欠陥だらけの最前線   作:緋寺

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愛の力

翌日は朝からまた演習だった。私、朝潮は戦況把握を突き詰めつつ、雪風さんと同様に一切の被弾無しを目指す。あくまでも自分の命を大事に、周りをサポートすることが重要だと気付けたのはとても大きい。無意識とはいえ、一番大事な自分を蔑ろにしてはいけないのだ。

 

さて、この演習で全員の練度の底上げが行われている中、たった1人だけ不調が続く人がいる。無意識とはいえ、今までと戦闘スタイルが変化してしまい、本人すらも戸惑っている山城さんである。強くなるはずのケッコンカッコカリで特大のスランプを抱え込んでしまった。

 

「山城よ……前より弱くなっているようだが」

「う、煩いわね……」

 

演習終了後、やはり左腕だけ殆ど汚れていない。無意識に庇っている。意識し始めたら今度は動きが物凄く悪くなってしまっている。

昨晩司令官にも少し聞いているのだが、このケッコンカッコカリの指輪、ちょっとやそっとなことでは壊れることはないそうだ。そのための司令官のキスらしい。山城さんのような、指輪が直接敵の艤装にぶつかるような戦いをしたところで傷一つ付かないとのこと。

 

だが、山城さんはそもそも汚れるのも気になってしまうのだろう。この鎮守府の中では数少ない、司令官にそういう気持ちを持っている山城さんだからこそ、司令官からの贈り物である指輪は本当に大切なものだ。万が一があったら山城さんですら何が起こるかわからない。

 

「聞いていないのか? その指輪は破損なんぞ無いと」

「知ってるわよ。それでも……気になるものは気になるの」

 

山城さんにメンタルの問題が発生するなんて思いもよらなかった。

今までの戦闘でも、先陣を切り誰よりも勇猛果敢に戦っていた人だ。悪く言えば()()()()をする山城さんの繊細な悩み。私達にも付いて回る可能性があるものである。

 

「ちょっと休憩するわ……。悪いわね……ちょっと調子悪いみたい」

 

こんなに弱々しい山城さんを見たことが無かった。溜息をつきながら工廠へと向かってしまう。

武蔵さんもそれを引き止めることは無かった。だが、あまりいい顔もしていない。山城さんの悩みは戦場で確実にマイナスになる。それを察していた。

 

「私は心のことについては疎くてな。朝潮、頼めるか」

「私が触れていい問題かはわかりませんが……はい、少し行ってきます」

 

心の問題はいくつか見てきたが、これはまた方向性が違う。本当に個人的な問題ではあるし、山城さんから見れば、同じ指輪を持つ私も疎ましい存在なのかもしれない。触れていいかどうかわからない。

でも、私も山城さんに幾度となくアドバイスは貰っている。何か力になれるならなりたい。

 

 

 

工廠に入ると、端で山城さんが指輪を眺めながら休憩している。あれだけ戦闘しているにも関わらず、綺麗なものだった。本当に大事にしているのだろう。私でもあそこまでではない。

 

「何よ朝潮、私を笑いに来たの?」

「そんなわけないじゃないですか」

 

相当参っているようだ。私の顔も見ずに吐き捨てる。自分の不甲斐なさにイライラしている顔。

 

「こんなちっさいものが汚れるのが嫌だなんてね。いつも戦場から埃塗れ血塗れで帰ってくるような私が」

 

大切そうに左手を撫でて、自嘲気味に笑う。

確かに戦場に出ているときは、無傷だとしても汚れて帰るのが山城さんだ。白兵戦で敵の至近距離にいるからこそ、いろいろなものが飛び散って汚れに汚れている。戦艦棲姫を単独で倒したときも、大破していたのもあり、自分の血も敵の血も服に飛び散り、爆撃雷撃の煤にも塗れ、白い巫女服のような制服が赤黒く染まっていた。それでもまったく気にする素振りもなかった。

それが今では、たった一つの指輪だけは死守しようとしている。自分よりも指輪を優先している。

 

「司令官には話したんですか?」

「話せるわけがないでしょ。あなたの贈り物のせいで戦えなくなりましたなんて、口が裂けても言えないわ」

「ですよね……でも、そこにいますよ」

 

心配したのか、工廠には司令官も来ていた。山城さんがこうなるのは配属し、白兵戦を始めてからは初めての事らしい。昔のドン底の状態に戻ってしまったようにも見えたそうだ。

司令官の存在が近くにいるとわかった瞬間、山城さんがビクンと震えた。同時に顔が真っ赤に。いつもの怪物のような戦闘力が嘘のようにしおらしい。

 

「私は分け隔てない愛の形のつもりだったが、山城君には呪いになってしまったのか……覚悟を決めたつもりだったが」

「カマをかけたのは私だからいいのよ。ただ、その私がこのザマだなんてね。こうなりたかったのに、なったらコレだもの」

 

これはもう司令官にしか解決できない問題になっているだろう。私が口出しできる事じゃない。それに、こういう関係は私がここにいるのも良くないだろう。司令官に任せて、私は工廠から出て行った。

きっと司令官なら山城さんを立ち直らせてくれる。

 

 

 

演習をもう一度回した後、山城さんが戻ってきた。先程とは違い、スッキリした顔。先程までの演習の汚れも取り、綺麗に心機一転してきたようだ。

 

「待たせたわね。で、お願いなんだけど。武蔵、1対1(タイマン)受けてくれない? 今ならやれる気がするわ」

「ほう、この武蔵にこの場で挑むのか。いいだろう、皆少し時間をくれ」

 

戻ってきて早々、武蔵さんに喧嘩を売る。今まで何度か1対1で戦い、負け続けてきている。ジムでの稽古でも勝敗が付かなかった。艤装無しで互角、艤装有りだと不利ということは紛れもない事実だ。

だが、たった一つだけ山城さんが武蔵さんに勝っている部分がある。それが、ケッコンカッコカリ。練度の底上げにより互角に渡り合えるだけのチカラは手に入っているはずである。

 

「1対1の演習でいいわ。ハンデも何も要らない」

「ああ、了解した。全力で受け止めよう」

 

皆が離れ、演習場は2人だけに。最初は大きく距離が取られているため、山城さんは絶対的に不利。超火力な武蔵さんの砲撃が壁のように襲いかかるだろう。攻撃は最大の防御というが、武蔵さんはそれが本当に行われる。近付けさせないまである。

 

「今までは手を抜いていたのよね。私が近付けてるんだから。本気でやりなさいな。今の私は一味違うわよ」

 

演習開始の合図が鳴る。いつも通り山城さんはまっすぐ突っ込む。

 

「お言葉に甘えさせてもらおうか! 主砲一斉射、撃てぇーっ!」

 

ダミーのペイント弾だとしても車に轢かれたかのような衝撃を受けることは私も体験してわかっている。それが同時に2発。容赦なく、山城さんに襲いかかる。

 

「どれだけ余裕無かったのよ私は。全部()()()じゃない」

 

着弾点から避ければいいのに、ブレーキもかけず一切の躊躇なく砲撃に突っ込む。演習と言えども、あの数の直撃は危険だ。だが、演習を見る全員がそんな心配をしていなかった。

その全てを叩き落とした。左手もちゃんと使い、汚れることも躊躇わず、ただただまっすぐに突っ込んでいく。ここまで来ると砲撃も一切関係ない。

 

「ははっ、いいぞ山城! 私は()()とやりたかった!」

「ご期待に添えられるかしらね」

 

ほとんどゼロ距離にくらいまで接近しても、まだ武蔵さんの砲撃は止まない。それすらも全て叩き落とし、ついには自分の距離にまで入った。

 

「邪魔!」

 

主砲を殴り射線を強引に変え、自分への脅威を根本から処理。

本来ならこれで無防備。山城さんの勝ち。なのだが、武蔵さんは何故か格闘の心得もある。

 

「ここからは殴り合いか!」

「悪いわね、今の私は止まらない」

 

瞬間、武蔵さんが飛んでいた。山城さんの一撃をガードしていたが、その衝撃で脚が浮くほどだった。あの拳、武蔵さんの主砲並に強烈ということか。

 

「今のが右。じゃあ、左」

 

ケッコンカッコカリをしてから躊躇っていた左の握り拳。殴る前、拳にキスをした。気合いの入れ方が違った。山城さんの緋色の瞳が燃え上がったように見えた。

 

2()()()()()なんだから、弱いわけないのよ!」

 

武蔵さんはガードを崩していない。そんなこと関係無しと言わんばかりに、その上から叩き込んだ。演習とは思えないくらいの衝撃で、海が割れたかのように叩きつける。

一撃で轟沈判定。山城さんは無傷。ついに護衛艦娘の方々から轟沈判定を取ることができたのだ。

 

「なんなのだあれは……」

「あれがうちの山城さんですが」

「武蔵が一撃で轟沈判定を受けるところなど、生まれて初めてだぞ」

 

たった数秒の攻防。それを見ていた長門さんが唖然としていた。

武蔵さんは最新鋭の大戦艦であり、あらゆる戦艦と比べても最上級のスペックを持っている。さらに改二改装済み。名実共に最強の艦娘だ。その武蔵さんが、1対1という環境下で敗北である。

山城さんは努力と()()()で全てを覆した。特に最後の一撃は今までの中でも一番の力だったと思う。

 

「しかし……戦場で、敵の前だというのに指輪にキスか。惚気もあそこまで来ると清々しい」

 

長門さんがボソリと呟いた一言ですら、山城さんは聞き逃さなかった。こちらを向いて眼光が鋭くなる。

 

「長門、次はアンタよ。武蔵と同じように1対1(タイマン)ね」

「悪いが遠慮させてもらう! 私は武蔵ほど格闘は得手ではない!」

「知ったこっちゃないわ。全員私の糧にしてやるわよ」

 

吹っ切れた山城さんはそれはもう強く、通常の演習でもいつも以上に力が出るようになっていた。2人がかりに押し潰されるようにはなってしまったが、あちらにその選択肢を選ばせるほどに成長したというのは大きなことだ。

山城さんの左手はもうドロドロに汚れている。それでも、指輪だけは綺麗なものだった。

 

 

 

午前の演習が終わり、後片付けをしている時に司令官と元帥閣下の話し声が聞こえた。行儀が悪いと思いつつも、その話に聞き耳を立ててしまう。

 

「まさか武蔵がやられるとは思わなんだ。お前の山城は強いのう」

「私の自慢の艦娘達さ。信頼している」

 

話題はやはり山城さんのことのようだ。たった1人、護衛艦娘の方々に轟沈判定を与えたものとして、元帥閣下も興味が尽きないらしい。

 

「あの不調からどうやって立ち直らせたんじゃ。お前が席を立った後から絶好調のようだったが」

「少し私の思いを知ってもらっただけだよ」

 

司令官が話し始める。

 

山城さんに対して言ったのは簡単なことだった。指輪には、司令官の思いが詰まっている、と。

自ら戦場に出られないことを悔やんでいる司令官は、私達艦娘に思いを託すしかできない。だから、せめて大きな繋がりとなる指輪という形で司令官を戦場に連れていってほしいということだった。

山城さんは演習中に『2人分の拳』と言っていた。左手には、山城さんと司令官、2人分の力が籠っている。

 

「山城君の武器は素手。その指輪で殴ることになる。それは私の拳と一緒なんだと話したんだ」

「なるほどのう。あの山城だからこそ、じゃな」

 

私達は指輪をしていても、それで攻撃なんてできない。白兵戦組である天龍さんや皐月さんだって武器を使う。その過程で指輪が汚れることはあるだろうが、直接叩き込むよりはマシだろう。

想いが強い山城さんが、その戦いをしているからこそ、司令官は一番思いを乗せている。山城さんの左手は、司令官の左手だと、そう言ったようだ。

 

「私は山城君のおかげで戦場に立てているのさ」

「なら本当に大事にしてやれ」

「当たり前だよそんなこと。言われるまでもない」

 

司令官の思いを、ひょんな事から知ることができた。今までの無謀な戦い方を反省しつつ、今後も力になりたいと、改めて決意する。

私達は司令官の代わりに戦場に立っている。そして、司令官と一緒に戦場に立っている。

山城さんではないが、私も指輪に強い思い入れができた。これだけは死守しなくてはいけない。




右で敵を浮かせて、左でトドメを刺す。山城の左手は、自慢の拳。
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