一つ。諦めてあっさりと殺される。
二つ。抵抗して虚しくも殺される。
其れは雷雨だ。止めたいのならば、君は雲を切り払う暴風とならねばならない。
「頭数が多いわね」
盲撃ちを終えたグローザがぽつりと呟くと、マガジンをリリースして新しく装填する。冷えたコンクリートからマガジンの乾いた落下音が響く。
今は止まる車もない地下駐車場。グリフィンの偵察部隊である彼女達が立ち往生するのは突然の奇襲のせいだ。
現在はリーダーであるグローザ――――――そしてFALが常に先手を取れる階段の扉付近で防衛をしている。とはいえ数が数、時間の問題なのも事実だった。
一〇〇式が爪を少しばかり噛む。
「自分達から袋小路に入っちゃいましたね…………」
「そうですね――――――そうだ、諦めて投降してしまいましょう!」
Kar98kの明るいつもりの冗談は全く冗談になってない。
彼女は我々のよく知る彼女とは別人だ。今回の場合、高い戦績への評価から抜擢された純粋なエリート人形に過ぎない。
グローザがまた一体のVespidを撃ち落とす。ダミーらしき反応に嘆息しながらKarのお巫山戯に待ったをかける。
「コアすら保証されてないわよ、何ならウイルスで陵辱でもされるのかしらね」
「もしかしたら交渉次第で二体の命ぐらいでお目溢し、なんて有りえませんか?」
有り得るわけがない、一同が口に出さずにKarの冗談にならない発言に顔を顰めた。
――冗談を言っても仕方ないでしょうに。
グローザはその空気に依らない朗らかさだけは感心しつつ、現実的な模索に取り掛かる。
「では整理しましょう。ダミーの数は?」
「一〇〇式は二体です」
「あたいは無し」
「私は三体、まあ一緒に防衛してるからわかる筈だけどね」
「ええっと…………四体ですね! 無事ということです」
ちなみにグローザも四体全員が無事である。
憂慮すべきはダミーがないというSPP-1――――――よりポイントを絞ればHGのロストだろう。本部からの指示も受けづらく、視界確保も難しいとなれば生存確率は格段に落ちる。
生命線だ、彼女は戦闘そのものが強い人形ではない。護衛をする形で立ち回るのは基本形にしても、もっと防衛に偏った戦法で切り抜け無くてはならない。
しかし前衛を張るはずの一〇〇式は正直な所消耗しているらしい、下手に彼女に頼りきりでは陣形が瓦解しかねない。
――そうね、的が必要だわ。
「分かった。各員、まだ乱射できるくらいにはマガジンは残ってるのよね?」
「そうみたいですね、そちらは先程私が確認しておきましたのよ?」
「ありがとう、愛してるとでも言えば満足かしら?」
Karがニコリと返す、仕事はしっかりしてくれる。またさっきのように冗談にならないようなことを言わないのをグローザは願うばかりだ。
ダミーに制圧を任せてグローザは四体のメインフレームに向き直る。
「じゃあ私のダミーが一〇〇式と一緒に前衛を張るわ。万が一の場合何体か捨て駒にするから、取り敢えず総力戦でこの包囲網を突破しましょう」
「成る程、悪くない妥協案よ。やっぱりセンスは有るのね、グローザ」
FALの言うセンスについてグローザにはさっぱり理解が出来なかったが、取り敢えず納得はいったようだ。
ダミーの銃声がピタリと止んだ。グローザは少しだけ違和感を覚えたがまずは話を終わらせに掛かる。
戸惑ったのはむしろ一〇〇式だった。
「グローザさんはARの戦術人形です、幾ら何でも一〇〇式達と同じ配置になれば差が出ちゃいます」
「良いのよ、それでもSPP-1をロストするよりは幾分かマシ。邪魔だったら盾にでもして」
「…………そうですか。グローザさんがそう言うなら、やってみます」
ありがとう、とグローザは僅かに口端を上げて微笑んだ。
「ほう? おぬし達が、なあ…………」
階段から凄まじい勢いで何かが駆け下りてくる。今まで見てきたどの鉄血よりも速い足音、咄嗟に一同は銃を構えて確信する。
――コイツが、今回の指揮官格だ。
グローザは扉を投げるように閉める。全員が同時にダミーを引かせてSPP-1を守る形を取りつつも扉から距離を取り、扇形で一斉掃射の可能な陣形を整えた。
ガタゴトと階段で済ませきれない重い足音が扉の前でピタリと止んだ。全員が同時に息を呑む、その不気味さが広さばかりの冷えた地下に轟いていく。
「私が合図をしたら、ダミーと一緒に時間を稼ぐ。貴方達は一旦下がるのよ――――――!」
グローザの刹那に放たれた指示にSPP-1が何か言おうとしたが遅すぎる。
「こんばんわ鉄クズの諸君、さあ誰から死にたい――――――ッ!」
弾む声とともに扉が蹴破られた。同時に向けられた無数の銃口が其れに向かって弾丸を吐き散らす。
凄まじい射撃音。それに古い建物のせいか壁が崩れて舞い上がる砂煙。標的の様子は何一つ判断できなくなってしまった。
まるで音のしない扉からかちゃり。何かを構える音にグローザは思惑に気づいて叫ぶ。
「走って! アイツ、この砂煙の中からゲリラ戦法を仕掛ける気だわ――――――!」
「よく気づいたな、偉いぞぉ? グローザ?」
「
「――ッ!?」
声がしたのは最初は目前、途中から後ろになった。
――何、この速度!?
少なくとも余裕を持って40mは取った距離を、僅か二言で詰められた。
グローザは直感じみた感覚に全て投げ捨て、低姿勢になりながら砂煙の中をジグザグに突っ込んでいく。勿論近づいてきた「何か」から逃げる方向性は変えずに、ではあるが。
同時に凄まじい射撃音。同部隊のものも混じっていて分かりにくかったがこれはRipperの銃、さらに言えば二丁分程度。しかしこんな高性能な鉄血がRipper等という量産機な訳がない。
「ははっ! 何だ、死に急ぎが居るではないか――――――お望み通りに蜂の巣にしてやる!」
狂ったような少女の嗤い声が凄まじい勢いで移動する。
グローザは方向がSPP-1の居る方向であると気づくや否や、声に向かって銃を向けて固まってしまう。
――これが狙いだったのね!
フレンドリーファイアをチラつかせてグローザを封じる。否、『封殺する』。今の少女の言葉は言葉通りの意味ではなく、無力化するという意味での『殺す』だった。
焦ったグローザがさっきとは真逆に走って砂煙を抜けようとする。その最中も射撃音は段々と激しさを増していくばかりだ。
「遅い、遅い遅い遅い遅い! 何だその照準は、高性能が売りのIOP社の鉄クズ共がこの程度かぁ!?」
ダミーを撃ち潰す音が聞こえ始める。本体なら断末魔も聞こえてくるはずだ、そう言い聞かせてグローザは疾走る。
銃弾の突撃音が狂想曲を唄う最中、少女の声が響き渡る。その声は戦闘の最中に罵倒を並べるものでありながら、強く、流麗に耳に叩きつけられてくる。
「命中率。回避率。知能。ハッキング速度。銃のストッピングパワー。発射レート。取り回し。何もかもが我々の下だ、話になっておらぬぞ!?」
「五月蝿いわねアンタ! その下品な服装と口を改めてから出直しなさい、ナンセンスどころか不愉快よ!」
FALの半狂乱な声にグローザは内心貴方は人のことを言えない、とは思ったがそんな場合ではなかった。
――抜けれた!
同時に片膝を地面に擦り付けながら射撃体勢に入って標的を探す。見つけたのは一瞬間を置いた後だったが、見つけた頃にはまた消えた。
確かに見えたのは白くガラス細工のような華奢な四肢。何かの間違いにすら思える丈の短くまた薄着の黒いセーラー服、そして黒くはためくような二対の髪束、服と同じく射千玉の艶のある黒髪は残像のように尾を引いていたのが確認できる。
片手には予想通りにRipperの銃が有ったが、もう片方の銃はFALのもの。近くにボロボロのダミーが有った辺り、どうやら一体やられてしまったようだ。
すぐに探し直すと、其れは少し部隊から距離を取った場所で不敵に笑っている。グローザは強がるように笑って問いかけた。
「あら、随分可愛らしい子ね。言葉遣いさえ改めれば、きっとコッチでも人気者になれるわ」
少女は更に笑みを深くする。
「当然の事よ、呵々ッ! だが生憎だが、部下も居れば敬愛する上司も居るものでな。それは出来ぬ相談というものよ」
その第一印象にはそぐわない人間臭い返しに、少しだけグローザは頬を緩ませた。
「残念ね、それなら――――――――」
「ああ、そういうことだ――――――」
『
「さあ、走って! アイツは私が食い止めるわ――――――早くッ!」
「さあさあ逃げろよ雑兵共! 今喰ろうても不味くて敵わん、まずは前菜からだ!」
訳の分からない事を叫びながら少女は凄まじい速度でグローザに詰め寄る、迷うこと無くメインフレームの方向へ一直線だ。
――じゃあ、こうする。
目と鼻の先に居た少女に優しく微笑む。
「四方八方から撃たれる方がお好みかしら?」
「言ってくれるよな、答えは「おぬしを撃ち殺す」方が好きだッ!」
少女を取り囲むように構えていたダミー達が同時に斉射する。
横薙ぎに振り回されたFALをサマーソルトの前動作で避けると、素早く身体を後ろまで持ち込んでメインフレームも射撃を開始する。
「悪くない。名を名乗ろうか」
「要らない、意味もないし覚えないもの――――――――さあ! チャンスよ、走って!」
部隊が少しばかり此方に視線を引きずりながら止み始めた砂煙の中に消えていく。
グローザが横目でちらりと確認していたが、目視しなければ其れの死は確信できない。それは何の理屈も伴っていないが、同時に事実だった。
どうやって今の射撃を避けきったのか、ダミーの一体を引きずった少女が彼方向こうで笑っている。
「わたしの名前はウロボロス、今回の作戦の指揮を任されておる」
「どうりで強い訳ね、貴方がウロボロスだとは思わなかったわ。もっと実用的な見た目をしていると思ったのだけど」
ウロボロスはダミーの銃を引っ剥がすと脳天にFALの弾頭を捩じ込む、すぐさまダミーの抵抗は収まってしまった。
二つの指で持っていたOTs-14を上に放ると、Ripperの銃を投げ捨ててキャッチした。地面と鉄屑のぶつかる音が駐車場を木霊する。
「惚れても構わんぞ? ハニートラップという点では実用的だと証明できるのではないのかな?」
「それならもう証明できてるわ。顔だけなら私の好みだもの」
「ははははっ――――――――では、地獄でゆっくり口説くとしようじゃないか!」
ダミーを横に蹴り飛ばすとウロボロスが駆ける。柱が砕ける音にグローザは少しばかり慄いたが、それでもその眼は標的から離れない。
四体が僅かな間を置いてマガジンの量を超えた一斉射撃を開始する、さっきの会話はあくまでダミー達がリロードを済ませる時間稼ぎだったらしい。
ウロボロスが気付かない筈はないと一瞬でも時間を稼ぐだけのつもりだったのだが、何故か彼女は見過ごした。グローザに理由は分からない、しかし今までの機転の利きようを思えば不自然なのは確か。
ウロボロスは避けるの自体驚く他ないが、おかげで其れ以外の動作をする余裕はないように見える。距離はウロボロスの方から取っている、この合間に一度くらいボロが出て命中するはずだ。
「ダミーを捨てたのは下策ね。盾にすればよかったのよ」
「――――――要らぬよ」
ウロボロスが消えた。文字通り、今一瞬まで居た場所から跡形もなく消える。
――速すぎる、幾ら鉄血でも自壊するレベルよ。
そんな杞憂などお構いなしに、ウロボロスの声が彼女の聴覚を刺激する。
「あんなお荷物を持って速度が落ちる方がかなわんわ」
「…………後ろッ!?」
「――――――せいか~い。グリフィンドールズに10点だ」
後ろを振り向くとどうやら空中を通り過ぎてきていたらしい、真っ逆さまに落ちながら銃を一直線に構えて嗤うウロボロス。
怖気だつ美貌に気圧されながらも、辛うじて動いた片手でダミーを引っ張る。さながらチェスのキャスリングのようにクルクルとグローザとダミーの位置が切り替わる。
こうすれば撃たれるのはダミーだ。
「おお! 面白い戦法さな――――――だが、両手持ちだ」
OTs-14がグローザに向けられる。それは恐らく嫌がらせのつもりだろう、わざわざ反対側から手を交差して構えられる。
――さあ、どうする!
ウロボロスの愉快そうで、そして期待の詰まった視線がグローザを喰い殺す。
だがそれで止まれるならば、彼女はエリート人形などと呼ばれなかったのだ。入れ替わった勢いを活かしながら素早く回り込むように走る。
「そうだ、踊れ! もっとだ、わたしを殺してみせろ!」
「結構よ、貴方を殺すよりもすることが有るから――――――」
つれないなあ、と愉快で堪らないような大笑いと共に乱射が始まる。
すぐさまダミーは脳天を撃たれて疑似血液が噴き出すが、ウロボロスの自由落下と同時に射線が下がって更に液体で塗れる。
それでもグローザを正確に追っていたOTs-14だったが、とうとう命中はしなかった。
ウロボロスは弾を吐き尽くしたFALを捨てて、空いた手で宙返りをしながらグローザを睨む。
「まだまだぁッ! 蛇は丸呑みせねば気が収まらんのだよッ!」
「物好きは結構だけど、後ろに気をつけなさい」
彼女が息を呑んで振り向くが、遅い。
未だに動いていなかったダミーの一体が銃をまた撃ち込む。ウロボロスは死体を中心に地面とほぼ平行に回転すると空いた手でOTs-14を拾い上げて構える。
その手には確かに紅い液体が流れる。服の袖ごと穴が空いている以上、彼女は確かに『負傷』したのだ。
ウロボロスの口元が裂けんばかりに吊り上がる。
「良いぞ! わたしがマトモに撃たれたのはおぬしが初めてだ!」
「敵がお馬鹿さんばかりだったのね、じゃあこっちもどうぞ。ウロボロスさん」
メインフレームの方から飛んできた銃弾にウロボロスは見たこともない関節を度外視した動きで避けていく。
肩を外し、腹部のフレームも軽く外しているように見える。滅茶苦茶な動きだが、確かに避けきることには成功した。
――貴方、もう唯のバケモノね。
少しばかり憐れむような視線を送るグローザだが、ウロボロスはそんなものお構いなしに身体のパーツを再調整する。
「今のは思いつきだったが、案外出来るものだな」
「鉄血でも貴方ほどおかしな人は初めて見たわ、おめでとう。私のAIは貴方に関する記憶は最優先で保存するそうよ」
「それは良い、ならば更にわたしをおぬしに刻みつけてやろう――――――」
ウロボロスが構える、グローザも残り一体となったダミーに指示を送りながら構える。
――――――――が、突然目を見開くとウロボロスはピタリと止まってしまった。気にせずにグローザが射撃を開始すると、それをただ避けるばかりになる。
「どうかしたのかしら? 私の部隊、まさかやられてしまったの?」
「…………違う。すまぬが、おぬしとは今は此処までらしい」
ウロボロスはグローザが弾切れを起こしてリロードを始めたのと同時に、階段の方へと走っていく。すかさず装填し終えてから射撃はしたが破れかぶれの其れでは彼女は捉えきれない。
敢えての事だろうが、ウロボロスが蛇行をするのでグローザの弾がまた切れる。もう残弾も少ない。
――不味いわ、このままだと死ぬわね。
しかしグローザの予感は外れた。扉の前まで走ったウロボロスは、ちらりと一瞥してくるだけで腕はだらりと下ろしたまま。構える気配がない。
「…………次はちゃんと殺してやる、許せよ。わたしも少しばかり悔しいのだからな」
「――――――――よく分からないけど、精々足掻きなさい。私達は勝つわ、必ず」
グローザの真っ直ぐとした視線にウロボロスは溢れるように嗤う。
「好きにしろ。わたしは愉しい、それで十分なのだよ」
グローザがリロードを終えて構えた頃には、ウロボロスは扉の向こうへ消えていた。
「――――やっぱり、このやり方はお見通しだったんじゃない」
本当に二体だけお目溢しをもらった偶然に苦笑しつつ、グローザも後を追った。
『雷雨如きでは蛇を殺し切るには至らなかったか。次に期待しておるぞ…………』