翌朝、浄化された戦艦棲姫改が目を覚ますということで、工廠に来た私、朝潮。ガングートさんと清霜さんの入渠も終わっており、清霜さんは極限の空腹を満たすため食堂でドカ食い中、ガングートさんはドックの前で仁王立ちしている。3度に渡る戦いにおいて、その全てで中破以上の傷を負わされた因縁の相手だ。
私も大破と心の傷を負わされていることで、因縁はある。ガングートさんの隣で、ドックが開くのを待たせてもらった。万が一敵対するようなことがあれば、ガングートさんと私が押さえつけることになるだろう。
「入渠完了。ドック開きます」
明石さんの合図で、戦艦棲姫改の入渠ドックが開く。中に入っていたのは、深海棲艦の時とは似ても似つかぬブロンドの女性だった。浄化によって外見が変わることはあるそうが、こうまで変化するのは珍しいとのこと。
「手は必要か、レディ?」
「そうね、お願いしようかしら、
「私はガングートだ。ここではそう呼べ」
ガングートさんの手を取り、ドックから出ようとするが、うまく身体が動いていない。
「あら……脚が片方動かないわ」
「私が最後に半身吹っ飛ばしたからか。
「Oh my god……厄介な身体にしてくれたわね」
そう言いながらもガングートさんに掴まりドックから出たとき、怒っているというよりは楽しんでいるような表情だった。片脚が不自由なのも簡単に受け入れてしまっている。
立っていることが難しいようなので、急遽用意した車椅子に座る。何故かそれだけでも優雅なイメージになった。
「貴様が迷惑をかけた者だ。私も含めてな」
「ええ、ええ、覚えていますとも。アサシオ、だったかしら」
私の右腕を捥いだ時のことも覚えているようだ。
「Sorry. あの時はごめんなさいね」
「いえ、あれは戦闘ですから。こちらだって貴女を殺すつもりで戦っているので」
「そう言ってくれると嬉しいわ。I'm much obliged for your kindness」
たまに何を言ってるかわからない時もあるが、とにかく、こちらへの敵対心は無いということはわかった。
脚が不自由というのは地味に大変で、用意された服を着るのにも一苦労。この人に関しては、私達のようなただの制服と違い、貴族のドレスのように複雑な構造になっていた。ガングートさんが手伝ってあげていたが、それでも時間がかかってしまう。
「少しは手伝え」
「あら、脚の代償くらい払ってくれてもいいのよ?」
「なら私の3回分の入渠の代償はいつ払ってくれるんだ」
「治ってるんだからいいじゃない」
ジョークが言えるほどには仲がいいようで安心した。戦闘で育んだ仲は、浄化されても消えていない模様。
全員が集まる食堂に車椅子を押して入った。車椅子使用者はシンさんに続いて2人目。両脚が不自由なシンさんが難なく生活できているので、片脚が不自由であっても生活できそうだ。
「我が名は、Queen Elizabeth class Battleship Warspite」
「何言うとるか全然わからへん。うちらにもわかるようにゆっくり頼むわ」
自己紹介をしたようだが、誰も何を言っているかわからなかった。龍驤さんがツッコまなければ、この人の名前すら誰もわからなかっただろう。
「
ウォースパイトさんはイギリス出身の戦艦。
この鎮守府ではガングートさんに続き2人目の海外艦。そして、2人目の
「ご覧の通り、脚がダメになってしまっているけど、戦場には出られます。迷惑をかけた分、働かせてもらうわね」
「脚がダメでも出撃できるってどういうことなん? さすがにしんどいんと違うか?」
「実際に見てもらった方がいいでしょう。後からお披露目するわ」
元々が戦艦棲姫であることから考えると、艤装が自律型になっている可能性がある。それなら、脚が不自由でも何も問題ないだろう。
「では
「好きなように話してくれて構わないよ。言いたくないこともあるだろう」
「わかったわ。なら記憶にある限りをお話しましょう。私も半分程度しか覚えていないの」
案の定、自分がどう生まれたのかなどは覚えていないとのこと。とはいえ、ここからはとても有益な情報のオンパレードとなる。
ウォースパイトさんは元は戦艦棲姫だったらしい。が、北端上陸姫の力により改造され、戦艦棲姫改となった。改造により強化された恩があるため、敵の侵攻を防ぐ守護者として、北端上陸姫の領海を増やす侵略者として、そして、より敵を殺す快楽が得るための破壊者として、あの場にいたそうだ。
私の右腕を捥いだとき、ガングートさんを握り潰そうとしたとき、ウォースパイトさんは
「やはり改造の技術があるということだね」
「どういう形でされたかは覚えてないの。ごめんなさいね」
「いやいや、全然構わないよ。むしろ嫌なことを思い出させて申し訳ない」
話は続く。
北端上陸姫と離島棲姫の複合陣地は、施設が地下に存在しているため、見た目よりずっと大きいらしい。内部構造までは覚えていないが、地下に施設があるということと、何かの実験をしているということは覚えているそうだ。おそらく戦艦棲姫の改造も地下で行われている。
「地下の鎮守府ということか」
「あー! だから島の近く、不自然に大きくなってたんでちね!」
海中から陣地の調査をしていたゴーヤさんが叫ぶ。この情報は海図に記載されるとは思うが、複合陣地の近くの海中は、普通の陣地よりも不自然だったそうだ。ただの島ではなく、中に何かが入ってそうな形をしていたとゴーヤさんは話す。
「あとは……そうね、あの陣地には艦娘がいたわ。私が知る限りでは、5人は
「完成?」
「上陸姫の手駒として改造、洗脳済みということ。鎖に繋がれた艦娘、見ていないかしら」
まさにそれが一番欲しい情報だ。私達を襲ってきた艦娘は鎖に繋がれており、外見が変化していた。完成している、というのはそういうことなのだろう。
「艦娘の写真とか、無いかしら」
「言うと思って持ってきました」
「Thank you. 助かるわ」
はちさんがウォースパイトさんにデータの詰まった本を渡す。私が以前に見た、個人について詳細に記載されている本ではなく、全艦娘の簡単なデータが記載されたもの。一覧表とでも言おうか。
その本をパラパラとめくりながら、陣地で見かけたという艦娘を調べていく。
「まずは……この子。この鎮守府にもいるわね。フブキ。次はこの子、ムラクモ、次は……この子、サザナミ」
私達が交戦した敵艦娘を言っていく。その全てが吹雪さんの妹、ないし義妹ということで頭を抱えている。むしろ1人は自分自身。
話ではあと2人いる。
「次は……多分こちら。随分似ている子がいるのね。イナヅマ」
「電か……戦いづらいな」
響さんが呟く。電さんは暁型駆逐艦の4番艦。響さんの妹にあたり、一緒に組んでいた駆逐隊の仲間になる。潮さんにとっての漣さんと同じような存在。
「最後は……この子ね。サミダレ」
「げぇ、よりによって五月雨かぁ。妹とは戦いたくないなぁ」
今度は白露さんが反応。五月雨さんは白露型駆逐艦の6番艦。白露さんや、浦城司令官の鎮守府で出会った時雨さん、夕立さんの妹であり、江風さんの姉。
「この5人は完成していたわ」
「その言い分だと、他にもいたということかな?」
「ええ、3人調整をしているところを見ている。もしかしたらそちらも完成しているかもしれない」
5人でも辛いというのに、さらに3人いるという。
「その3人はわかるかい?」
「おそらく。これが最後の記憶ね。あとはもう戦闘中のことしか覚えていないわ」
「本当にありがとう。全て知りたいことだ」
北端上陸姫がどういう深海棲艦かはある程度わかった。自分で戦うのが苦手な代わりに鎮守府と同等の施設を持ち、何らかの形で他人を強化して手駒とする。その対象が、深海棲艦のみならず艦娘すら範囲に入っているというのが大問題だった。鹵獲されればあちらの手駒、ということだ。
素性はわからず、他に仲間がいるかもわからない。姫級の建造などをしているかも不明。ただ、領海を自分で増やすことはできないだろう。陸上型だから。
「ええと、調整中の3人だったわね。まずはこの子、ムツキ」
「姉ちゃんかぁ! 絶対斬るの躊躇うよ!」
睦月さんは以前に遠洋練習航海をしているのを軽く見ている程度だが姿は知っている。睦月型のネームシップであり、皐月さんの姉。
「次はこの子。あら、この子はさっきの子と姉妹なのね。シグレ」
「妹2人目……重い……胃が痛くなりそう……」
白露さんが悶絶している。五月雨さんと同様に白露さんの妹。面識もあるし、優秀な駆逐艦であることも知っている。苦戦することが確定したようなもの。
「最後、この子。オオシオ」
「正直聞きたくなかったですね……」
「大潮姉さんか……」
大潮は私の妹。朝潮型駆逐艦の2番艦。まだ会ったことは無いが、どんな子かは大体知っている。テンションが高く、いつも元気で快活な子だそうだ。是非とも普通の状態で出会いたい。
「私の覚えていることはこれで終わり。これ以上は私にもわからないわ」
「本当にありがとうウォースパイト君。君のおかげで作戦が立てられる」
敵の手駒として改造されている艦娘は計8人。その全員が私達のうちの誰かの身内という精神的に辛い状況。
私は特に大潮がいるというのが響いている。深海棲艦なら躊躇いはないが、艦娘のままだ。ただ改造され深海棲艦
だが、もしかしたら戻す手段だってあるかもしれない。身体は戻らずとも、洗脳だけは解けないだろうか。
「何か手段さえあれば、北端上陸姫の洗脳を解き、こちら側に引き込む。殺さない方向で行く。私は甘いかな」
司令官の指示は絶対ではあるが、誰もこの指示を否定しない。甘いなんて思っていない。誰だって艦娘同士の戦いは望んでいない。本当の悪は、この状況を作り出した北端上陸姫なのだ。
「甘くなんかないわよ。元よりそのつもりなんだから」
「そうだぜ、山城姐さんの言う通りだ。殺す気なんてさらさら無ぇよ」
全員の気持ちは一致した。敵の手駒とされた艦娘は殺さず鹵獲し、その後に治療の方法を探す。北端上陸姫を倒さなくてはいけないとなったら、それを倒して全員を解放する。これが今後の方針だ。
「爺さん、聞いていた通りだ。今後の私達の方針は北端上陸姫の撃破と、そこに捕らえられた艦娘の奪還だ。元帥として、許可してもらえるかい?」
「ああ、儂からもお前に任務として依頼させてもらおう」
改めて元帥閣下が司令官に向き直る。
「加藤准将。大本営からの任務じゃ。北端上陸姫に捕らえられ、改造、洗脳された駆逐艦娘8名の奪還を命ずる」
「了解しました元帥閣下。必ずや成功させます。ご期待下さい」
お互いに敬礼をして、正式に任務として私達の鎮守府に命じられた。今後は大本営のお墨付き。バックアップも期待できるとのこと。それに、浦城司令官の鎮守府にも援軍は頼んであるのだ。確実に勝ちに行く。
その後、徹夜明けの青葉さんが元帥閣下に海図を渡した。目の下にクマを作った青葉さんは、海図を渡した途端倒れるように眠りについた。それはそれは安らかな眠りだった。
「これを一晩で……。なんという精度だ」
「潜水艦による海底調査の結果もある。青葉君の海図は深海棲艦も認めるレベルだ」
「素晴らしい。是非とも参考にさせてもらう。では、すまないが一度大本営に持ち帰らせてもらうぞ」
事が済んだということで、元帥閣下達は一旦帰ることとなった。状況が状況だ。あまりに大きすぎる問題のため、大本営でも対策を考えるとのこと。
「加藤、長門を一時的にそちらに配属させる。出向という形にはなるが、儂との連絡役として使ってほしい」
「了解した。助かるよ爺さん」
「お前には大きな負担をかけるからの。これくらいはやってやらんとな」
長門さんだけはここに残ってくれるようだ。戦艦の主力が貸してもらえるというのはそれだけでも大きな戦力強化。榛名さんの負担がさらに減る。大喜びしている榛名さんがチラッと見えた。たった1人の主砲を使える戦艦というのが、余程負担になっていたのだろう。
「朝潮ちゃん、妹達をよろしくお願いします!」
「はい、雪風さんもお元気で。また会いましょう」
雪風さんと握手、そして軽くハグをして、再会の約束をした。
私は死ねない繋がりをこうやって増やしていく。今髪を縛っている敷波さんのリボンもその1つだ。死ぬことは許されない。この鎮守府だけでないところにも、その理由を作る。
今回の戦いは不安の方が大きい。だが、全員を助けて全てを終わらせる覚悟はできた。
ウォースパイトは脚足不自由説がありました。史実でも慢性的に舵に不具合があったそうで。それな倣ったわけではありませんが、ここのウォースパイトは脚に