いです」
春風が潜水艦の気配を発見した。私達もソナーを起動する。イクさんが魚群と称した理由がわかった。反応が前方に大量にある。
ここ最近の小拠点は敵の数が多い。拠点の中心部に近いからだろうか。それにしてもそれが潜水艦で固められているというのは珍しい。
「ソナーに感あり。20はいます」
「マジで多いな。潮、行けるか」
「大丈夫です。皆さん撃ち漏らしをお願いします」
また悪寒が走った。
天龍さんが背中を押し、潮さんが一人で部隊から抜けた。あれだけの数を1人でやろうとしているのか。さすがに対潜でトップといえども無茶が過ぎる。いつもの潮さんとは到底思えない。
「だ、大丈夫なんですか?」
「朝潮と春風は初めて見るんだよな。あれが
一瞬、深海棲艦のように瞳が輝いたかのように見えた。そこから1体ずつ、着実に沈めていく。その速さが異常だった。
訓練では爆雷をいくつか使い、逃げ道をなくした後に確実に倒していた。今回はそれがない。逃げる時間を与えず、魚雷を撃たせる間も与えず、爆雷1つで1体を沈める。無言で、無表情で、淡々と。
その表情は恐ろしく冷酷に見える。同じ潮さんとは思えなかった。これが対潜に特化し続けた戦い。必要最低限の動きで駆逐する。
「さすがだぜ。あの眼鏡のおかげでさらに冴え渡ってやがる」
「あれで撃ち漏らしってあるんですか……」
「無ぇよ。ありゃあ相当キレてんな」
シンさんの惨状を作った潜水艦に対し、潮さんは静かに怒っていたようだった。顔にも出さず、態度にも出さず、空気だけ震わせていた。悪寒はそれを感じ取ったということか。
「潮が道を作ってくれるからな、本来の目的である調査に行くぞ」
倒せど倒せど潜水艦は増えていくが、その度に潮さんが沈めているので、さらに西に向かう一本道が出来上がっていた。この拠点にどれだけの潜水艦がいるかはわからないが、このペースだと潮さん1人でも充分過ぎるように思える。
「朝潮、いつもの」
「装甲空母鬼、索敵範囲に入りました。あちらも艦載機発艦しています」
その数は少ない。天龍さんの対空砲火だけで対処できそうだが、私と皐月さんも念のため準備をする。
「あ、少しですが海上艦がこちらに向かってきています。駆逐5……ですね。春風」
「お任せください。駆逐程度ナラスグニ終ワラセル」
潮さんに感化されたか、即座に古姫側に入った春風。加えて、一番連携訓練の相方をしている皐月さんも刀を構えた。天龍さんは私を護る形に陣形を変える。
「もう少し奥まで索敵したいです。装甲空母鬼の奥に何かいないか……」
「深追いはするなよ。イクも海中から向かってるんだ」
ゆっくりとだが西へ。途中駆逐艦5体との戦闘に入ったが、春風と皐月さんがあっさりと片付ける。飛んできた艦載機も天龍さんと私で全て墜とした。
その間も潜水艦の強襲は続いていたが、潮さん1人で捌ききっていた。何度も何度も水柱が立ち、稀に敵潜水艦が爆発で海上まで打ち上げられたから消滅する姿も見えた。
「どうだ朝潮、何か見えたか」
「少なくとも陣地はありません。春風、気配は?」
「大キイ気配ヲ感ジル。鬼カ姫ガイルゾ」
装甲空母鬼ではない鬼か姫の気配を感じるという春風。私の索敵にはまだ入っていない。当然だが目視の範囲にも入っていない。
「てんりゅー! 調査完了、撤退なの!」
「よくやったイク! 何がいた!」
「泊地棲鬼! あとシンちゃんと違う潜水艦の姫もいた!」
イクさんが調査の結果を携えて浮上してきた。私達がなかなか進まない時に奥まで向かっていたようだ。
泊地棲鬼はその名を聞けば陸上型のように思えるが、その実態は航空戦艦。同じほぼ航空戦艦の装甲空母鬼を護衛につけ、さらに奥地でこちらを監視しているようだ。それはまだ想定内だった。
「潜水艦の姫、シンさんの関係者でしょうか」
「この事は後からね。今は撤退撤退なの!」
そうだとしたら、その潜水艦の姫はどちら側なのだろうか。似ているということは白だ。穏健派の可能性はある。しかし、色が白くても黒に寄っているものもいるらしい。そちら側なら危険だ。
もし黒寄りの思考の場合、シンさんに攻撃をしたのはその潜水艦の姫の可能性だってあり得る。関係者だったら……シンさんの心を閉ざす理由がそちらにもあると考えられるだろう。身内に攻撃され、生きている意味を奪われたというなら、そのショックは想像できないほどだ。
「そこまでわかれば充分だ。朝潮、引っかかったか」
「まだです。かなり奥地ですね」
「しゃあねぇか。撤退するぞ! 潮、もういい!」
黙々と潜水艦を処理していた潮さんがようやく止まる。まだ潜水艦を全て処理したわけではないが、これ以上長居する理由もない。
「あの子の悲しみはこれで解決するわけではないです……また来ますから、覚悟しておいてください」
吐き捨てるように潮さんが呟いた。この戦闘で潮さんを見る目が変わったのは間違いない。四水戦旗艦としての那珂ちゃんさんを見た時と同じだった。
鎮守府に帰投し、すぐに作戦会議。装甲空母鬼の他に泊地棲鬼が存在すること、そして潜水艦の姫が別にいるということを伝える。
「センスイカンノ……ヒメ……」
シンさんが反応した。名前を聞いた途端震え出してしまった。
「オネエチャン……オネエチャンナノ……ソレ……オネエチャン……」
「シンちゃん、大丈夫でち。落ち着いて」
ゴーヤさんがどうにか落ち着かせる。
「シンちゃん、イクはその姫から
「コトヅテ……?」
「少しだけど、お話できたの。バレないようにするのすごく大変だったの」
イクさんが出会った潜水艦の姫、潜水棲姫はシンさんの姉であることは間違いない。そして、白であることも。あちら側にいるが穏健派であることもわかった。
元々あの海域は潜水艦の姉妹が住んでいただけの穏やかな海だったらしい。私達が哨戒していても、やり過ごすことを選んでいたようだ。むしろ海中のさらに深いところにいたため、私達の索敵にも引っかからなかった。
だが、北の拠点の影響で黒の深海棲艦も同じ場所に発生し、拠点として海自体を書き換えてしまった。居場所を追われた潜水艦の姉妹はどうにか脱出しようと機会を伺っていたが、そこの黒の潜水艦に見つかり、姉は妹を逃がすためにどうにか立ち回って今に至る。
結果的にシンさんは脚を失い、お姉さんは泊地棲鬼の支配下に置かれる最悪な状態になってしまったが、まだお互い死んでいない。やり直せる。
「シンちゃんをどうにか逃したかっただけみたいなの。生きてるって知ってすごく喜んでたけど、脚のことはすごく悔やんでた」
「オネエチャン……」
「だからね、イク達の次の作戦は、潜水棲姫の奪還と、泊地棲鬼の撃破、なの!」
シンさんのためにも、お姉さんは必ず助け出さなくてはいけない。お姉さんが近くにいれば、少しでも元気になるだろう。
お姉さんのことを聞き、今までの虚ろな表情に光が宿っていくように見えた。
「オネエチャンヲ……タスケテ……オネガイ……!」
「任されたの! それで、さすがにイクだけだとキッツイと思うのね。だからさ、ゴーヤ、手伝ってよね。しおいと3人なら確実だから!」
キョトンとした顔のゴーヤさん。イクさんが司令官に目配せする。
「ゴーヤ君。明日、潜水棲姫奪還作戦を決行する。潜水艦隊の旗艦として、出撃をしてほしい」
「でも、ゴーヤ……まだ……」
「充分休んだでしょ。今度はイク達がゴーヤを頼る番なんだから、しのごの言わずに旗艦やれなの」
司令官もイクさんも、ゴーヤさんを笑顔で待つ。体力も戻っている。充分に休めている。心も立て直せている。あとはキッカケだけだった。そのキッカケは、都合のいいタイミングでやってきた。
「しょ、しょうがないでちねぇ。提督もイクも、ゴーヤがいないとダメなんでちから」
涙目で任務を受けたゴーヤさん。完全とは言えないが、これで吹っ切れたようだ。本当によかった。
「数少ない潜水艦だからね。頼らせてもらうよ。この作戦が終わったら、少し休んでから通常運転に戻ってもらうよ」
「ちゃんと休暇も貰うでち。そしたら調査任務、やったげる」
「勿論だとも。非番返上なんて二度とやらせないから覚悟しておくように」
明日、西北西の拠点との決戦となる。今までと違い、鎮圧と奪還、同時に行うこととなる。だが、誰もがそれを苦と思っていない。やる気十分である。
潮は無表情で怒って、相手が何を言っても攻撃の手を緩めないタイプだと思います。沸点が高い代わりに、簡単に冷めない。