南東拠点攻略の傷も治り、天龍さんも目を覚ました。山城さんは本当に重傷だったらしく、一晩は確実にかかるとのこと。いつも通り、司令官は工廠で目を覚ますのを待つそうだ。
私、朝潮の傷は比較的浅かったので、レキさんに任せていたらしい。目を覚ました時に司令官がいなかったのも、そろそろ目を覚ますということでレキさんが追い出したそうだ。前々から私も思っていたが、入渠は全裸で行われるのに、司令官は男性だ。心配なのはわかるが、こちらにも羞恥心がある。
「久々の入渠だったが……目を覚ました時に提督が目の前にいるのだけは慣れねぇな……」
天龍さんですら同じように思っていたようだ。私と違って天龍さんは大人の女性だ。私以上にそういった部分は気にするだろう。
「まぁ気にしても仕方ねぇ。朝潮、明日あの場所に戻る。ついてくるんだったよな」
「はい。よろしくお願いします」
勝利として幕を閉じた南東拠点攻略戦だが、ちゃんとした弔いはできていない。意思を持たないまま沈んだとしても、せめて私達が忘れないように、簡単でもいいからその場所で弔おうというのが天龍さんの考えだ。
勿論私は忘れることは無いだろう。私の立つ戦場で初めて落とした命。いくら同じ艦娘が何人といるこの世界でも、あの場所であの状況で命を落としたのはあの人だけだ。
「大鳳さんも来るって言ってたな。提督には許可を貰ってるから、明日の朝、出撃な」
「了解しました」
今日は時間としてはもう遅い。あと僅かで萩風さんが落ちるくらいの時間だ。弔いは明日、改めて。
翌日の朝。天龍さんを旗艦とした弔いの艦隊が出撃する。随伴は私と大鳳さんに加え、私と同じ気持ちだった霞が便乗した。
本当なら山城さんも来るつもりだったようだが、朝になっても入渠は終わっておらず、残念ながら欠席。身体の治療自体は終わったようなので、あとは目を覚ますのを待つだけのようだ。峠を越えたようで一安心。
「天龍さん、それは」
「
天龍さんは小さな造花の花束を持っていた。あの地点の海中に沈めるために重りをつけたものだそうだ。生花だとすぐに消えて無くなってしまうが、造花ならしばらくはそこに在り続けるだろう。忘れないという思いを込めた花束。
「天龍、一つ教えてほしいのだけど」
「ん、どうした?」
「貴女はあそこで沈んだドロップ艦を見たのよね?」
大鳳さんに問われ、天龍さんの顔が少し歪む。あまり聞かれたくない内容だったのかもしれない。
「言いたくなかったらいいわ。ごめんなさい」
「今は待っててくれ。あの場所で話す」
何の目印もない海の上、天龍さんはまっすぐ昨日の戦場に向かう。哨戒も兼ねているため索敵をしているが敵影はない。戦場だったことが嘘だったかのようだった。
「ここだ。ここでアイツがやられた」
しばらく進んだところで天龍さんが止まる。あの時の血溜まりは綺麗さっぱり消えている。あの時に破損した艤装なども、全て沈んでしまっているだろう。それでもここだと言い当てた。
戦闘中に切れて無くなっていた天龍さんの眼帯が浮かんでいた。
「山城姐さんは一部始終見てたんだが、オレは沈む瞬間から見てたんだ。ここで沈んだのは……
ここで発生し、意思を持つ前に戦艦水鬼に沈められたドロップ艦は、天龍型軽巡洋艦の2番艦、龍田さんだった。たった一人の天龍さんの妹である。
戦艦水鬼に引導を渡すときの天龍さんの顔を思い出した。恨みと憎しみと悲しみが混ざった、あまり見ていたくない顔。負の感情しかない、一歩間違えれば深海棲艦と同じ感情。
妹が目の前でやられたのだから、ああもなるだろう。私だって間違いなくああなる。
「大鳳は知ってるよな。艦娘が沈んだ後のこと」
「その艦の魂を使って深海棲艦が生まれる可能性、かしら」
初耳だった。勿論霞も。
沈んだ艦娘の魂は、少しの間そこに留まるらしい。無念のままに沈んだ艦娘の魂は、その魂が消える前に新たな深海棲艦に変化してもおかしくはない。その無念が大きければ大きいほど、強大な力を持つ深海棲艦に変化する可能性だってある。
あの戦艦水鬼も、ここで沈んだ誰かの魂を使った深海棲艦かもしれない。例えば……懸命に戦ったのに敗北し、生きているのに捨てられた戦艦、とか。
「万が一、龍田の魂を使った深海棲艦が生まれていた場合を考えててな」
「でも、いなくてよかったわ。やっぱり……戦いたくないもの」
今まで私達も知った顔の敵と戦ったことがある。神通さんに似た軽巡棲姫や萩風さんに似た駆逐水鬼がそれにあたる。特に駆逐水鬼との戦いは、姉である時津風さんが率先して戦った。
近しいことがこれからも起こり得る。できることならやりたくない戦闘だ。
「そういったことが起こらないように、ここで安らかに眠ってほしい」
餞の花を海に沈めた。これで龍田さんの艦の魂が深海棲艦とならないことを祈ろう。
「朝潮、霞、付き合ってくれてありがとな」
「私も弔いたかったので」
霞は終始無言だった。涙を堪えているような顔だった。私と同じことを考えているだろう。
死んだ妹との最後の別れを見届けることがこんなに辛いとは思わなかった。二度とこんな感情を持ちたくないと思えるほどだ。
「さ、帰るぞ。長居しても仕方ねぇ」
「最後に索敵だけしておきます」
電探による海上の索敵には何も反応がない。次にソナーによる海中の索敵。反応は今沈めた造花の花束だろう。だが、
「さっきの造花とは違う反応があります。でも……潜水艦より大きい……?」
「敵潜水艦じゃないのか? 一応対潜警戒はしておけよ」
「何もせず浮上してきます。な、なにこれ……」
ソナーでは今までに感じたことのない反応を感じた。潮さんなら何かわかるかもしれないが、私には潜水艦とは違う何かとしかわからない。以前にセンさんをソナーで見たときとも違う。
徐々に浮上してきているため、そろそろ海面からでも見えるほどになっていた。今まで見てきた潜水艦とはやはり違う。すぐに目についたのは、用途不明の天使の輪のようなデバイス。
「嘘だろ……はは、奇跡だ!」
「天龍さん?」
「龍田だ。龍田がドロップした!」
ゆっくり浮上した何者かを天龍さんが掬い上げた。
以前に見た萩風さんと同様、全裸でのドロップ。艤装は装備しているようだが、武器を何も装備していなかった。私がドロップしたときと同じ状態。ということは、
「
「装備無しですしね。あの、この物騒なものは……」
艤装の一部らしく、私が持ち上げることはできない武器。以前に天龍さんは天龍型は武器を持って生成されると話していたが、これがその武器なのだろう。天龍さんの刀とはまた違う。
「龍田の武器は薙刀だ。
天龍さんは同じ型だからか持ち上げることができる様子。同様に龍田さんも天龍さんの刀を持ち上げられるのだろうか。
「あの時死んだ龍田とは違う龍田だろうが……同じ魂を使って再生成されたんだと思う。生まれ変わりだな」
「生まれ変わり……」
「す、すまん。先に行くから追いついてきてくれ。提督には連絡しておく」
龍田さんを器用に抱きかかえて鎮守府に戻っていった。後ろ姿からしても大喜びなのがわかる。それに肩が小刻みに震えているのもわかった。
「旗艦が随伴艦を置いていってどうすんのよ……」
「いいじゃない。天龍さんだって私達に見せたくない顔もあるわよ」
「そうね……。目の前で死んだ妹が、同じ姿で生き返ったんだもんね。喜んで当然か」
どうやら悲しみの涙は引っ込んだようだ。
ここで龍田さんが沈んだことは覆せないが、新たに龍田さんが生まれたのだから、それはもう帳消しといってもいいだろう。むしろ喜びの方が優っている。
「ここの天龍は、他の天龍よりも優しいのね」
「はい、自信を持って言えます。自慢の大先輩です」
「元々根は優しい子なんだけど、餞の花を用意する天龍なんて聞いたことがなかったもの」
ゆっくり天龍さんを追いながら大鳳と話す。他の軽巡洋艦天龍は、荒っぽく好戦的だが、面倒見がいい姉御肌という私達でも知っているような性格だそうだ。
だが、わざわざ誰かが沈んだ戦場に再び赴いて弔うほどではないらしい。沈んだのは実力不足だと言い切り、人が見てないところで悔やむくらい。ここまで行動的に動かないという。
「私達艦娘は死んでもお葬式なんてしてもらえないもの。こうしてもらえるだけでも浮かばれるわ」
悲しい笑顔だった。
私達はどこまで行っても兵器だ。そんな私達が死んだところで、それは
私達の司令官は、艦娘を人として見てくれている。だからこそ、皆が絶対的な信頼を寄せている。そして命を大切にする。
命の形はどうであれ、私達は生きている。
午後になり、山城さんの入渠が完了。同時に、天龍さんが連れてきたドロップ艦の龍田さんの調査結果も出ていた。
予想通り、龍田さんは
理由はとても簡単で、生成された場所のせいである。赤くは染まっていなかったものの戦艦水鬼の領海であり、さらには消滅地点であるがために、深海棲艦の力が生成を阻害していたということ。攻撃系の装備接続を全て破壊し、まともに装備できるのは電探かタービンくらいになってしまっているらしい。
「そうか……あの戦艦水鬼、死んでからも迷惑かけてきやがって」
「接続不備の中でも相当重いね。龍田君は出来ることが最も少ない艦娘になる」
「龍田はオレと同じ道がある。多分あいつは同じ道を選ぶ」
それで喜んだのは山城さんだった。白兵戦型が増えることは大歓迎だそうだ。
「天龍の妹なんでしょう? なら鍛え甲斐があるじゃない」
「オレより皐月寄りだと思うな。オレは力押しもするが、あいつは業でどうにかするようなヤツだと思う」
「それはそれで鍛え甲斐があるわ」
こんなににこやかな山城さんも珍しい。力押しであろうが、技で押し込むのだろうが、結局のところ筋トレは必須。駆逐艦故に非力であり、業を極めようとしている皐月さんも、毎日欠かさず筋トレをしているほどだ。今でももう私以上に鍛えられている。
「長柄は初めてね。その辺りは天龍に任せるわ」
「そうだな。皐月と一緒に鍛えてやるか」
「君達、話を勝手に進めているが龍田君の意思も尊重するんだよ?」
司令官が言うことも当然だった。龍田さんが白兵戦を望まない可能性だってある。いくら攻撃系の装備ができないからと行って、必ず白兵戦に進むとは限らない。電探は装備できるのだから、私と同じ道を進む可能性だってある。
「ともかく、龍田君はここに配属することになる。しばらくは天龍君に任せていいかな?」
「ああ、むしろオレから頼む。龍田はオレに面倒を見させてくれ」
天龍さん自身が頭を下げた。それほどまでに妹が大事ということだ。私が霞を任された時と同じ、いや、天龍さんには龍田さんしかいないのだから、より大きい存在だろう。
そんなこんなで鎮守府に新たな仲間が加わることとなった。少ない軽巡枠であることは戦力増強としても大きい。時間は短いが、北の拠点攻略までに戦力として鍛え上げる可能性だってある。
ここでやっていけるか心配になるが、天龍さんがいるのだ。きっと一緒に戦えるだろう。
龍田の頭のデバイス、オフィシャルが『パルック』と呼んでいるんですよね。クルクル回りながら発光する天使の輪……。