翌日、シンさんの車椅子を押す潜水棲姫や、それについて回るレキさんやヒメさんの姿が見られるようになった。シンさんが明るい性格に戻ったおかげで、最年少の2人ともと友達になり、脚は動かないものの遊んでいる様子。たまにレキさんの尻尾に座って海上も駆け回っていた。その度に潜水棲姫がオロオロしていた。
「潜水棲姫もここに配属でいいのか」
「ああ。なのでガングート君、いつものを頼む」
「そうだな……よし、センだな。語呂も妹と似たようなものでいいだろう」
潜水棲姫、改めセンさんとして鎮守府に登録された。これで鎮守府に登録された深海棲艦は6人目。空母と戦艦を足した数と一致する大所帯になりつつある。
「深海棲艦も増えたな」
「いいじゃないか。共存できるいい成果さ」
「私も元深海棲艦だしな。半深海棲艦の春風もいる。いい鎮守府じゃないか。皆イキイキしている」
この鎮守府の空気が明るいのは私にもわかる。その一員になれていることは誇りだ。
「そう言ってもらえるのなら、この鎮守府を作った甲斐があるというものだ。君達の帰る場所は私が守るよ」
「頼んだぞ同志」
拳を合わせる2人。ああいう大人の付き合い方は憧れる。
以前私達が立ち寄った、浦城司令官率いる鎮守府から連絡があった。攻略中の拠点の鎮圧に成功したそうだ。ここから戦闘に使用した資源を回復してから援軍を派遣してくれるらしい。
今回の朝の会議はその件について。援軍を迎え入れる準備や、今後の作戦をどう運用していくかになる。が、司令官の口からは援軍とは違う話題が出た。
「だが、その前にもう一つ、我々に手伝ってもらいたい問題ができたそうだ」
「うちらでないとあかんようなことなん? ほんなら
「実はだね、あちらの拠点の姫が浄化されたらしい」
浄化現象というだけでも
「浄化とは珍しいですね。何がどうなったんでしょう」
「あちらで発見された姫は防空棲姫。見た目としては白だそうだが、攻撃をしてきたようなので、黒寄りの白、というところだろう」
その名の通り、防空すなわち対空性能が異常すぎる姫級だったそうで、空母陣が軒並み苦汁をなめたらしい。艦種としては駆逐艦だそうだが、戦艦の火力すらも跳ね除ける耐久性を持つ難敵。
白の深海棲艦だが、性格がやたら挑発的で傲岸不遜。それが浄化されたらどうなったのだろう。そのままだったら、話ができるかどうか。
「やることやって満足したんかな。浄化されたっちゅーことは」
「そうかもしれないね。浄化され艦娘となったのだから、仲間として迎え入れたいのだろう。だが、あちらの鎮守府にはそういった知見がない。なので、我々のアドバイスが欲しいのだろうね」
援軍の前に、防空棲姫が浄化されたという艦娘を馴染ませることが優先と判断されたようだ。もし何かあって内部から崩れてしまったら元も子もない。
「あちらの鎮守府に数人派遣したいと思う。深海棲艦に縁のあるものを選出するよ」
「朝潮やろそんなん」
「そんな気はしていました」
派遣されるのは、同じ境遇の元深海棲艦であるガングートさん、深海棲艦の力を使う艦娘の春風、深海棲艦そのものであるレキさん、そして後者2人を制御できる私。朝潮型四姉妹の3人が出向。霞に留守を任せることになる。
春風には精神的な部分で若干不安があるものの、私とレキさんがついていることで何とかなると思う。
「特にガングート君は全く同じ境遇だ。記憶の有無はあるが、力になってあげられるに違いない」
あの鎮守府の場所がすぐにわかるのは私だ。それもあっての採用もあるだろう。私が旗艦として案内することになる。
出発はすぐだった。あちらには連絡済みで、滞在するにしても数日だけ。早ければ日帰りもあり得ると聞いている。今回はいろいろとややこしくなるので、春風には元の着物姿に戻ってもらった。レキさんは誤認しないようにと朝潮型制服のまま。
「まさかすぐに呼び戻すことになるなんてね」
「お久しぶりですね、叢雲さん」
秘書艦の叢雲さんに出迎えられた私達。私の後ろの3人を見て一瞬目を見開いたようだが、事情を知っているためそれで済んでいる。浦城司令官は今少し忙しいようで、後から話をするということに。
「話は聞いています。こちらも出来る限りの精鋭を連れてきましたから」
「ええと、元深海棲艦のガングート、半深海棲艦の春風、そして戦艦レ級……実際に見ると信じざるを得ないわ」
春風は若干隠れるように立っている。まだ人の目には慣れていない。
「それで、防空棲姫が浄化された艦娘というのはどちらに」
「こっちよ。ついてきて」
言われるがままに叢雲さんについていく。工廠を出て、そのまま会議室へ。どうやらそこで待っているようだ。
「紹介するわ。元防空棲姫である、秋月型防空駆逐艦2番艦の照月よ」
少し俯いている照月さん。自分が元々深海棲艦であるということにコンプレックスを持っているような仕草だ。初期の春風を軽度にしたようなイメージ。
「深海棲艦の要素は残ってしまっていますか?」
「艤装の形状に影響が出ているわ。高角砲が通常の照月より大型になってるの」
その程度で済んでいるのなら大丈夫だ。
「コノネエチャン、シンカイセイカンノケハイスルナ。ニオイハシナイケド」
「私と同じ
「ガンネエチャントオナジナノカ!」
艦娘と元深海棲艦の違いはおそらくそれくらい。深海棲艦の気配が読める。電探よりも索敵範囲が広いのでとても便利だ。私達も重宝している。
ただし、敵からも気配が読めるというデメリットもあるため、隠密行動には向いていない。
「あー、照月といったな。私も貴様のように元深海棲艦だ」
「貴女も……ですか?」
「私は元々北方水姫だ。その時から
ガングートさんが自分の成り立ちを話していく。自分の残っている記憶や、浄化された後の話も細かく伝え、元深海棲艦でも普通にやっていけるということを教えた。
それでもあまり表情が明るくならない。そうなると照月さんの悩みは、防空棲姫だったときの自分が今の自分と離れすぎていることへの戸惑いではないかと考えた。
「防空棲姫はこちらを見下している傲慢な性格と仲間の深海棲艦に聞いています。照月さんは記憶にある自分の行いが今の自分と正反対すぎて戸惑ってるんじゃないですか?」
「……確かにそうかもしれないわ」
「なら、わたくしの話を聞いてもらいましょう」
ガングートさんが話し終わると、次は春風。性格の違いでいえば、春風が一番わかっていること。ただでさえ戦場で性格が変わるのだから説得力がある。
他人の視線が怖い春風が、コンプレックスである身の上話を他人にしようとするとは、私も驚いてしまった。
「照月さん、わたくしは貴女の気持ちがわかるかもしれません。わたくしの半深海棲艦の部分を見せましょう」
瞳の炎が燃え上がる。
ここ最近は古姫側もコントロールできているように思える。敵潜水艦を始末していたときはあちら側にならず戦闘ができていたし、逆も可能なのだろう。利点はあまりないが。
「コウナルト、性格ガ変ワル」
「えっ、ど、どうなってるの?」
「ドウナッテルト言ワレテモナ。半分ノ深海棲艦ノ部分ガ、今ノワタクシダカラ」
最初のお淑やかな態度も変わり、脚を組んで座り直す。
古姫側の春風は性格も正反対だ。口調も荒く、態度もあまりよろしくない。だが、根っこは春風なので、思いやりのある子である。
「オ前ハコウハナラナインダロウ。ナライイジャン。ワタクシハコレノセイデ自殺マデ考エタゾ」
「じ、自殺!?」
「戦闘ノタビニコウナルカラナ。今ハ開キ直ッテルケド」
瞳の炎が消えた。同時に脚を正す。呆気にとられている照月さん。
こういう形で自分の深海棲艦の要素を使うとは、私も思っていなかった。春風はすごく成長している。まだ他人の視線には過敏に反応するが、必要だと思えば自分のコンプレックスである深海棲艦の要素を簡単に見せる。
「照月さんには記憶しかありません。今の貴女とは違うのですから、気にしなくてもいいのです」
「そうだぞ。それについてとやかく言う奴がいるなら言え。私が殴ってやる」
「わたくしは今の自分でもあるので思い悩みましたが、折り合いつけていますから」
ガングートさんも加わる。ガングートさんに殴られると首が飛びかねないのでやめてあげてほしい。あと春風はちょくちょくネガティブな発言が入るので私の胃にダメージを与える。
「もしかして照月の悩みってものすごく小さいことなのかな……」
「小さいとは言わん。だが、開き直れる問題だ。貴様は防空棲姫じゃあないだろう」
「そう……だね、うん。照月は照月、防空棲姫じゃない!」
気合いを入れて立ち上がる照月さん。さきほどまで俯いていた人とは思えないほどだ。
ここの鎮守府の艦娘と殺し合いをした記憶もしっかり残ってしまっているのだろう。その時の感情もだ。だから悩んでしまっている。仲間に手を出した記憶があるというだけで負い目を感じてしまうものだ。
だが、それは防空棲姫の感情なのであって、照月さんの感情ではないのだ。
「それでいい。貴様のことを防空棲姫と呼ぶ奴はいないだろう。そういうことなんだよ」
「防空棲姫はあの時に倒したわ。アンタはドロップした扱いね」
叢雲さんも会話に混ざる。誰も照月さんのことを防空棲姫だなんて思っていないし、敵になるとも思っていない。
「アサネエチャン、モウダイジョウブナノカ?」
「そうですね。照月さんはすぐに開き直れますよ」
お手伝いなんて大それたこともせず、軽く境遇を話すだけでも納得できるほどの経験を積んでいた。正直、レキさんまで連れてくる理由は無かったかもしれない。
照月さんは元気になったが、まだ何があるかわからない。防空棲姫の記憶があるのだから、ヒョンなことで身体に不調が出るかもしれない。現にガングートさんは戦闘訓練をしたことで艤装がより深海棲艦に寄り、追加装備すらままならなくなってしまった経緯がある。
それについては浦城司令官と叢雲さんに伝えておいた。照月さんは今持つ少し大型な高角砲以外の装備ができなくなる可能性はあるとだけ。何かあったらまた私達が来るし、照月さんをこちらに寄越してくれても構わないとも。
「満足して死んだ覚えがあるか?」
「はい。防空棲姫の記憶はその辺りまでありますか?」
率直に聞いてみることにした。先程の話である程度開き直ったところを見るに、防空棲姫の記憶を話すのも別に苦ではないように思えたからだ。
「えーっと、ガングートさんと同じで記憶は半分くらいかなぁ。どこでどうやって生まれたかとかは全然覚えてないんだけど、トドメは神通さんに刺されたことは覚えてるよ」
深海棲艦に都合の悪いところだけが抜け落ちるのもガングートさんと同じ。本当に知りたい情報は一つも手に入らない。
「やられた時、恨みとかそういうのは無かったと思うよ。いろいろやってスッキリしたっていうか」
「なるほど……実は、恨み無しに満足して沈んだ深海棲艦は浄化されるという仮説を立てているんです」
照月さんの証言から、仮説はほぼ確証に変わりそうだ。
黒の深海棲艦は死ぬ瞬間まで恨み辛みに支配されていることが、軽巡棲姫を撃破したときにわかっている。最後まで恨み言を吐きながら消滅していったほどなので、満足とは程遠い、未練しかない消滅だっただろう。
駆逐水姫の時のようなケースも存在するが、あれは満足しているとは言えない。未練はしっかりあった。
「そっか。うん、確かに未練は無かったかも」
「ありがとうございます。有益な情報です」
もし未練を払拭できるように戦えたなら、浄化現象は確実に起こせるだろう。深海棲艦の在り方を覆す手段ではあるが、できることなら実践したい。
防空棲姫はレ級を超える絶望として話題になりましたね。装甲395の駆逐艦とか普通におかしい。