昨日のガングートさんの歓迎会は酷いものだったと大淀さんは語る。私、朝潮のような
これほどまでに自分が駆逐艦であったことを喜んだことは無かった。
ちなみに司令官はザルとのこと。翌日にも残らないというから恐ろしい。
「勿論、本日も通常通り稼働します。二日酔いなど関係ありません」
そう言う大淀さんも顔色はそんなに良くはない。司令官の監視をするための参加で、お酒をしこたま飲まされることになったのだとか。いつもよりもアルコール度数が高かったのが一番の問題である。
「朝潮君は今日は午前中だけだね。いつも通りの対空訓練、調子はどうだい?」
「はい、おかげさまで大分わかってきました。もう他の方々と同じ訓練に入っています」
最初は発艦する艦載機の数に差を付けてもらっていたが、今では同じ数にしてもらっている。その分被弾の数も増えたが、訓練自体は滞りなく進められるので問題ない。自分の成長が感じられる。
龍驤さんにもスパルタで教えてもらっているため、トラウマはほとんど払拭できた。ただ、定期的に顔面を狙ってくるのは勘弁してほしい。
「なら、そろそろ別の訓練も考えておこう。次は対潜だ。君達駆逐艦には潜水艦との因縁がよく付いてくると聞くのでね」
駆逐艦は敵潜水艦からの魚雷が致命傷になる可能性が高い。ただでさえ威力の高い攻撃に対して、耐久がもっとも低いからである。そのため、撃たれる前に倒すのがベストだ。そのためには、ソナーによる探知と爆雷による攻撃をいち早く行えるようにしなくてはいけない。
「また1から覚えてもらう必要があるからね。天龍君のような先生を用意しておくよ。それまでは対空訓練に励んでほしい。くれぐれも気をつけて」
「了解しました」
今日の訓練は、担当の空母の方がグダグダだったのは言うまでも無い。
訓練後、お風呂も終わりあとは何も無いという状態になったとき、吹雪さんから声を掛けられた。
「朝潮ちゃん、今日は午後から非番だったよね」
「はい、もう何も無いです」
「だったら、ちょっと時間貰えないかな」
改まって言われると少し緊張する。
「定期的に駆逐艦で集まってるの。名付けて"駆逐艦定例会"」
「定例会……ですか」
「かしこまったものじゃないんだけどね。ただお茶しながら世間話するだけ。で、朝潮ちゃんはまだ来て間もないから、交流がてら出てみない?」
駆逐艦は艦娘の中でも群を抜いて多い艦種であり、現在発見されている艦娘の44%、ほぼ半分を占めている。そのため、鎮守府には駆逐艦が相当多い計算になる。
勿論この鎮守府も例外ではなく、私を含め、在籍している艦娘の中では駆逐艦が一番多い。歓迎会の時に一応全員と顔を合わせているが、訓練のタイミングなどからほとんど話せていないという人は多い。
それは私だけではないらしく、それを知った吹雪さんが、駆逐艦全員の仲を取り持つためにと行なっているのが駆逐艦定例会だそうだ。
「わかりました。私も出ます」
「そう! よかったぁ。じゃあ午後にまた呼ぶね」
吹雪さんは笑顔で去っていった。艦娘というとどうしても戦闘がついて離れないが、こういう形の娯楽は必要だ。ストレス解消もあるだろうし、単に身体を休めるためにも効果的だろう。
ここ最近は訓練尽くしだった。対空訓練の後も筋トレや自主練。いつもジムで山城さんに会っていたほどだ。たまにはお休みもいい。
お茶会というのは初めてだ。司令官がおやつとして甘味を振る舞ってくれることはよくあったが、甘味を皆で集まってワイワイ食べるというのは実はやったことがない。今から少し楽しみだ。
昼食後、少ししてから吹雪さんに呼ばれ、私は駆逐艦定例会に参加することに。
先に言われていた通り、ただのお茶会。場所も会議室などを使うわけではなく、談話室の一角を占拠するような形だ。駆逐艦全員が入ってもまだスペースはあるほどなので、皆思い思いにリラックスしている。
「最近朝潮絶好調じゃん。だらけた顔見たいなー」
「安心してください。深雪さんには絶対見せないので」
「わお、辛辣」
早速深雪さんがやってくる。甘味であれば私が緩むと思っていそうだが、そうは行かない。振る舞われたチョコレートを食べながら返す。
ケーキもそうだが、やはり私も女の子、甘いものは大好きだ。以前は初めてだったので醜態を晒したが、慣れた今では美味しくいただけている。
「そういう深雪さんもダルンダルンになったりするんじゃないですか?」
「なったなった。それはもうなった。しばらく風呂で蕩けてたぜ」
「あったねそんなこと。溺れ掛けたっけ」
今度は皐月さん。深雪さんとは大体同期らしく、訓練を始めた時期も似たような時。艤装装着の訓練も同じ時期で、二人して初めてのお風呂で蕩けきったようだ。うん、あれは仕方ない。未知の感覚だ。
「あさしおー、あさしおー、口開けてー」
「えっ、な、なんですかんぐぅっ」
突然呼ばれ、振り向きざまに口に何かを放り込まれた。甘い。これもチョコレートだろうけど、さっきまで食べていたのとは少し違う。
私を呼んだのは陽炎型駆逐艦10番艦の時津風さん。やたらイタズラをするような人で、事あるごとに司令官によじ登っているのを見かける。今も私の頭によじ登ろうとしている。私とは背丈が似たようなものなので安定感が悪い。
「なんかねー、お酒入ったチョコだって。朝潮に食べさせたらー、面白いことになるかなって!」
「なりませんよ……あ、でも美味しいですね」
「ちぇー、残念」
なるほど、少し変わった味だと思ったが、お酒が入っているのか。ウィスキーボンボンというものだ。でもこの程度なら酔うことはないだろう。いくらお酒でも。
時津風さんはよじ登っている間に体勢を崩し、私の膝の上に落下してきた。そのまま膝枕の形になる。
「おー、意外と寝心地いいねぇ」
「そうですか?」
「それじゃおやすみー」
本当に寝息を立て始めてしまった。お腹側に顔を向けているので、息が少しくすぐったい。実は時津風さんはこのチョコレートで酔ってたのではなかろうか。まぁ邪魔ではないので今はこのままでいることにしよう。さりげなく頭を撫でてみた。犬の耳のような癖っ毛の触り心地がとてもいい。
「どっちが先輩かわかんねぇや」
「時っちゃんは誰にでもじゃれるからね」
深雪さんや皐月さんもこういう状態になったことがあるらしい。今日のターゲットが私だったということだろう。あまり会話をしない者を狙うのではないか。
「そういえば……私が一番後輩なのはわかるんですけど、どういう順番で配属されたんです? 天龍さんが最古参というのも聞きましたが」
「あ、そっか、そういうの全然知らないよね。みんな対等だから上下関係無いし」
ふと思った疑問。別に先輩だからどうという話では無いのだが、知りたかった。
「本当に一番最初なのは姉貴だよ。初期艦ってヤツな」
司令官がこの鎮守府を立ち上げた時ということだろう。まず一番最初が吹雪さん。どういう経緯かはわからないが、吹雪さんの
「で、次が天さんと龍驤さんだったっけか」
「ボクはそう聞いたかな。ボクらが配属されたときは今の半分くらいだったよね」
「山城姐さんはその時から筋トレやってたな」
私の知らない鎮守府の歴史が紐解かれていく。だが、何故いきなりこんな最前線に配置されたのだろう。あまりよろしくないことな気がしてならなかった。
「ボクが配属された時はもう土台出来てたよね。艦隊自体がめちゃくちゃ強いし」
「そりゃあこんな最前線だし、練度が高いんだろ」
「やっぱり最初からこの場所にあったんですね。吹雪さん1人の時からでしょうか……」
「呼んだ?」
名前を出したからか、吹雪さんがやってくる。片手にお菓子、片手に紅茶とフル装備だ。
そこからは吹雪さんにこの鎮守府の成り立ちを聞いていく事になった。皐月さんや深雪さんもそんなに知らないらしい。
「最初は私の
他の鎮守府で欠陥のあるドロップ艦として吹雪さんが見つかったとき、我が鎮守府の加藤司令官がたまたま新人研修でその鎮守府にいたのが始まり。吹雪さんを引き取り、新しい鎮守府を発足した。
本来、新人が自分の鎮守府を持つまでにはいろいろな段階というのが必要だが、無理を言って作ったようだ。
「当てつけみたいにこんな場所の鎮守府をあてがわれてね。最初は上司に楯突いた愚か者扱いだったかな」
「でも今は違うよな。嫌われてるどころか喜ばれるくらいだし」
「司令官の方針はやりたくてもやれないことだからね。今は偉大な功績ってことで手のひら返されたんだよ。大本営すら手のひらクルックル。そのくせ給糧艦回してくれないけど……」
吹雪さんの言い方に少し棘が見える。
おそらく司令官と同じ考えの人は他にも沢山いたのだろう。だが、大本営の方針は絶対。欠陥のある艦娘は何が起こるかわからないから即解体である。大本営に歯向かってまで方針を守らないとなると、鎮守府運営が出来なくなる。延いては、現在所属している艦娘も路頭に迷う事になる。
だが、加藤司令官はその時、鎮守府も持たない新進気鋭の新人。言い方は悪いが責任を押し付けやすい立ち位置であり、加えて元々解体する予定の艦娘を使っているので、切り捨てることが容易というのもあるだろう。考えていて気分が悪くなりそうだ。
「それでもさ、私がきっかけで
「別の鎮守府で拾われてここに来た娘も結構いるもんね。ボクは直にここで拾ってもらってるけど、深雪は別のとこだったよね」
「そうそう、あたしの場合は別のとこでドロップして、すぐにここに配属決まったパターンだった」
この鎮守府の話が他の鎮守府にも知れ渡ったからこそ、すぐに配属の準備が出来たのだろう。そうでなかったら解体の可能性もある。それだけこの鎮守府が結果を出したという事だ。
「それでも最初は結構大変だったんだよね。低速駆逐艦の私と、武装できない天龍さん、動けない龍驤さんから始まってさ」
聞く限りでは近海監視も相当に困難な艦隊だ。まず高速戦闘ができるのが天龍さんしかいないが、武器の装備ができない。その頃から格闘戦のスタイルを確立していたとしても大変だ。さらに龍驤さんは曳航でなければ海上を移動できないと来ている。一番忙しいのは吹雪さんだろう。
「3人だとどうにもならないってなって、大本営だけじゃ埒があかないから他の鎮守府からも
「主戦力ですか?」
「そう。
「なになに? なんの話?」
吹雪さんに呼ばれたのは夕雲型駆逐艦19番艦、末っ子の清霜さん。吹雪さんの次に配属した駆逐艦ということで相当な古株だ。清霜さんは別の鎮守府からの移籍組であり、元いた鎮守府は清霜さんを持て余したという事らしい。どういう欠陥があれば駆逐艦を持て余すのか。
「清霜ちゃんの
「あ、聞いちゃう? 聞いちゃいます?」
目がキラキラしている。自分の
「あたしの
「せ、戦艦装備の駆逐艦!?」
「とはいえ、戦艦以上に燃費が悪いんだよね。聞いた話だとあの大戦艦の大和さんや武蔵さんよりも燃費が悪いって」
それは流石にどの鎮守府でも持て余すことだろう。小回りと低燃費が売りの駆逐艦が、超火力の主砲を扱うのだ。超高速戦艦と言っても過言ではない。燃費が悪いのは当然のことで、むしろまともに運用できているこの鎮守府が恐ろしい。
「いっつも何か食べてるもんなー」
「すぐにお腹が空くんだよね。一回出撃するだけで燃料すっからかんになるし。でも、念願の戦艦になれたんだよあたし! 身体は駆逐艦だけど、戦艦!」
清霜さんの艦の魂は戦艦になりたがっているらしく、それが
「
「ですね。清霜さんを見てるとよくわかります」
欠陥艦娘という烙印を押されても、それを喜ぶ人だっているのだ。それを解体だなんてあんまりだ。やはり、司令官の考えは間違ってない。
「うちのきよしーは駆逐艦の最終兵器だからねー」
時津風さんも目が覚めたようだ。でも膝枕の状態はやめないらしい。
「燃費を犠牲に性能が上がってる人は他にも?」
「あとは時津風ちゃんだけかな。時津風ちゃんは重巡装備だね。代わりにいつもおねむみたいだけど」
「あたしもきよしーと同じ感じー。お腹は空かないけど眠い眠いー」
だから膝枕ですぐ眠ってしまったのか。それに対して誰も何も言わないのも、これが当たり前だから。訓練しても眠り、実戦しても眠り、足りない燃料を補っているということだろう。性能が上がっているとはいえ、運用に支障が出る
「基本スペックが他の艦種より低い駆逐艦だからこそ出てくる
「
私自身がそうだからというのと、
「とまぁ、そういうわけで、戦力が増えたおかげでこの鎮守府はやっていけたってわけ。あとはもう今と同じかな。見つかった欠陥艦娘を見境なく集めるっていう」
「姉貴よぉ、もう少し言い方あんじゃね?」
「いやいや、見境ないよ。情報が来た時にはもう手続き終わってるレベルだし」
手際がいいのか、手が早いのか。どちらにせよ、司令官がやりたいことがよくわかった。最初に言っていた言葉を思い出す。
『せっかく産まれた艦娘達を、己が都合で即解体なぞ、国が許しても私は許さん』
司令官は欠陥艦娘を全員救うつもりなのだ。私もそうして救われた。皆もそうだ。これからもそうだろう。
改めて、この鎮守府は素晴らしい司令官の元にあるのだと理解した。
この鎮守府では、清霜の夢は完全に叶っています。戦艦清霜の活躍に乞うご期待。