「お、ウロボロスが負傷ってお前、随分と面白いジョーク用意してんじゃねえか」
処刑人がケタケタ笑って答えるが、側に来ていたGuardは何も返事をしない。処刑人は冗談を疑って睨む。
――アイツが負傷するなんて考えられねえ。悪い冗談だろ。
しかも内容は左腕が使用不能になるまで負傷したとのこと。夜風は変わらず寒かったが、その薄ら寒い冗談で凍えるような冷気を増していく。
処刑人がチラリとジャミング装置の方を見る。
怯えながらも真実だと瞳だけで返すGuardの肩を叩いて笑う。
「…………そうか、悪かったよ。アイツの部隊の言うことだ、信じがたいが真実なんだな? それで、オレにアイツから指示は出てるか?」
「いえ。ウロボロスさんは指揮権を放棄し、代わりに第十三大隊隊長が指揮を執っています」
「アイツ馬鹿か!? いや、アイツがやるよりはマシなのか。クッソォ、どう見てもアホなのに一周回って正解なのが腹立つぜ!」
覚えている限り、処刑人の見たウロボロスの指揮は「頭が悪い」。擬音とかが出てくる始末なので信用に足らないのは確かだった。
彼女はミクロの戦闘に関してはこの場の誰よりも飛び抜けていたが、同時にマクロに関してはこの場の誰よりも疎い。本人もそれは分かっていて、「所詮個人芸大会の優勝者だしなあ」と笑いながら指揮をしない理由を語っていたのを処刑人もよく覚えている。
「で、それだけか。哨戒所が落ちて、ハンターは撤退。道中で――――何だっけ、エリート人形に襲われただっけ?」
「相当数の数を減らしたようですが、ハンターさんはあまり動けるようなバイタルではないです。ウロボロスさんの説得で現在は下がっています」
――ほーん、ウロボロスってそういうの言うんだな。
素直に処刑人は驚いた。ウロボロスというのは普段からあまり戦闘狂な言動をするものだから、指揮下にあるものにも似たような事を強要するタイプだと考えていたらしい。
察したGuardが反論する。
「それは違いますよ。あの人は失敗した事を怒りませんし、弱いままである事も責めません。形は何であれ、何か一つにさえ死力を尽くさないような奴が許せないだけです」
「そうだな、まあお前らがオレに口出しする辺りアイツは相当だ」
――そう言えば、まあそういう奴かもしれない。
ウロボロスは随分と変わったやつで、鉄血の中でも部下への入れ込みは中々の珍しい鉄血だった。
彼女は前に出れない時期が長かったから部隊だけが前に出ていた訳だが、その時から一人が腕がもげている程度で大層心配しているような変わり者だ。
鉄血は頭をやられてもバックアップは有るから基本気にしないのだが(まあ万が一消去されても、どうせ似たような性格の鉄血がまた出てくるというのも有る)、ウロボロスは「部隊員」に関して妙に気遣いの多いことで有名なくらいである。
友人、戦友の類にも妙に心配症らしいとは以前から噂が立っていた。スケアクロウを半ば独断に近い状態で助けに行ったり、イントゥルーダーをAR小隊から引き離したりと傍から見ればかなり挙動不審が目立っていて、特に夢想家辺りは興味深そうにそれについて話していた。
まるで、人間みたいだ。とか何とか。
――まあ仕事が出来ているようで安心したな、アイツ白星ばっかって聞いてたし。
下らぬ杞憂をブレードの一振りで切り払うと、刃先を点検しながら尋ねる。
「で――――――オレは何を刻めば良いんだ?」
「いえ。
「――――――は?」
「あぁ――――ッ! 痛っ…………」
「すみません。パージは痛覚に直に触るので」
思わず歯を食いしばってしまう。言葉通り左腕が粘土でも切ったみたいに離れていく感触、トンデモナイ激痛が頭を赤色に染め上げる。
――しっかりしろ、まだやりたい事が有るのだろう?
分かってるのだがこれはキツイ。歯がギチギチと音を立てる。
「大丈夫ですか? 無理ならやはり残した方が――――」
「構わない。もう取ってしまってくれ――――ッ!」
出来るだけ何時も通り笑おうとしたが、多分相当不格好になった。
この左腕のせいで機関部にまで疑似血液が紛れたりと、正直残していてはかなり弊害が残る。ただでさえ熱しやすい身体だ、煮えたぎった液体を機関部近くに置くと流石に不味い。
――ほら、息を整えろ。いーち、にー、さーん。
それで整えば苦労しねえっての…………ッ!
――それは、悪かったな。わたしは励まし方が分からなくて。
怒っちゃいない。そうしょげるなよ…………。
永遠とも取れる時間が漸く終わる。
「パージ、完了。左腕が空っぽな感想は?」
「激痛が残ってる――――――ゴホッ! ガハッ!」
せり上げてくるような嘔吐じみた感触に思わず右腕で口を抑えつける。
――激痛に反応して疑似血液を吐いたか。まあ要らない所の血を抜いたぐらいに思え。
こんな痛い血抜きが有って堪るかという話だが、それは事実のようだ。技師の方も大した反応は示さない。
コイツはどうやら職業柄、想定内のことでは痛ましかろうが何だろうが反応を見せないようにしているらしい。自分がたじろぐと整備される側が焦ると知っているからだろう。
下唇を噛んでるのくらいは俺だって見えてる、良いプライドだ。好ましい。
――コイツになら多少弄くり回されても構わない、か?
そういう事だ。
「うーむ、喉まで軽く灼ける熱さだ。それで、応急処置は出来ると言っていたな?」
「ああ――――失礼、少し取り乱しました」
「構わない」
「有難うございます」
自業自得だ、同情することもないというのに。
――妙なところだけは優しいのだな、わたしは嫌いではないが。
別に俺は基本的に自業自得だからな、誰かに同情される必要はないと本気で思ってるだけだ。
――素直じゃないやつ。まあ、人のことは言えないか。
「バカな事言ってんじゃねえよ、アイツ!」
ゆらりゆらりと弾丸を躱しながら処刑人はさっき貰ったばかりの巫山戯た命令を反芻する。
それは簡潔だ。「ジャミング装置は放棄せよ」、これは隊長ではなくて
別にジャミング装置自体を捨てることに頭ごなしに反論はしないが、しかし作戦はまだ続行可能。安易に捨てるべきでもないのは確か。
――どうせ被害が増すだけとか思ってんだろうな! 急に弱気になりやがって!
404小隊は報告通りビークルに乗ってゲリラ戦法を仕掛けてくる。緑色のG11とやらはどうやら戦意喪失状態らしいが、隙を突こうにもぽんぽこと投げられる発煙弾で二の足を踏んでいる状況だ。
「正々堂々掛かってこいよ、404小隊――――――――怖気づいてるんじゃねえ!」
「怖気づいてるわけじゃないわよ、アンタごときに」
416が苛立ち混じりに吐き捨てる。実際問題、ウロボロスを見た後だと処刑人のブレード捌き程度では怖気づかない。
9の牽制用の弾幕が煙を走り抜けて行くが、処刑人は全てブレードと体捌きで避けきってしまう。エリート化というだけ有って性能向上は本物だ、小さく舌打ち。
「
「でも片割れこんな感じだけど、アッチの息切れまで保つかしら」
「ごみをだすひがきたのですか、ごしゅじんさま…………」
メソメソと泣きべそをかきながら訳の分からないことを言ってキョロキョロするG11。416がコツンと軽く頭を叩いた。
頭を擦ってG11がしゃがみ込むと、処刑人の弾丸が頭上を通り過ぎていく。416は見越していたらしい。
――どうしようか。
45が運転を継続しながら考え込む。弾薬切れが遠くないのはこちらも同じ、我慢勝負は賭け事になってしまいそうだ。
弾薬を取ってから来る手も有ったが、
「うん、でも適当に撃ち合ってるよりマシ。やってみようよ」
「途中でウロボロスが来たら?」
416が引きつった笑いで問いかけると、45がニコッとまるでプレゼントでも渡すような朗らかな笑顔で返す。
「来ないことを信じよう♪」
「アンタ嫌い!」
「指揮する側なんて嫌われてなんぼのものだしね」
「都合のいいこと言って!」
そう言って彼女達の二度目の徹底抗戦が開始する。
処刑人もすぐに気づいたが、ビークルの全力疾走に追いつく脚力はない。苦し紛れの拳銃もリーチが足りていないと来ては、もう彼女達の思う壺である。
404小隊が弾を抑えているのがウロボロスのせいだという事実に、処刑人は癪ながら感謝して応戦する。
銃弾。
銃弾。
銃弾。
銃弾が、途切れてきた。
処刑人の弾はあっという間に限界が近づく。動ける時間ももう長くはない、負傷も致命傷はなくとも多少は嵩んで来ている。このままでは本当に耐久負けするだろう、控えめに言って思う壺だった。
「畜生が、マジで『アレ』使う羽目になるかもしれねえぞ――――!」
「あーあー、また出撃だ。代理人殿は碌な戦場に出してくださらない」
「来たわよ、最悪のパターン」
416の諦め混じりのような報告に、45がまた無茶な運転で全力疾走を再開する。
体中からゴキゴキと尋常ではない音を鳴らす姿はやはり化物のソレ。416がすぐさま威嚇射撃に移ろうとするが、その僅かに見えるシルエットに目を細める。
「待って、アイツ腕治ってる――――それに」
「なんだろうね、あの円盤みたいなの」
9の声と同時にチェイスが再開される。
端末達が奇怪な動作音を上げながら威嚇射撃に対抗し始める。先程より数は多く、特に右肩に張り付くように浮遊する円盤型の端末は初めて見るものだ。
先程繋いだ鉄血のデータベースにも全く報告がない。
ウロボロスが耳に右手を当てて会話する。通信だろうか。
「という訳で処刑人、おぬしは下がれ。言っただろう、撤退だ――――――ああ五月蝿い五月蝿い、事情など聞いてやらないからとっとと尻尾を巻いて逃げろ」
「チッ、何言ってるか聞こえない。アイツ堂々と通信したりして、喧嘩売ってるのかしら!?」
416が舌打ちしながらG11を叩くと、G11がムクリと起きる。
「ごめん、寝てた」
「寝てないけど早く働きなさい! またあの変態人形が来てる!」
「オッケー、任せて――――!」
G11とそのダミーが同時に銃を構えた時、リアサイトに映ったウロボロスの左腕が妙な動きをした。
――何か、伸びてる?
「ねえ」
「何よ! 今忙しい!」
「ウロボロスって軟体動物だっけ」
「何言って――――!」
答えは振動で為された。
突然ウロボロスの左腕がこちらに飛び込んできたかと思うと、ビークルの背面に思い切り突き刺さる。よく見ると太いワイヤーのようなもので繋がれているが、突き刺さっていた手のようなものは長いブレードだ。というより、手の影も形もない形状をしている。
416は嫌な予感に任せてそのブレードを撃ち始めた。
「早くコレ取って、予感が合ってるなら――――」
声の前に、ブレードが金切り声を上げる。
ビークルにしがみつくように刃が音を立てて下がっていく最中、ワイヤーが凄まじい擦れる音と共に引っ張られていく――――――いや、ウロボロスを引っ張っている。
G11と9が慌てて流れるように飛んでくる本体を撃つ。
「冗談だよねコレって!?」
「うわ、やっぱりそんなに効いてないよ! もうぶつかる!」
「分かった、振り切るね」
そう45が答えると、森の中に突っ込んでいく。ドリフトで楕円の軌跡を描く進路図がワイヤーを木に巻きつける。
――
絡みついたワイヤーごと木に捕まったウロボロスが焦り調子で喚く。
「待て待て、それは良くないだろう――――――」
「そりゃあアンタとマトモにやり合うわけ無いでしょ――――」
「いや、そうではなくてだな」
突然。
ぶちぶち、と音がする。416達は音について最初は理解を拒否した、推定数十センチはある木に巻きつけた筈だ。まさか自分達の想定が現実になるわけがない、あの空気に毒されすぎだ。
普通に考えて、木が折れる訳がない。あんな細い腕で、あんな華奢な体躯で。
「自然破壊はこのご時世、グリフィン的には奨励できないだろう?」
だがそれが現実。
恐ろしいことにウロボロスは木を幹の中央から千切ってしまうと、放り捨ててまたワイヤーを巻き始める。
――マトモな理屈は通用しないってわけね。
416も慣れてしまっている、45は構わず木々を踏み倒しながら前進。
「――――――ハロー。殺しに来たぞ」
飛び込んできた悪魔がニヤリと一瞥すると、416は自分の血の気が引いていくのが手に取るように分かる。
――アンタ、それが厄介なのよ。
理解して尚残る本質的恐怖。タネは分かっている、理屈も自明の理、隙は有る。
つまり其の恐怖には打ち克つ他の術は無い。真の化物である者に対して、知識などと言ったハリボテは無駄である。
彼女への恐怖というのは、つまり己が手で撃ち殺す他無いものだ。
「素振りをさせてもらう――――Stinger、起動!」
号令に奏者が小さくいななく。円盤の前面部分が展開されていく――――見えたのは小型ミサイル。思わず416が運転席に叫ぶ。
「もう一回振り切って――――――私達ごとでいいから、早く!」
「仕方ないなあ」
歪な蛇行が始まる。九〇度以上のカーブを突然始めるビークルの姿はまるで飲酒運転の其れ。
ブレードを引き抜いたばかりで縁につかまっていたウロボロスが振り落とされる、一瞬だけG11がシメたという表情でウロボロスの頭部に照準を合わせた。
「甘い甘い。パイルバンカー、オープン――――――放て」
ニヤリと笑うとStingerと呼ばれた円盤端末から巨大なドリルが416のすぐ真横まで捩じ込まれていく。回避しようにも勢い、形状ともにとても弾丸で止められたものではない。
殆ど輸送車を食い破る形で食らいつくと、またワイヤーが啼き声を響かせる。どうやらあの端末は手に持って移動する使い方もあるらしかった。
――何個移動手段持ってきてんのよ!
同時に放たれたミサイルを木々にぶつけて誤魔化しながら森の中を走る。
「仮にもわたしが認めた兵装だ、この程度で押し負けるものかよ――――――」
何か長ったらしい口上を謳うウロボロスを他所に、9が二人を交互に見やると頷く。
「416、G11。私が本体に威嚇射撃するから端末撃って」
「言われなくても!」
短い指示。9の掛け声とともに一斉射が始まる。
まるで戦闘に関心を向けていない本体を差し置いて、端末はしっかりと彼女達を付け狙う。
416達の射撃に気味が悪いほど正確に弾を当てて相殺する動きは、最早一介の自立操作とするにはあまりにナイーブな調整だろう。
ウロボロスが少しだけつまらなそうな顔をした。
「戦闘中の長口上くらい聞いていけよ、せっかちな人形共め…………いや? そうだ、その通りだ。わたしが変わっているのだろうな」
「誰と喋ってんのよ! 気色悪い!」
一人で頷いていた首がまたビークルに戻ると、とうとうウロボロスの身体が衝突する。
9の斉射が的確にウロボロスの頭部を捉えるが、身体ごと紙のようにひらひらと避けられてまるで命中しない。四肢にばかり弾痕が残っていく。
ウロボロスがすっとぼけたように首を傾げる。
「まー、わたしを狙うのも結構だが――――誘導ミサイルを忘れていないかな?」
声と同時に鳴りを潜めていたミサイルが一直線に群れを成す。とても捌き切れない。
「ウッソ、自分ごと撃つ気!?」
「悪いが自分を勘定に入れて殺し合いをしたことはなくてなぁ!」
――そんな意味分からない理屈を宣ったのはアンタが初めてよ!
巫山戯た宣言と共にビークルが爆発で浮き上がる。
跳ね上がったビークルに飛び乗るとニヤリと口端が吊り上がった、とても感情有る生き物が見せていい表情ではない。純然たる殺意。
「この面倒な追いかけっこは終わりとしよう――――」
瞬間。
森林地帯のギャップにビークルが躍り出た瞬間に、僅かに顔を出した45が勝ち誇ったように小さく笑う。
「そうね。貴方の負けよ、ウロボロス」
何処からともなく一斉に銃を構える音がした。
さて、漸く本編兵装が登場したな。
…………話す内容もない。そろそろ此処も締めよう。
それでは其内、生きていたらまた会おう。