「バイバイ」
一斉にビークルを乗り捨てた45達に、ウロボロスが追従しようとするが遅い。
――しまった、誘導されていたのは此方だったな。
向けられた銃口は正確にウロボロスを狙う。数は目視で20は有る、言われてみれば404小隊のビークルに乗り込んだダミーは少なかった気がする。恐らくはぐれていたエリート部隊も総出での斉射だろう、一体に向ける銃口の数としてはあまりに多すぎる。
斉射。文字通り身体中にありとあらゆる口径の銃弾が突き刺さっていく。
「これは、キツイな…………ッ!」
「化物は何時だってヒトの知恵に負けるのよ。覚えておいてね――――――」
おまけとばかりに投げられたフラッシュバン。爆音でウロボロスは感覚器官が混乱しきってしまった。
尋常ではない弾数を喰らいながらも全く倒れ伏さないその姿は化物そのものだろうが、それでも足はふらついている。
大抵が通らない。だが幾つか命中した弾が確実に白い肌を抉り取ると、身体中が擬似血液で紅く染まる。
苦渋の決断と言った様子で端末を盾にする、時折爆発する端末の爆煙に姿が見えなくなっていった。呻くように呟く。
「チッ…………Stinger、迎撃開始――――ッ!」
掛け声に合わせて誘導ミサイルが真上に飛び上がると、円状に散らばった人形達にまばらに襲いかかる。射撃は鳴り止んだ。
意識がふらつくのを歯を折る勢いで食いしばると、そのまま端末の操作に移る。
機銃が、突撃銃が、機関短銃が、狙撃銃が、辺りにばら撒くように銃弾を吐き散らす。
「まだ死なないって…………本当に化物ね」
「悪いが化物なのでな、巣穴に帰らせてもらうぞ――――――けほっ! ごほっ!」
機関部に混じった疑似血液を無理やり吐き出すと、もつれた足で元来た場所へと走っていく。
勿論銃弾は追いかけてくるが、投げ捨てるように盾にされる端末のせいで上手く当たらない。
ましてや速度で勝てるはずもなく、身体中から擬似血液を流したウロボロスが闇へと消えていった。
「幾ら弾を打てば良いのかしら、彼女相当よ?」
仕方なく出てきたグローザが45を見て肩を竦める。
続々と出てくる人形達の表情は多種多様だが、大抵「恐怖」の混じった顔をしている。アレがハンターや処刑人ならどう足掻いても死んでいるはずなのだ。
生きているだけで彼女達には絶望感すら有る。
「まさか生き残るとは思いませんでしたね。せっかく打ち合わせもしっかりしたというのに…………」
カラビーナの苦笑いに、45が底の見えない笑顔を返す。
「大丈夫だよ。後はジャミング装置を潰せばついでに始末できるしね――――――」
「ヤベえなコレ……だいぶ痛い」
何とか臨時指揮室までは逃げ延びたが、損傷は相当激しい。口の中もあの不味い疑似血液の味で一杯一杯だ。今食ったら何でも吐けるぞ。
――ふむ。油断しすぎだ、端末もいつもの機銃とStinger以外全滅だぞ。
知ってる。これは…………あの人にどう報告しようかなあ。
俺の様子を見た――――あれ隊長か? 見た目じゃ分かんねえや、ソイツが駆け寄ってくる。
「ウロボロスさん!? 何ですかその傷、ジャミング装置は大爆発するし!?」
「あー…………まあ、色々とな。それよりジャミング装置がないなら反応検知は出来るだろう、動向はどうだ?」
そんな事よりだのわーわーと喚き出すので
「命令だ、説明しろ」
とだけ答える。鉄血は自分より上位のAIの命令には逆らえないからな。
俺の様子を何度も見ながらコンソールをいじると、画面には敵対反応らしき赤い点が明滅している。軌跡を見るには殆ど此方に一直線だな、苦々しい表情で此方に向く。
「き、来てます…………数も減ってません」
「それは困ったなあ。まあ取り敢えず、これでジャミング装置の防衛は失敗だ。まずは指示を飛ばしてだな――――――」
『…………指示を飛ばして、どうする気かしら』
うわっ、一番来られたくないタイミングで来られちゃったよ。まだ壁に倒れ込んだままだし。
取り敢えず身体中の血がおかしな巡り方をするのをひしひしと感じつつ、立ち上がって背筋を伸ばす。
――代理人殿の前だと本当に忠犬だな、主様は。
五月蝿い。というか誰が主様だ、畏まりやがって。
「…………えーっと、作戦失敗です。もう駄目そうだったので独断でジャミング装置は爆破しときました、まあ404小隊は仕留めたでしょう」
余裕で大嘘だったが隊長には人差し指を当てて黙らせる。面倒なことになるだろ?
どの道此処まで来たらそんなものは誤差だ。爆弾は処刑人が知らない間に設置してたんだが、逃げ際にスイッチは強奪しておいた。お前が爆破したら代理人に殺されるぞ?
いつも冷えている代理人の目つきが、更に俺の眼を冷ややかに観察する。表情がないのが堪らなく怖いね、これは。
『たかだかゴミ人形を4体仕留めただけ?』
「そうです」
『そのザマはどうしました』
「やられました。待ち伏せで数十体から蜂の巣ですよ、お恥ずかしい」
笑って誤魔化そうとするが、反応が薄すぎて取り繕えない。
――その負傷を誤魔化しているだけで中々だ。と、わたしは思うがな。
要らないこと言うなよ。あー思い出して吐血しそうだ、ってかする。
「けほっ、こほっ! 失礼、ちょっと機関部に尋常じゃない疑似血液が入り込んでいまして」
『喋れますか』
「代理人殿がお相手と来れば余裕、当たり前でしょう」
正直喉に血が絡まってるけど。
咳き込むのが酷くなってくる、ちょっと量が多いからなあ。まあ仕方ないだろ。
何時も通りの顔で彼女が溜息をつく。何だか出来の悪い弟に呆れるような、そういう感じの諦め混じりの感じの浅いやつ。
一頻り目を瞑った後に、何時も通りの怜悧な視線が突き刺さる。
『――――――なら早く帰ってきなさい。今回は小言では済ませられないから、そのつもりで』
「………………ッ!? 帰ってこいと?」
何を言っているんだ、と言わんばかりに目が細められる。
『そう言っていますが』
「この役立たずに?」
『はい』
「何で?」
『何でと言われても、スクラップにするにしても端材はリサイクルできるでしょう』
「ああ、成る程。そういう事ね」
とうとう代理人が壊れたかと思った。ビックリしたぜ、スクラップはまあ回収した方が良いよな。
――随分とレベルの高い鈍感だな。
え、何か言った?
――いいや、何も。
ほっと息を吐いて余韻に浸っていると、ふと代理人が
『真っ直ぐ帰ってきなさい、寄り道をする余裕なんて無くてよ』
と取ってつけたように呟く。
帰る場所ねえ、俺にそんな物が有るとは驚きだ。流石に今回は見捨てられるとばかり思っていたんだが、生きてると往々にして予想外が一般通過してくるから困る。
――主様よ。帰る場所、有るんだぞ?
分かったよ、分かってる。
「じゃあ真っ直ぐ帰ります」
『…………そう。ところで随分服がボロボロになりましたね』
あー、そう言えばな。アイツラ無茶な射撃してくるから。
苦笑いしていると、切り際に
『どうせそんな事だろうと思ってスペアは用意しています。みずぼらしい格好で鉄血を彷徨かないでちょうだいね』
と言い捨てると通信が切れた。
――みずぼらしい格好、だとさ。ははっ。
いやあ酷い言われようですな? 部下がこんなに一生懸命頑張ったってのに、みずぼらしいですってよウロボロスさん。
さて。息を整えてコンソールに向かう。
「隊長、部隊は無事か?」
「え、ええ。指示通りに」
「そうか、じゃあ各方に通信を繋げ。全域だ」
言われるままに隊長が通信を繋ぐ。コンソールの入力作業が速い、初めて触ってるはずなんだがな。コイツは妙に筋がいい、俺はこういうの苦手だけど。
プツリ、と繋がる音。息を大きく吐いた。
「――――――さて、今宵は随分暴れたな。第十三大隊諸君、及びおまけのハイエンド馬鹿コンビ。楽しめたかな?」
「残念ながら今回の作戦は失敗だ。どっかの馬鹿の爆薬は無いよりマシだったが、ちなみに一体も落とせなかった。爆発音は痛快だったな! 呵々ッ!」
――やるんだな。
当たり前だろ、最初からその予定だったし。
――バカ。
悪いな、バカに付き合ってもらうよ。
――分かった。
「――――――――本作戦の最高指揮権を移譲されたわたし、ウロボロスの権限を以て命令する!」
「全軍撤退! 棄却はわたしより上位のAIの指示のみとする、急いで支度せよ! 宴は終わりである!」
ああー、ついでに感想でも言っておくか?
――そうだな。言っておけ言っておけ、どうせしまい込んでも大したことのない感想だ。
だよな。
別口で指示を出し始めた隊長を他所に通信を続ける。
「ええー、まずハイエンド馬鹿コンビ! おぬしら酷い噛ませだったぞ、次は代理人殿に潰されないようにしっかりとエリート改造の力を発揮できるよう精進しろ!」
「…………ウロボロスさん」
無視無視。
「ハンター! おぬしは冷静だ、何時であれ冷静に狩りの出来るモデルだ。しかし鋭い爪も確かに持っている、好きなようにやれ。それが一番最善だ」
「ウロボロスさん」
「処刑人はなー、おぬしはちょっと先行が過ぎるぞ? もっと周りに頼れ、肉薄するような馬鹿は周りに頼るしかないことを忘れるなよ。それこそハンターとか、ほら仲良いだろ?」
「ウロボロスさん」
「スケアクロウ、隊長が駄目だったら頼むぞ。こやつ、意外とテンパったらオタオタしているからな。ちゃんと支えてやってくれ」
「ええー、第十三大隊諸君。今までこの阿呆な上司によく付き合いきったな、偉いぞ! 誇れ、愚か者の諸兄は愚か者ではあるが、同時に如何なる戦場でも通用する兵士となっただろう!」
「
「――――ウロボロスさんって!」
もー、何だ。せっかくいい感じの名台詞っぽいこと言ってるのによ、名前微妙に中二臭くてダサいからあんまりこのタイミングで呼ばないで欲しいんだけど。
――相手をしてやれよ、な?
仕方ないな。
ぐずぐず鼻をすする隊長の方を見る、ひどい顔してんなーおい。
「何でですか」
「何で? いや、だってあやつら追ってくるぞ? 負傷兵は少ないがダミーも数は少なかろう、大事を取ってというやつだよ」
「真っ直ぐ帰るって、言いましたよね?」
ああー、あれね。
「部隊は真っ直ぐ帰るだろう?」
「貴方も帰るんですよ、何言ってるんですか!? 戦闘狂も大概にしてください!」
そう言われてもなあ。
――今回、別にそういうのじゃないしなあ?
そうそう。まあ今ので引き下がれるような理由でもないと言うか、うん。
「多分な、このまま一緒に帰ったら結構な数がやられる」
「私達は量産型だから問題ないでしょう! でも貴方は――――!」
「あーあー聞こえん聞こえん! ほれ、さっさと帰らんか!」
面倒くさくなったので近場の窓から放り投げた。
――うわー、酷いやつだなおぬし。マジで酷いやつだコレは。
酷いやつなのは今更すぎて反応に困る。徹頭徹尾俺は悪役だったんですが。ついでに言うとどっちみちアイツは俺に逆らえないから時間の無駄だよ。
アイツラ思ったより強かったからなあ、アレはヤバいわ。誰かが囮でもしないと絶対地獄を見るね。
特にグローザとかいうやつ、あそこらへんがヤバそう。
――全部危険に見えるのだが?
まあそうだけど。
「おっと、バランス崩れる」
流石にちょっと負傷がキツイな。身体がふらついてならねえ。
――何処へ行く気だ?
ちょっと距離取ってだな…………うーん、星見に行くか。ほら、悪役が急に回顧したりってありがちだろ?
こみ上げてくる血を無理やり飲み込み直して足を踏み出す。俺はやりたい事は絶対にやるんだよ、何せ其処を失敗した人生だったからな…………。
「…………そういや、アイツラ来ないな」
夜風が急速に冷えた血液に響く。さっきはかなり無茶したからな、正直沸騰間際まで来てた気がする。
――普通、手負いが突っ込んできたら罠を疑う。
成る程な、実に合理的。合理的ってのは戦場の常らしいが、俺とは逆位置に有る概念だってのがイマイチ分かってないらしい。
アテもなく歩いていた。空を見上げると、寒い地域だからかいつも五等星までくっきりと見える。本当は視力があるからもっと見えるんだろうが、何となくそういうやり方は好きになれない。
いや嘘だな。俺は空を見上げる時は、「人間のフリ」をしていたいんだろう。
――何とナイーブな、という話だ。
然り。
「人間ってのはそんなもんだ」
言葉通り人間辞めてから語るのも変な話だがな。俺達は元々無いものは棚上げして、無くなったものに縋り付こうとする傾向はあるんだよ。
俺は人間らしい人間だったんだろう、だから今になって人間らしさに縋り付く。まったくもって馬鹿らしい話だが、馬鹿らしい事が人間様の長所だったりするから侮れない。
――随分お喋りだな。死ぬのか?
「死ぬだろ、多分」
ふらふらとした足取りは、気づけば大通りに出ていた。右を向くと何かの会場にでもよく使われたんだろうな、ガラス張りのドームが見えてくる。
――あそこに向かうか?
うん。
「星は綺麗だろ、オレは好きだ」
真っ直ぐと歩くと、もう言っている間にドーム前につく。
――嫌いではない。
「オレは一等星が好きでなあ、知り合いに言ったら「お前はニワカだ、ニワカ」って言われたことが有る」
着いた。
――何だ、けったいな友人を持ったものだな。
「いやいや、オレも咄嗟に「お前アホだなー」って返したからさ。まあ軽口叩く関係ってだけだ」
中をゆっくりと歩く。割れた窓から吹く風は、今は何故かとても涼しく感じる。
――いや。良い関係だったらしい、わたしではパッと察しがつかない程度には良い関係性だろう。
「それは分かんないけど。思えばオレの返しは酷かったなー、「いつも見えてるからって誰も好きじゃなくなったらさ、マイナーCPが公式CPより圧倒的に人気出るとかいう原作レイプじゃん」って返した。今思い返しても馬鹿すぎる、アイツちょっと引いてたし」
中央まで歩いて、窓ごしの空を見た。所々の割れた窓硝子が、まるで微細な粒子のように煌めくさまは摩訶不思議な美しさを帯びている。
諦めると世界は急に美しくなる。この感覚はもう二度目だ、多分俺が薄汚くなる分だけ世界が綺麗に見えていくんだろう。
――内容はともかく、ある意味腹を割っているとも言うのではないか?
「ま、そうだな。でも――――――アイツの言うことも正しかったのかもしれないなって思うよ」
段々、力を入れるのが辛くなってきた。そこらの壁にもたれかかる。
――正しい? 主様に正しい間違っているの勘定が有ったのか、驚きだぞ。
「…………いや、オレはビルから飛び降りた時。自分が空虚だと思ったのは今でも忘れてない」
「それは一見事実だ。あの時のオレにとって事実だから、今どう思おうとあの日あの時には事実だったんだろう」
だけどさ。ちょっと、眩しいものばっかり追い過ぎてた気もしてきてると言うか。
――というと?
いやさ、アイツが言ったこと。一理あるんだ。
アイツとはよくゲームをした。俺は何時も主人公とかが好きな方だったけど、アイツはどっちかって言うと皆好きってタイプ。だから俺よりも、アイツは一つ一つのゲームの面白いところを沢山語れた。
それはとても幸福なことだ。100円を与えられて俺は「何だ100円か」って言うのに、アイツは「100円が有ったらこれが買える! あれも買えるぞ、迷うな!」って衒いなく言えたんだろう。
俺はそれが出来ないタイプだった。今は…………まあちょっと違う。
「主役じゃなくてもさ、カッコよくなくてもさ。意味って有るんだよ」
やられる敵なんて見向きもしなかったんだが、今は違う。
俺はアイツラがどんな世界で、どれだけ否定されて、どれだけ悪者扱いされても嫌いとは言えない。良い所はちゃんと言ってやれるし、むしろ正義で撲殺してくる連中にその闇雲さを説いたって良い。
皆違って皆良いなんて綺麗事だと思ってたが、アリかもしれないなって。
――ふん。死にかけて急に素直になるとは、誠に面倒な男だ。
悪いな。もう面倒くさいなら聞き流してくれ、俺も何でこんな事言うのやらって感じだから。
――聞いてやる。聞いてやるともさ、惚れた弱みだ。
「だからな――――――オレは、もうどうしようもなく最後まで身勝手だし。暴力的だし。悪者だとは思うんだが」
立ち並ぶ銃口に、まるでこれから鏖にしてやるぞ。そう言わんばかりにニッカリと笑ってやった。
「だからこそ、悪者と呼ばれるだろうアイツラに。一助になれるような我儘を最後にしたくなった」
――了解。善処しよう。
ああ、善処しろ。
銃弾が、スローモーションで俺の瞳で鈍く輝き続けていた。