翌朝、予定通り元帥閣下が鎮守府にやってきた。名目は『赤い海の調査』。当然そちらの情報もある程度は渡すが、本来の目的はそちらではなく、私、朝潮を含めた『ケッコン艦の訓練』である。一番の目的である『大本営からの逃走』は、ここに来た時点で達成できているか。
「朝潮ちゃんや、お出迎えありがとう」
「お久しぶりです。おじいちゃん」
「癒されるのぉ……」
大本営でいろいろとあるのだろう、少し疲れた顔の元帥閣下。出迎えた私を見るや、抱きしめてきた。孫を溺愛するお爺さんのような、そんな優しい手つきだったが、それを簡単に許さないのが護衛艦娘の方々。赤城さんに至っては当たり前のように頭をはたき、私から引き剥がす。
「報告は聞いておるよ。戦艦水鬼撃破、ご苦労だった」
「ああ、だが大苦戦だったよ。姫級3体同時ってのは流石に堪える」
「本当に苦労したようじゃの。姫級6体なんていう戦場もあるらしいがな」
頭が痛くなりそうだった。戦艦棲姫改との戦闘はそれすらもあり得るということだ。私達でどうにかできるのか。いや、できないから援軍を頼んだのだ。力を合わせて突破することが今後の目標。
「その辺りの話は後にしよう。近況を教えてもらおうか」
「いつも通り会議室にいこう。朝潮君もありがとう。ここからはいつも通りで」
「了解しました。それでは元帥閣下、また後で」
護衛艦娘の方々は赤城さんを除いて自由行動にされる。今回は会議に出る必要がないため私も自由に。自由と言っても訓練や任務はいつも通りだ。私はお出迎えや護衛艦娘の方々との交流のために午前中を非番にされているだけで、午後からは訓練がある。
「朝潮よ、春風はどうなった。あの後からずっと気になっていたんだ。赤城から多少は聞いているが……」
自由になった途端、武蔵さんに聞かれた。あの時は後味の悪い別れ方になってしまっているため、すぐにでも今の春風を見たいようだ。春風はあの時とは違い、深い闇はもう抱えていない。闇の方向性が変わったくらいだ。
だからここには呼び出しているのだが、やはり恐怖心が勝ってしまうのだろう、柱の陰にずっと隠れている。チラチラとこちらの様子を伺っている。
「春風、隠れていないで出てきなさい」
「お、御姉様、こちらにも心の準備が……」
「昨日から散々してきたでしょうに。さ、おいで」
私の呼び出しに応じて、おずおずと陰から出てくる春風。その姿に武蔵さんも驚いていた。さすがに朝潮型改二制服を着ているとは思っていなかったのだろう。
「その節は本当に申し訳ございませんでした……」
「何、気にするな。立ち直ってくれたことが嬉しいぞ」
「とはいえこれはまた……思い切ったことをしましたね。赤城さんから妹分になったとは聞いていましたが、まさか本当に妹にしているとは」
制服については、思い切ったのではなく、春風が望んで一度許可を出したら脱がなくなっただけ。
掻い摘んで、春風にも納得が行くように説明した。心の歪みのことはあまり触れず、現状だけを端的に話す。あちら側に倒れることとも折り合いを付けたとも伝えた。今ではコントロールもできているので、戦闘に役立てていることも。
「そうか、深海棲艦の力を使いこなせるようになったんだな」
「はい、おかげさまで。こんなわたくしを認めてくれる方々のために、そして何より御姉様のために、尽力していこうと思います」
「えらいぞ! この武蔵、全力で春風を応援しよう!」
春風の頭を力強く撫で回す武蔵さん。それこそ春風が犬のように扱われているように見えてしまう。
私のためと言った部分は華麗にスルーしてくれた。ありがたい。でも加賀さんの視線が少し痛い。
「私達にも簡単でいいから近況を教えてくれないかしら。少しここで時間を潰さないといけないの」
「ここで、ですか?」
「ええ。後発組がいるのよ。今回は人員を増やしたわ」
元帥閣下の護衛自体は4人で充分なのだが、今回は訓練もある。そのために、わざわざ増員してくれたそうだ。大本営、元帥閣下直属の艦娘ということで、実力もトップクラス。どのような人が来るのだろう。
時間潰しということで、前回来てもらった時からどれだけ変わったかを話した。仲間が増えたことや拠点鎮圧のこと、あとは援軍を要請したこと。特に大きかったのは、艦娘の死を見たことだろう。命の尊さを身を以て知った特別な体験だ。その後、同じ艦娘がドロップするという奇跡まであった。
「なるほど、いろいろと経験をしてきたのね」
「これは山城と戦うのが楽しみになってきたな。姫級を1人で屠るか! それも拳で! 堪らんなぁ!」
いつになくテンションが高い武蔵さん。むしろそれを楽しみに来たようにも見える。山城さんと唯一対等以上に渡り合えるのが武蔵さんだ。今の遠いところまで行ってしまった山城さん相手でもなんとかしてしまいそうだから恐ろしい。
と、ここで電探に新しい反応が入った。春風が先に反応していないため、敵の反応ではない。急に現れたわけでなく、索敵範囲の外から中に入ってきた。
「あ、誰か近づいてきましたね。駆逐1、戦艦1です。後発組ですか?」
「ええ、まだ見えていないのに、もう索敵範囲に入ったのね」
あくまでも少数精鋭。大本営直属の艦娘はそこまで多くなく、私達の鎮守府と似たような人数らしい。そのためあまり人数を外に出せないそうだ。
代わりに1人1人が一線級の能力を持つ。大戦艦の2人や一航戦の2人を見ていると、まず基本のスペックから高いのだろうと推測できた。最初から抜きん出た能力を持ち、それをさらに鍛え上げて極める。武蔵さんを見れば一目瞭然。
「お、来たな。こっちだ!」
武蔵さんが手を振り、後発組の2人を呼び寄せた。遠目から見ても、練度が異常に高いのがわかる。
「思ったより早かったわね」
「雪風のおかげだ。ここまで迷わずに来ることができた」
「はい! 雪風は迷いません!」
後発組の駆逐艦は、陽炎型駆逐艦8番艦、雪風さん。時津風さんと萩風さんの姉に当たるが、見た目は時津風さんと同じように幼い。しかし幸運艦、奇跡の駆逐艦として有名であり、それが全て実力で掴み取ったものなのだから、最強の一角として相応しい。
「長門はもう少しそういうところちゃんとした方がいいぞ」
「わ、わかっている。最近は戦闘以外でもだな」
そして戦艦は、長門型戦艦1番艦、ネームシップの長門さん。世界のビッグ7の1人として名高く、古参の戦艦として日本を代表する人だ。武蔵さんと同様に武人然としており、勇ましい雰囲気がこれでもかと出ている。どこか戦艦水鬼に似ているが気のせいだろう。
「朝潮、今回の訓練はこの面白コンビにも手伝ってもらうわ」
「誰が面白コンビか。演歌でCD出した貴様には言われたくないな」
「やりました」
元帥閣下直属の艦娘は大概面白いというのはよくわかった。人見知り、というか人の視線が苦手な春風も、一歩引いているものの私の後ろに隠れることなく話を聞くほどである。
「私が代表というわけではないのですけど、最近よくこういう場に立たされる朝潮です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。君のことは聞いている。爺さんをあまり甘やかさなくていい」
甘やかしているわけではないのだが、喜んでくれるのだからやってあげてもいいかなとは思う。私達ではわからないストレスも溜まっているだろうし、こういう場で癒されてもらえれば。
「訓練は午後からということでお願いします」
「了解した。加賀よ、それまではどうしておくんだ?」
「自由よ。貴女達はここが初めてなんだから、適当に見て回ればいいと思うわ」
加賀さんはここで少し待ち、赤城さんが戻り次第蒼龍さんをシゴきに行くとのこと。前に来た時も同じようなことをしていた気がする。蒼龍さんは愛すべき後輩なのだろう。
「私と春風は午前中非番なので、案内しましょうか?」
「ああ、頼まれてくれるか」
「はい。あと雪風さん、この鎮守府には時津風さんと萩風さんがいますので」
「妹がいるんですね! なら挨拶しなくちゃです!」
見た目通り子供っぽい雪風さん。時津風さんと姉妹と言われて納得できる。相変わらず萩風さんの姉と言われても疑問に思えてしまうのはご愛嬌。
割と大人数での移動になってしまっているが、初めての2人を連れて鎮守府を案内していると、早速清霜さんと出会った。今回はアポありだったおかげで、清霜さんも待ち構えていた。来るタイミングを見計らって大和さんに抱きつく。
「大和さん! 武蔵さん!」
「清霜ちゃん! 久しぶりね!」
名誉大和型であることは長門さんも聞いていたようで、見た目は通常と変わらない清霜さんをしげしげと眺める。この身体で大和型と同じ身体とは到底思えない。
「この子が噂の戦艦清霜か」
「あ、貴女はビッグ7の長門さん! すごい、最強の戦艦が揃ってる……!」
大本営でも清霜さんの存在は噂になっている様子。長門さんに存在を知られていたというだけで、清霜さんは感動していた。
「長門さんも憧れの人なの! 大和さんと武蔵さんの火力も凄いけど、長門さんの梯形陣から繰り出される連携! あれ、あたしも真似したいと思ってて!」
「ああ、胸熱アタック」
「胸熱アタックですね」
「一斉射と言え一斉射と。大和までボケに回るな」
長門さんは装備している主砲の都合上、どうしても大和型よりは火力が劣ってしまう。そこを補っているのが、大和型の2人の言う『胸熱アタック』、一斉射だ。単体では劣る火力も、連携により数倍の威力に高めるのだ。
「あたし、いろんな戦艦の戦い方をずっと研究してて……。ネルソンタッチもやってみたいし、胸熱アタックもやってみたいし、ああ夢が広がるー!」
「本当に研究熱心なのね。でも燃費の問題があるものね」
「ほんのちょっとだけ良くなりました! これ!」
左手薬指の指輪を見せた途端、戦艦3人が噴き出す。ケッコンカッコカリという手段を使ってくるのは想定していなかった顔。特に清霜さんは駆逐艦である。対してここの司令官は中年男性。見た目だけで言えば親子だ。
「そ、それは想定外だった」
「合理的ではあるが、まさかケッコンカッコカリを清霜と……」
「いえ、その、私もしていますから」
私も指輪を見せる。そこでこの鎮守府は強化と割り切ったケッコンカッコカリをしているということで納得してもらえた。が、長門さんは複雑な表情。
「駆逐艦とだけケッコンカッコカリしているロリコンという可能性は……」
「ありませんから。ここでケッコンカッコカリしていないのは新人の3人だけです」
「そ、そうか。ならいいんだ、すまない」
なるほど今だけならそうやって見えてしまうのか。覚えておこう。司令官に不名誉なあだ名が付いてしまいかねない。
「あっ、雪風だー!」
今度は萩風さんの反動軽減訓練に合流。時津風さんも相席している。
「時津風! あと萩風も!」
「姉さんが訓練してくれるってことよね。頼もしいけど勝てる気がしないや」
苦笑する萩風さん。雪風さんはそれほどらしい。
奇跡を確実に勝ち取るというのは生半可なことではない。そうなってしまうともう奇跡でも何でもないのだが、私達では到底できないような奇跡を、雪風さんなら確実に成し遂げると思うと、それがどれだけとんでもないことかがわかる。
「これは何の訓練……?」
「萩風は反動でまともに主砲撃てないから、頑張って押さえつける訓練」
初陣の時でもフラついていたので、まだまだこの訓練は必要。でも最初よりはかなり良くなっている。吹き飛ぶことはもう無く、命中率が若干低いくらいだ。
「え、それ重巡洋艦の主砲!? え、ええー! 凄いです!」
「あたしと萩風は装備が重巡洋艦になっちゃってるからさ。反動軽減が最初の難関なんだよね」
的に向かって主砲を撃つが、どうしても身体がブレてしまうようだ。欠かさず筋トレをしているのは知っているし、山城さんに追加プランを練ってもらっているのも知っている。だが、その努力はすぐに結果として現れてこないから困ったものだ。
「ここの人は凄い人ばっかりです! 戦艦の清霜ちゃんも凄いけど、妹が重巡洋艦になっちゃってるなんて!」
「あ、きよしーとは会ったんだ。じゃあオーバースペック組とは全員会ったわけだねぇ」
最初に会うのがオーバースペック組というのは
「あ、萩風、夜は大丈夫? まだ怖い? 雪風、それだけ心配です」
「あー……その、今の私には
「夜が無い?」
オーバースペックにはそれなりの代償があるということは、大和さんと武蔵さんも清霜さんを見て知っていたことだ。萩風さんにも同じようにデメリットがあり、それが昼夜を切り分ける睡眠と話すと、雪風さんはいろいろ考えた後に首を傾げる。
「夜に動けないのは辛いですけど、夜が怖いなら動かない方がいいし、いいことなのか悪いことなのか……わかりません!」
「私としてはいいこと……かな? でも食生活がおかしくなるのはちょっと。不健康……」
こればっかりは仕方ない。諦めろとは言わないが、行動できる時間のうちに健康的な生活をしてもらうしか無い。
「ここの艦娘は個性的な者が多い。個体差があるのは当然だが、ここまでとはな」
「はい! それに、みんなお強いです!」
ある程度案内を終え、大体の人を紹介できた。その過程で武蔵さんはジムで山城さんとの訓練に参加するため、一旦別れている。山城さんも今日こそ決着をつけると息巻いていた。
「午後からの訓練も楽しみだ。朝潮、勿論君も出るのだろう?」
「はい、おそらく。でも私は戦闘が出来ないのでご期待に添えられるかどうか」
「赤城から聞いているぞ。戦場に朝潮がいるなら、まず潰せと」
赤城さんからも認められているのは光栄だ。それは龍驤さんと蒼龍さんのような浮き砲台の曳航役としての役割を見てか、旗艦ではないところにいる司令塔としての役割を見てかはわからないが。
「お手柔らかにお願いします」
「それはできない相談だ。強くなりたいのだろう?」
「ふふ、そうですね」
午後からは戦闘訓練だ。長門さんと雪風さんの加わった護衛艦娘、最強の艦隊を相手にどこまで行けるか、私も少し楽しみである。
たった一人、駆逐艦でも最強の艦隊に加えられている雪風。史実でも逸話だらけで有名な駆逐艦ですが、本領発揮するのは次回。