叢雲さんとの演習を終え、会議室に戻った私と春風。叢雲さんは司令官と話がしたいと執務室へと直接向かったため、今は春風と二人きりの状態。
春風は叢雲さんの言動でご機嫌ナナメ。叢雲さんは演習を通して私の役割をキチンと理解してくれたし、最後には謝罪してくれている。私はそれだけで充分納得できているが、春風は機嫌が少しは直ったとはいえ、まだ納得できていない。
「春風、叢雲さんを許してあげて。私の役割は簡単に理解できないの。それは私だってそう思っていることよ」
「それでも嫌味を言われた事実は覆せません。御姉様を侮辱する意思を見せてます。許せそうにないです」
春風の瞳から炎が出てきている。感情が制御しきれていない。
これから仲間として支援してくれる人と仲違いしたままというのはよろしくない。反省の色を見せてくれているのだから尚更だ。
「私のために怒ってくれているのは嬉しい。けど、叢雲さんは理解してくれたわ。もう怒らなくてもいいの」
最近は鳴りを潜めていたが、私への依存は相当なものだ。私への侮辱が自分への侮辱に繋がるほどに腹を立てている。さらにそこに心の歪みが上乗せされ、他が見えなくなっている。
負の感情で深海棲艦側に倒れすぎると戻ってこれなくなる可能性だってある。春風にはそういう危険性もあるのだ。
「春風、落ち着いて。ね?」
優しく抱きしめてあげる。お子様な私の身体で癒されるかはわからないが、春風にはこれが一番効果的ではないかと思った。
瞳の炎は止まることはないが、少しずつ勢いが無くなってきているように見える。
「大丈夫、私は大丈夫だから」
「御姉様……」
「ありがとう春風。私のために怒ってくれて。でも、もう大丈夫」
やんわりと頭を撫でながら言い聞かせる。まるで小さな子供をあやすような仕草になってしまっているが、当の本人は逆に身体を押し付けてくるほどに求めてくる。
「私は叢雲さんを許した。だから、春風も叢雲さんのことを許してあげて。ね?」
「はい……御姉様がよろしいのなら、わたくしは許します」
まだ納得するまでは時間がかかるかもしれないが、せめてきっかけくらいは私が与えよう。私に依存するなら依存するで構わない。仲間を敵と思うことだけはやめてもらいたかった。
「もう入って大丈夫か?」
会議室の扉の向こうにガングートさんがいることに気付いた。先程の演習のときから電探を切ったままにしていたからわからなかった。
春風は離れようとせず、一層力を込めて抱きつき返してくる。今はなすがままにしておくのがいい。
「はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「構わん。あの叢雲と何かあったんだろう。春風がそこまで不安定になるくらいだ、貴様が貶められたか何かか」
「そう……ですね。私の役割のことで少し春風が揉めました」
ガングートさんに掻い摘んで説明した。
「なるほど、端的にだが理解できた。春風が不安定になるのもわかった」
「はい……ですが、今更になって後悔しています」
「ほう?」
今回のようなことが起きた時に前々から考えていたのが、言った本人に身をもって私の存在理由を体験してもらうという手段。それでもこちらが負けてしまった場合は本当の役立たずになりかねない諸刃の剣。
だが、結局のところ、これは私が怒りに任せて上から殴りつける行為に過ぎないのだ。自分の立場を自分で認めるために、相手を利用しているだけ。演習という場を使ったのも、より自分を認めてくれる人を増やすためとなってしまう。ただの力の誇示だ。
「プライドでの殴り合いは不毛ですよね……」
「それを理解しているのならいい。貴様は叢雲がそれでも折れないと思ったからこそ、その手段に出たのだろう?」
「はい……」
叢雲さんとは何度も話をさせてもらっている。初期艦であり場数も踏んでいるため、芯が誰よりも強い。勝ちも負けも幾度となく経験していることで簡単には折れないだろうと思った。だから、今回の手段を使った。
「それに、叢雲さんは自分の目で見ないと信じないというのもありました」
「あの手のタイプはそうだろう。私も案内された時に少しあってな。白兵戦を見せたんだ」
白兵戦を見せることで、ガングートさんが元北方水姫であり、主砲を使えず魚雷が使える特殊な戦艦であることをハッキリと理解したそうだ。
ついでに照月さんにこういうことが起こり得るということも教えたらしい。俄かに信じがたい現象だが、それが現実と知らしめることができた。
「榛名の姉という金剛と演習をさせてもらってな。主砲の攻撃を全て艤装で払ってやった。その時の叢雲の顔ときたら傑作だったぞ」
「ガングートさんも人が悪いですね」
「だが、現実を受け入れる力は持っている。すぐに納得した。私はこういう戦い方をする艦娘なんだとな」
柔軟な対応が出来るからこそ、今のあの位置にいるのだろう。初期艦であり、秘書艦であり、駆逐艦トップの実力を持っている。
「今回はいい勉強になったと思っておけ。私達を理解してもらえるのはありがたいんだ」
「そうですね。あまりマイナスに考えないようにします」
「それでいい」
話しているうちに春風が眠ってしまっていた。慣れない衆人環視の中で疲れ切っていたのかもしれない。今は寝かしておいてあげよう。
しばらくしてレキさんも帰ってきた。照月さんはヘトヘトだった。
「げ、元気いっぱいだね、うん……」
「すみません照月さん。任せきってしまって」
「ううん、大丈夫。おかげで鎮守府全部回れたし、全員と挨拶できちゃった」
そのレキさんは私に飛びつこうとし、先客があることに気付いて急ブレーキ。方向を変えてガングートさんに飛びつく。
「ココ、ヒロクテタノシカッタ!」
「そうかそうか。そいつはよかったな」
「トモダチモ、イッパイデキタゾ!」
この外交力は見習いたい。照月さんもレキさんのおかげで話がしやすかったという。
レキさんはその存在が本来ならあり得ないだけで、中身は無邪気な子供だ。話しかけられて無視をするような人はここにいないということだ。
「ハルネエチャン、ネテルノカ?」
「周りの視線で疲れてしまったようで。そっとしておいてあげてください」
「ワカッタ!」
レキさんもそのままガングートさんに抱きついて眠ってしまった。さっき愛宕さんに抱きついて寝ていたのに。まだまだ育ち盛りということなのだろうか。
「ガングートさんいるかしら……って、2人寝てるの?」
「照月さんもうつらうつらしてますね」
「レキに連れ回されて疲れてるんだろう。寝かせておいてやってくれ」
司令官との話を終えた叢雲さんも改めて会議室にやってくる。戦艦と空母の選定を聞くためだ。春風さんが眠っているのを見て少し安心したような顔をしたのは見逃さなかった。
ガングートさんからの選定結果を聞き頭を悩ませる叢雲さん。空母はいいとして、戦艦の方が悩みどころなようだ。そんな中、ガングートさんが突然ふっかけた。
「叢雲、朝潮から話を聞かせてもらった。朝潮のことはわかってもらえたようだな」
「っ……朝潮がいる場で言うなんて、ガングートさんも性格悪いわね」
「元深海棲艦なんでな。で、どうだった。こいつの戦いは」
私もどう感じてくれたのかは知りたかった。あの時は状況が状況だけに聞きづらかったため、今からでもできれば聞きたい。私はどういう評価されているのだろう。
「正直驚いたわ。行動が全て先読みされているんだもの。しかも他人経由で先読みでしょ? どれだけ先を見えてるのか」
「さっきは1秒先まで予測していました」
「フェイントまで読んでたわよね。なんなのよそれ、予測通り越して予知じゃない」
フェイントが読めたのは偶然に近い。叢雲さんの性格まで加味して予測したからこそ、タイミングが合わせられた。戦場では敵の性格なんて考えていられないので、あまり使えないテクニックではある。
「あれは倒し甲斐があると思ったわね。朝潮の予測の先に行けるようになればさらに強くなれるわ」
「叢雲さんがこういう方で良かったです」
先程までのガングートさんとの話を叢雲さんにも話した。私の驕りでもあり、反省点。
経緯はどうであれ、勝者が敗者に謝罪するというのはプライドに傷をつけるような行為ではあるが、話すことで叢雲さんへの謝罪とした。
「気にしなくてもいいわよ。私がそんなことで折れるかっての」
「叢雲さんが強い方なので大丈夫でしたが、使わないに越したことはないです」
「むしろ積極的に使えば? 実力もないのにアンタのこと否定するやつは心を折ってしまいなさい」
先程反省したばかりなのに、肯定されてしまった。
というか実力があっても否定されるのは私が嫌な気分になるし、その前に春風が動き出す。相手がどうであれ、存在を否定するのは良くない。
叢雲さんの強さを改めて知ったところで、胸の辺りがモゾモゾし出す。春風が目を覚ましたようだ。
「ん……あれ……わたくし……」
「おはよう春風。慣れない視線は疲れたんでしょう。眠いならまだ寝ててもいいのよ。叢雲さんも照月さんもいるけど」
「え……」
飛び起きた春風。叢雲さんもバツが悪そうな顔。まだこの2人のわだかまりは残っている。
「叢雲さん……も、申し訳ございませんでした……」
「アンタが謝ることは何もないわよ。心無いことを言ったのは私なんだから私が何度でも謝るわ。ごめんなさい」
自分の非を認めている叢雲さんはすぐに謝罪の言葉を口にした。春風もこれにはたじたじ。結局は謝りあいに発展する。
「хорошо. お互い自分の非を理解しているのならそれでいいだろう。和解の握手でもして終わりにしろ。このままじゃ一生終わらん」
「う、うぅ……」
「はい、握手。ついでにハグでもしておこうかしらね」
春風は割り切れたかわからないが、これで手打ちとなった。ここでまだ引っ張るようなら、私が春風を説教することになる。
一晩過ごし、照月さんに何事もないことが確認できた。これから戦闘訓練をしていき、そこで何か出るようならまた話をすることになる。どこの鎮守府でもそうだが、前例のないことは知っているところに聞くのがベストである。
この一晩で春風の機嫌は直っていた。叢雲さんとの和解はまだぎこちないものだったが、私とレキさんで添い寝してあげたのが大きかったようだ。
全てのことが終わったため、出立の時。浦城司令官はまだ雑務に追われているとのことで、叢雲さんと照月さんが見送りに来てくれていた。照月さんは同じ境遇のガングートさんと仲良くなっており、経過観察という
「戦闘を繰り返すことで艤装が深海寄りに変化する可能性はある。それだけは気をつけるんだぞ」
「はい、ありがとうございましたガングートさん」
「あと、私はあまり実感は無いのだが、ちょくちょく言動に
これに関しては昨日の夜に私が確認している。
照月さんは『痛み』に敏感。これは防空棲姫にもあったことらしい。相手に痛みを嬉々として与え、痛みを受ければ同等にやり返す、防空棲姫特有の思考がほんの少しだけ残ってしまっているようだ。
「朝潮、助かったわ」
「力になれて良かったです」
最後にガッチリ握手。叢雲さんに対してのわだかまりは全て消えている。いろいろあったが、心強い仲間だ。
「次はそちらを助ける。援軍は出来る限り要求通りに出すから」
「はい、よろしくお願いします。それでは」
敬礼して鎮守府を出た。春風も名残惜しそうにしていたので、ある程度は吹っ切れたのだろう。私も一晩とはいえ愛着が湧いてしまった。
叢雲はオフィシャルでもクールな一匹狼と書かれているんですが、バレンタインの時に典型的ツンデレを見せてくれているので、艦娘同士なら割と素直なんじゃないかなと予想。