西北西の拠点を鎮圧し、潜水棲姫を無事奪還することができた。これでシンさんの心が少しでも晴れてくれると嬉しい。その潜水棲姫は未だに山城さんに怯えているようだが。
「戻ったわ。鎮圧完了。被害状況は朝潮と清霜が小破。皐月が小破届かず」
「よくやってくれた。それで、姉の方は」
「ゴーヤが連れてくるわ」
シンさんの座る車椅子を押して工廠に来ている司令官。シンさんも光の戻った目で海をジッと見つめている。
「ゴーヤ戻ったよ! 全員無傷で、さ、上がってきて」
「……モウ……イイノネ」
結局最後まで姿を現さなかった潜水棲姫が浮上してきた。シンさんを大きくしたような人だ。見た目で姉妹とわかる。
「オネエチャン……オネエチャン!」
「アア……ヨカッタ……マタアウコトガデキタ……!」
抱き合う姉妹。泊地棲鬼のせいで離れ離れになった姉妹が再会することができた。シンさんは脚をやられてしまったが、それでも支えてくれる人がいるなら安心だ。
「これで一安心……と言いたいところだが、次はシン君の脚のことだね」
「ソウダ……アシヲケガシタトキイタワ。ダイジョウブナノ?」
「アシ……ウゴカナイノ」
悲しそうな顔はするが、今までの絶望的な顔ではない。心を許せる、頼れる人がいるというだけでこうも変わる。もうシンさんは死を望むことはないだろう。それだけでも充分すぎる進歩だ。
「ここからは私達の出番ですね」
明石さんがセキさんを連れてやってきた。
怖いのは悪ノリでおかしなものを作ってしまうことくらいだ。最上さんの日中用の仮面の件がある。
「いろいろあったのでまだ調べていませんでしたが、シンちゃんの今の状態が艤装にどう影響を与えているかを調査します。もしかしたら何もしなくても海中では活動できるかもしれません」
「ワタシガテツダウ。シンカイノギソウナラ、アカシヨリクワシイカラナ」
皆がシンさんのために力を尽くそうとしている。できることなら元に戻してあげたい。せめて泳げるようになればもっと元気になるはずだ。
「好きなだけここにいてくれればいい。幸い深海棲艦の仲間もいる。生活しづらいこともないだろう」
「アリガトウ……オセワニナルワ」
こうして潜水艦姉妹も鎮守府に住み着くようになった。シンさんの都合上、工廠に一番近い1階の部屋を借りて2人で生活するとのこと。ゴーヤさんも度々見に行くと言っている。ある程度は安心できるようにはなっただろう。
その日の午後から、シンさんの艤装の調査が始まった。仲間である潜水艦娘3人と潜水棲姫のほか、私も後学のために立ち会わせてもらっている。知識量がモノを言う完全サポート型の特権。
脚が動かないとはいえ、艤装の展開自体はできるらしく、自分の身の丈ほどあるクジラのような形状の艤装が下半身を包み込む。
「これで海の中を泳いでるんでちねぇ」
「艦娘とは全然違うの。お姉さんの方もすごかったけど」
潜水棲姫の艤装は身体よりも大きいもので、クジラというよりはシャチやサメの類のような形状をしていた。シンさんとは違い、身体を包み込むのではなく自律型艤装となっており、本人はそれに捕まって泳ぐようになっている。
潜水棲姫と同じ形式なら、脚が動かなくても海中を自由に動けただろう。だが、シンさんの場合は艤装と脚が直結しているため、コントロールは脚の感覚が必要なのだという。
「ヤッパリウゴカナイ……」
「いや、諦めるのは早いでち。ここで我らが明石先生の出番でしょ」
「無茶振りだなぁ……。ちょっと弄らせてもらうね」
セキさんの手助けを借りながら、シンさんの艤装を少しずつ解体していく。潜水棲姫はハラハラしながら見守っていた。
生体パーツのように見えてもそこは機械のようで、
「これは春風のとはまた違う形してるね。セキちゃんわかる?」
「ココニチョクセツツナガッテイルナ」
私達艦娘と本当に違うのは、配線が脚にダイレクトに刺さっていること。やはり深海棲艦は艦娘よりも機械的な部分が強いのだろう。
シンさんの場合は足の裏や膝の裏に配線が繋がっているように見えた。私達艦娘は艤装が意思をそのまま汲み取り引鉄が引けるが、深海棲艦はケーブルでコントロールしているようだ。
「あー、なるほど、脚の感覚をこれで直接伝えてるんだ。これは艦娘と全然違うなぁ」
潜水艦娘の艤装は駆逐艦よりも簡素なものが多い。ゴーヤさんは背中に少し、イクさんは太腿に少し。魚雷が撃てるのなら、深海棲艦のように何もない空間から出現させる。ゴーヤさんは
「これは接続の位置変えられないかな」
「ヤッテミヨウ。カンカクガアルバショヲサガス」
少し我慢してくれと、セキさんがシンさんを触診していく。艤装の隙間から脚に触れ、感覚がある場所を下から順に触れていくが、なかなか見当たらない。私が最初に発見したときは、膝上までズタズタにされていたが、付け根までは無くなっていなかった。
「ア……サワッテル?」
セキさんがかなり深く腕を差し込んだところでシンさんが反応した。おそらく太腿の辺り。入渠前でも残っていた部分だ。
「ココナラセツゾクガカエラレル。アカシ、オオシゴトダ」
「艤装の接続変更は初めてだなぁ。もう少し艤装を分解して、配線を変えた後に入渠で行けそう?」
「ソレデイイ。ジカンハカカルガ、マタオヨゲルゾ」
多少の改造は必要だが、艤装が動くようになるようだ。艤装さえ動いてしまえば、歩くことはできなくても泳ぐことはできる。シンさんは歩くことより泳ぐことの方が大事に見える。これは朗報だろう。
「マタ……オヨゲルノ……?」
「ええ、セキちゃんがそういうのなら大丈夫! 時間がかかるけど、泳げるようになるから!」
ただし、地上を歩くことはできそうにない、と先に伝えていた。あくまでも艤装が動くようになるというだけ。地上での生活は車椅子が必要であり、その乗り降りに関してはまた考えないといけないことである。
「オヨゲルナライイ! ギソウ、カイゾウシテ!」
「わかった。本人からの了解も取れたし、明日から徐々に艤装を改造していこうね。急いだら泳げないままだから、そこはガマンだよ?」
「ワカッタ! アタシ、ガンバル!」
これが本来のシンさんなんだろう。とびきり明るく、笑顔も可愛らしい。見た目通りの子供の表情。今までのことを考えると、この笑顔が取り戻せただけで大成功だ。
潜水棲姫もゴーヤさん達にいろいろと話を聞き、シンさんがどれほどの状況だったかを改めて知った。イクさんとの会話は本当に短かったらしく、脚を怪我したとは聞いていたが、動かないまでになっているのはここで初めて知ったようだ。
「ワタシモデキルコトハテツダウワ……イモウトヲオネガイシマス」
「私とセキちゃんに任せて。必ず妹さんを泳げるようにするから」
なんて頼もしい工廠コンビ。深海棲艦の技術まで取り込んだおかげで、
「良かったでちね、シンちゃん」
「デッチ、アリガトウ。アト……イロイロゴメンナサイ」
「いいんでち。ゴーヤもわかるから、ね。あとでっちはやめてね」
ゴーヤさんも今回の一件で完全に自分を取り戻している。自分を顧みない、非番を返上しての出撃ももうしないだろう。心の病をもつ人達は、一時的かもしれないが、全員復帰したと言ってもいい。
シンさんが元気になったということで、鎮守府全体の空気も以前より明るくなったように思えた。特に白兵戦組は、怒りを全てぶちまけてスッキリしたようにも見える。
「皐月さん、大分染まってしまいましたね」
「そんなことないよ。ボクはあの中でもまだまだ下っ端だし、必死なだけ」
「敵の増援の時の自分を覚えていないんですかね」
あまりに多い増援だったからか、ガングートさんと一緒に当り散らした感まである。あちら側に傾いた春風の如く、返り血まみれになりながら敵を全滅させていた。
泊地棲鬼との戦いの後、迎えに行って驚いたものだ。真っ赤になっていたので怪我でもしたかと思ったほどだった。
「気持ちはわかりますけど、白兵戦の方々はみんな残酷すぎます」
「山城さんってどうだったの?」
「それ聞いちゃいます?」
泊地棲鬼との戦いを簡単に説明する。皐月さんは引くどころか納得するような表情に。
「ボクも見習わないとなぁ。生かさず殺さずはすごく難しいんだよね」
「天龍さんも言ってましたよ」
「こう、急所をうまく外しながらね」
イキイキとしながら敵の殺し方を話す皐月さん。白兵戦組になる前はそんなことなかったのに。
「そうは言うけど、潮も凄かったでしょ」
「はい、もうなんというか、怖かったです」
「龍驤さんが前に言ってた戦場でヤバいっての、わかったでしょ」
私が潮さんと同列にカウントされているのが納得できないくらいだった。味方である私が気圧されるほど。
「皐月ちゃん、私のことそういう風に見てたの?」
真後ろに潮さんが立っていた。戦場の雰囲気は何処かに行ってしまったのか、いつものほんわかした雰囲気に戻っていて安心してしまった。
「無表情で黙々と潜水艦沈めてるのは……」
「血まみれで戦場に立ってる方が……」
私からすればどっちもどっちである。ここの鎮守府の艦娘は、何かに特化している分、戦場では別人のようになることが多い。外の人達に言わせれば、最初から別人のようなのもいると言うが。
「私としてはどちらも怖いですよ。見る目変わりました」
一番は那珂ちゃんさんだが、と言いそうになってなんとか飲み込む。あの件はオフレコ。
「潜水棲姫が浮上してこないほど怯えてたんですから」
「それは山城さんの戦闘を見たからだから、私のせいじゃないよ……?」
「ボクは現場にいなかったんだから関係ないって」
後から聞いたところ、あの時はこちらの艦娘全員が危険だと思っていたそうだ。ゴーヤさん達潜水艦娘くらいしか頼れる人がいないかとも。響さんもあちら側で何かやらかしたのかもしれない。
「あ、霞! いいところに! この鎮守府で一番怖いの誰!」
たまたま通りかかった霞にとんでもない質問をした。嫌な予感がした。習得したいであろう未来予知が今できたような気がした。
「姉さん一択」
「朝潮ちゃん……人のこと言えないんじゃ」
「あれ、姉さん春風のときの件まだ誰にも話してないの?」
余計なことを言ったなと思った時には皐月さんに質問攻めにあった。私ではなく霞が。
「姉さん、ここでみんなに知っておいてもらった方がいいわよ。春風が従順すぎる理由」
「お断りします。あれは現場の人達だけ、墓まで持っていくこと」
「えー、人のことあんだけ言ったんだから隠すのズルくない?」
話したくないものは話したくない。ただでさえレキさんの時に天龍さんや吹雪さんにも弁解したのだから、これ以上知られたくない。
「皐月ちゃん、私吹雪ちゃんから朝潮ちゃんのことちょっと聞いてる。春風ちゃんを睨みつけて押さえ込んだって」
「えっ、この朝潮が!? うわ、意外」
あ、これダメだ。吹雪さんの(義)妹への口の軽さを甘く見ていた。
「姉さん、腹をくくりましょ。自分のせいでもあるんだから」
「あああ……凄い後悔してるわ……」
結局あのときのことを話すことに。物凄く引かれた。
「潜水艦姉妹には絶対内緒でお願いします。特にお姉さんの方、まだここの艦娘にちょっと怯えている節があるので。あと吹雪さんに
もう多分ほとんどの人にバレているんだろうなと思いつつも、吹雪さんにはちょっと報復しておくことにした。私もここに染まっているんだなと改めて実感する。
深海棲艦は艦娘よりも艤装を弄りやすいイメージ。身体そのものが変化しているものが多いから、いくらでも改造できそう。