夜戦後の翌朝、鎮守府の活動が少し遅れて開始する。丑三つ時に爆音による総員起こしを受け、萩風さん以外はフラフラだった。私、朝潮もそのうちの一人。出撃までしているので、朝がどうにも辛い。
「昨晩はお疲れ様。まだ眠いと思うが、少し話を聞いてほしい」
司令官も怪我を負ったため、少し辛そうだった。
司令官は私達と違い、高速修復材で治療ができないただの人間だ。大きなガラス片が背中に突き刺さっていたため、傷も大きく不安になるほどだったが、そこは私達の司令官、重傷まで行かず、数日で治る程度らしい。それまでは激しい運動はできないが。
「昨晩の襲撃は今後定期的に発生するだろう。時間も問わない可能性が非常に高い。そのため、北への警戒体制を強める方針で行く」
「哨戒はどうすんだ?」
「それを捨てるわけにもいかない。そこで、以前から考えていた援軍を急遽要請することとした。明日の朝には、朝潮君とガングート君が選定した者達がここに到着する運びとなる」
かなり急だが、援軍を呼び込むことで、北への警戒を強める方向になりそうだ。人員が増えれば、それだけ任務に時間が割ける。ローテーションも組めるだろう。特に、夜間任務への人員は今以上に欲しい。
「だが、ここも少しずつ艦娘が増え、一気に10人以上を迎え入れようと思うと部屋が足りないことがわかったんだ」
さらには救出する深海艦娘もあと7人。私が配属された時にはまだまだ部屋は空いていると思ったが、私の後に続々と配属され、なんだかんだで空きは10部屋を切っていたらしい。全員に個室を与えるのは不可能。
「妖精さんに頼んで増設も可能なんだが、それには少し時間が足りない。敵からの襲撃に備え、鎮守府自体の強化も必要なため、改築作業はしていくが、部屋だけをすぐに増やすことはできない」
「あ、じゃあ何人かが相部屋になるとか」
「そういうことだね。全員になれというわけではなく、希望者に相部屋という形を取ってもらう。引越し作業も妖精さんにお願いすればすぐにやってくれるよ」
できることなら10部屋は空けたいとのこと。姉妹艦が相部屋になるのが理想とも言う。仲間同士とはいえプライベートは一人になりたい者もいるだろう。
特に大型艦、戦艦や空母の人達は、相部屋は難しいように思える。部屋自体そこまで広いものではないし、荷物もそれなりに多そう。
「ボクは睦月姉ちゃん助けたら相部屋になると思うから1人部屋でお願い!」
「私も救出した漣ちゃんと相部屋になります」
深海艦娘に姉妹艦がいる人は優先的に1人部屋を希望。一方、深海艦娘に姉妹艦が2人いる白露さんは頭を悩ませる。
「時雨と五月雨がいるんだよねぇ……どうするべきか」
「なら私が時雨と相部屋になるよ。電は深雪が匿ってくれているからね」
「オッケー。じゃあ、あたしが五月雨と相部屋ね」
白露さんは五月雨さんと、響さんは時雨さんと相部屋を希望。
電さんは既に深雪さんと相部屋のため考える必要はない。一時的な相部屋というのが、正式に相部屋に。
「私が叢雲を引き取って、あ、私がいる……」
「吹雪が2人になるんだよな。これは後から考えるとして、吹雪は一人部屋でいいだろ」
深海艦娘を救出すると、この鎮守府に吹雪さんが2人いることになる。今までそんな事がなかったため、すぐに考える必要は無いと判断。叢雲さんは一度交戦しているため、次に救出できる可能性もある。
「大潮は私が引き取ります。これで深海艦娘は吹雪さん以外全員相部屋になるかと」
「ふむ、そうだね。あと何人か相部屋をお願いするよ。援軍の子達の部屋を空けたい」
ここですぐに決まったのは時津風さんと萩風さん、天龍さんと龍田さんの相部屋。姉妹艦ゆえに気が楽とのこと。さらに時津風さんと萩風さんはオーバースペックのデメリットを共有できるため、一緒の部屋の方が都合がいい。
レキさんも部屋を持っているものの、基本は遊び回っているか、春風の部屋でしか過ごしていないため、春風との相部屋となった。実際、レキさんの部屋は殆ど使われていない綺麗なものだとか。
「私は朝潮姉さんと相部屋で良かったんだけどね。大潮姉さんが放置になるのはいたたまれないわ」
「そこは我慢してちょうだい」
残念そうな霞。どうせ大潮が来るまでは毎晩いるので相部屋みたいなものではある。
「雲龍、うちと相部屋にならへんか? 式神の管理が楽になるやろ」
「そうね。龍驤に任せておいた方がいいわ。私、何枚か無くしてしまったし」
「そこはちゃんとやりぃや!」
龍驤さんと雲龍さんが相部屋となり、これで10部屋以上空いたようだ。
「決まりだね。あとは引越しを頼むよ。部屋を替えたいものがいるなら、このタイミングで替えてしまっていい。好きなように再配置してくれたまえ」
ここから鎮守府運営とはかけ離れた引越し作業が始まった。窓から見える風景が変わり、気分転換になるのはいい事だ。私もそういうのは少し楽しいと思う。
午前いっぱいを使い、全員の部屋割り、そして引越し作業が完了。妖精さんも引っ切り無しに動き回り、恐ろしい手際で全てを完了させた。この妖精さん達には、あとから司令官が甘味を振る舞うそうだ。
その間にもう一つ重要なことをやっていた。電さんの再調査である。昨晩の敵は、電さんを狙って長距離攻撃をしてきた。精度がそこまで高くなかったおかげで鎮守府直撃は免れたが、今のままでは襲撃を甘んじて受け続けることとなる。
今は私と深雪さんが立ち会いの下、電さんの首輪を詳細に調査している。
「コレダ……ミツケタ」
首輪を弄ったセキさんが声を上げた。首輪自体は電さんに癒着してしまっており、外すことはできないが、ガワを分解して構造を確認することくらいできるだろうといろいろ調査した結果、予想通り外側の部分が外れた。
「コレガナニカヲハッシンシテイル。テキハコレヲタヨリニチンジュフヲサガシアテタンダロウ」
首輪の中、小さな深海艤装が植え付けられていた。それは首輪と鎖を繋ぐ場所にあり、接続が体内にも通るように首にしっかりと突き刺さっている状態。電さんは違和感がないようだが、おそらくこれは神経にまで達している。
「そうか……わかった。これが剝がせれば電は自由になれる」
「マジ!?」
「でも、これ剥がすのはかなり厳しいよ。神経に繋がってるから、死ぬほど痛いだろうね……。高速修復材使えば傷は治せるけど、痛みはどうにもならないから……」
この深海艤装が鎖を呼び、鎖は艤装の指示で動いていると明石さんは解析した。鎖が勝手に攻撃を避けたのは、植え付けられている深海艦娘が危険を感じたから避けている。極限にまで危険を感じたとき、外れた後に再接続を指示しているのだろう。
これ自体が神経に繋がっているせいで、切断と再接続するときに痛みを伴う。電さんがあのとき、悲鳴のような声を上げたのはそれが原因。
「ココマデ
「瞬間的にこれを身体から引き剥がせれば、痛みは最小限で済むと思う……けど、これは電にも覚悟がいるよ」
当然、決断は電さんに任せる。反応が敵に届き、深海棲艦を呼び寄せるようになっているとしても、この鎮守府なら迎撃する準備が出来ている。
それに、外したところで鎮守府の場所は北端上陸姫にはバレてしまった。倒さない限り襲撃は止まないだろう。
辛い思いをするくらいなら、現状維持の方がいい。
「電、無理しなくていいからな。あたし達は呼び寄せられた敵も迎撃するんだから」
「……剥がします。これ以上迷惑かけたくないのです。深雪ちゃんにも死ぬほど痛いことしたので、償わせてほしいのです」
少し涙目だが、決意のこもった目だった。死ぬほど痛いと言われても、電さんは折れていない。
「本当にいいんだな?」
「お願いします。電を解放してほしいのです!」
「……ワカッタ。コレガデキルノハ……オソラクヤマシロダ。ヨンデキテクレ」
場所が場所だけに天龍さんや龍田さんに斬ってもらうことも難しい。小さいながらも繊細な動きで、瞬間的に艤装を剥がすことができるのは、素手で対処できる山城さんくらいだろう。その痛みは想像できない。
数分後、山城さんと司令官が工廠にやってくる。治療とはいえ電さんの決死の覚悟。見届けなくてはいけない。
「呼ばれて来たけど……まさかそんなことになってるなんてね」
山城さんも少し躊躇っている。今からすることは電さんに苦痛を与える行為。
「高速修復材を準備しました。山城さんも艤装を装備してください」
「それだけの出力がいるわけね」
司令官もハラハラしている。山城さんの力でもうまくいかなかった場合、電さんは地獄のような苦しみを味わった挙句、現状は何も変わらないという最悪な状態になる。それだけはどうしても避けたい。
「装備したわ。で、どうすればいいの?」
「首に植え付けられた深海艤装を、指で弾いてください。山城さんの全力なら、根元から千切って剥がすことができるはずです」
根元から吹き飛ばし、即座に高速修復材をかける。これで痕跡を消しつつ、艤装から発信されている何かも消え、鎖からの接続から解放されるわけだ。触れなければいい状態になる。
「電、我慢しろよ。あたしがついてる」
電さんの顔を自分の胸に押し付けて落ち着かせる。思い切り泣き叫んでも受け止める覚悟を深雪さんも見せている。電さんの角が胸に刺さりかけているが、そんなこと気にならないほどに深雪さんも緊張していた。
「お、お願い、します……!」
「覚悟は受け取ったわ。ならカウントダウン。3……2……1……」
首筋ギリギリで指を構える。山城さんのデコピンは、雑多なイロハ級くらいなら一撃で破壊するくらいの威力だ。それで神経に接続された艤装を吹き飛ばすのだから、それこそ明石さんが言ったように死ぬほど痛いだろう。
誰もが手に汗握っていた。呼吸も止まっている。
「0!」
凄まじい威力で艤装を弾き、根元から吹き飛ばした。電さんに根を張っていた艤装は跡形もなく消え去り、同時に酷い量の血が噴き出すことに。
「っっっ、あぁああああっ!?」
「電! 耐えろ! 耐えろ!」
大急ぎで高速修復材をかける。深雪さんごとビショビショになるレベルでぶちまけ、即座に傷を治す。
「っああっ、いぎぃいいっ!?」
「大丈夫だ! 電! すぐに痛くなくなる!」
あまりの痛みにジタバタともがく電さんを、深雪さんが抱きしめながら押さえる。私もあの痛みがわかる気がした。右腕が捥げたときの痛み。私はすぐに気を失ってしまったが、電さんはそんなこともなく痛みに襲われ続けている。
「っぐぅうううぅ、っ、ああああっ」
「大丈夫だ。大丈夫だ」
高速修復材のおかげで傷口はもうどこにあったかもわからないほどに治っていた。癒着されている首輪の一部分に大きな穴が空いており、そこから見える肌は綺麗なものだった。
そこを深雪さんが撫でてやり、痛みを和らげていく。何処かで聞いた話だが、痛い部分を撫でると痛みが和らぐそうだ。なるべく早くこの苦しみから解放させてあげたいという深雪さんの思いで、電さんも少しずつ落ち着いていく。
「っあっ、はぁっ、はぁっ」
「よく頑張った。すげぇよ電」
ようやく痛みが引いたようだった。顔がグシャグシャになるほど泣いた電さんだったが、一度も気を失うことなく耐え続けた。いや、あれほどの痛みだと逆に気を失うことすらできないのかもしれない。
「こんなことをあと7回やらないといけないのか……」
「私だって嫌よ。でも、こうしないと深海艦娘は解放されないんでしょ。望まれたら、私は心を鬼にするわ」
司令官も山城さんも、今の凄惨な光景に心を痛めている。だが、山城さんの言う通り、あれをしない限り、真に解放されたことにはならない。自分で決着を付けることができず、敵の襲撃を呼び込み続けるだけの存在に成り果ててしまう。
「北端上陸姫め……私自ら手を下してやりたいくらいだよ」
今の司令官の顔を見ることができなかった。見るのが怖かった。
電さんが回復している間に、セキさんが首輪のガワを加工し、鎖との接続部分を綺麗に消していた。どうせ外せない首輪なのだからと、なるべく目立たず、それでいてオシャレなデザインがいいのではという案も出たが、セキさんのセンスだと最上さんのときの二の舞になりそうだったため、シンプルにそのままでということに。
制服は黒塗りのままで行くそうだ。自分が深海艦娘となってしまったことを受け入れるために、あえてこのままでいるという決意。
「あとは角だけでもどうにかなればなぁ。叩き折るわけにはいかない?」
「できればもっと優しく扱ってほしいのです!」
電さんの角を撫でる深雪さん。角にも感覚はあるらしく、触られていることはわかるらしい。少しくすぐったそう。
「これも含めて今の電なのです。これともうまく付き合っていくのです」
「いや、ほら、寝てる時に刺さったじゃん」
「それは本当にごめんなさい……」
角の弊害は意外なところにあった。
「でもまぁ、確かにこれも含めて今の電だよな。そういやあたしにゃ生えなかったなぁ」
「深雪ちゃんは時間が短かったですから。生えたら終わりだと思ってほしいのです」
最初に聞いていた因縁は嘘のように仲がいい。見ていてとてもほのぼのする。必要以上に仲がいい気がしないでもないが、お互いが怯えていたり、険悪なムードになっているよりはマシといえよう。
電の首輪は、水母棲姫のものくらいの大きさと思っていただければ。ぱっと見チョーカーみたいだけど、艤装と同じ質で出来ている金属製。