世界初の男性絢爛美姫出現。
絢爛美姫が現れてから一世紀が過ぎ、その間に一度たりとも聞いたことのない事態に、現場より伝達された一報を聞いた誰もが耳を疑った。
一世紀、およそ百年。美麗装飾が現れてからというもの、数々の研究がされた中で不可能と断じられた結果が覆されたのだから驚愕するのも無理はないだろう。
そしてハルが初めて美麗装飾を纏ってから一日も経たずに、本土に設立された絢爛美姫養成専門の都市、大和学園都市にて今回の事件についての緊急会議が早くも始められていた。
当然と言えば当然なのかもしれないが、揃った面子の誰もが女性かつ美女である。
「まずは車外に搭載されていた映像端末より得られた映像をご覧ください」
進行役の女性が言うと、空間投影された映像より瀕死の月光獣と、堂々と歩み寄るハルの姿が映し出される。それだけで室内の至る所からハルの可愛さに見惚れた者達の溜息が木霊した。
「えー……彼が佐々野ササミの報告にあった男性適合者、早森ハルです」
「男? いや、どう見ても少女じゃない⁉」
映像を見た誰もが思ったことを代弁した美女の一人に、進行役の女性もまた御尤もであると乾いた笑みを浮かべた。
「ですが先程上がった身体検査では生物学上、彼が男であることが判明しています」
「では、彼女……彼は、見た目は少女だが、男であると?」
言ったままの言葉をオウム返ししてしまう程度には混乱しているのだろう。だが混乱するのも無理はないと、事前に情報を知っていた進行役の女性は思った。それどころか今ですら信じられないという思いが勝っている程である。
「ふざけているの⁉」
「確かに大和は北方の件のせいで諸外国に絢爛美姫の質で追いつかれつつあるが……あからさまにばれる
嘘では周囲への牽制にすらなりませんよ?」
「そもそも適性がA+ランクならば、男性と偽らなくとも、期待の新人として紹介すればいいだけではないですか」
そして彼女ですらそうなのだから、映像を見ただけの会議室の面々は尚更信じられないでいるのだろう。
これでは報告どころではないなと、半ば進行役の女性も些事を投げようとしたその時であった。
『はいはーい。少し黙ってねー』
白熱する議論に機械合成された音声が割り込んできた。暴走しかけた会議室の面々が一斉に会議室の入り口へと向けられる。そこに立っていたのは、この場どころか世界の何処に居ても場違いと思われるような恰好――端的に言うと、宇宙服の如き物で全身を隠した珍妙極まり無い人物であった。
『やっほー。元気してる?』
続いて、僅かなタイプ音の後に再度同じ感情の起伏が感じられない声が続く。他人を小馬鹿にするような見た目と、パソコン音声で喋るというふざけた態度だが、誰もそのことについて文句を言うような人間はいなかった。
何故ならその珍妙な恰好をした者こそ、大和学園都市の理事長である。だが、もしこの人物が理事長でなかったとしても、誰も文句を言おうとはしなかっただろう。
何せ全身を宇宙服もどきで隠し、声すらも合成音声を使って肉声すら分からないというのに、宇宙服程度では抑えきれない美しさの魅力は、場を黙らせるには充分であったのだから。
彼女の名を水木カグヤ。噂では指先を覗かせるだけで誰もが幸福に酔いしれ、肉声を聞けば昇天するという、現代の怪異とさえ言われる謎の美女である。
『それで、男性絢爛美姫の話だったよね』
「は、はい理事長。ただいま、真偽を調査中ではありますが――」
『とりあえず、ウチで引き取っちゃおう』
カグヤの発言に再び会議室が沸き立った。だがカグヤが指揮者の如く片手を挙げると、操作でもされたように誰もが黙る。
『まぁ小難しいことは色々あると思うけどね。でも考えてみなよ、審査は文句なしの最高値、A+。戦いのほうも録画されていた映像を見る限り文句なし。本人のやる気はこの際放っておいて、こういう人材こそ今の絢爛美姫には必要よ』
手元のキーを怒涛の勢いで叩いて言葉を出力させていく。その姿は捲し立てる機械音声と相まって有無を言わさぬ勢いが込められていた。
『というわけで、彼に関しては私の権限で夕凪学園に編入手続きしてね』
そして最後に軽快な音をたてて合成音を打ち終わったのも束の間、『では解散。お疲れ様』とカグヤは音声を打ち込むと、突然のことに呆ける面々を置いて、さっさとその場を後にする。
扉を開いた向こうでは、黒のスーツを着た男装の麗人が直立不動で立っていた。鋭い眼光は油断なく常に警戒を怠っておらず、そこだけ張り詰めた緊張感で充満しているようだった。
「……お疲れ様です」
美女はカグヤが姿を見せると、軽く会釈をしてその隣に並んだ。
『ありがと。しかしこの様子じゃ暫くは騒いでいそうね』
直後、賑わいを取り戻した会議室の声を背中に受けてカグヤは肩を竦めた。おそらく問答無用なカグヤの発言の裏を探ろうとしているのだろう。
だが傍らに立つ美女は、カグヤが単純に面白そうだからという理由で夕凪学園への編入を決めたことを知っている。
だからこそ頭が痛いのだが。美女は額を抑えて溜息をつくと、ご機嫌な様子のカグヤの背中に声をかけた。
「まぁ貴女の言があったとしても、普通は男性の適合者の存在等信じられないのでしょう」
『彼女達は仕方ないわ。表向きは学園都市運営を担っているけど、あくまで操りやすい駒でしかないもの』
「……では、他の方々は?」
『確認済みで、了承済み。さらに学園都市で好きに暴れてもらえると万々歳だねって満場一致だったわ』
「全く、昔から貴女達は感性が子どもすぎて、対処するこちらの身にもなってほしいものですよ」
『あら、上司に向かって遠慮なしねぇ。でも、そういう貴女が昔からストッパーとして居てくれるから、私達も無茶が出来るの。これからも期待しているわ』
「頭が痛くなる激励だ……」
男装の美女は溜息混じりに微笑を浮かべると、見た目通りに宇宙を漂うかの如くふわふわと歩き出したカグヤの背を追って歩き出すのであった。
・
人生とは何が起きるか分からないものであるとは誰が言った言葉であろうか。
常日頃から周囲の人に『お前はオツムが圧倒的に足りない』と言われ続けてきたハルがそんな哲学的なことを考える程、今の状況は滅茶苦茶だった。
あの局部露出より暫く、救助が来るのも束の間、ササミと共に研究施設に連れ込まれたと思ったら、数日も問答無用での軟禁生活だ。
尤も、ササミが毎日のように面会に来たことと、こちらを検査する科学者達がハルを王様か何かのように扱っていなかったら今頃大暴れして脱走していただろうが。
そんな軟禁生活が終ったと思ったら、今度は連日美麗装飾を用いたデータ取りである。これは軟禁生活で募ったストレスを発散することもあり、嬉々としてハルは協力したのだが、あまりにも考えていた上京生活とは違う日常に、そろそろ慣れてきたころである。
「というわけで、転校生よー」
ササミが朗らかな笑顔を浮かべて拍手をすると、無数の黄色い声と共に盛大な拍手の波がハルの体を叩いた。
「カワイー!」
「顔ちっちゃい! 目が大きい!」
「髪が柔らかそう!」
「何より可愛い!」
「背も低くて抱き心地良さそう!」
「それよりもすっごい可愛い!」
「とっても可愛い!」
――何だこれ。
茫然とするハルの隣でササミが沸き立つ少女達を手拍子で静めた。
「ほら、貴方もボーっとしてないで挨拶くらいしなさい」
「オイ、ササミ……」
待て。
これは何の冗談だ。
というかそもそもここは何処だ。
言いたいことは幾つも脳内に浮かんだが、有無を言わせぬササミと少女達の急かすような視線に耐えきれず、ハルは疑問を一先ず放り出して周囲を見渡した。
先程はハルのことを可愛いと言っていたが、そこに居る少女達も誰もが認めるような美少女ばかりが揃っていた。一番ぱっとしない少女ですら、学校一の美少女と言われるような容姿である。誰も彼もが歩くだけで人目を惹きつける程の愛らしさだ。
だからこそハルは余計に混乱していた。勿論、混乱しているばかりでなく、何となくだが、ここが学校であるということは理解するくらいは状況を見ていたのだが。
だがしかし、何故自分がここに居るのか。
そもそも、何故男が一人も存在しないのか。
「……ハル」
小声で隣のササミに急かされて、今度こそ進退窮まったハルは覚悟を決める。
もうごちゃごちゃ考えるのは止めた。そも、考えたって状況が良くなるわけでもない。
「早森ハル………………です」
――だからと言って、納得いくわけじゃねぇぞ!
腹の底で煮え立つ怒りを抑え込みながら、ハルは再度沸き立った少女達の歓声にぎこちない笑みを浮かべてみせるのであった。
大和学園都市。大和の首都の一角に作られたこの学園都市には、国内だけではなく海外からも数多の美少女達が集められており、総人口は百万人以上。そしてその大多数が美麗装飾の適性を通った美女、美少女であることから、人々は様々な意味を込めて『花園』と呼んでいた。
「とまぁここはその花園にある学校の一つである夕凪学園と言うんだけど……ここまでで質問はある?」
「死ね、くたばれ」
「よしよし。ちなみに私は先日の件で貴方の監督役にも選ばれたから一週間前よりここで教鞭をとることになったの。うふふ、共に転校したばかりという事で仲良くしましょう」
「死ね、くたばれ」
苦虫を噛み潰して飲み下したような表情をしながら、ハルは荒々しく手元の空のペットボトルを握り潰した。
「つまりあれか? トートツにラチられてガッコーにぶち込まれたけど、ゴキゲンに学生をしろってことかよ?」
「ちなみに、転入手続きのあれこれについてはこっちで全部処理したから安心してね」
「死ね! くたばれ!」
遂に我慢の限界を超えたハルは握りつぶしたペットボトルを廊下に叩きつけた。
突然発生した音に周囲の学生の視線が集まるが、ハルが威嚇するように唸りながら周囲を睨めば、蜘蛛の子を散らすように消えて行く。だがそれでも物陰からこそこそと覗く少女達の視線に、ハルは舌打ちした。
「不機嫌ねぇ。あんまり苛立っても状況が変わることはないんだから諦めなさいな」
「それではいそーですといけるほど、俺のウツワは広かぁないぜ?」
「なら広さじゃなくて深さにでも期待しましょうか。それに、今は気分が良くないかもしれないけど、普
通の男の子なら天国みたいなものじゃない?」
「テンゴクねぇ」
「納得いかないかしら? だってちょっと歩くだけで普通なら拝めないような美少女ばかりよ?」
ササミに言われて辺りに視線をやったハルは、ちらちらとこちらを伺う少女達の顔を見た。
確かに常識的な美的センスがあるならば、誰も彼もが美少女だ。何せここに在学する生徒達は、誰もが絢爛美姫としての適性を認められた美少女である。生徒だけではなく、ササミも含めた教師陣も美女揃いときている。健全な男性、しかも思春期まっただ中の男の子ならば、まさに夢に見た光景とでも言えるだろう。
「ケッ、どいつもこいつも人をサルでも見てるようでウザってぇ。……オイ! ミセモノじゃねぇぞボケ!」
羽虫のように寄ってくる少女達を何度目か分からない怒声で追い払い、ハルは疲れた風に肩を落とした。
常日頃から己自身という極上を見ているハルにとっては表面上の美など些細なものなのだろう。むしろ好奇の視線に対する不快感ばかりが募っているようであった。
「ふふ、そう言うわりには自己紹介の後はちゃんと質問にも答えてたじゃない」
ササミが言う通り、学校開きから一ヶ月という微妙な時期に転入してきた生徒、しかも特上の美貌であるハルは、自己紹介も早々に始まった女子特有の質問攻めに、額に青筋を立てながらもなるべく丁寧に答えていた。
ササミとしては質問の最中に怒って喚き散らすとことも想定していたために、意外なハルの対応に、粗暴で荒々しい性格という評価を改める程だ。
「引っ越しの心得、我慢できるまで郷に従え、ただし悪意は我慢するな」
ハルは叩きつけたペットボトルを拾うと、ササミから視線を切りながら呟いた。
「あら、それはお兄さんが?」
「違ぇ。姉ちゃんが言ってたんだ。アレでワルギがあるならキレてたが、そうじゃねぇならできるだけガマンするさ。なんたって俺ぁヨソモノだからな」
「殊勝なことね」
「シュショーだかシショーだか知らねぇが、俺をヨソサマにさせたのはテメェらのせいだってこと忘れるなよ……ったく、なんで姉ちゃんに会いに来たのにこんなことになったんだか……」
「それについては本当に申し訳なく思っている。私の力不足だ」
ハルの鋭い視線にササミは日頃被っている陽気な雰囲気を脱いで、真摯に謝罪をした。
誤魔化してはいたが、ササミだって罪悪感を覚えていないわけではない。むしろ自分の不覚のせいで戦いに巻き込んで、そのまま勝手に学園都市に連れてきたのだ。常識人であるササミの心が痛まないわけがない。
さらには肉親に会おうと本土まで来た彼を無理矢理こちらの都合に合わせてしまったのだ。ハル自身がそこまで気にしていないからいいが、本来なら拉致だなんだと騒がれてもおかしくない話である。
故に上層部に無理を言って、ハルが編入することになったここ、夕凪学園の顧問になったのだが、それを言って己の気を楽にするつもりはササミには無かった。
「……まぁいい。正直、あんな何もねぇところでジッケンとやらに付き合うよりかはマシだからな」
「そう言ってくれると助かるわ……ごめんなさいね」
「あー……クソが。それ言われたら何も言えねぇじゃねぇか」
「……えっと、ごめんなさい」
「だからもういいって言ってんだろうが!」
ササミの謝罪にむず痒さを感じたハルは思わず誤魔化すように大声をあげて再度ペットボトルを廊下に叩きつける。
「だからこっち見んなバーカ!」
その声に引き寄せられてたちまち再度集まってきた少女達に一喝したハルは、八つ当たり気味な自分の態度を恥じるように表情を歪めた。
「ともかくもうなっちまったもんはいいから、これからどううすりゃいいのか教えろや」
未だにここに来た目的が分からない。おおよその理由は察することが出来るが、研究目的ならあのまま施設に入れておけばよかったはずだ。
「うーん……普通に学生楽しむとかは?」
「おい、ジョーダンはそろそろやめようや」
「……ごめんなさい。正直言って、私も何故貴方が学園都市に連れてこられたのか分かっていないのよ」
だがハルの疑問はササミにとっても同じ事であった。
ハルが絢爛美姫と報告をしたのも束の間、性別確認後は本人の許可すらなく研究施設送りである。それほど、男性でありながら絢爛美姫となったハルの存在は異例であり、長年不可能とされた男性適合者は格好の研究対象なりえた。
「……それに、これまで存在を秘匿しながら、ここに来てメディアに大々的に情報を回したのもおかしいわ。貴方は知らないでしょうけど、研究施設に行ってる間、テレビに新聞にネット、おそらくは国家間ですら貴方の情報が出回らなかったのよ? だというのにここに来ることが分かってから、世界中に向けて情報が発信されたのはおかしいわ」
「テレビにシンブンにネット? それが何だってんだ?」
ネットどころかテレビに新聞すらない環境で育ったためか、それがどういったことなのか分からずにハルは首を傾げた。
「えっと……つまり、世界で初めての男性絢爛美姫だから、誰にも知られないように秘密にしていたのに、いきなりいろんなところに貴方のことを喧伝……教えて回ったのよ」
「よーするにテメェのキンタマをテメェの手で丸出しにさせたってことか。そりゃおかしいわな」
「色々とおかしくて不潔な言い方だけど認識としては合ってるわ。それをした張本人である貴方がそれを言うことも含めてね。……まっ、だからこうして注目を集めるのも仕方ないって諦めなさい」
「……そりゃわけわからねぇって話だぜ」
言っている傍から目の前を通って行った少女達が、ちらちらとこちらを見ながら声を抑えながら笑い合う姿に乾いた笑みが漏れる。
「こういうの、ゼントタナンってのであってる?」
「百点よ、その調子で学生らしくしてもらえる?」
「悪ぃがガクセーってのをしたことねーからカンベンな」
我慢しきれなかった怒りごと、振り上げた片足を足下のペットボトルに叩き込む。
トドメとばかりに踏み抜かれてボロボロになったペットボトルが、雄弁にハルの苛立ちを現しているのであった。