爆撃を顔面で受け止めた訓練から数日間、私、朝潮は対空訓練に勤しんでいた。
初めてだったとしても、あの直撃は自分の中で大きな失敗として刻まれていた。もはやトラウマである。次の日の訓練では逃げに徹しすぎて撃つことが出来ず、その次の日は狙いがまったく定まらなかった。結局あの日以来、艦載機に弾を掠らせることも出来ていない。
天龍さんからは気にしすぎだと諭されたが、どうしても払拭できないでいた。
「悩みがあるなら筋トレしなさい」
相変わらずの山城さんだったが、今だけはこれが有り難かった。身体を鍛えればあんな事故は無くなる。そう信じることができた。
あの時の事故は、撃った反動で体勢が崩れることが原因だ。吹雪さんや皐月さんは、撃っても軸が動いていなかった。それに比べて私は少し仰け反り、その度に動きが止まる。
「下半身以外にも、腹筋と背筋よ。高角砲の反動なんでしょ。アンタの艤装は背中から高角砲に繋がるんだから、上半身の強化も侮れないわ」
結局は全身を鍛えないといけない。強いて言うなら、手に持つ武器全般が
言われた通り、下半身以外にも腹筋背筋の筋トレを追加した。
「そこまでトラウマになっとるとはなぁ……。初陣であれだとしゃあないか」
「あら龍驤、ジムに来るなんて珍しいじゃない」
「気になるんよ。うちが原因みたいなもんやろ」
龍驤さんがジムに姿を現した。空母の方々は筋トレとは少し縁がなく、別の訓練場を使うことが多い。特に発艦が式神である龍驤さんは、筋力とは無縁のところにいた。
その龍驤さんがここにいるということは、私は余程なのだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「朝潮はようやれとると思うで。確かにあれがホンモンやったら死んどった。でもあれは訓練や。割り切らな」
「そう……ですけど……」
「当たるのを怖がるなとは言わん。だけど、怖がりすぎとったら何もできん。せやろ?」
その通りだ。逃げ回るだけでは戦場にいる意味がない。だからといって、まともに当てられないのも意味がない。今の私には、意味がない。
「当たっても大丈夫なくらい鍛えればいいのよ。首回りの筋トレも必要ね」
「山城はちょい黙っといて」
そうは言われても、どうしても割り切れないのだ。爆撃を見るたびに、目の前にあった爆弾を、直撃した時な痛みを、臭いと味を思い出してしまう。
「怖さと痛みを知っとんのはええ武器になるんやけどなぁ。だってそうやろ、同じ痛み、仲間に味わわせたいんか?」
「……それは嫌です」
「せやろ? まぁこの前は吹雪と皐月の顔面にも喰らわしたったけど」
そうだ、私がうまくできないと、他の人達が同じ目に遭うかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。
怖いけど、立ち上がるしかない。
開き直るためには……やっぱり同じことを繰り返すのが一番じゃないかというところに辿り着く。
「龍驤さん、また訓練に付き合ってもらえますか……? 顔にぶつけるくらいでいいので」
「うちはええけど、ええんやな?」
「はい。スパルタでお願いします」
失敗しかしていないから立ち直れない。成功すれば自然と克服できるだろう。自信にも繋がるはずだ。まだトラウマはあるけど、吹っ切れるきっかけはできそうに思えた。鍛えれば悩みも晴れるという山城さんの考え方が移ってきたかもしれない。
「その前に、ノルマの筋トレ終わらせなさい」
「そうですね、やっちゃいましょう。腹筋100回と……」
と、ノルマを確認している時、鎮守府内の緊急警報が鳴り響いた。私は聞くのが初めてだ。
今の時間帯だと、龍驤さんではない空母の方が艦載機を飛ばして近海を監視している。おそらくそこで敵の姿を発見したのだろう。
「最近静かだと思っていたけど、おかしなタイミングね」
「せやな。はぐれでも出たんか?」
『私だ。山城君、出撃準備を頼む。繰り返す。山城君、出撃準備を頼む』
司令官からの全体放送は、山城さんの出撃命令。他に名前を出さないというのとは、単機での出撃なのか。単機での出撃命令なんてものがあるのは聞いたことがない。
龍驤さんは何か察したような顔をしている。山城さんも察したようで、ほんの少し昂揚したような雰囲気に。
「着替えてくるわ。筋トレは中止」
「は、はい、了解しました」
「山城、出撃準備始めるわよ」
着替えて工廠にやってきた山城さん。いつものスポーツウェアではなく、艦娘としての制服。
戦艦の艦娘は、巫女服であったり道着であったり、いわゆる和装ベースの制服を使う。山城さんも丈の短い巫女服風な制服だ。だが、通常の戦艦山城と違い、振り袖部分を外した状態。本人曰く、邪魔とのこと。
「はい、準備できてます。うわ、山城さんの制服久々に見た」
明石さんが山城さんの艤装を準備していた。
本来なら腰に接続した機関部に大型主砲を取り付けるのが戦艦である山城さんの艤装。さらに言えば、山城さんは航空戦艦という戦艦の中では稀な艦種である。空母とは言えないが、水上機を数多く搭載し、発着艦できる飛行甲板を持つ戦艦だ。
しかし
代わりに、明石さん謹製の特殊武装を装備することになる。どの鎮守府に行ってもこんな装備はないし、あり得ないと一笑されるだろう。
「整備しておきましたよ。使い勝手は前より上がってます」
「ありがと。ちょっと軽くなったわね」
そう言いながら右腕に装着するのは、私達駆逐艦が装備するであろう小型主砲の中でも火力の低い12cm単装砲。少し形状が変化しているが概ね同じものだ。
左腕には艤装に接続するはずの飛行甲板を装着した。本来なら水上機を発艦させるためのものも、水上機が装備できないのなら宝の持ち腐れだが、山城さんはそれを
「装備完了。いつでも出られます」
「了解。提督、いつでもいいわよ」
装備をしている間に司令官が工廠に来ていた。本来なら執務室から確認するだけでいいのに、わざわざ見送りにくるという。近海ならそのその戦闘をその目で確認するまであるとか。
最初は艦娘全員から避難してくれと言われていたが、すでに全員が諦め、むしろ見送りをしてもらうことで士気を上げるまでになっていた。
「うむ。山城君、今回も
「でしょうね。私を単機で呼ぶんだもの、わかってたわ」
「いい加減折れてくれればいいんだがね。なら頼んだ。無茶だけはしないように」
山城さんは一息吐き
「扶桑型戦艦山城、出撃します」
一気に海へと駆けていった。
私は司令官に連れられ、講堂へと入った。そこには山城さんの戦闘を確認するために艦娘達が集まっている。講堂への映像は、空母の艦載機が送信してきているらしい。集音すらしている辺り、状況が逐一把握できる。
だが、これは戦闘だ。こんな娯楽のようなことをしていいのだろうか。万が一山城さんが負けてしまったら……次はこの鎮守府が狙われるのでは。
「山城君、聞こえるかね」
「ええ、感度良好。聞こえるわ」
司令官はインカムを使って山城さんと通信している。山城さんの声もこちらに聞こえているので、会話の内容は把握できる状態だ。
「朝潮君、今回は我々の敵、深海棲艦との戦いだが、少しだけ違う部分がある。それだけは理解してほしい」
「違う部分、ですか」
「ああ。
深海棲艦。
海の底から突如現れて海を制圧した、私達の敵。艦娘でなければ倒せない謎の勢力。
その存在の正体は諸説あるが、深海棲艦も私達と同じで、艦の魂を使って作られていると言われている。恨み辛みに支配され、それに合わせて
「本来なら深海棲艦は我々の敵だ。だけどねぇ……今回のは敵って感じではねぇ……」
「どういうことでしょう」
「まぁ実際に見てもらえばわかるよ。こういう舞台でみんなが見ている理由も」
そうこうしている内に、山城さんが戦地に到着した。そこに待っていたのは真っ白な深海棲艦。冠とマントがあるため、女王のような風格だ。だが、マントの下はほぼ全裸である。変態さんかもしれない。
背中からは身体と同じくらいの大きさの機械の腕。あれが深海棲艦の艤装なんだろう。私達艦娘とは似ても似つかない。
「深海棲艦の姫級、北方水姫だよ。通称『北の魔女』だ」
姫級というのは深海棲艦のランク。名前もない『いろは級』から始まり、次に人間の形が取れるようになった『鬼級』、そしてその上、最上位が『姫級』となっている。あの変態さんは姫、つまり深海棲艦の中でも最上位の力を持っているということ。
「マッテイタゾ、ヤマシロォ!」
「喧しいわね……」
吠えるような喋り方。あそこまで人の形になれば、人の言葉も使えるらしい。どこか片言だが、何を言っているかは聞き取れる。
「キョウコソ……キサマヲシズメル! カカッテコイヨォ!」
「威勢だけはいいのよね……そんな事……」
言うと同時に山城さんが跳んでいた。すでに艦娘の戦い方じゃない。
「言われなくてもやってやるわよぉ!」
艦娘らしからぬ大振りの回し蹴り。だが巨大な腕型の艤装に阻まれる。
そこから2人の格闘戦が始まった。山城さんの攻撃を北方水姫がガードし、北方水姫の攻撃を山城さんは避ける。あの巨腕の攻撃は、直撃したらさすがに危険だ。だから避けているのだろう。
よく見てみれば、北方水姫の艤装にも主砲があるように見えない。
「司令官、質問よろしいでしょうか」
「なんだい?」
「あの……北方水姫……でしたか、あれには主砲が無いように見えるのですが、深海棲艦というのはああいうものなのですか?」
私はまだデータ上でしか深海棲艦を見たことがなく、特に姫級ともなるとデータが少なくあまりよくわからなかった。初めて見る深海棲艦がマントにほぼ全裸の変態だったのはさておき、艤装そのもので攻撃してくるというのはさすがにおかしく感じる。
「よく気付いたね。あの北方水姫も
「え……!?」
「噂は本当なのかもしれないね。艦娘と深海棲艦は同一存在という諸説のね」
私達と同じように、北方水姫にも
だが、艦娘と同じように
「ツメタイトコロニ……シズメェ!」
「お断りよ!」
北方水姫の巨腕のガードをこじ開け、小型主砲での射撃。しかし、内側の本物の腕にも装甲があり、弾は弾かれてしまう。火力が無いのもそうだが、あちらも主砲無しの戦いを熟知している。
射撃の隙を見て北方水姫も攻撃に転じる。今まで使ってこなかった脚による攻撃。
「っぐ!?」
山城さんの鳩尾にモロに入った。ほんの少しだけ体勢が崩れ、その瞬間に巨腕に掴まれてしまった。
「ッハ、ヤマシロ……コレデオワリダ……!」
巨腕による握り締め。普通の人間ならあっという間にぺしゃんこだろう。艦娘といえども、ひとたまりも無い……はずだった。握りが一向に動かない。
「何のために今まで筋トレしてきたと思ってんのよ! 機関部のパワーも借りれば、この、程度……っらああああ!」
徐々に握りが緩んでいく。腕力だけで抜け出そうとしている。北方水姫の腕から火花が散る。おそらく内部から主砲も撃っているのだろう。密着した状態のゼロ距離射撃だ。山城さんにも被害が出ているはずである。
「ナ……ニ……!?」
「終わるのはアンタよ! もう逃がさない!」
緩んだところを抜け出し、主砲を逆手に持つ。そして
「楽しかったわよ、北方水姫」
主砲の射撃の反動を使った全力の拳が、北方水姫の顎に叩き込まれた。
山城さんと北方水姫の戦い、私はずっと目が離せなかった。本番はこうではないと司令官は言ったが、生と死のやり取りを間近で見たのだ。山城さんが死んでしまうのではないかと考えてしまい、ずっと怖かった。
「あの娘達はね、お互いを認め合っていたんだよ」
「認め合っていた……?」
「もうあの勝負は3回目なんだ。北方水姫がいつもギリギリなところで逃げていたんだがね。でもまた山城君に挑んできた。名指しで、配下も連れずに、正々堂々とね」
本来の深海棲艦は手段を厭わない。圧倒的な物量で押しつぶしにくることも、罠を仕掛けてくることだってある。不意打ちなんて日常茶飯事だ。だからこそ、近海監視や哨戒任務を怠ることができない。
だが、北方水姫はそういったことを一切しなかった。真正面から、罠も無く、ただただ実力だけで山城さんにぶつかった。
だからだろうか、負けた北方水姫は晴れ晴れとした、安らかな顔だった。
「山城君に勝ちたいという一心だけだったんだよ。深海棲艦にもっとそういう娘がいればいいんだがね」
「そう……ですね」
「あちらが真剣に挑んできているから、山城君も北方水姫との戦いは全力で向かっていた。そのために筋トレも増やしていたよ」
北方水姫を認めていたからこそ、常に全力で鍛えていたわけだ。この時のために鍛えていたのだ。ストイックだったのも頷ける
「提督、山城です。ちょっと見て」
「ん、どうかしたかい?」
「北方水姫が……」
講堂の皆も画面を食い入るように見ていた。
本来倒された深海棲艦はそのまま消滅する。艦娘でいう轟沈とは違い、
だが、消えたのは艤装のみ。本体はそのまま残ったまま。
「これは……浄化現象! 山城君、辛いかもしれないが、北方水姫を工廠まで運んでくれ!」
「了解……っく、最後ので腕やっちゃったわよ……まだ鍛えが足りないわね……」
何が起きているか、私にはわからなかった。だが、司令官がいつも以上にテンションが上がっている。倒れた深海棲艦を工廠に連れ込むとはどういうことなのだろうか……。
関係ないように見える山城と北方水姫ですが、北方水姫がラスボスとして出てきたイベント『出撃!北東方面第五艦隊』にて、E-1海域でレベル1の山城改二がドロップするというバグがあったところから関係を持たせています。バグに関わるこの話ならでは。